二人でお買い物
後日談「青と白と、陽のかけら」でミーセリー不在だった二人のお話です(本編32話の少し後)
(アデレイド視点)
整備された街路、きっちり嵌められた石畳。通りを行く馬車の車輪も軽やかな音を立てている。行き交う多くの人は皆着飾って、それがまた景色をいっそう華やかに彩る。
大通りの両端にずらりと立ち並ぶさまざまな店、そのどれもが私には目新しい。
「……随分、変わったのね」
王都の街角に立つのは約十年ぶり。住んでいた頃も頻繁に出歩いたわけじゃないから、昔もそんなに詳しくはなかったけれど。
さすがに知った店がほとんどなくなっているとは思わなかった。
「驚いた?」
「驚いたわ」
楽し気に私の顔を覗き込むダニエルに素直に頷く。きっと今の私は、ぽかんとした顔をしているのだろう。
「すっかり、おのぼりさんよ」
「王都は店の入れ替わりも多いからね。じゃあ、行こうか」
そう言って差し出される腕に手を掛ける。肘の内側に入った私の手を満足そうにぽんと軽く叩いたダニエルと、目新しい店が並ぶ通りをゆっくり歩き始めた。
――昨日から、王都へ来ている。
目的だった用事は済んで後はミーセリーに戻るだけ。そう思っていたら、少し時間に余裕があるし買い物でもしたらどうか、とウォルターに勧められたのだ。
特に自分が欲しいものもなかったが、せっかくだということで来てみたら、すっかり様変わりした街並みはまるで知らない国のよう。
腕に引かれるまま、表通りを歩く。物を売る店も飲食店も、当然、村とは比べ物にならないほどの数が軒を連ねる。人の多さも相変わらずで、さすが王都の城下町だ。
大抵の店は入り口傍に大きく窓を取っており、そこから店内が覗ける。帽子店には帽子が、書店には本がディスプレイされているのだが、どこもその店の特徴をだそうと色々凝った飾りがしてあった。
マーガレットも見たらきっと楽しめるのじゃないかしら、とここにいない娘を自然と思ってしまう自分がいる。
「中に入りたい店があれば寄るよ」
「見ているだけで十分楽しいわ……あら、ここは何の店?」
「ん? 花、だけじゃなさそうだね」
花は露店で売られるもの。なのに普通の店構えで、切り花や鉢花をふんだんに飾っているこの店が少し気になって足を止めた。
ショーウィンドウを覗くと――ああ、なるほど。
「ふうん。面白そうだね」
生花と造花と花器と……つまりは「花」に関係するものを集めた店のようだ。
ダニエルに促されて店内に入ると、それだけではなく雑貨もあった。カードに始まり園芸の本、花柄のテキスタイル、食器やカトラリー、ショールや手袋まで。
「徹底しているわねえ」
季節の花の刺繍をあしらったハンカチやポーチ。計り売りのレースも可憐な花のパターン。愛想のいい店員が言うには、オーナーの好みなのだそう。案外評判がいいらしく、店内も賑わっている。
ちらちらと眺めていたが、小さめのコサージュが可愛らしくて手に取った。なかなか精巧にできていて、細工も綺麗なものだ。
「それは?」
「私じゃないわ。マーガレットの帽子に付けたらいいかと思って」
「ああ、そうだね。こっちもいいかも――おや、アディ。向こうに球根もあるよ」
まるで宝探しみたいな店内に、ダニエルも楽しそうだ。探して、迷って、選んで。いくつか見繕って求めることにする。
しばし楽しんで、会計を終え外に出る。ダニエルの手にある品をまじまじと眺めて、気が付いた。
「アディ? やっぱり自分用のも買ったら?」
「そうじゃなくて……ねえ、ダニエル。誰かのためにする買い物は、楽しいのね」
お土産を選ぶなんて、もうずっとしたことがなかった。
ダニエルと店を覗いて歩くなんて、できると思っていなかった。
そんなことを言う私の手を、ダニエルの大きな手がぎゅっと包む。
「……そうだね。また来ようか」
皆で来てもいいし、と眼鏡の奥の瞳を細めて微笑むダニエルの手を握り返す。
「そうね。また連れてきてくださる、旦那様?」
「っと、も、もちろんだとも、僕の奥様の望みなら」
二人で笑い合って歩く王都。
あの頃から長い時が過ぎ、街並みだけでなく、自分も変わって――辛いばかりだったこの地もやがて、私の大事な思い出の場所になっていくのだった。
お読みいただきありがとうございます!
「森のほとりでジャムを煮る」二巻発売を記念してSSを書きました。
もう一つのSSはシリーズの小話集( N4620DI )に投稿しています。そちらもお楽しみいただけたら嬉しいです。