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王都のお土産事情(前)

25話の後。ミーセリーから戻って、王都でのお話。

(レイチェル視点)


 王都の中でも王宮に近い一等地、高位貴族の屋敷が集まる一角にある瀟洒(しょうしゃ)な館。広い敷地にゆったりと建つ上品な白亜の建物は、もう何代も前から続いているものなのに、感じるのは古さではなく歴史というたたずまい。

 庭園のガゼボの柱に巻く蔦の一本まで美しく手入れされた、我がリンドグレン侯爵家。その一室では今、咲き誇る庭の花々にも負けぬほどの華やかな光景が広がっておりました。


「レイチェル様。こちらはいかがでしょう。特別に作らせた染料を使いまして、発色も一層鮮やかになっております」

「こちらの刺繍も珍しいですよ。異国風の図案は南の特徴で――」


 そう言って次々と手にしてみせる布の数々は、たしかに美しいものです。特に今見ている布地など、手触りはごく滑らかなのに今までにないような光沢で、淡さが際立つ柔らかな薄紫色もあわせて目を引きます。

 この布でドレープをたっぷりとって、少し胸元をあけて、でもスカート部分のボリュームは控えめなラインにしたら品の良いドレスになりそうね。そう、例えばウォルター様の隣にいても違和感のない大人の女性が着ていそうな……。


「お嬢様によく似合いそうなお色ですね」


 さすがマリールイズ、きっと同じことを思ったに違いないわ。専属侍女の後押しも得て、招いた商人もにわかに活気づきます。


「ええ、レイチェル様のようなお肌色にはこの上なく優美にうつるでしょう。こういったレースを組み合わせていただきましても、またエレガントで素敵かと」


 あら、本当にすごくいいわ……って、違うのよ。今はそうじゃないの。


「そちらの良さはよく分かるわ。でもわたくしがお願いしていたのは、違うもののはずだけれど?」

 そんなわたくしの言葉に商人は困り顔です。

「ええ、もちろんお持ちしております。ですが、あまり状態のよろしいものではないので、お見せする価値があるかどうか……」

「それを決めるのはわたくしですわ」


 そう言えばようやく頷いて、いかにも気が進まなそうにごそごそと荷入れの奥から取り出して広げました。


「古い技術のものですから、染めた部分に退色や変色がでております。さすがに虫食いはございませんが」


 織はしっかりしていて柔軟性もあり、布そのものとしてはいいものだが「見栄えが悪い」と。


「良いところだけ部分的にお使いになれば、小物などでしたら問題なく作れますでしょう。いささか、流行遅れの柄なのは否めませんが」

「……なるほどね。無理を言ったわ」


 高位貴族御用達の店として客の前には出したくない質のものだ、という態度から伝わってくるのは彼らの誇りでもあります。

 その姿勢は認めますが、わたくしの望むものはどうやら手に入らないようでがっかりですわ。


 家の者に後を任せ、わたくしは豪華絢爛に布が広げられた部屋を出て自室へと戻ります。ぽすん、と気に入りのソファーに掛けて、今日も収穫なしだったことに悶々としておりますと、やがてマリールイズがお茶の道具を乗せたワゴンを運んできました。


「ああ、もう。最後の頼みの綱だったのに」

「残念でしたわね、お嬢様」

「せっかくハワード様にご紹介いただいたけれど……これだけ探しても見つからないなんて。どうしましょう、もう時間がないのに」


 ミーセリーにいらっしゃる『精霊の招き人』マーガレット様のもとを初めて訪れたのは、先月のこと。王都に戻ってきてからも、お手紙での交流を続けさせていただいています。

 そして、また村に行く予定が立ちました。前回は顔合わせが目的で、突然の訪問だったこともあり、ほぼ手ぶらでお邪魔してしまいました。今回こそは何かお持ちしたいと考えて「布」にしようと決めたのです。


 それなりに王都に近いためか、ミーセリーに店は多くありません。ウォルター様のお母さま――アデレイド様も王都(こちら)へお越しになることはまずありませんので、何か見繕ってお持ちできれば、と考えました。

 とはいうものの、アデレイド様のお好みは懐古趣味といいますか、少々レトロで……いえ、よくお似合いですし、とても品があって私も好ましく思うのですが、最近の流行とは違っています。

 どんなに立派な布だったとしても、お好みに合わなければ、また手持ちのものとあまりにかけ離れていてはお困りになるだけだろうと、できるだけ似た印象のものを探しているのですが――こんなに難航するとは、はっきりいって予想外でした。


「今から別のものに、とはいってもお酒は飲まれないし、お菓子だってあれだけお上手に作られるのですもの。お花もお庭にたくさんあるし……駄目ね、なにも浮かばないわ。本当に困ったこと」

「お嬢様。いっそ、ダスティン伯爵にご相談されては?」


 今日も香り高くはいったお茶を音もなく目の前のテーブルに置きながら、腹心の侍女はとんでもないことを提案してきました。


「っ、ええっ!? な、なにを言い出すのマリールイズっ?」

「いくらずっと疎遠でお過ごしだったとはいっても、曲がりなりにもご家族でいらっしゃいますでしょう。王都では同じ屋敷にお住まいだったのですし、お召しになるドレスの色柄のお好みや、馴染みの店くらいはご存知ではないかと」

「で、でも、そんな」

「迷っている時間がおありで?」


 そう言いながら、手際よくレターセットを用意し始めるマリールイズ。あ、それはとっておきの便箋、どうしてそこに隠していたのを知っているのようっ?


大事なとき用(・・・・・・)のこの子たちにも、そろそろ出番をあげてよろしいのでは?」


 今使わずにいつ使う、と言わんばかりの態度に頬が熱くなります。滅多にないくらい白く滑らかな紙に銀の箔押しでラインが引かれた便箋は、お父様が隣国を訪問した時のお土産です。縁の透かし模様といい、あまりに綺麗でしたから、特別な時に特別な方に、と取っておいたのでした。

 ほら、こちらも、と言いながらライティングテーブルに用意されたのは、ペンもインクもどれも未使用……同じ理由でしまっておいた『とっておき』のものたち。


「さ、お嬢様」


 準備万端整えて微笑むマリールイズ。確かに、ただこうして困っていても埒が明かないのはその通りで――わたくしがようやくペンを手にしたのは、たっぷりとお茶を二杯頂いた後でした。



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