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青と白と、陽のかけら

32話の少し後、最終話の前の頃。

 

 ミーセリーにも四季はある。日本と比べると移り変わりは穏やかで、平均気温は年間を通して関東のそれより少し低い。夏は短く春秋が長めという、なんとも私好みの仕様だ。

 そして今、屋敷の裏の森はすっかり秋の色に染まっている。午後の明るい日差しに黄色く染まった葉がキラキラと光る森は、晴れ渡った空とのコントラストも相まって絵葉書みたい。

 家からこんな光景を毎日眺められる贅沢をしみじみ感じながら、私は洗濯物を取り込みに裏庭に出ていた。


 いろんな魔道具があって洗濯機や乾燥機に似たものもあるけれど、まだ高価で一般にはそこまで普及してはいない。だからどの家庭でも洗濯は一仕事。普段のものはちょこちょこ自分で手洗いするが、さすがに大物のシーツやカバー類は下働きの二人が来た時に手伝ってもらっている。

 青空の下に洗濯ロープを渡して、木々をバックに白いシーツが揺れる光景は外国の物語にでてきそう。普段は家事室に干すから、余計にそう感じる。


 夏の薄い平織りのものから、模様織の入ったやや厚手のものに一足早く衣替えしたシーツは、秋の爽やかな風のおかげでまだ午後の陽も高い時間だというのにすっかり乾いていた。

 触るとすこしざらりとした「いかにも洗いざらし」の手触りが気持ちよくて、これに今夜横になると思うとわくわくする。


 ロープから外そうとしたところに、妖精たちを連れたバディがやってきた。足元に寄ったバディの頭をひと撫でしてそのまま取り込もうとすると、小さい子たちはシーツのあちこちを持ちあげて楽しそうに遊び始めてしまう。


 まるで幼稚園児がパラバルーンをするみたいに、ふわりふわりと波打たせたり両側をもってくるくるしたりして、すごく楽しそう――微笑ましい光景に運動会の陽気な音楽まで頭に流れるけれど、うん。お姉さんはこれを片付けたいんだな。

 あ、ほら、落とす前にこっちに戻してちょうだい、いくら下の地面が芝生っぽくなっているとはいってもやっぱり、せっかくの洗いたてがいきなり地面にダイブは悲しいでしょうっ。……ちょっと、君たち? 遊んでるね? 


 ちっとも返してくれない妖精たちとシーツの取り合いみたいになって、なんだか笑えてくる。すっごく得意そうにしているけれど、ええい、それは手伝っているとは言わないからっ。もう、そんなところ届かないってば。


「お手伝い」から完全に「遊び」に変わったところで、不意に妖精たちは手を離した……高いところに上がったシーツが、ふわりと落ちて私をすっぽりと包む。

 見上げた青空から一気に白一色に染まる視界。

 洗濯の石鹸と風の香り、布の織り目の隙間から見えるお日様のかけら。

 ちらりとなにかが頭をかすめる――ああ、これは。


『――ちゃん、お手伝いしてくれるの』

『ほら、お日様の匂いがするねえ』


 大人用のサンダルに履かれた私の小さい足。せいいっぱい手を伸ばしてようやく届く洗濯物の裾――ずっと遠い、子どもの頃の記憶。あの時も、私はふざけてシーツをかぶって布越しにこうして太陽を見ていた。

 いつも、思い出すときは一枚ベールをかけたようだったのに。まるでそこにいるかのように耳元に蘇ったおばあちゃんの声に、知らず喉が詰まった。

 そよ吹く風を遮る布の中に満ちるのは、ほんのりと温かい空気、くぐもって聞こえる鳥の声……。


「マーガレット?」


 それは、私の今の名前。耳に飛び込んできたその声に、急に頭はクリアになる――マーク。

 もぞもぞとシーツから顔を出してみれば、マークの方へ跳ねるように走っていくバディが見えた。飛んでいく妖精たちの後姿を目で追ってこの状態の理由が分かったらしいマークは、仕方がないなというふうに笑いながらこちらに来る。


「手が空いたから来てみたら、また子どもみたいなことをして……っわ、」


 私のせいじゃないってば。そのセリフにいたずら心が湧いて、ばさりとマークにもシーツを掛けてやった。ふふん、これで一緒に『お子様』ね、と、思ったんだけど……しまった。

 二人してシーツを頭からかぶったまま、ぎゅうと抱きしめられる。さっきまで白かった視界が今はマークの上着しか見えない。やけに強い腕の力に背中をぱたぱたと叩くと、息が止まるほどの拘束はようやく緩んだ。

 左腕は腰に回されたまま、右手がそっと頬をたどる。私の奥を覗き込む青い瞳は気遣うような色を浮かべていた。


「今夜はこっちに来るから」


 ぱちぱちと瞬きをする私に苦笑いが返される。


「先生たちに言われなくてもそのつもりだったけれど。ここは一人では広すぎるだろう」


 アデレイド様とダニエル先生は今朝から王都にお出かけ。今日はそのままウォルター様のところにお泊り予定で、私はミーセリーに来て初めて「ひとり」の時間を過ごしていた。

 もう――なんというか、本当に。この人には私という人間はすっかりお見通しのよう。布一枚で囲まれた空間の中、こつりと額を合わせる。


『子どもじゃないんだし、留守番くらい一人で平気』

「俺が来たいだけ」

『……いなくなったりしないよ?』


 返事の代わりにまた、腕の中に閉じ込められる。


「知ってる」


 満足そうな声に顔を上げれば、遮られた空の代わりに私を見下ろす青色の瞳。弧を描いたまま唇が重ねられて――布とマークとに包まれて、なんだか自分がバームクーヘンになったみたい、とか、ああやっぱりこのシーツはもう一度洗いなおさなきゃ、とか。

 そんなことを思いながら、バディがシーツを咥えて二人を外に出してくれるまでそのままでいたのだった。




『森のほとりでジャムを煮る』書籍化を記念して、感謝を込めてSSです。


次話からは、別の二人のお話を前後編でお届けします。(書籍情報は活動報告に載せてあります。よろしければ「作者マイページ」へどうぞ)


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