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29 マーガレット

 

 改良が終わった魔導具を持って、ヒューさんがミーセリーに戻って来たのは約ひと月後、夏も盛りの頃だった。


 日中はそれなりに暑いが湿度は高くなく、風さえあれば日陰や屋内は過ごしやすい。夜も気温が下がるため、暑くて眠れないということもなくかなり快適な夏を過ごしている。


 診療所のお手伝いは相変わらず続いていて、かなり定着したんじゃないかなと思う。時々、診察関係なく会いに来てくれる人もいて、待合室の混雑緩和にはちっとも貢献していないけれど、先生もマークも構わないって言ってくれるのでそれに甘えている。

 実際、本当に具合悪い患者さんがいるときは遊びに来るのは遠慮してくれてるし、来たら来たで何かと手伝いもしてくれるから、賑やかな助手が増えたと思えばまあいいのかな。


 診療所に行くたびに、治りきらない足を診てもらっている。ゆっくり歩くのは大丈夫なんだけれど力がかかると痛みが走る。手とか肩とかはもう全然平気で、まあ、片足だけだし、歩けるし。私はあまり気にしていないけれど、最後に残ったここだけ治りが遅いようで先生が診るたびに首を傾げている。


 おでこをくっつけて話すのも随分慣れた……とはいえ、村のみんなには内緒だから相手はいつもの三人とバディだけなので、頻度は高くないのだけど。

 アデレイド様には、おはようとおやすみのときは必ず。あとは込み入った料理の手順の確認とか、まあそのくらい。なんでか話さなくとも伝わることが多いから、スキンシップ的に使っている。こつん、ってくっつける時に毎回ちょっと照れるアデレイド様が可愛い。


 先生にはもっと少ない。診療所から帰るときのさようなら、の挨拶の時だけかな。やっぱり照れくさいのもあるのだろうけど、それよりもアデレイド様を気にしてるみたいでこちらも可愛いなぁって思ったら。アデレイド様じゃなくて後ろのマークに気を遣っていたらしい。


「仕方のないこともあるからねぇ。気持ちは分からなくもないし」


 あれでもかなり抑えているから、と頭をポンポンと撫でられた。

 マークは……うん。一番多いね。最近は朝こそバディが送ってくれるが、診療所からの帰り道は何をどう結託したのかバディが迎えに来なくなってマークが送ってくれるようになった。まあ、それはいいんだけど、明るいし大人だし一人でも大丈夫って言ってもそれは先生もアデレイド様も許してくれなかった。独身女性の一人歩きにいい顔されないところが、異世界なんだなぁって思ったりする。


 屋敷は村はずれなので、近くなると人通りもない。ちょくちょく立ち止まっては額をくっつけて、いや、押し付けられているので、帰り道は時間がかかって仕方ない。

 大したことは話していない……本当に。でもなんか、つまらないようなことでも楽しげに聞いてくれるから、ついつい拒めないでいる。うっかりすると人目のあるところでもやろうとして、ただのバカップルに見られてそうで怖い。だって、村の皆さんの目がぬるくって…っ。


 マークは十代の若い娘さんたちからも人気があったから何か言われるかなぁって覚悟してたけど、そんなことはなくて結構拍子抜けだった。「アナタみたいな年増より私の方がっ!」とか言われちゃったりしたらどうしよう〜って、ちょっとワクワ…いえ、ドキドキしていたんだけどな。


「うん、まあ……マークを見てれば無駄だってわかるよね、普通は」

「そうねえ。無謀よね」


 しみじみとお二人に言われてしまった……うん。あの人が甘いのは身をもって知っているのでノーコメント。

 この前また王都に行ったときのお土産は、噂の贈答用高級菓子だった。私が作るお菓子よりもっとバターリッチで砂糖もたっぷりで、さらにアイシングで綺麗にデコレーションもされていた。さすが贈答用。焼き菓子なのに一個で満足の羊羹なみのスペック。

 婦人会にも持って行ってと言われてその通りにしたら、すごく喜ばれてちょっとしたパーティみたいになって、奥様たちの間でマークの株が急上昇してた……狙った?


 そんな風に過ごしている間、ウォルター様が日帰りで二回、レイチェル様が泊まりで一回いらっしゃった。

 詳しく言うと、お二人で一緒に来て、レイチェル様を残してウォルター様が王都に戻って、翌週迎えに来てまた一緒に帰った。おやおや。


「違うの、そうなら嬉しいんだけど、きっとそうじゃないのっ」


 なんて、白い肌を首元まで真っ赤に染めながら涙目になるレイチェル様の可愛らしいことといったら。マリールイズさんと一緒にニヤニヤしちゃうくらいだった。

 馬車酔いは大丈夫かと聞けば、ウォルター様と一緒だと随分楽なんですって……なんなのこの子、可愛いにも程がある。


 身分は上ながら素直で愛らしいレイチェル様は、最初は “ウォルター様のお母様” ということで少々緊張気味だったアデレイド様にも、その穏やかさにすっかりと懐いた。台所仕事や刺繍なども一緒に楽しむようになって、私が診療所のお手伝いに行っている時も二人で仲良く過ごしている。

 王都から綺麗な布や刺繍糸をお土産に持ってきてくれたので、アデレイド様に教わってのんびり服も縫い出した。


「ここに来ると、普通の娘になれて嬉しいです」


 そう言うレイチェル様に偽りを言う欠片も見当たらない。王都での「侯爵令嬢」としての生活の息抜きになっていればいいなあと思う。向こうの暮らしも大事だけれども、たまにはね、いいわよね。


 畑のブルーベリーがすっかり盛りを迎えたので、大量に収穫して今度こそジャムを煮た。

 ブルーベリーについた小枝を取ってよく洗い、水気を切る。そういう種類の樹なのか、酸味が少なく甘味の強いブルーベリーなので砂糖は少なめにしてもいいのだけれど、ヨーグルトに合わせることが多いので甘くていいやとやはり砂糖はブルーベリーの半量で。こちらのヨーグルト、昔風にけっこう酸っぱいのだ。


 ブルーベリーに限らないけれど、砂糖を入れずに先に果実だけを火にかけて、ある程度は水分を出してから砂糖を加える作り方もある。私はおばあちゃんに教わった作り方ばかりなので、どれもみな最初っから砂糖を投入だ。厳密に比べれば、煮詰まり具合とか、出来上がりの色具合なんかが違うのだろうけれど、家庭用で作るものなのだからそこまで考えなくていいと思う。

 作ることが楽しくて、できたものが美味しかったらなお嬉しくて。だとすれば、作り方で悩むよりも手を動かしたほうがいいかなあ、って。


 煮詰め加減も、ゆるかったらまた加熱すればいいし、固くなっちゃったら「あー、やっちゃった」って、次回に活かせばいい。そんな風に気楽に教えてくれたおばあちゃんが大好きだった。


 グツグツと煮る鍋の前に交代で立つ。ジャム作りの時、出来上がる頃にはジャムがはねて飛びやすいのでエプロンは必須。レイチェル様は自分専用のエプロンを持ってきた。薄いピンク色の、フリルがたくさんついた “新婚さん” みたいなの……そう言えば顔を真っ赤にして焦っていた。またニヤニヤしちゃうよ。


「マリールイズに同じのを頂戴って言ったのに、駄目だって断られたのよ」

「どこにメイドのエプロンを着ける侯爵令嬢がいるのですか…」


 不満そうなレイチェル様に、マリールイズはあきれ顔だ。相変わらず仲が良い。

 ブルーベリーはイチゴや杏に比べると煮詰まるのも速い。そして冷めるとブリンって固まるので煮詰めすぎに注意。量にもよるが、十五分ほどで出来たりする。

 今回は甘めに仕上げたのであえてレモン汁を少々加えた。少しは酸味が欲しいしね。そういえばレモン汁には酸味の追加と、色を鮮やかにする他に、ジャムを固まりやすくする働きもあったような……糖度が低いとペクチンの働きが悪いからレモン汁を入れるのだったかな。まあ、私の砂糖たっぷりジャムだと「固まらない」ってことはないけれど。


「この前の杏ジャムもブルーベリーケーキも、とっても好評だったわ! お父様はいまだに私が作ったのって言っても信じてくれないのよ」

「お嬢様がキッチンに立つことすら想像お出来にならないようですからね」


 楽しくおしゃべりしている間にブルーベリージャムは出来上がった。瓶詰めにするとほとんど黒色のようにも見えるブルーベリージャム。ビンを逆さにして冷ましながら、余ったジャムを小鉢に移す……レイチェル様、期待してるでしょう。

 ふふって笑って、またみんなでちぎったパンに今度はクリームチーズと出来立てのブルーベリージャムをつけて食べたのだった。



 ウォルター様が一人でいる時は無かったから、私の言葉が伝わることを知らせる機会が無かった。

 あくまであの時のメンバーのみで、レイチェル様にはまだ伝えないほうがいいだろうとの先生たちの判断だ。ヒューさんに手紙で伝えることも避けると。そこまでの配慮が必要かどうか、私には正直判断がつかなかったのですっかりお任せにしてある。


 ヒューさんは私に会って探査魔術をかけたことで、森の精霊と会えるようになったらしく随分と忙しいようだ。ウォルター様もしばらく会えていないとのこと。

 他の仕事は全部割り振って、何かと言えば魔術院の筆頭さんと森に通っているらしい。区切りがついたら走ってくるから、と伝言をもらってはいたが……あのね、ヒューさん?



「マーガレット久しぶり〜。思いの外、時間かかっちゃってごめんねぇ。 あれ、なんか前より可愛くなった? あ、いや、前も可愛かったよ、より一層ってことね!」


 僕ももっと早く会いに来たかったのに、と口を尖らせるヒューさんは相変わらず。畑にいた私のところに突然現れるのも前と同じね。

 ですが、あの、ヒューさん? 後ろにいらっしゃる、やたらと半端ないオーラの女性はどなたでしょう? お付きの方が見える範囲で五人もいらっしゃって、正直聞くのが怖いのですが。アデレイド様よりご年配で、杖こそついていらっしゃいますが姿勢も美しく、某国女王陛下のような雰囲気が……あの。わたくし畑の草取り中なのですが。お客様をお連れになるとも全く聞いておりませんが。あ、の!?


「タウンゼント、招き人殿が困っていらっしゃるわ」

「これは失礼を。再会の喜びに我を忘れてしまいました……マーガレット、こちら王太后陛下」


 いーやー!!? なんでそんなロイヤルセレブ!? バディ、助けてっ!


「招き人殿、こちらの方が礼を尽くす立場。どうか顔を上げてはいただけませぬか」


 臣下の礼なんか分からないから、アデレイド様に教わった礼をとって固まったままの私に優しく、困ったように笑って声をかけてくださった……王太后様…王太后って、前国王のお后様で、現国王のお母様ってことで……ひええぇ。


「そうそう、今日はお忍びだし。あんまりかたくならないで、マーガレット」


 ヒューさん、なーんで貴方はそんな調子でいけるのよう!? いっそ尊敬するわっ。


「来る途中に寄って来たから、もうじき先生とマークも来ると思うよ。アデレイド様は台所? 陛下、先に挨拶に行きましょうか。マーガレットもそこ終わったら戻ってきてねぇ」

「そうね、ダスティン伯爵夫人に会うのも随分と久方ぶりだわ」


 お付きの人までそれぞれが私に一礼をして、さっと屋敷の方へ行く御一行……ああ、ヒューさんってば、また台所の勝手口から入って……。

 バディにスカートを引っ張られてようやく我に返った私は、とりあえずよろよろと歩いて外の流しで手を洗うのでした。




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