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24 マーガレット

 

 名残惜しいけれども、レイチェル様たちはお昼前に出発されるという。手土産に何かをと考えて、今朝採ったブルーベリーでお菓子を焼くことにした。

 すっかり台所に馴染んでしまったレイチェル様がお手伝いを申し出てくださって……お土産に差し上げるのに、貰う本人が作るのはどうなんだろうと思ったけれど、わいわい作るのもいい思い出になるかとお願いすることにした。

 あれだよね、お菓子作りをやり始めた子どもみたい。楽しいよね、分かる。


 マフィンと迷ったけれどもブルーベリーをたくさん入れたかったし、レイチェル様が初心者なので、作り方が簡単なタイプのケーキを小さめの型で何個か焼くことにした。パイは出来立てがいいしね。


 作り方は本当に簡単、材料を順番に入れて混ぜるだけ。


 ボウルに牛乳とお砂糖、卵を入れて……って、え、卵割ったことがない! そ、そうか、そこからか。うん、一度別の容器に割り入れてもらおう。そうそう、片手で持ってコンコン、ヒビがある程度入ったら両手でパカっと……うん、グシャってなったね。大丈夫、使えるから泣かない。

 はい、じゃあ手を洗ってもう一個。コンコン、、、パカっ。上手! お見事! 飲み込み早いね、優秀だわ。わあ、嬉しそうに笑っちゃって、こっちまでにこにこしちゃう。ダメだこの子、可愛すぎる。顔のつくりが良すぎるのは置いておいて、表情がとてもいい。


 殻が混じってないかよく見て、こっちの砂糖が入っている大きいボウルに移して。泡立て器でぐるぐる、卵がほぐれるくらいの軽くでいいよ。

 で、粉に砂糖少々と膨らし粉を混ぜてマリールイズさんにふるってもらっていたのを加えて、ゆっくりゆーっくり混ぜてもらう。あ、ちょっとストップ、粉が半分以上残っている状態で溶かしバターを加えてまたぐるぐる、ゆっくりね。


 メレンゲで膨らますタイプではないので、泡立ては必要ない。かえって急ぐと何故か美味しくできないから、丁寧にゆっくり、でも練らないように粉が見えなくなるまで混ぜる……そうそう、上手。お嬢様って焦らないからこういうのは合ってるわね。


 で、内側にバターを塗った型に細かく砕いたクッキーを敷き紙の代わりにまぶして、生地を流し込む。台にトントン打ち付けて空気を抜いたらその上にブルーベリーをバラバラっと落として。上からブルーベリーを軽く押して生地に半分沈むくらいにびっしり埋め込んで、仕上げに砂糖をささっと振る。そうしたら温めたオーブンに。


 え、もうお終い? って顔してる。ふふ、簡単でしょ? 大丈夫、美味しいよ。

 バターリッチで焼くのに少し時間がかかるので、オーブンの様子を見ててもらいながら他の家事をする。


 私のお菓子作りは昔風。粉もバターも砂糖もたっぷり使う。

 何故なら、家にあった母が持っていたそれは古い料理本が教科書だったから。「薄力粉」じゃなくて「メリケン粉」って書いてあるのよ! すごいわよね。発行年はもちろん昭和よ。

 素朴でリッチな味に慣れてしまうと、同じ手作りでも今風の味も食感もカロリーも全てが軽いレシピはどうにも物足りない、なんということでしょう……。


 小学生の頃、よく作ったのはクッキーと雁月。がんづき、は関東の人は名前を知らない子も多かったから北国の郷土料理的なお菓子なのかな。似たようなのが菓子パンとして売られているから、見たらわかると思う。蒸しパンみたいなんだけど、しっとりモソモソしていて、黒砂糖を使って鬼胡桃と黒ゴマをたっぷり入れる。この砂糖の量がハンパない、でも美味しい。半分ご飯で半分おやつ、農作業の合間にお腹塞ぎに食べるような、おはぎなんかと同じようなポジション。


 クッキーだってベーキングパウダーなんか使わないでバターでサクサク感を出すタイプ。手間は一緒だからと、材料の分量を三倍くらいに増やしてオーブンをフル回転させて、毎度、天板六枚分くらい焼いていた。缶に入れて「今週のおやつ〜」って……動こう。動いてカロリー消費だ。摂取の制限は無理だわ。ええ私、食いしん坊ですもの。


 中学の時は一時中断していたけれど高校生になってマンションに移り、家をまわすことにようやく慣れてくると、またお菓子を作るようになった。ちょっと手の込んだ折りパイやタルトなんかはこの頃が一番焼いていた。

 シフォンケーキにハマったのも、試行錯誤のチーズケーキのベストレシピを探し回ったのもこの頃だったな。マンション住民のおばあちゃんたちに和菓子や中華菓子を教わったりもした。みんなよく作るよね、すごいわ。私一人で練り切りとか月餅とか無理だわあ。


 一人暮らしをするようになると、オーブンがなくてお菓子作りからはまた遠のいた。たまに小豆を煮て白玉団子とか、ゼリーとかその程度。ミーセリーに来て、思い出すようにしながら作っている。アデレイド様のレシピも美味しくて作りやすくて好き。食べ物の好みが合って、本当に良かったと思う。


 しばらくするとオーブンからは鼻腔をくすぐる甘いバターの匂いが……たまらない。そわそわと何回も覗き込んでいるレイチェル様が可愛い。台所にやって来たアデレイド様やウォルター様も微笑ましく見守っている。


「すごいわ、ちゃんとお菓子よ! 見て見て、マリールイズ、私が作ったのよ!」


 綺麗に焼き色がついたブルーベリーケーキをオーブンから取り出して網の上に並べると、レイチェル様の盛り上がりはクライマックス。うんうん、嬉しいよね。

 少しだけ粗熱が取れたところで待ちきれなくてみんなで試食。馬車の用意をしていたロイさんも呼んで小皿に取り分ける。

 さくりとフォークを入れると断面からほかりと上がる湯気。まだブルーベリーが熱いから気をつけてね。


「……どうひまひょう、マイーリュイジュ」

「お嬢様、美味しいのは分かりましたから食べ終わってからお話しください」


 レイチェル様、その涙目は熱かったから?

 ほろりと崩れるケーキは甘く優しくブルーベリーを包んで、心とお腹をしっかり満たしてくれました。






 また来ます。来させてください。そう言って何度も振り返りながらレイチェル様は王都へ戻って行った。


「可愛らしいお嬢さんだったわね。あんな娘さんもいたのねえ」

「母上が王都にいらっしゃる頃はまだ子どもでしたから、ご存知ないのも当然かと」

「そうね……また会えるのが楽しみね」


 私とウォルター様に笑いかけると、アデレイド様はバディを連れて屋敷へと足を向けた。


「マーガレット、私も明日王都に戻る。報告書に記載する項目の幾つかについて、最後に話を聞かせてもらいたいが」


 ああ、そうだった。じゃあ、風も気持ちいいしベランダでどうでしょう。私は台所へ、ウォルター様は部屋へそれぞれ一旦戻り、お茶と魔導具、書類の束を持ってベランダに集まった。


 今まで書いてあった報告書を渡されて、事実と違うところやおかしなところがないか見てくれと言われた。同じ言葉でも、受け取り方で印象が変わることがあるからと。私の気持ちを尊重して王宮に間違いなく伝えてくれようとするところ、きっちりと整った少し右肩上がりの文字からも仕事に対して真摯な姿勢が良く見える。真面目なんだなあ、ウォルター様は。

 一通り目を通して特に気になるところもなかったので大丈夫と戻す。幾つかニュアンスの確認をして、ウォルター様は一つのところで指を止めた。


「……出来るだけ自活したいと言われたが。何かやりたいことはあるのか?」


 そうなのよね、それが問題なのよ。経験から言えば売り子なんだろうけれど声が出ないし。料理は好きだけれどもあくまで家庭料理の範疇だしね。裁縫やなんかも人並み程度……おおう、こうして考えると私って役立たずじゃないか?

 ぐりぐりと魔導具に書き連ねていると、上から覗き込んだウォルター様が考え込むように言った。


「王宮側の本音を言えば、出来れば恩給で暮らして欲しい。働くことが、たとえそれが本人が望んだことだったとしても『招き人』一人養えない国だと他国から横槍を入れられても困るのでね。『大陸規模で大事にすべき人物を蔑ろにしている』と指摘されて自国に連れ帰る口実にされてしまうことも考えられる。

 それに特定の店で働けば、そこだけに精霊の恩恵が集まるなどという誤解を招くことにもなりかねない。皆がミーセリーの住人のように好意的であるとは言い切れないからね、特に王都では」


 ああ、分かる。そういった事情があるのは気付いてはいた。私自身に力はなくても、存在に意味を見出し利用しようと考える人はいるだろう。微妙な立ち位置だから、あまり目立ったことはよくないっていうのも理解できる。

 ……ただね。


「そうは言っても、君は消費することで享楽に耽るような女性ではないようだし、何もせず家にいるだけでは持て余すだろう。その意味ではこの母の家はやることが多くていいだろうが……。

 君は外で働くことで、この世界との繋がりを確認したいのだろう?」


 すっかり見透かされてる。何なのもう、私の二十八年は役立たずだなあ。ウォルター様はペンを持つ手が止まった私に困ったように笑いかけた。


「……マーガレット、君は本当に隠し事に向かない。確かに言葉はないが、全て顔に出ている」


 うそー!? 慌てて両手で顔を押さえるも無駄なようだ。少なくとも営業スマイルは特技だったはずなんだけど?


「来た頃はそうではなかったが、ここ二日程で随分と出るようになった」


 ええぇ……。


「最初は母の前でばかりだった。そういう意味では少しは気を許してくれたのかと思っていたが」


 うわあ、無意識って怖い。え、私って感情だだ漏れ? あげられなくなった顔の上で、ウォルター様が笑っているのが分かる。嘲笑、ではなく気安く、楽しそうに……この人もしっかり向き合うと、動かない表情筋の割に意外と分かりやすいのね。


「まあ、顔色を読むのは私の仕事のようなものだしね、あまり気にしないことだ。っと、そんな訳だから、取り敢えずその怪我が完治するまでは現状維持で頼みたい。働き方についてはその間によく考えよう……君の希望とこの国との折り合いをつけるのも私の仕事だ」


 力強く言い切るとそのまま頭を撫でられた。マークも、ダニエル先生も、この人も……私はここに来てから、一生分以上撫でられている気がする。それを嫌だと思わないのは、その手から気遣いとか優しさとか、…愛情、とかが伝わってくるからなんだろう。

 押し付けでない好意を拒めるほど私は強くない。どんな形で返せるだろうかと、そればかりは気にかかる。


 アデレイド様の息子さん。

 口下手で無愛想で頑固で朴念仁なところがあるけれど……本当は頼りになるお兄ちゃん。一息吐いて背を伸ばし、座ってもやっぱり大きい背を見上げて笑顔を作る。



 ありがとうございます、そう書くのが精一杯だった。




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