表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/46

15 マーガレット

 さて今日は診療所でお手伝いの日。

 最近は週に一、二回と頼まれた時に顔を出す感じのお勤め。広いようで狭い村、私の居る日はすぐに必要な人に伝わるのでこれで問題無くやっている。

 急患の時は積極的にご近所さんが手を貸してくれるので、私はお母さんたちが普段も診療所に来やすくするという役どころ。兄弟連れて来て、子どもの健康相談もできるしね。


 お昼ごはんを詰めたバスケットはヒューさんが持ってくれた。ウォルター様はというと……アデレイド様とお留守番よ! 三日目にして一歩進んだわ。なんとなくぎこちない空気はバディがどうにかしてくれると思う…思いたい。うん。

 いや、実は村長さんが二人と話をしに屋敷にいらっしゃるというからこうなったのだけど。今朝は下働きをしてくれている二人も出勤日で、二人っきりという訳でもないし丁度いいでしょう。頑張れ。


 診療所への道を歩みの遅い私に付き合ってもらってゆっくり歩く。ヒューさんは、ここは変わらない、あっちは昔はああだった、なんて間違い探しのように村の事を教えてくれる。

 あまり人の出入りも多くないこの村で、そういえばヒューさんは何で王都に引越しをしたのかなとふと疑問に思った。けれど、もし重い理由があったら聞かれたくはないわよね。


 顔を見上げたら、なあにってされた。少しためらったけど、まあ、ヒューさんもこの前私を散々質問攻めにしたからお互い様かと尋ねてみた。


 国家の枠組みから家族構成や元彼の話まで公私取り混ぜて聞かれたわね。別に隠すことでもないから話しましたけど。恋人と婚約者と夫婦の境界が曖昧だなあって感想をいただきました。そうね、言われてみればそうかもね。同棲も事実婚もこちらではありえないものね。

 でも私のいた国では、現代では愛人を持つのは常識に反するし重婚は犯罪だし、賛否はあれど同性カップルもいるよと話せば、なんとも言えない顔をしていた。さもありなん。


 あ、落としたら嫌だし魔導具は歩きながらは使いません。手のひらに、言いにくかったらいいけれど、と書いた。


「ああ、僕の魔力がねえ、急にすごく高くなっちゃったんだよ。身長が伸びるのに合わせて、ぐーんとね。その制御を身につけなきゃいけなくなって王都の学園に入ったんだ。うちは両親で仕立屋をやっていてね、王都の取引先からも向こうでやらないかって誘われてて。それで丁度いい機会だったし家族で引っ越したんだ」


 ほら、このローブも実はウチの両親が作っているんだよ、と肩に掛かる魔術院の黒いローブを揺らしてみせるヒューさんはちょっと自慢気で嬉しそう。国の機関の制服を作ってるってすごいんじゃないかしら。縁取られた控えめな刺繍とかじっくり見せてもらう。素晴らしい手技です。今は跡取の妹さん夫婦と一緒にお店を構えているそう。


「魔力は血で繋がるから、高魔力者は貴族に多いんだ。ウォルターやマークもそうだしね。たまに僕みたいに平民でポッと出てくるんだけど、ウチはどうやら何代か前の爺様がどこかの貴族の傍系だったから、先祖返りだと言われたよ」


 みんなが持っている魔力は、でも、色々わからないことの方が多いらしい。ヒューさんやウォルター様みたいに、持っている魔力を外に向かって魔術として使える人は多くなく、自分の特性以外にも自在に操れるのはさらに少数。ほとんどが貴族男性で魔術院か王宮の関係者となるそうだ。


「ずっと昔はねえ、僕らみたいなのは戦争の道具だったから。今でも国で管理されちゃうんだ。貴族が平民から距離を置かれるのは何も身分差だけの話ではなくて、どこかに残ってる昔の記憶がこいつらは怖いって思わせるんだろうね」


 重いことをさらっと言う。確かに飛行機とかミサイルとかの存在がないらしいこの世界で、魔術は脅威となり得るだろうことは理解できる。包丁と一緒で使う人次第なのは、いつでもどこでも同じなんだな。


「だからお嬢さんが僕たちの魔力を掃除や洗濯に使うなんて、すっごく新鮮だったよ」


 うわあ、そういえば昨日たっぷり活用させてもらいましたね! いや、貴方だって面白がって次々披露してくれたじゃないっ。あたふたする私を見るヒューさんはからからと楽しそうに笑って、僕の魔力は特に変わっている面があるから、と自分の目を指差した。


「怖がられることの方が多い魔力持ちの僕を掃除機代わりにするなんて。もう、楽しくて仕方なかった。ありがとうね、マーガレット」


 足を止め、バスケットを持っていない方でさっと私の手を取ると、そのまま流れるように手の甲にキスをした。驚いて引こうとした手をきゅっと掴まれて……ちょっと。そこでいきなり真顔になるのは反則じゃない?しかも名前で呼ぶなんて。


 これは、困った。私の日本での二十八年の経験では、恋人だっていたしセクハラも痴漢もあるがこれはない。ゆえに対処の仕方がわからない。

 だってそんなこと言われても、私は魔力なんてよく知らないから怖いと思わなかっただけだし。怖がらせるような使い方をする人を見たことがないし。だからそんな風にヒューさんに感謝されることでは決してないと思う。


 声の出ない口をぱくぱくしてる私にヒューさんはまた言葉を続ける。


「僕はね、マーガレット。女の子は大好きだけれど、結婚はしないし子どもも持たないって決めてたんだ。平民の高魔力持ちなんて散々だよ、貴族からは見下げられるし平民からは怖がられるし、どこにも居場所がないんだ。

 それでなくても自分の力に振り回されて、制御を覚えるまでは普通の生活だって成り立たない。自分の子どもにこんな苦労は引き継がせたくないんだ。もちろん、ウォルターみたいな貴族もいるし、魔術院の人間は同類が多い、それでもね」


 握った手は冷たくて少し震えていた。私の向こう、村の中心の方を見ながらヒューさんは呟くように言う。


「……本当はミーセリーにも来たくはなかったんだ。魔力が暴走して怪我をさせたり物を壊したりして、迷惑をかけた人がたくさんいるからね。それなのに初日にさ、みんな村長のところに集まって待っててくれてたんだよ。『あの時は凄かったなあ』って僕の暴走は昔話の笑い話になってたんだ。誰一人、僕を責める人はいなくって……ずっと、心に抱えてた重石が取れた気分になったんだ。

 だから、マーガレット。この世界に、ミーセリーに来てくれてありがとう。君が来なければ僕は決してこの村に再び来ることはなかったし、ずっと、過去を引きずったままだったよ」


 ふっとその緑の目を緩ませたヒューさんは自然に離した手で私の頭をそっと撫でた。私が何も言えずに見つめていると改めて目がまともに合ってしまった。


「っ、ごめん、らしくないね」


 途端にみるみる顔を真っ赤にさせて、口元を手で隠して向こうを向いてしまった。

 そのまま目を合わさずに、行こうか、とゆるりと歩き出したヒューさんの後を戸惑ったままで慌てて追ったのだった。





 診療所に着くとダニエル先生とマークに挨拶をして、いつものように敷物を広げる。ヒューさんが興味津々に眺めているけれど、これで支度は終わりです……そんな物足りなさそうな顔されても。

 休憩室にお昼のバスケットを運んで手を洗ったりしているうちに患者さんが来はじめた。


「マーガレット、おはよう! 今日はうちのチビをよろしくね」


 地声が大きくきっぷのいい姐さんタイプのこの人は、鍛冶屋のターニャさん。ターニャさんっ、昨日ごちそうさまでした! びわのパイ、たいへん美味しゅうございました!

 昨日、私が留守番を余儀なくされた婦人会で披露されたターニャさんの新作パイは、びわを使ったものでした。コンポートにした艶々のびわが一個分丸っと、パリッパリのパイ皮に包まれて……至福のひと時。しかも私が来ないのを知っていたターニャさんが、ウォルター様やヒューさんの分も人数分持たせてくれたのだ。


「ああ、昨日のパイの人? あれ、すっごく美味しかったですよ。王都に持って行ったら売れるんじゃないかなあ。うちの母とか妹とか絶対好きだと思う」

「あら、イヤですよそんなっ。私のは趣味だからねえ、美味しいって食べてもらえたらそれでいいんですよ」


 そういえばターニャさんはヒューさんと知り合いではなかったのかな? 魔導具を出して聞いてみる。


「へえ、面白い魔導具だねえ。こりゃ便利だ、よかったねマーガレット。私は先の村からミーセリーに嫁いできたからね、残念ながらこのいい男の魔術師さまとは初対面さ」

「うちの妹と同じ歳なんだ? 同じ村にいたらきっと友達になってたろうねぇ」


 そんなことを話していたら、マークが呼びに来た。ターニャさんはちびちゃんことジョン君を私の腕に抱かせてくる……あれ、少し体が熱い?


「ここんとこ私の調子が良くなくって。熱は大してないんだけど、何となくだるいっていうか。今日はマーガレットが居るって言ったらダンにも診療所に行って来いって言われてさ。ちょっと先生に診てもらってくるからいい子で待っててね」


 ジョン君の頭を撫でて診察室に向かうターニャさん。……ターニャさん、その症状ってあれじゃないですか。ジョン君は涙ぐんでお母さんの背中に手を伸ばしていたけれど、扉が閉まると諦めたように戻した手で私の服を掴んできた。


「この子、何歳?……ふぎゃっ、痛たた」


 ジョン君の顔を覗き込んだヒューさんは髪を鷲掴みにされてしまった。うん、目の前で揺れる赤い髪の毛は気になるわよね。はい、ちょっとごめんねとそっと指を開かせて髪の毛を離し、敷物に座る。足元の木箱から取り出したお手玉を握らせるとジョン君は両手で持って遊び始めた。


 膝の上でちまちまと遊ぶジョン君は二歳になったばかり。歩くのも走るのも上手だけどお喋りは少し遅めで、まだ、あーとか、うーとかだけ。寡黙な職人肌の御亭主のダンさんによく似ておとなしい子なんだけど、今日はいつも以上に静かな気が……。おでこや首筋を触ってみる。やっぱり熱いなあ。すると、この涙目はお母さんと離れたからではなく生理的に?


「どうしたの、その子何か気になる?」


 私がペタペタとジョン君に触っているのに気づいたヒューさんが聞いてきた。ジョン君も熱あるかも、と書けば先生に伝えるよと頷いてくれた。

 ジョン君が潤んだくりくりのお目目で私の顔を見上げてくる。にっこり笑っておでこをこっつんとして熱をみたら、一瞬目をパチクリさせてキャッキャと喜んでくれた。楽しくなったようなのでまた、おでこをこっつんこ。よほどお気に召したみたいで何回もこつんこつんとする度に、私の脳内では二匹の蟻さんが頭突きしまくるあの童謡がエンドレスで流れていた。


 しまいには両頬を小さな手でがっちりホールドされて、おでこをぐりぐりと合わせられまくっていた。何が楽しいのかすっかりご機嫌なジョン君に脳内童謡祭りだわ。フルコーラスで歌っちゃうわよ。


「……赤くなってる」


 呼びに来たマークにおでこを指摘されて苦笑いだ。バイバイと手を振って診察室に入っていくジョン君とマークを見送るとヒューさんがにこにこしていた。


「楽しそうだったね〜、いつもそうやって遊んでるの?」


 毎回だったらおでこ擦りむけそうよね。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マシュマロ

↑ご感想はマシュマロでどうぞ!↑
(お返事はX (Twitter)上になります)

全3巻発売中です。
書籍は書き下ろしエピソードも!
イラスト:村上ゆいち先生
森ジャム書影 森ジャムコミカライズ③書影
コミックス全3巻(漫画:拓平先生)
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ