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11 マーガレット

 

 少し厚めに切ったナスとズッキーニをオリーブオイルで軽く焼く。それと同じ厚さにスライスしたトマトをグラタン皿に交互に並べてさっと塩胡椒を振り、上からチーズをかけてオーブンに。

 畑のとれとれ野菜で作ったのはカポナータでもパスタでもなく、熱々のチーズ焼きだった。


 屋敷の食堂は広い。テーブルも比例して大きく、納戸に片付けてある椅子を出してきて人数分並べたがまだまだ余裕がある。せっかくなのでクロスを敷いて中央に軽く庭の花を飾ったりしてみたら、なんだかいい雰囲気になってぐぐっとテンション上がった。

 また食器がね、素敵なのよ。ここは本宅ではないので「いかにも磁器!」っていう薄いのじゃないのだけれど、縁に波飾りや透かしが入っていたり、季節の花の絵付けがしていたり。こう、使うのに気負わない程度の趣向が凝らしてあって実に趣味がいい。


「時々ダニエルやマークを呼んではいたけれど、お客さまは本当に久しぶりだわ」


 たまに村長さんがいらっしゃるくらいですものね。アデレイド様は手際よくどんどんお料理を仕上げていく。さやいんげんとハムのオイル煮、マッシュポテトがたっぷり入ったシェパーズパイ、あっさりした玉ねぎのスープ、みずみずしいレタスのサラダ。

 私はそんなアデレイド様の横で、男の人用にステーキ肉の下拵えをしたあとは、トマトをはじめ各種野菜を小さめの角切りにしている。これは明日食べるラタトゥイユ。一晩寝かせると味が馴染んでより美味しい。


 ウォルター少年は牛肉のコテージパイより、ラム肉のシェパーズパイが好きだったんですって。へえ。それがあのカラダを作ったのかしら。

 アデレイドさまに聞いたら、あのがっちりした体つきはもともと旦那さん譲りなんだそうだ。さらに、王宮で職に就く前には一度騎士団を経験する必要があるという。その時以来、剣の稽古が日課というか趣味になったそうで、さらに鍛えられて……ということらしい。文官なのに。


 さて、ラム肉。日本ではそこまでメジャーじゃないから、好きっていう子どもをあまり見かけなかったなあ。私は好き。よく言われる臭みも別に気にならない。

 ステーキの方は牛肉、今日はハーブソルトでさっぱりと。皆が来てから焼き方の好みを聞いて仕上げていこう。


 台所仕事はいつも楽しい。一人暮らしの狭いキッチンと違って、調理台が大きくて二人並んでも余裕があるのがすごくいい。ちなみにパンを捏ねたりパイ生地を作ったりは、食事をする方のテーブルでやっている。高さがちょうどいいのよね、脚もしっかりしていてグラつかないし。


「やあ、お邪魔するよ。美味しそうだねえ」

「毎度ながらご馳走だな」


 あら、ダニエル先生とマークがいらした。今日は台所に詰めるだろうから、呼び鈴とか無しで勝手に入ってきてって言ってあったのだ。ううん、さすが田舎、おおらかだわ。

 予想より早く来られたってことは今日は診療所は忙しくなかったのかな。それはそれで良いことだ。


「いらっしゃい、二人とも。早いわね」

「領主様が来られたから、みんな村長の方に行ってね。おかげでのんびりできたけど」


 なるほど、ウォルター効果か。あ、マークお酒持ってきてくれたの? ありがとう。私もアデレイド様も殆ど飲まないから、どれが美味しいのかとかよく分からないのよね。果実酒は作るけど。


「あまり強い酒じゃないから、これなら大して酔わずに飲めるだろう?」


 だから、頭を撫でるなって。ええい、手が塞がってるのが口惜しい。いやね、結構飲めるのよ本当は。嫌いじゃないの、ただ、怪我をしてから最近までちっとも飲んでなかったらすっかり弱くなったの、それだけ。

 社会人生活八年もしていてそれなりに付き合い酒もこなしてきたし、どっちかというと強い方だったはずなの。

 この前のは、久しぶりすぎて酔いが回りやすかったのよ、きっと。うう、信じてないな。

 ダニエル先生が優しーい目でこちらを見てるのが、何とも……。


 最近よく撫でられて、違和感がなくなってきてる感じがするのがちょっと危ない。診療所で保母さんしていても、マークが通りすがりにちょいちょい撫でて行く。いや、マーク、いい子で待ってる子どもの方にしてやって。私は大人、わたしは大人。

 年相応だったはずなんだけど、どうもこちらでは童顔に見えるらしい。おかしいなあ。


「ただいまぁ。わあ、美味しそうだなあ」

「……戻りました」


 マークがグラスやお皿なんかを並べるのを手伝ってくれているうちに、王都からの二人も戻ってきた。

 さて、皆さま。お肉の焼き具合のお好みは?







「それで、これからの予定は?」

「そうですねぇ、マーガレットが『招き人』だってことはもう疑う余地もありませんから。まあ、もともと先生の報告に文句をつける人もいませんでしたけどね。いくつか聴き取りをさせてもらっていいかな、お嬢さん?」


 そのお嬢さん呼びもどうにかならないかしら。言ったところで聞かなそうだけどね、この魔法使いさんは。

 主に先生とヒューさんが会話をリードしてくれて和やかに食事は終わった。今日は酔っ払ってないわよ。マーク、そんな困った子を見るような目をしなくて大丈夫っ、酔ってませーん美味しかっただけー。


 息子のウォルター君は相変わらず言葉少なだったけど、アデレイド様が気に病んでないようだったので残念ながらクッキーの刑には至っていない。というか、きっとこの仏頂面は通常運転なのね。何か言いたそうにしてる感じはあるのだけど…タイミングでもはかっているのかな。言えばいいのに。


 食後、居間に移動してお茶をいただいて、当然のように私の話になった。そうだよねえ、『招き人』の調査のお仕事で来てるのだもの。呼ばれるままに聴き取り係のヒューさんの隣に移動する。

 向かいのソファーには先生とアデレイド様、両側にある一人掛けにはそれぞれマークとウォルター様。ヒューさんが鞄からゴソゴソと取り出したのは……ホワイトボード?


「これね、魔導具。特別製だよ。招き人が声を失くして不便してるって聞いて、魔術院の技術課の連中が開発したんだ。これが専用のペンね」


 A4版くらいの薄いガラスのような、表面がツルツルした乳白色の板と、可愛らしい黒い羽ペンを持たされる。両方とも見た目より重くない。


「そうだなあ、何か適当に書いてみて。自己紹介とか」


 言われるままに、こちらの字で書き始める。マーガレットです、お嬢さんって呼ぶのは勘弁してください…と。おや、綺麗な黒色で書かれた文字は少し時間が経つと文字そのものが浮き上がり、羽ペンの中に吸い込まれ消えていった。わあ、面白い。


「これなら紙みたいに無くならないし、続けて筆談できるでしょう? ペンの軸の中にね、砕いた魔石が詰まっているんだ。そこに注入した魔力がインク代わりね。循環するようにしてあるからインク切れしないで長く使えるよ。まあ、どうしてもロスはあるから永久的ではないけど」

「まあ……そんなこともできるのね」

「持て余すくらい高魔力の子がいましてね、色々作っているんですよ。あ、これ試作品だからこの滞在中は使ってみてくれる? 改良するから使い心地を聞いてきてほしいって言われているんだ。表示されてる時間とか重さとか、意見があったら教えて」


 頷きながら、はい、と書いた私を満足そうに見てヒューさんは言葉を続ける。


「本当は、声そのものをどうにか出来たらいいんだけどね。先生が診ても分からなかったんじゃあ、僕たちにはちょっと無理かな。精霊に会えば何か分かるかもしれないけれど、会いたい?」


 会えるの?


「王都の森に現れるんだけど、まだ出現してから日が浅いからか存在が不安定なんだ。だからこそお嬢さんが招かれたのだろうけど。いつ現れるか、実際に会えるかは約束できない。でも会いたいなら手筈は整えるよ」


 ふうん。では、そのうち機会があったら。慣らすように羽ペンを動かす。


「……今すぐ会いたくはないのか?」


 お、ウォルター様。え、なあに、変だったかな、すっごい意外そうな顔してる。あれ、皆もだ。いや、精霊だなんてそりゃ、正直見てみたいよ。私をこの世界に呼んだっていうのなら尚更。でも、今行っても会えるとは限らないんでしょう。会えるまで王都に滞在するとなると、何日かかるか分からないのよね? それはちょっと……なんだかここを離れたくないのよ、私は。


 アデレイド様との暮らしが心地いいのもあるけれど、この森を離れたらいけない気がするの。

 王宮に行くだけなら一泊くらいだから平気かなって思ってたけど、さすがに何日もは無理な気がする。理由なんてないけど、強いて言うなら女の勘。結構当たる。


「この土地から離れたくない、か」

「アディが一緒でもかい? もちろん、行くときは僕も一緒だけど」


 ダニエル先生やアデレイド様と一緒……少しだけなら大丈夫かな。二、三日なら。


「そっかあ、分かった。よし、じゃあ、次ね」


 赤毛の魔法使いはワクワクと楽しそうにいろんなことを聞いてきた。ウォルター様の眉間のシワが大分深かったから、きっと半分くらいは仕事とは関係ないことだったんだろうと思う。分かる、この人は気持ちいいくらい自分の興味優先の人だ。


 別に困ったことは聞かれなかったから、答えられるだけは答えた。エネルギー保存の法則とか遺伝子のこととか、説明できないのはパス。そういうのが向こうにはあるっていうだけ話した。


 そこで一つ発見が。どうも、向こうとこちらで一日・一年の長さが違うみたい。「みたい」なのは、正確な一秒の長さとか説明できないから。腕時計も壊れているし。田舎暮らしはカレンダーをあまり見ないので気にしてもいなかったけれど、ああ、普通は最初に気付くわよね、こういうところが大雑把って言われるんだわ、私。

 まあ、それでざっと計算したところによると、こちら時間では私はだいたい二十六歳らしい……別に大して変わらなかった。ちょ、マーク、やっぱりって何。


「いえ常々、四歳も上には見えなかったものですから。やはり正しかったな、と」

「それでもお嬢さんはもっと若く見えるなあ。二十二、三くらい?」


 二十二って詐欺だよそれじゃあ。マークは四歳差が二歳差になってそんなに嬉しいか、わざわざ頭を撫でに来ないっ。二十八も二十六も変わりません、四捨五入すれば三十のままです、成人女性です。オーケイ?


 楽しげに笑っていたヒューさんが私の顔を覗きこんできた。


「じゃあ、最後に本題、」


 その綺麗なエメラルドの瞳は研究者の眼に変わっていた。いつになく真剣なその目に思わず息を飲むと、両頬を手で挟まれて至近距離で目が合った。


「マーガレット。今から君のその目を調べてもいい?」


 その言葉の途中で隣にいたマークが突然私の腕を掴んでヒューさんから引き離し、自分の方へ引き寄せて頭を抱き込まれ目を塞がれる。かしゃん、と音を立てて膝の上にあった魔導具が床に落ちた瞬間、その腕だけでなくふっと何かに包みこまれた感じがした。


 何? あれ、どうして私はマークに抱きしめられているの? 押し当てられたマークの胸の音がやけに早く聞こえて、そして……ああ、困ったなあ、何で腕の中で安心しちゃうんだろう。慣らされてないか、私。



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