焼きそばはその場で食べましょう
とっても季節はずれな夏祭りのお話です。
前作、前々作と合わせてお召し上がりください。
「おい、行くぞ」
「は?どこに?」
いきなり投げかけられた俺様な台詞に、
思わず眉をひそめて返したあたし。
だってしょうがないと思う。
学年下から10位以内のあたし広瀬 美咲は、
学年上から10位以内の幼なじみ林 悠斗に、
勉強を見てもらっている。
あたしが頼んだわけじゃないけど、
我がお母様の迫力ある笑顔に勝てるわけもなく。
やつはやつで晩ご飯で餌付けされたらしい。
そして、あたしの記憶が確かなら(残念ながらあまり自信はない)
今日はそのカテキョの日だったと思うんだけど。
「お前、ほんとバカだな。祭りに決まってんだろ」
くそぅ、イケメンはため息をついてもイケメンだ。
神様は不公平すぎる。
…って、じゃなくて。
「祭り?あぁ今日だっけ。
ってえぇ!?誰が!?誰と!?なんで!?」
「俺と。お前が。夏と言えば祭りだから。
はい、5分で支度する!」
「ちょっと待ってちょっと待ってお兄さん!」
どこぞの流行り芸人みたいな台詞を言いながら、
あたしはあわてて勉強道具をしまう。
「ちょっといきなりすぎない!?前もって言うとかさぁ!
あたしのみなぎる勉強意欲をどうしてくれるのさ!」
「そんなんあったら俺は今ここにいねーだろ。
てか思いつきだから前もってとかムリ。」
「他の人と行くかもしんないじゃん、3日間あるんだよ」
そう、うちの近所の夏祭りは、そこそこ大きくて、
毎年3日間行われる。
今日は初日だけど、最終日には花火も上がったりして、地元以外からもたくさん来るのだ。
「誰かと行くにしても、今日じゃねーだろ。
元はカテキョの日だし。
今日、俺と行けば他のやつと行く必要ねーじゃん」
むむぅ。減らず口を!俺様か!
え、あれ?…てかそれ、他のやつと行くなってこと?
突如浮かんだ考えに、途端にうろたえてしまう。
顔に熱が集まるのがわかる。
いやいやいやいや!
それはちょっと裏読みすぎですかね、美咲さん!
ホラ、女友達とかもいるわけですし!
さすがに自意識カジョーというやつじゃないでしょか!
とか悶々と考えて頭をぶんぶんさせてると、
「何やってんだー、行くぞ!」
と、いつの間にか玄関に移動していた悠斗から声がかかる。
最近、悠斗のちょっとしたことに反応しちゃって、いちいち心臓に悪い。
あいつへの想いは自覚したものの、元々の恋愛偏差値が低すぎて、
押し方も引き方もわからず、うまく距離がとれない、縮まない。
しかもムカつくことに、あいつは人を翻弄して楽しんでる気がする。
あれが噂の「気のあるそぶり」ってやつだ!
ホストだ、ホスト!そうやって貢がせるんだ、悪い男だ!!
「はぁ…こんな悪い男に育ってしまって…
おかーさんは悲しいよ…」
「何を言ってるんだお前は」
思わず漏れてた心の声につっこまれたり、
そんな他愛ない話をしながら、並んでお祭りに向かう。
最近、悠斗とは並んで歩くことが増えた。
でも二人の距離は微妙に空いてて、
もちろん手をつないだりとかはない。
そんな素振りもない。
そんな中であたしのことどう思ってるの?なんて聞けないし、
何とも思ってないとか言われたら恥ずかしすぎて死ねる。
そんなことを考えながら歩いてると、
会場に近づいてきて、人も増えてきた。
鮮やかな浴衣を着た女の人も多い。
「せっかくお祭りに行くんだったらあたしも浴衣とか着たかったな~
ったく、早めに言ってくれれば着れたのに」
「何、浴衣とか持ってんの?」
「そりゃあ女子ですから。さすがに1人では着れないけど。
去年はお母さんに着せてもらったな~」
「あー、確かに陽子さん、そういうの好きそうだよな」
「そう、お母さんがはりきっちゃって」
まぁはりきったわりに、お母さんもよく知らなくって二人で四苦八苦したんだけど。
おかげで出掛ける前から汗だくだったっけ。
その時のことを思い出しながらくすくす笑ってると、
「じゃあ浴衣姿は来年のお楽しみだな」
なんて頭をぽんぽんされる。
えっそれって…ってまた深読みして顔が赤くなるあたし。
「くっ…りんごあめみてー。買ってやろうか」
…またカラカワレタ。
「バカ悠斗!もう知らない!」
「悪い悪い、ほら、なんか食おうぜ!
飯食ってないから腹へったな」
そう言った目線の先には屋台が並んでいる。
やばい!テンションあがる!!
お祭りの屋台ってなんでこんなにテンションあがるんだろ!
「からあげ、ポテト、焼きそば、フランクフルト、チョコバナナ、わたあめ…
どうしよう、皆があたしを呼んでるよ!?
まずはクレープ先輩に挨拶かなぁ!?」
「誰だよクレープ先輩。んでもっていきなりデザートかよ。
最初はしょっぱいの行こうぜ」
「えー、となるとからあげ先輩?」
「近くにいるしフランク先輩じゃね
ほら行くぞ、人が多いからはぐれんなよ」
どっきーーーーーん!!!!!!
ききききききましたよ、これが噂の祭りマジックですか!
ななななななちゅらるにお手てをつながれましたよ!
ここここここれはどげんしたことですか先輩!!
てかてか、え!?え!?何何!?落ち着いて!!
落ち着かないと手に汗が!あたし汗手なんだって!
一体世のお嬢さん方は一体どのタイミングで汗をふいてるの!?
沈まれ鼓動、おさまれ手汗!!
あたし史上最高に焦ってるうちに、
悠斗は涼しい顔でフランクフルトを注文している。
あたしは手に全神経が集中してるんじゃないかってくらいなのに。
前にも思ったけど、誰か恋愛偏差値のあげ方を教えてくれ。
むしろ至急NAVERまとめにまとめてくれ。
ブックマークするから。
軽く現実逃避しているとフランクができたのか、手が放される。
その隙に光の速さで手の汗を服でごしごしする。
いや、まじで手に汗にぎるってこのことだ。
手汗おさえるツボとかってないのかな。
そんなこと考えながらふき終わってさぁ安心!と顔をあげると、
なぜか悠斗が見たことない表情をしていた。
あれ?なんだ?と思ってたらすぐ普通の顔に戻って、
「ほら、ケチャップこぼすなよ。」
と渡してくれて、食べながら歩き出す。
当然食べてるから手はつながない。
なんだろ?なんか怒らせた?
なんか傷ついたみたいな…気のせい?
もぐもぐしながらそんなこと考えて、
別の頭でせっかく手をふいたのにフランクでまた汚れるな~なんて思ってたら。
気付いた!
あたし、手をふいたんだ!
悠斗と手を離した瞬間に!
よく考えたら超感じ悪くね!?
「ゆゆゆゆゆ悠斗!」
焦って名前を呼ぶもふと我に返る。
違う!と弁明するとして、じゃあなんでふいたの?ってなった時に
汗手だからってそれまた乙女としてどうなの?
しかも何か手をつなぎたいみたいじゃん!いや、嫌ではないんだけど!
「ん?どした?次、何くう?」
だけど振り向いた悠斗は通常運転で。
あれ?やっぱり自意識カジョー?むしろ墓穴ほるだけ?
「うーーーーーーーん」
「そんな悩むか。
お!焼きそば上手そうじゃん、並んでるけど」
「あ!焼きそば食べたい!
でもあげたてからあげも捨てがたい!」
「じゃあそれぞれ買って、合流しようぜ」
やっぱお祭りと言えば屋台の焼きそばだよねぇ~!
その場であげてくれるからあげだよね~!
あたしの恋愛偏差値の低さはこういうところにあるのかもしれない。
悠斗がからあげ、あたしが焼きそば。
それぞれ戦利品を持って集合したときには、
お互いちょっと疲れてて、座って食べようと言うことになった。
やっぱなんとなく口数が少ない…?
なんて様子を伺いながら移動していると
「あ!林くぅ~ん!!ぐうぜ~ん!!」
おや、今この辺に犬がいましたか?
ちなみに林くぅんwとは悠斗のことだ。
「おー、林に広瀬、お前らも来てたんだ。あっちに佐藤たちもいるぜー」
最初に声をかけてきたワンコ女子こと斎藤さんと、
後に声をかけてきた中村くんは隣のクラスの子達だ。
体育や選択科目が一緒なのでお互いに面識はある。
そしていわずもがな我がイケメン幼なじみは、
肉食系ワンコ斎藤さんにロックオンされてる。
「なに、林くん、広瀬さんと二人で来たの!?」
斎藤さん、目が笑ってなくて怖いです。
そして「そんなわけないよね!?」という心の声がダダモレです。
「なになに~、お前ら付き合ってんの~?」
さすが中村くん!空気読めないことに定評があるね!
それはあたしも大いに気になるところだよ!
…悠斗、なんて答えるんだろう。
付き合おうとか言われたことはないけど、
一般的に、一つのソフトクリームをシェアしたり、
手を繋いだりっていうのは付き合ってることにならないのかな。
前に「今は『まだ』彼氏じゃない」みたいなこと言ってたし…
やば、超どきどきする。
「ばか、んな訳ねーだろ」
あたしの内心のどきどきなんか知らない悠斗は、そう答えた。
それはからかわれて照れた様子じゃなく、
明らかな苛立ちを含んだ答え。
質問した中村くんがたじろいでしまう位の。
でもそこはさすが悠斗。すぐに話しを変えて対応する。
目の前では悠斗と中村くんと斎藤さんが話してる。
斎藤さんは悠斗の答えを聞いたからか、より目がギラギラしてる。
だけどあたしには何も目に入らない、聞こえない。
…恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!
あたし、ばかだ、大ばかだ!
超期待してた自分が超恥ずかしすぎる!
超うぬぼれてたんだ超自意識過剰だったんだ。…超みじめだ。
今まで悠斗にからかわれてたのなんか気にならないくらい恥ずかしい。
むしろそれも合わせて恥ずかしい。
からかわれたのを真に受けて。本気にして。
やばい、泣けてきた…。
だけどだめだ、ここで泣いたら負けだ。
誰と何の勝負か分かんないけど、あたしはふんばった。
「やば!あたし観たいテレビあったんだ!
先、帰るね!みんなはゆっくりまわって!」
たぶん笑顔で言えたはずだ。多少、不自然だったかもだけど。
あたしはみんなと反対側へゆっくり歩き出す。
背筋を伸ばせ!これ以上みじめになってたまるか!
きっと誰も見てないんだろうけど、後ろからの視線を意識しながら、
精一杯の虚勢を張りながら家路を急ぐ。
家につくとお母さんが迎えてくれた。
「あら?悠斗くんとお祭に行ったんじゃなかったの?
早かったわね、1人で帰ってきたの?」
「ん~ちょっと先帰って来ちゃった。
悠斗は友達とまわるみたい。あ、これおみやげ」
そう言ってさっき買った焼きそばを渡す。
大丈夫、まだ笑える。
「…美咲を置いて?…減点1ね。」
「?なんか言った?」
「ううん、なんでも。
これ、美咲も食べてないんでしょ、一緒に食べましょ」
早く1人になりたい気もしたけど、確かにおなかは減っていたので、
お母さんと二人、焼きそばと食べる。
あー、こういうとこもダメなのかなー。
もそもそもそ。
「…なんていうか、屋台の食べ物って、
その場で食べると美味しいのに、家に帰るとまずいわよね…」
「うん…なんとも言えない絶妙なまずさだよね…」
もそもそもそもそ。
焼きそばを食べる。
ホントは悠斗と半分こして食べるはずだった焼きそば。
その場で食べたらきっとすごく美味しかったはずだ。
できたてほかほかで。
紅しょうがの取り合いとかしたりして。
青のりついてるぞとかからかわれたりして。
…そうだ、からかわれてたんだ。
全部。今までの。思わせぶりな言葉も態度も。
おうちで食べる焼きそばは、すっかり冷えてしまって、
後味も最悪だった。