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GRAVE KEEEEPER【Red Moon】  作者: 鵤牙之郷
8/30

赤竜

「今日も儲かったなぁ!」

 独り言を言いながら、田村一郎は家路についた。

 彼の仕事は麻薬の売買。海外から仕入れた違法ドラッグを若者達に売るのだ。収益の半分を彼の雇い主から貰える。今日はその帰りだった。

 貰った金を見ながら歩いていると、前方にあるものを見つけた。それは、金よりも価値のあるものだった。

 笑みを浮かべてそれに近寄る田村。だが、次の瞬間、

「あっ! ぎぃやああっ! いでぇ、いでぇよおっ! あっ、やめ……」

 日常生活では聞くことの出来ないような声をあげて、田村一郎は絶命した。白目をむき、口を大きく開けたまま。そのすぐ後、何者かがその場から走り去った。







 その夜はとても蒸し暑かった。もう10月だというのに、何故これほど暑いのか。きっとこれも、温暖化の影響なのだろう。いや、もしかしたら、この日は別の理由があったのかもしれない。

 秋山荘司とその部下は、とある中華料理店にいた。今回もボディーガードとしてある任務に就いているのだ。



 それは3日前のこと。

 仕事を終えた秋山のもとに1本の電話が。相手は平岩だった。秋山は他のメンバーから離れて電話に出た。

「もしもし」

『お疲れ様』

「ありがとうございます。……暴霊ですか」

 秋山は面倒くさそうに言った。漸く大きな仕事が終わったのに、また厄介な仕事が舞い込んでくるとは。それでも、いつものメンバーとの仕事ならまだ楽だ。今日一緒だった男達とはどうも波長が合わない。

「いいですよ。丁度予定も空いてますし」

『いや、違うんだ』

 平岩には、3つの顔がある。1つはH・Yコーポレーションの社長。もう1つは墓守上層部の1人。そして3つ目は、ボディーガード派遣会社の責任者。

 彼はネット上でボディーガードの派遣を行っており、普段は会社の部隊に依頼するのだが、今日のように秋山達エリートに依頼することもある。特に今回は先日社内に術師が現れたこともあり、多数の隊員が負傷してしまった。そのため、秋山達に頼むしかなかったのだ。




 そんなわけで、秋山と部下6人は今ここにいる。

 依頼者の老人は今、VIP席で誰かと話をしている。赤い扉で隔てられており、会話の内容はよく聞こえない。ここは彼の行きつけの店だという。

 依頼者によれば、今日は大事な顧客と会うのだそうだ。だが、気のせいだろうか。この部屋に入ったのは依頼者の他に老人が1人、それから背広を着た目つきの恐い男が数人。秋山の読みが正しければ、彼等は……。

「まぁいいか」

 秋山は持ってきた新聞を広げた。気になる記事があって、ついここまで持ってきてしまったのだ。

 彼が気になっている記事。それは、最近都内で起きている連続殺人事件の記事。勘が正しければ、その事件には暴霊が絡んでいる筈。しかし、記事全文を読んでいて、その疑惑は徐々に薄れていった。

「暴霊ですか?」

 部下の桐山雪が尋ねた。

「さぁな。そうかも、と踏んでいたが、どうも今回は違うかもしれない」

「違う?」

「ほら、読んでみろ」

 秋山から渡された新聞を、雪は食い入るように見つめた。





 その中では、円形のテーブルを囲むように6人の男性が座っていた。

 テーブルにはまだ料理は置かれていない。依頼者の街村忠行は一応笑みを浮かべて顧客、新島勲堂を見つめている。

 街村の背後、部屋の隅に、チャイナドレスに身を包んだウェイトレスが立っている。流石はVIP席、いつでもオーダーが聞けるように常にウェイトレスが待っていてくれるのか。

 街村の左右にスキンヘッドの男とサングラスを掛けた男、新島の左右にも眼鏡を掛けた男と顔に傷のある男が座っている。

「さて」

 街村が口を開いた。

「新島さん、お宅の若いのが、ウチの島で勝手に商売してたって話を伺ったんだが」

「まぁ街村さん。ここは大目に見てくれませんかね」

 新島が笑う。しかし眼は全く笑っていない。獲物を狙う虎のような眼だ。更に顔に傷のある男は懐に手を入れている。それを見てサングラスの男も同じ様な仕草をした。

「お宅でしょう? あいつを殺したの」

「ぁあ、何言ってん……」

「桜井、座れ」

 街村に言われ、スキンヘッドの男、桜井が顰めっ面をしながら座った。

 ウェイトレスはこの状況を見ていて恐くないのか。彼女はただずっと、微笑みながら立っている。きっと恐いだろう。しかし、恐怖心を出せばどうなるか解っているから、こうして平静を保っているのだろう。或いは、そうしているうちに慣れてしまったか、だ。

「ウチのが殺した? 何を馬鹿な」

「これは」

 新島が街村の言葉を遮って新聞をテーブルの上に置いた。

 この記事、丁度部屋の外で秋山が読んでいるものと同じだ。凄惨な殺人事件。被害者は全員男性で、遺体には幾つか穴が空けられていたそうだ。

 確かに、この部屋に居る者達ならやりかねない。何か特殊な凶器を利用したのかもしれない。

「こいつはウチの若い者で、偶々お宅の島で薬を売っていた。その帰りに殺された。お宅にね」

「へぇ」

「それから、その前の被害者。そいつはウチの島で店を持ってたんだが、同じように殺され、店は閉じちまった。お宅がウチの経営を邪魔してるとしか思えないんですわ」

 更に新聞を取り出し街村に問い詰める老人。だが、彼は部下のことを思ってこうしているのではなく、どうも目の前の相手を飲み込もうとしているように見える。先ほどとは違い、今度は眼が笑っているからだ。このまま追い詰めて、街村の派閥を取り込むことがこの男の魂胆だろう。

 しかし、街村はそう簡単に白旗を挙げない。

「それを言うなら、其方も殺したんじゃないですかね」

 街村が静かに言った。彼の部下も2週間前何者かによって殺害されている。それも、同じ方法で。

 街村の反論に対し、新島側の傷のある男が何かを取り出した。銃だった。新島は彼の行動を咎めず、街村を睨んでいる。

「じじぃ! 黙って聞いてりゃあよぉ!」

「あぁ? 何してんだてめぇ!」

 桜井も銃を出した。睨み合う2人。こんな所で発砲したらすぐに見つかってしまうだろうに。いや、そんなことは彼等には関係ないか。

 その後数分間2人は何かを叫んでいた。だが、途中で、

「やめろっ!」

 街村が叫び、両者をキッと睨みつけた。威圧されたのか、持っていた物をテーブルの上に置き、2人は座った。

 数秒の間があり、新島が言葉を発した。まだ次の手があるようだ。

「残念ですが、街村さん。もっとまともな殺し屋を雇うべきでしたな」

 言いながらテーブルの上に何かを放る。アイスピックだ。先は太く、血のような汚れが付いている。なるほど、これで殺したということか。凶器を出されてしまっては街村も反論出来まい。銃を使った犯行ならともかく、特殊なアイスピックを使用した殺人のため、凶器も絞られてしまう。

「さぁ、どうなんですか?」

 街村は黙ったままだ。頭の様子を見て、両隣の2人も不安を隠せないでいる。そして、それでもウェイトレスは、微笑みながら立っている。しかし、その手は微かに震えていた。

 固まった街村達を見ていて、新島は思わず吹き出しそうになった。自分でもここまで上手くいくとは思っていなかったのだ。

 新島が出してきた証拠品。実はこれ、新島側が用意したダミーの凶器なのだ。殺害方法など解っていない。しかし、相手を追いつめるのには使える。

 実は以前、新島の管轄内で殺人事件が起きていた。被害者は何と街村派の男。勝手に領内で麻薬を売り歩いていたらしい。すぐに抗議しようと思ったが、この男の死体が何かに使えるだろうと思い、丁度あの連続殺人事件が起きていたので、アイスピックに指紋をベットリと付けておいたのだ。来るべきとき……そう、今日の為に。

 本当に街村側が行っているのかは正直のところ新島には解らない。だが、指紋があれば警察も彼等を疑うだろう。警察内部には仲の良い警官も居る。もはや、目の前の老人に為す術は無い。新島、そして左右の2人は勝利を確信した。これで、彼等の管理出来る領域は格段に広がり、東京、いや、関東での地位も向上する。

「注文がまだだったな。お気に入りを頼む。全員分な」

 オーダーを聞き入れ、ウェイトレスは1礼して密室から出て行った。

 新島と話そうとしない街村。しかしその眼からはまだ殺気を放っていた。






 街村と新島が話をし始めてから10分後。

 秋山はまだ新聞を読んでいた。更に入手した情報を自分なりに纏め、暴霊のヒントを探っていた。

 事件は以前から発生しており、被害者は全部で8名。ニュースで適当に聞き流していたときは無差別殺人だと思っていたが、実は彼等には共通点があった。それは、全員暴力団関係者であるということ。その中には依頼者である街村側の男も含まれている。依頼者が街村であることは、秋山もまだ気づいていないが。

 特定の組を狙っているわけではない。ならば犯人の狙いは、集合的な意味での暴力団に対する復讐か。また面倒な相手だ。特定の組を狙ってくれた方が調査もし易いのに。秋山は深い溜め息をついた。

 そんな上司を見て、桐山達部下は互いに勝手な推理を展開していた。

「どうしたんだろう、落ち込んでるみたいだけど」

「フられたのかな」

「あの、バイオリニストの人に?」

「じゃないかなぁ? でなきゃ新聞の同じ面をずーっと見てるなんてこと無いだろ」

 どうも、彼等は大きな勘違いをしているらしい。同じ面を見ていたのは、少しでも多くの情報を手に入れたかったからだし、秋山は別にフられていない。ただ、そのバイオリニストと良好な関係を築いているのは確かだ。

 バイオリニストの名は兵藤遥。

 嘗て秋山は彼女を警護し、彼女を我がものにしようとしていた暴霊を倒した。それ以来、秋山はコンサートの度に招待されるようになり、今では食事にも行っている。本人は気づかれていないと思っているらしいが、彼もまた勘違いしているようだ。

とそのとき、部屋の扉が開き、ウェイトレスが出て来た。彼女と目が合ったので秋山は会釈した。相手も会釈し、調理場の方へ消えていった。姿が見えなくなるまで秋山は彼女の姿を見つめていた。それを見てまた部下達が「次の恋人だ」と勝手に解釈する。桐山だけは、秋山の考えていることを何となく理解しているらしい。

 秋山はあのウェイトレスと眼があって気分が悪くなった。それはちょうど、車酔いしたときの感覚に似ていた。記憶が正しければ、彼女の目は全て黒目になっていた気が。疲れているのだろう、そう思っても調べてみたくなってしまう。

 再びあのペンデュラムを取り出し、彼女が戻って来るのを待つ。10分程経過し、6人分のスープを盤に乗せてウェイトレスが戻って来た。秋山の視線に気づき、彼女は秋山に微笑んで見せた。やはり眼は普通だ。ニコッとされても秋山は無表情。彼は常時そういう男だ。

 ウェイトレスが中に入ってから、秋山はまた溜め息をついた。彼がぶら下げているペンデュラムが回っている。

「やれやれ、こんな時に暴霊か」





 約10分間、ウェイトレスがとっておきのスープを持って帰ってくるまで、街村側も新島側もひと言も発しなかった。両首領はほくそ笑んでいる。

 ウェイトレスが6人の前にスープを置いた。コンソメスープのような香りがする。オレンジ色の液体の中にシルクの如く薄く切られたネギが見える。その液体から沸き上がる湯気が、作り置きではなくたった今作られたことを物語っている。

「私はこのスープが好きでね。どうぞ、遠慮なさらず」

 と、新島達に薦める街村翁だったが、言いながら自分が先にスープに口を付けた。新島よりも自分が権威があるということを誇示するかのようだ。街村翁が飲んだ後、左右の2人もスープを飲み始めた。とことんバカにした様子だ。

 新島も眉間にしわを寄せて液体に口を付けた。何の変哲もないスープ。旨みが口いっぱいに広がる。

「なかなか、上手いですな」

 左右の2人も汚らしく音を立ててスープを飲み始めた。これには街村側だけでなく新島も嫌悪感を示したが、別に怒りはしなかった。

 もうじきこの領域が我がものになる。この店も、スープも、そして、部屋の隅に立っている女性も。彼の脳内では、この区域を手に入れた後のシナリオがほぼ出来上がっていた。まずは街村側の人間を全員殺害、或いは海外に売る。かの偉人・マキャベリの言うように、彼等が2度と復讐出来ないように根を絶つのだ。

 更にこの店も潰す。潰して、自分のお気に入りの店を置かせる。そしてあの女性は……次々に案が浮かぶ。この街村を消したら次は、次は、次は……。

 何故だろう、急にアイデアが浮かばなくなった。新島翁は自分の身体を見て、その理由を知った。これに注意がそらされたのだ。

 彼の体が爛れ、穴が空き、そこから赤黒いドロドロの液体が漏れ出ている。左右の2人も同じような状態に苦しみ、悶えている。反対側の街村達はニヤニヤしている。同じものを飲んだのに、何故?

 そこではっとした。考えが甘かった。ここはまだ、街村の領域なのだった。

「穴を空けられて死んでいった奴ら」

 街村翁が言う。アイスピックを弄びながら。

「ふん、アイスピックであんなデカい穴が空くわけねぇだろ、ボケ。テメェらみてぇな奴らがうちのシマを取ろうなんざ100年早いんだよ」

 言葉を返したいが、返せない。舌がドロドロに溶けて何も言えない。溶けた舌は水のようになり、彼等の呼吸器を浸蝕する。

「安心しな。今日からテメェんとこのシマもワシ等が管理してやる。テメェよりも、丁寧になあっ!」

 街村翁の声も聞こえなくなっていた。というより、新島達3人の身体はもう形を保っていなかった。肉塊となった3人を見て街村翁は笑っている。

 狂っている。この男はもはや人間ではない。差し詰め生きた暴霊とでも言ったところか。

「あ、うわ……」

 誰かが声を発した。新島派の3人ではない。部屋の扉が開いており、そこから外にいたはずのボディーガード、秋山が覗いている。

「なるほど」

「何してんだテメェ!」

 街村の部下が銃を出した。秋山は1歩も引かず、いつものペースで言う。

「あぁ、あなた方、そういった団体の」

「そういったとは、どういうことですかな?」

「皆さんはどちらの組の方で?」

 秋山はここで漸く彼等が暴力団であることを理解した。思えば部屋に入っていったメンツもそれらしかったので、別段驚きもしなかった。床に広がる液体にも驚かなかった。こんな奇異な死体、暴霊相手に戦っていると毎日目にする。

「テメェぶっ殺してやろうか!」

「まぁよせ桜井。冥土の土産に教えてやろうじゃないか。改めまして、街村組組長、街村忠行です」

 街村。

 秋山はぞっとした。彼はウェイトレスを見る。彼女はニヤリと笑っている。

 そうか。この暴霊と今回の事件は別の事柄ではなく、繋がっていたのか。

「綺麗だろう? 私が上海で見つけて来て、ここで働かせてやっているんだ」

 暴力団関係者を無差別に殺す暴霊。

「そうだ、最期に彼女に抱かれてみるか?」

 だとすると、この肉塊となった3人の次は、

「それがいい。最期だしな」

「街村さん! 危ない!」

「ははは、ハッタリなどワシには……ううぅぅぅっ」

 突然、街村翁が風船が萎むような悲鳴を上げた。見ると、ウェイトレスが街村翁に抱きついている。

「お前、パパとママ、殺した。お前達、殺す」

 彼女が離れると、街村翁はその場にバタリと倒れもがき始めた。体中に穴が空き、そこから血が間欠泉のように噴き出す。老人の身体がバタバタバタバタ音を立てて振動する。眼は真っ赤に染まり、暴れてテーブルにぶつけたつま先は粘土細工のように裂けた。

「何してんだテメェっ!」

 部下の2人がウェイトレスに向けて発砲する。その音を聞いて客が悲鳴をあげて逃げ出した。

 ウェイトレスは不気味な叫び声をあげ、2人に飛びかかった。2人もまた悲鳴をあげた。最後の力を振り絞って銃弾を撃ち込むも彼女には通用せず、結局街村派の3人も新島達のように死んでしまった。

 3人の殺害が完了すると、ウェイトレスは部屋の壁に向けて口から液体を噴射した。すると、壁に大きな穴が空き、彼女はそこから抜け出して逃走を図った。秋山も慌てて彼女を追う。

「ちっ。給料、倍貰わなくちゃな」

 秋山は走りながら、自分のステッキを取り出した。

 ウェイトレスは店の裏口から外へ出て、店の入っているビルの屋上へ逃げる。秋山もその跡を追う。屋内の階段は電気がついておらず、途中何度か躓きそうになった。

 屋上へはウェイトレスが先に着いた。そこから彼女は近くのビルを見つけ、身構えた。そちらへ飛び移るつもりなのだ。数秒程タイミングを計り、彼女は走り出し、地面を強く蹴って宙を舞う。だが、そこへ思わぬ邪魔がはいった。

 飛び上がったウェイトレスの脇腹に激痛が走り、彼女はその場に落ちた。近くにはステッキが転がっている。そう、秋山が彼女目掛けてステッキを飛ばしたのだ。

 ステッキを拾い、秋山は彼女にそれを向けた。彼女は恨めしそうに彼を睨む。

「生きた人間に雇われた暴霊か。珍しいな」

 雇われた、という言葉を聞いて、ウェイトレスはばく転して秋山と距離をとり、再び彼を睨んだ。

「雇われた? 違う! 復讐だ!」

 片言の日本語で、女性は続ける。

「アイツ、私を引きにく為に、パパとママ、殺した! それで、それで私、人殺じやらされた! 許さない! アイツ、許さない!」

 こんな片言の日本語では接客は難しい。街村は予てより彼女を殺し屋として雇うつもりだったのか。

 ということは、彼女はその頃から既に暴霊だったのか? 暴霊になった経緯は解らないが、娘を守るために両親は尽力しただろう。街村は、そんな2人のことを騙して終いには殺してしまったのかもしれない。

 全て秋山の想像に過ぎない。それにしてもあの男、相当心のねじ曲がった人間だったらしい。

 彼女が街村達を憎む気持ちも解る。しかし暴霊は、対象を殺しても心が晴れることはない。埋まることのない心の穴の為に、更に多くの人を殺そうとするだろう。それを止めるためにも、そして、彼女を救うためにも、墓守は戦わねばならない。

 秋山の身体が青白い炎に包まれ、墓守・アヌビスの姿に変わった。それを見て女性は驚いた。自分と同じような存在を見たのは初めてだったのだ。

「これ以上、君に人殺しをさせる訳にはいかない」

「なんで、なんで解ってくれないか?」

「解る。解るから、君を止めようとしているんだ」

「嘘つき! お前達みんな嘘つき! 殺してやる、皆殺し! 皆殺し! 皆殺しぃっ!」

 女性が顔の前で腕をクロスさせた。青白い炎が彼女を包み込む。その炎を、彼女は両腕を力強く開いて振り払った。

 そこには、赤いエリマキトカゲのような姿の獣が立っていた。身体の至る所からトゲが生えている。あれを刺して穴を空けていたのだろう。その眼は黒目だけで、白目はない。

 恐ろしい悲鳴を上げて獣が襲いかかってくる。肘や膝にもトゲが生えているため、あれをかわしながら戦わねばならない。黄金のステッキで攻撃を防ぐアヌビスだが、獣の俊敏な動きと、繰り出される強力な技のせいで防戦一方だ。

 ぶつかる度に、彼女の恨みが振動となって伝わってくる。攻撃はどんどん強まり、ステッキが折れてしまいそうだ。アヌビスは後ろにジャンプして距離をとった。

 獣は彼に吠えて素早く近付くと、高くジャンプして肘のトゲをアヌビスに突き刺そうとした。

 アヌビスはそれを見計らってあの技を使った。地中から6本の鎖が飛び出して獣の4肢を束縛する。獣は鎖によってまた叩きつけられ、苦しそうな声を上げた。体力をかなり消耗しており、ハァハァと息を荒げて獣が立ち上がった。激しく動いたことと、彼女の怒りの感情が体力を奪ったようだ。

「許せ」

 アヌビスのステッキは槍へと形を変えた。獣は力を振り絞って液体を噴射する。だがそれも、アヌビスの槍で払われてしまった。

 先を獣に向け、真っ直ぐに投げた。槍は風を裂き、獣の腹に深く突き刺さった。

 傷口から炎が噴き出し、それは獣の肉体全体に広がった。

 暴霊と化した者に血は無い。あるのはこの世に対する未練だけだ。炎はその未練を象徴しているのかもしれない。

 炎は獣の身体を容赦なく焼き尽くした。最期は骨も灰も残らず、女性は跡形もなく消え去った。カラン、という槍の落ちる音が虚しかった。

 秋山は元の姿に戻ると、槍を拾い、凡そ5分ほどそこに立って手を合わせた。いつもと違い、秋山はあの女性に同情していた。よく、霊に同情してはならないと言われるが、今の秋山はそうせずには居られなかった。






 後日、連続殺人事件は暴力団同士の抗争として報道された。あの店も閉店するらしい。

 平岩には今回の件を伝え、仕事2件分の給料を貰った。平岩もすぐOKしてくれた。

 彼女のことは、どの新聞社も、どのテレビ局も伝えなかった。知るはずが無いのだから仕方ない。だが、彼女の人生とは何だったのだろうか。そういえば、彼女の名前も年齢も解らない。

 秋山は花束を持ってビルの屋上に来ていた。白やピンクなど、落ち着いた色の花でいっぱいの花束。貰った給料から出して買ったものだ。

 その花束を屋上の隅に置き、手を合わせた。普段の秋山ならやらないことだ。いや、おそらくどの墓守もしないことだろう。暴霊となった者に手を合わせるなど。

 誰も伝えない。誰も知ることがない。世間の注目はすぐに違うものに移り、事件そのものが忘れられてゆく。事実は闇の中。だからこそ、事実を知る者は、その事実から眼を背けてはならない。その思いが秋山をここに連れてきたのかもしれない。

「墓守、か」

 携帯が鳴った。相手は平岩だ。

「はい」

『忙しいところ申し訳ない。暴霊が現れた可能性がある。場所はメールで送る。すぐに向かってくれ』

 電話を切ると、秋山はステッキを取り出した。すぐにメールが届いたので、添付されたファイルを開き、場所を確認した。

「了解」

 携帯を仕舞い、秋山は目的地へと向かう。

 晴れた空の下、屋上に添えられた花がゆらゆら揺れていた。

・レプティリア・・・赤いエリマキトカゲの姿をした暴霊。身体には毒のついたトゲが何本も生えており、それに刺された人間は無惨な死を遂げる。

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