死を呼ぶ月
あの方は私に役目を与えてくださった。
生きていた頃は皆から除け者にされていたこの私に、役目を与えてくださったのだ。あの方の期待に応えなければ。私に目をかけてくれたあの方に、恩返しをしなくては。
「やっていますね」
「あっ、ディレクター!」
「そうです、その調子です。全ては、神の崇高なる計画のために」
そう言って、あの方は去った。
さて、私も早く次の獲物を呼び寄せなくては。
西日本にある岩場、天海岬。星がよく見えるからという理由でその名がついた。しかし、今ではそこは自殺の名所として有名になっていた。
更にこの頃、この天海岬の近くで失踪事件が多発している。岩場近くの道路に何台もの車が乗り捨ててあったそうだ。しかも全てエンジンがかかったままなのだという。自殺するのであれば人目に付かないように車は使わないだろう。エンジンが止められていないのも怪しい。被害者は既に20人を超えた。ここまで来ると国家的陰謀を考える必要があるかもしれない。県警は総力を挙げて事件解決に努めている。
そんな彼等の仕事を否定するようで申し訳ないのだが、一部の者達は国家的陰謀などではないと考えている。犯人も概ねわかっている。そして、その犯人が警察では決して捕まえられない相手であることも。
悠真と安藤は飛行機で関西国際空港に向かった。車だと時間がかかる上、渋滞にはまる可能性もある。そのため、安藤が仲間に頼んで飛行機のチケットを手配してもらったのだ。その仲間とは、安藤の同期の秋山荘司である。彼は社会的地位も高く、何かと安藤達を助けてくれるのだ。
2人はレンタカー会社に寄って車を借りた。時間短縮になったとは言え、天海岬は更に先にある。車でなければ早めに到着出来ない。
「青年も免許取れよ? 俺らの世代が引退したら、今度は青年が引き継がなきゃならないんだぜ?」
「でも、俺の世代の墓守っていないんですよね、日本には」
悠真の言う通り、日本には10代の墓守はまだ悠真1人しかいない。他国には代々墓守をやっているという家が何件もある。それに比べ、日本にはそんな家は殆どない。更に少子化の影響もあり、現在登録されている10代の墓守は悠真しかいないのだ。ただし、20代の墓守はそこそこ多く、悠真もあと1年で仲間入りだ。
「そう言えば、安藤さんって何歳でしたっけ」
「俺? 今年で38だな」
「へぇ」
それ以降、大体3時間弱、天海岬に近づくまで会話はなかった。安藤は最近のブームや若者の言葉を余り知らない。だから、悠真と話をしようにも何を話せばよいかわからないのだ。
色々知っておいた方が良いか、などと考えていると、
「あ、すいません。酔い止め無いですか?」
「酔い止め?」
珍しかった。悠真は車酔いしない体質の筈だが、今日は何故か気分が悪いという。単なる車酔いではなく、この地に潜む怪異が原因なのではないか。何となくそんな気がした。
道路は山へ続いている。車はゆっくりと登ってゆく。
悠真を見ると、頭が痛いのか手で押さえて寝ている。残念ながら酔い止め薬は持ち合わせていない。悠真にはもう少し我慢してもらわねばならない。
時刻は15時。暴霊が動き回るのには適していない。何か行動を起こしても他者に見つかってしまう。少し遅くても良かったか。こんな山の中に宿があるとも思えない。人も来ないだろうと思っていたが、前方に1人の中年女性を見たときは驚いた。汚れたセーターを着、髪はボサボサ、目の下にはクマが出来ている。何となく彼女が気になる。安藤は車を止めて窓を開け、女性に話しかけてみた。
「あの、どうされました?」
「はい?」
「いや、こんな山の中、しかも徒歩で」
女性は花束を持っていた。ピンクのリボンがついている。
花。
安藤はひとつの仮説を立てた。女性の親族の墓があり、彼女は墓参りから帰る途中だった。当たっているだろうか。
「娘が、自殺したんです」
「あ。すいません」
仮説は正しかった。女性の娘は自殺していた。恐らくあの岩場でだろう。これ以上聞くのは女性を辛くさせるだけだ。安藤が「お気をつけて」と言うと、女性は会釈して、再び歩き出した。その背中はどこか悲しげだった。
「あの人、大丈夫ですかね」
悠真が起きていた。もう酔っていないのか、顔色も良い。
「大丈夫って、何がだ?」
「あの人の背中に、黒い影が見えたんですよね」
やはり今日の悠真はどこかおかしい。安藤でさえ見えなかったものを、彼は見ていた。暴霊は実体化した霊であるから霊感の無い者にも見ることは出来るが、それ以外の霊や念は、墓守であっても霊感が無ければ見られない。知る限りでは、霊感を持つ墓守は上層部の平岩雄一郎だけだ。彼には相棒の霊が見えていた。術師の金谷空人との戦いで、悠真は元術師の力を取り込んで戦った。その関係で彼も霊感を持ったということなのか。
女性の背中の黒い影。娘なのだろうか。
「ほら。あれ? 見えなくなった」
悠真は女性をじっと見つめた。今はもう見えないようだ。
気付くと、車は10分もその場に止まっていた。
「まあいいや。行きましょう安藤さん」
「何が行きましょう、だよ。お願いしますだろ」
車は更に先へ進み、木も少なくなってきた。天界岬に近づいている。
ネットで調べたのだが、岬は林の奥にあるらしい。つまり左右の木々の先に目的地はある。ぼーっとしていると岬を見つける前に下山することになってしまう。悠真は左右に気を配ったが、林の先に岬らしき場所は見えない。
岬が、自殺者以外の人間を拒んでいるようだ。いや、土地ではなく、そこで身投げした者達の怨念がそうしているのか。どちらにせよ2人にとっては面倒な状況だ。結局岬を見つけられず車は下山してしまった。下山すると、登る前とは違う景色が目に映った。建っている家はどこか古びている。スーパーやコンビニもあるが、聞いたことのない名前のものばかりだ。タイムスリップしたかのようだ。
ここまで来て、先程の女性に場所を聞けば良かったと後悔した。あんな所で10分も止まっていないで女性を追えば良かったのだ。だがここに来るまで、2人はあの女性を見ていない。もしまだ女性が生きていれば、彼女はこの町にいるかもしれない。見たところ周りを山で囲まれているため、探すのは案外楽かもしれない。
一縷の望みに賭け、2人は捜索を開始した。
とりあえず車で町を回ってみることにした。
ここに来る客は珍しいのか、町人は皆車を食い入るように見つめていた。この町にある車は輸送用の軽トラックだけだ。安藤達の乗っているような自動車もまた珍しいのだろう。悠真は彼等の顔を見ているが、先程の女性はいない。どこにいるか聞こうとしたが、そもそも彼女の名を知らなかった。
「居たか、青年」
「いいえ」
悠真は特に心配していた。
女性の後ろに見えた影。オーブのような、暴霊に成れなかった魂なのか?
やはり地道に探すしかない。捜索を諦め車をターンさせ、元来た道を進んだ。すると、前方に、明らかに怪しい存在が立っているのが見えた。
茶色の身体に、両手に装着した巨大な角。そして紫色の目。それがいる場所には人がおらず、誰も気づいていなかった。
あれが暴霊だろう。2人はその場に車を止めて外へ出た。暴霊は2人を待っていたようで、笑いながら歩み寄ってきた。
「暴霊か!」
「初めまして、墓守の方ですね?」
「俺達を知ってるのか?」
「クライアントから話は聞いております。何でも、我々の邪魔をするのが大好きだとか」
その発言から、目の前の怪人が降霊術師であることがわかった。2人は武器を構えて臨戦態勢に入った。安藤はまだ村正から認証されていない。生身の身体で戦えるのだろうか。
「見慣れない術師だな。術師も増えてるのか?」
「増える? 違いますよ」
術師は素早く安藤の目の前に移動し、角を刺そうとした。間一髪攻撃は防いだが、少しでも遅れていたら確実に命を落としていた。生身では術師はおろか暴霊とも戦えない。
「我々はあなた方が考えている以上に大きな組織だということです。私は隠者、ハーミット。部下からは、ディレクターと呼ばれております」
ディレクター。前に倒した暴霊もそんなことを口にしていた。
喋りながら、ハーミットは更に攻撃を続ける。
村正だけでは対処出来ず、短剣も取り出して攻撃を防いでいる。更に悠真も後ろから斬りかかったが、ハーミットはそれを察して振り返り、角で刀を弾いた。以前現れたキャファールもかなり強かったが、このハーミットは彼とは根本的に違っている。細身の体で特殊な道具は持たず、持っているのは手に付けた角のみ。しかも近距離攻撃にしか向かない武器だ。戦いには余り向いてなさそうな姿だが、それでも2人相手に楽に戦っている。
だが、ハーミットは途中で戦いから離脱、道の先を見つめた。
誰かが走る姿が見える。あの後ろ姿。悠真達が捜していた女性だ。何やら慌てているようだ。何しろ靴を履き忘れる位だから。戦いを中断したということは、ハーミットもあの女性を捜していたのか。
「邪魔が入りました。この続きはまた後程」
隠者は消えた。
あの女性を追えば天海岬の場所もわかる。それだけではない。あのハーミットもいるかもしれない。今は生身の体で戦っていたから力を余り出せなかったが、力を発動すれば少しは違うかもしれない。
2人は急いで車に乗り込み、女性の跡を追った。彼女は何か叫んでいる。近づくと、「美代子、美代子」と叫んでいることがわかった。自殺した娘の名だろう。そして女性の背中には、やはりあの黒い影が見えた。安藤は窓を開けて女性に呼びかける。だが女性の耳には届いていない。
少しして、道路に赤い模様が描かれているのが見えた。車のライトに照らし出されたそれは、明らかに血で描かれていた。この山道を裸足で走っているのだから当然だ。それでも、目の前の女性は痛がっている様子はない。何かに取り憑かれたかのように、娘の名を叫びながら一心不乱に走り続けている。
何があったのだろう。娘は暴霊と化していて、今度は母親に狙いを定めた、とか。
辺りはすっかり暗くなり、月と車のライトだけが光を放っていた。
突然、女性は道を逸れた。左側の林に入っていったのだ。きっとあそこが天海岬だ。
安藤は近くに車を停めた。2人は急いで車を降りた。先程は見えなかった林の先が、今は見える。岬が呼んでいるのか。岬もこれ以上自殺者が増えるのは嫌らしい。
林を抜け、2人は天海岬に足を踏み入れた。何故か、空気が重くなった気がした。林が境界線で、あの世とこの世を分けているようだ。ふと視線を右にずらすと、犬の如く土を掘っている女性の姿が見えた。そこには直方体に加工された岩が置かれている。あそこが墓だ。悠真達は女性のもとに走り寄った。近くに暴霊が潜んでいるかもしれない。
近づいても、女性は動きを止めない。ずっと、娘の名を呼び続けている。月明かりだけではっきりはわからないが、彼女の手は黒っぽくなっていた。おそらく出血しているのだ。もう見ていられない。安藤は女性の後ろに回り、腕を押さえた。
「奥さん! あんたの身体が持たない!」
「放して! 放してぇ!」
女性がもがく。安藤はそれでも放そうとしない。あまりにしぶといので、女性は遂に安藤の手を噛もうとした。悠真も女性を止めようと手を伸ばした。すると、そのとき、
「ふふふふふ」
海の方から声がした。確認すると、水上に立つ若い女性の姿が見えた。髪は長く、白い服を着ている。はっきりと見えた理由は、彼女自身が光を放っていたからだ。悠真を睨みつけ、女性が驚異的なジャンプ力で岬の方まで跳んできた。彼女が美代子とやらなのか。母親も動きを止めて彼女を見ている。
「放してやれ」
女性の声は何故か男性のようだった。暴霊になった時に変わってしまったのだろう。悠真は刀を女性に突き付けた。安藤は母親を押さえている。
「自殺者が増えてる原因はお前か」
「あの方は私に役割を与えてくださった。私は、あの方の理想を叶える為に再び蘇ったのだ!」
「お前も術師の奴隷か」
「あの方を侮辱するのか? なら、お前達の魂も戴くぞ!」
女性の身体が炎に包まれ、クラゲのような姿の暴霊に変わった。右手には球体を付けており、左肩からは三日月を思わせる鎧を装着している。右手の球体を悠真の方に向けると、そこから赤い光線が発射された。それらを刀で防ぎ、悠真も0の姿へと変わる。墓守のことを聞いていたのか、暴霊は0を見ても驚くことはなく、ゲラゲラ笑っていた。0は刀を斧に変えて暴霊を斬りつけた。身体は弱く、暴霊の左肘から下が斬り落とされた。だが三日月に月の光が当たると、斬り落とされた腕が見る見るうちに再生してしまった。ただの鎧ではないらしい。あの三日月を先にどうにかしなければならない。
月によって力を取り戻す。嫌な予感がする。
「安藤さん、その人を連れて離れて下さい」
安藤は母親を引きずって林の中に隠れた。
相手の力を吸収するべく、《−》の力を発動した。術師の部下ということはある程度教育を受けているはず。三日月を守ろうとするだろう。ならば、遠距離攻撃を仕掛けるまでだ。
攻撃の隙を窺う両者。そんな彼等を、ハーミットが木陰から見つめていた。
見られていることに気づかず、2人は同時に攻撃を開始した。暴霊の放つ光線を、0が霧で防いでいる。攻撃は止まない。先に攻撃を止めた者には死が待っている。
ここで0が暴霊に近づいて拳を突き出した。だが思ったより三日月は硬い。より強力な攻撃でなければ破壊出来ない。暴霊は少し後ろに下がり、球体で0に殴りかかった。それを片腕で防ぎ、もう一方の腕で身体を突く。霧に食われて初めは傷が付くのだが、やはり月の光を浴びて元に戻ってしまう。三日月を先に対処する必要がある。
「ディレクターから究極の力を授かった! 貴様等には殺せやしない!」
「奴隷に究極の力なんか渡すわけがない。それに、お前はもう死んでるだろうが!」
三日月を撃とうとした瞬間、暴霊が後ろへジャンプしてかわし、再び光線を放ってきた。慌てて霧を張る0だったが肩に1発食らってしまった。当たった場所からは暴霊と同じように炎が吹き出した。墓守も霊的パワーを用いている。炎が出るのは不思議ではない。
安藤も協力したいのだが、手を離したら母親が何をし出すかわからない。彼女を押さえるので手一杯なのだ。彼も近くにハーミットがいることに気づいていない。つまり今ハーミットに襲われたら太刀打ち出来ない。ただ、その術師は彼を襲う気はないらしい。ずっと、0の戦いを見ているだけだ。暴霊を助けるでもなく、腕を組み、時に笑いを零して“観戦”している。暴霊があれだけ豪語しているのだから、何らかの役割を与えたことは確かだ。
暴霊はハーミットがいることを知っている。だからこそ、パワーを最大限に発揮して敵と戦っているのだ。果たしてそれは、存在理由を与えてくれた師への愛によるのか、もっと大きな仕事を求めて実力を示しているだけなのか。
「貴様等なら大量の魂を所持している筈。まとめて戴く!」
「何言ってんだコイツ? 墓守は術師とは違う! 起源が同じだろうが、魂を集めて遊んでる奴らとは違うんだよ!」
いよいよ0が反撃に出る。ただ光線を防いでいた訳ではない。彼は霧を張りつつ、拳にパワーを溜めていたのだ。三日月ごと、暴霊を破壊するために。
霧の壁を発動させたまま0が走り寄る。霊はかわそうとせず、まだ光線を撃ち続けている。墓守が目の前に来たとき、漸く暴霊は攻撃のパターンを変えた。球体で相手を殴るが、バリアによって逆に傷がついてしまう。この球体も三日月と同じ素材らしく、いくら月の光を浴びても元通りにはならなかった。
確実に仕留めなければ。霧を使って相手の動きを封じた。
「次に生まれ変わった時は、もっと頼れる上司に会うんだな」
そう助言し、0は拳に溜めた霧を一気にぶつけた。溜められたパワーが暴霊を食う。三日月もぼろぼろに破壊され、暴霊は跡形も無く消えてしまった。
戦いが終わると木陰からハーミットが現れた。暴霊が破壊された場所から幾つもの火の玉が現れる。ハーミットはそれらを自分の身体に取り込んだ。そう、これが、あの霊に与えられた役割だったのだ。
「魂を集めること。それ以上のことは彼には求めていません」
「またあんたか」
「主は魂を集めることに力を注いでいらっしゃる。崇高なる計画のために」
「月の術を使うつもりか?」
「それはまた別の機会に。では」
そう言うと、ハーミットは紫の光に包まれて消えてしまった。ハーミットも倒すつもりだったが仕方ない。悠真は元の姿に戻った。
浄霊は完了したが、何故だろう。まだ空気が重い。それだけここには邪念が渦巻いているということか。
日が昇り始めている。安藤が母親を連れて出て来た。やはりその手からは血が出ていた。黒い影はもう見えない。母親は、娘の名を叫んでここまで来た。あの暴霊が彼女の娘、美代子だったのか。
ふと、ハーミットの言葉が蘇った。術師は暴霊を、彼と呼んでいたのだ。嫌な予感がする。そして、その予感は現実のものとなった。
「あ!」
母親が、海の方を見て驚いている。悠真と安藤もそちらを見た。
安藤には何も見えていないが、悠真にはそれが見えていた。今まで彼女の肩に乗っていた、あの黒い影が。母親は強い力で安藤の手をほどき、海の方に歩き出した。悠真が止めようとしたが、何故か手足が動かない。影の方を見ると、黒い顔の中を2つの目玉が蠢いていた。眼球自体が水に浮いているかのように移動している。だがその瞳は間違いなく悠真と安藤を睨んでいた。母親は影に手を伸ばし、近づいてゆく。そして、崖の縁に達しても足を止めることはなく、彼女はそのまま、悲鳴も上げずに海に落ちていった。その後影も消え、悠真達の身体も自由になった。
「あの人達、何があったんだ」
悠真は、崖に立てられた墓石を見つめる。そこには、『篠宮美代子之墓』と刻まれていた。
あの後、2人は町に戻り、篠宮家について話を聞いてきた。
数年前、篠宮家はこの町で最も大きな家だった。
あるとき、父親の篠宮諭吉は娘の美代子の縁談を取り決め、家に男性を呼んだ。未来の主人になるであろう男性に、諭吉も美代子も期待を寄せていた。ところが、母親のタエだけは賛成していなかった。
縁談の2日後、事件は起きた。
篠宮美代子と相手の男性が行方を眩ましたのだ。警察も町民も、兎に角殆どの住民が協力して2人を捜した。その結果、あの天海岬で、篠宮美代子の遺体が発見された。崖には靴が2足ずつ置かれていた。この海に飛び込んだのだろう。そして、美代子の遺体だけは下の岩場に打ち上げられたのだ。恐らく相手の男性は海の生き物の食糧となっているに違いない。
この事件のあと、諭吉は毒を飲んで自殺、タエも精神に異常を来した。ただ、この事件はどうも怪しい。心中にしても、出会ったばかりの2人が自殺するとは考えられない。
実は事件には裏がある。
タエと付き合いのある者から聞いたのだが、実はタエ、自分の娘に恋愛感情を抱いていたかもしれないのだ。そのことを考えると縁談に不賛成だったのも納得がいく。これは悠真の想像だが、美代子を永遠に自分のものにしておきたかったタエは、縁談の相手を呼び出して殺害したのだろう。
母親のことに気付いていた美代子は、男性のことが不安になって跡をつけた。そして、男性を殺害したのを目撃した。母親は犯行が知れるのを防ぐため、目撃者も殺害したのだ。犯行を行うのに適しているのは夜だから、目撃者が美代子だと気付かなかった可能性もある。兎に角、美代子も殺してしまったタエは、2人が心中したように靴を置き、遺体を崖から落としたのだろう。
「と、こんな感じでどうでしょう」
「青年の想像が正しかったとして、なんであの人は地面を掘ってたんだろうな」
「さぁ。精神が異常だったのか、それとも」
「それとも?」
「自分は彼等を殺していないと、自身の脳を騙していた、とか?」
そこから会話は進展しなかった。東京に帰るまで、2人は何も語らなかった。
・シームーン・・・術士・ハーミットに雇われて魂を集めていた暴霊。クラゲの姿をしており、肩に着いた三日月状の装甲で月の光を吸収、自らのパワーに変える。




