戦慄のコンテスト
新聞をバックに入れ、今日も悠真は登校する。
この時期、大学ではある行事が行われる。悠真にとってはどうでも良い行事だ。柱や掲示板にはこぢんまりとした宣伝ポスターが貼られている。
そんなものに構っている暇はない、とでも言いたげな様子で、悠真は深い溜め息をついた。
今日は授業が少なく、悠真は例の如く図書館で新聞を読んでいた。
先日の1件を皮切りに、次々に怪事件が起き始めている。術師がまた現れたことも大いに関係しているだろう。
暫く紙面に目を通していると、友人の柏康介がやって来た。彼と話すときはうるさくなる。悠真は新聞を仕舞い、図書館から出ようと提案した。
彼の話題は決まっている。きっとあの行事のことだ。
「今年のミスコン、誰が優勝だと思う?」
ミスコンテスト。
悠真にとってどうでも良い行事のひとつ。墓守になっていなければ興味を示したかもしれないが、彼にとって大事なのは誰が美しいかではなく、誰が暴霊なのかだ。
「誰でも良いだろ」
「面白くねぇなぁお前は。少しは興味持てよ。お前だって綺麗だとか可愛いとか思う子もいるだろ?」
「まぁな。でも誰が1番綺麗かなんて人それぞれだろ。必ずしも俺と柏のタイプが合致するわけでもないし」
「え? お前、タイプ何?」
「言わねぇよ。口軽いだろ、お前」
他愛のない話をしていると、建物の方が騒がしくなった。野次馬が出来ている。何事かと見に行くと、ほぼ同時に救急車が到着し、2人の救命士がストレッチャーを運んで走ってきた。救命士を通そうと野次馬が退くと、奥に女学生が倒れているのが確認出来た。貧血だろうか、運ばれてきた学生は顔色が悪かった。青ざめていて、おまけに全体的に痩せたようなイメージを受ける。
学生を乗せ、救急車が発車すると、野次馬も散り散りになった。
「珍しいな。あいつ、陸上部の奴だよ」
「へぇ」
「うん。次期エース候補だとよ。誰かに盛られたかな?」
「え?」
「エース候補となりゃ、それを疎ましく思う奴等も居るだろ? 何か順位を決めるってことには、そういうセコいことが付き物なのよ。そうなると、ミスコンでも何かあったりしてな!」
「セコいこと、ねぇ」
悠真は黙り込んだ。
なる程、ミスコンにも暴霊が絡む可能性はあるようだ。じっと救急車が行った方向を見つめる悠真。背中に悪寒が走った。思わず振り返るが、何もない。
この感覚。もう既に、悠真の予感は現実のものになっているのか。
「おい! おい! 大丈夫か? 頭ショートしちゃったか?」
「あ、悪い。そういえば、ミスコンに出る学生ってもう解ってるのか?」
仮に校内に暴霊が居て、しかもそれがミスコンで優勝することを望むもの、或いは出場者を疎ましく思っている者だった場合、今年の出場者が狙われる危険性が高い。先に手を打てば被害を減らすことが出来る。
「何だよ、興味あるじゃんよ。えーっと、俺の知ってる限りでは、経済学部3年の黄川華子と須藤里沙、理工学部2年の紫村夕、法学部の酒井栄子、文学部の沖田恵里、薬学部の田中洋子……このくらいか」
悠真は再び停止してしまった。
彼の耳が正しければ、康介は今恵里の名を口にした気がする。まさか恵里も候補者の1人だとは。暴霊のターゲット候補であることもそうだが、彼女がこの様なコンテストに参加することが驚きだった。
悠真は平静を装い、礼を言って康介と別れた。
まだ昼まで時間はある。どうにかして、恵里から経緯を聞き出したい。いつの間にか、悠真の目的は当初のそれから大きく逸れていた。悠真は恵里を待って昼食に誘うことにした。
その頃、安藤は悠真の帰りを待っていた。
たまたま喫茶店を見つけたのでそこで待つことにした。喫茶店の名は、霞んでよく見えなかったが、恐らく新世界と書かれてあるのだろう。
客は安堂以外に学生が1人だけ。従業員もマスターしか居ない。
「いやぁ、良い喫茶店ですね! 雰囲気最高だよ!」
いつもの調子でマスターと会話する安藤。彼は誰に対してもこの調子なのか。マスターは穏やかそうににこにこ笑っている。
「ありがとうございます」
「1人で経営してるんですか?」
「いえ、アルバイトの女の子が居るのですが、今日は大学の授業が入っているそうで。奥には料理人も居ます。私がスカウトしました」
「へぇ〜。あの新世界って名前も格好いいですよね」
「あぁ」
マスターはカウンターに手を突いて言った。
「今、世界は混乱している。それは、個人個人の欲が招いたことです。土地や利益を独占することが、混乱の原因です。しかし、本当の幸せというのは独占することではなく、全ての人が利益を共有して、助け合うことで手に入ると思うのです。なので、この喫茶店が、そのきっかけになれればなと思いまして」
マスターの言葉に安藤は大いに共感した。こんな考えを持っている人間が、こんなところに居たとは。
「マスター、またここに来ても良いですか?」
「勿論です。ですがその前に、宜しければ名刺をいただけませんか?」
壁に掛けられたボードを指差してマスターが言った。この店は客との出会いを大切にしているということで、名刺を貰ってボードに貼っているらしい。名刺の分だけ出会いがあるという訳だ。
残念ながら、安藤は名刺を持っていない。なので、ポケットの中にあった紙に名前を書いて渡した。彼もこの出会いを大切にしたいのだ。
「安藤、肇さん」
「はい。あ、マスターの名前は?」
「私ですか? 田中と言うのですが、マスターで結構ですよ」
「解りました。じゃ、俺はこれで。本当に、本当にまた来ますから!」
頼んだ珈琲の料金を支払って外へ出た。
昼。
悠真は恵里を誘って昼食をとっていた。今日はいつもの様に話すことが出来ない。聞くことが、出来ない。躊躇っているうちに目も合わせられなくなってきた。何故ここまで悩んでいるのか、悠真自身も解らなかった。
「はぁ」
恵里が溜め息をついた。何か悩みがあるようだ。
「どうした?」
「え? ああ、大丈夫。最近寝不足で」
「そっか」
暫し沈黙。2人は3分程言葉を発することなく箸を進めた。
寝不足というのは恐らく嘘だ。彼女もミスコンのことを考えているのだろう。この様子だと、恵里が自ら出場を決めたわけではないようだ。本当に悩んでいるらしい。恵里が自分に自信のある女性だとすれば、寝不足とは言わずに「うん、ちょっと」といった具合に誑かすか、ミスコンの話を出すだろう。その話題を出すにしてもあくまで他薦だと言う筈だ。これは悠真の考えなので確実ではないが。
ここで、2人の沈黙は破られる。だが破ったのはどちらでもなかった。
「恵里〜!」
向こうから恵里を呼ぶ声が。見ると、外国人風の顔立ちをした女学生が居た。美しい瞳に、肩まで伸びた金色の髪。この女学生、最近見た気がする。悠真は記憶を辿る。
「あれ? だぁれ?」
女学生は不思議そうに悠真を見つめる。顔が合った瞬間、どこで彼女を見たか思い出した。彼女を見たのは、喫茶店・新世界だ。和喜陽助に連れて行かれたその店で、彼女はウエイトレスとして働いていたのだ。まさか彼女もここの学生だったとは。大学の帰りに新世界に寄ってバイトをしているのか。それにしても、あのときと印象が違う。本来はかなり明るい性格のようだ。
「同じサークルの、宇佐美アリスさん」
「こんにちは〜」
「ああ、どうも」
彼女はハーフだった。日本語が堪能な訳だ。
「ねぇねぇ恵里」
アリスが恵里の肩に手を回した。恵里は不機嫌そうな顔をする。
「ミスコンの準備出来た?」
「出来るわけないでしょ? そっちが勝手に推薦しちゃったんだから!」
なるほど、恵里を推薦したのはアリスだったのか。恵里に怒られると、アリスは軽く謝罪した。
その後、話を聞いて大分理解出来た。もともとアリスは出場する気だったのだが、1人で申請をするのが恥ずかしかったので、勝手に恵里も推薦したということだった。
何故かほっとした。が、すぐにまた不安になった。出場するということは事実。暴霊が絡んだとすれば2人もターゲット候補だ。
こうしている暇はない。先程の悪寒が気になる。悠真はお先にと言って席を外し、再び康介を探しに行った。彼が教えてくれた出場者を殆ど忘れてしまったからだ。まずは彼女達の身に何か起きていないか探る必要がある。
キャンパス内を探す悠真。まだ康介は下校していない筈……と、そのとき、すぐ近くで悲鳴が聞こえた。念のために刀を取り出して声のした方に向かう。
そこは建物の裏側だった。
1人の女学生が何かに震え後退りしている。その向かい側に、それは居た。青く輝く怪物。さしずめ蜘蛛女といったところか。だが、霊には申し訳ないが強そうには見えなかった。肩の、蜘蛛の脚を模した鎧も丸みを帯びている。腕の防具も丸っこく、先端のトゲは小さい。
「ちっ、出たか!」
悠真は素早く2人の間に割って入り、女学生を逃がした。その後すぐに0に変身、蜘蛛女に攻撃を仕掛けた。この蜘蛛女、最近暴霊になったのか、攻撃をガード出来なかった。手に付いたトゲで攻撃するも0には通じない。
「まだ生まれたばかりみたいだな」
「ウウ、止めろ、私の身体に傷をつけるなぁっ!」
怒りに呼応するかのように蜘蛛女の身体が輝いた。そして、腕から糸を発射してきた。戦いの中で成長しているらしい。
糸のせいで0の動きが止められた。蜘蛛女はその隙に、高くジャンプして姿を眩ました。
「逃がしたか」
悠真は元の姿に戻り、刀をしまった。
蜘蛛女に襲われた女学生はまだ近くに隠れていた。もしかしたら、変身前の蜘蛛女を見ているかもしれない。
いや、暴霊も流石に其処まで馬鹿ではないか。
「あの、大丈夫でしたか?」
「い、今の、今の……」
「束のことお伺いしますが、あなたは今度のミスコンテストの出場者ですか?」
暴霊について細かく説明していると長くなってしまう。それよりも有力な情報が知りたい。だが、
「え?」
「だから、今度のミスコンテストに出場……」
「馬鹿にしてんの? する訳ないでしょ!」
女学生は怒って走り去ってしまった。
初めは何故怒っていたのか解らなかったが、よくよく考えてみると、あの女学生は多分ミスコンに出ても勝てない気がした。
それはそうと、暴霊が狙っているのはミスコン出場者ではないということか。だとしたら悠真の考え過ぎか。いや、確か暴霊は、身体を傷つけるなと叫んでいた。手を引くのはまだ早い。これから申請する気なのかもしれない。どの道出場者全員に1度接触する必要がある。
そのとき、今度は安藤から連絡があった。
『青年、上から呼ばれたぞ』
「は? また? 術師の件ですか?」
『多分な』
「解りました。安藤さ……」
また悲鳴が聞こえた。今回はかなり積極的な暴霊のようだ。すぐさま現場に向かうと、また野次馬が出来ていた。被害者であろう女学生が2人の係員に運ばれて来る。午前中に倒れた女学生のように、全体的に青ざめ、げっそりと痩せている。1件目もあの蜘蛛女の仕業だったのか。
残念ながら、安藤には上層部からの呼び出しを拒否してもらわねばならない。今年のミスコンは明日、明後日の2日に分けて行われる。襲撃のペースを考えるとゆっくりしていられない。どうせまた校門のところに待っている筈だ。駆け足で正門に向かうと、やはりそこには車に寄りかかった安藤が待っていた。安藤はニヤニヤしながら悠真に手を振った。
「青年! こっちだ、こっち!」
「安藤さんごめんなさい」
「えぇ? 今日はどうした? 俺も今来たばかりだから気にすんな!」
「いや、そうじゃなくて、今日は平岩さんのところに行かずに、俺の用事に付き合ってもらえます?」
「は?」
悠真は、校内に暴霊が現れたことと、恐らく2日後のミスコンが関係しているということを説明した。安藤も理解したようで、上層部に連絡を入れてくれた。
取り敢えず車に乗り込む2人。改めて、先程現れた暴霊のことを安藤に伝えた。
「なるほど、短いペースで人を襲う暴霊か」
「何か知りませんか?」
「知らないよ、俺も暴霊研究家じゃないからなぁ」
頼りにした自分が馬鹿だった。上層部のところへは安藤1人で行かせるべきだった。その方が事件の手掛かりも術師のことも解ったのだが。暴霊の習性やタイプは、秋山や、それこそ上層部の平岩雄一郎の方が詳しいだろう。今から上層部に行くか? 連絡を入れたばかりなのに行くのも変だろう。
「なぁ、手掛かりは掴めたのか?」
「だから、そのために安藤さんに聞いたんですよ。何で連続で襲撃するのか、何で急に能力が開花するのか」
「能力が開花?」
隣に座る男の顔つきが変わった。その目は輝いていて、何かを閃いたようだった。
「もしかしてだぜ?」
少し黙ったあと、安藤が言葉を発した。
「そいつは、栄養を集めてたんじゃないか?」
「栄養?」
言われてみれば、確かに被害者は全員痩せ細っていた。あれは暴霊に生気を吸われたためだったのか。生気を集める利点は、暴霊のパワーが上がること。しかしあの蜘蛛女は術師に飼われている訳ではなさそうだ。墓守のことも知らなかっただろう。となると蜘蛛女の利点は……。
−私の身体に傷をつけるなぁっ!−
不意に、蜘蛛女の言葉が脳裏を過ぎった。
そうか、生気を吸うことで自分の魅力を高めようというのか。ここまで推理出来れば犯人は絞れてくる。ミスコン出場者の誰かだ。2日後までに、自分のコンディションを最高値まで高めるつもりなのだ。
「安藤さん、やっぱ最高だわ」
「え? あ、おい!」
悠真は車から出て再び校内に戻った。出場者全員と接触するのだ。
上手い具合に、ミスコンの係が新しいポスターを貼るところだった。どうやら出場者の顔写真らしい。
食い入るようにポスターを見る悠真。だが出場者を見て驚いた。申請した筈のアリスと恵里の写真が無い。棄権したのか。最終的な出場者は、経済学部の須藤理彩と黄川華子、理工学部の紫村夕、法学部の酒井栄子の4人だった。
呆然としていると、丁度そこへ帰宅するアリスと恵里が歩いてきた。2人はすぐに悠真に気づき、近づいてきた。
「あの、ミスコンは?」
「あぁ、これから出場者を広間に集めてミーティングをやるんだけど、集まった人達を見たらアリスが怖じ気づいちゃって」
「私じゃ無理だも〜ん」
アリスが棄権すると言ってくれたので、恵里も棄権することが出来たのだという。そこまで説明して、2人は挨拶して帰ってしまった。
確か恵里が、これからミーティングだと言っていた。チャンスだ。全ての出場者に接触出来る。広間はそう遠くない所にある。すぐにそこへ向かい、こっそりと中の様子を調べた。広間には4人の出場者と担当の女性が居て、点呼をとっているようだった。
「ええっと、黄川さん」
「はい」
「酒井さん」
「居ます」
「あと、紫村さん」
「はい」
「それと、須藤さんね。沖田さんと宇佐美さんは、たった今棄権を申し出て、今回は出場しないことになりました」
見たところ、全員特に驚きもせず、淡々としていた。
このあとすぐにミスコンの説明が始まった。明日はアピールタイムなるものがあるらしい。まだ結果は出ていない。その方が良いかもしれない。暴霊が負ければ、優勝者に報復する危険性があるからだ。
どうにかヒントを掴めないか。じっと4人を観察していると、急に猛烈な頭痛が悠真を襲った。思わず目を瞑り、その場に座り込む。この頭痛・・・これは、単なる身体の不調ではない。
ゆっくりと目を開けると、何やら奇妙な光景が。情景がネガ反転していたのだ。これはいったいどういうことだろう。不安になりながらも4人の方へ視線を向けると、1人だけ奇妙な症状が出ている者がいる。その女生徒の背中からは、青い炎らしき物が噴き出しているのだ。あれはきっと、暴霊の証だ。その女子学生は……。
「君」
「はい?」
偶然そこに居合わせた教授に見つかってしまった。
「何してんの」
「あの……いや、投票において、彼女らの内面を知りたかったのです。待ち時間の態度の良し悪しだって、美しさの項目に入ると思うのです」
「良い考えだけど、勉強の方にも集中してくれよ? じゃ、気をつけてな」
教授は去った。
それにしても今のは何だったのだろう。突然暴霊が識別出来るようになるとは。そう言えば、先日も沖田恵里の父と兄の姿を見ている。まだ元術師の兄・沖田誠治の力が残っているというのか?
それはそうと、これで暴霊の正体が誰か知ることが出来た。しかしアピール前に浄霊すると後々面倒だ。ここはひとつ、時間を置くことにしよう。悠真は安藤の待つ車へと急いだ。
翌日。
アピールタイムは昨日打ち合わせをしていた会場で行われる。
スタートまで残り15分。既に何人もの生徒が会場に入っている。
悠真は入口で、ただずっと彼女を待っていた。他の生徒から養分を吸い取っていた、彼女を。
やって来た生徒の中に出場者の姿も見える。本番前に友人達から励ましてもらっているのだろう。果たしてその中の何人が彼女らに心からエールを送っているのだろう。
殆どの生徒が中に入った。その後から1人、上品そうに歩いてくる女生徒がいる。縁なし眼鏡を掛けた女生徒。隣に貼ってあるポスターを見て再度確認する。間違いない。暴霊だ。悠真はすっくと立ち上がった。その手には刀が握られている。
悠真のことは知らなかっただろうが、その刀を見て女生徒は顔を曇らせた。自分の身体を傷つけた刀。忌々しい。忘れる筈がない。
「この間はどうも。この姿で話すのはこれが初めてですかね、紫村夕さん?」
女生徒……紫村夕は悠真を睨み付けた。眼鏡の奥の瞳が一瞬青く光った気がする。
「何者?」
「あなたのような、強い未練があって暴走しちゃった霊を止めに来ました」
「何で、見ず知らずのあなたが何で知ってるの? 私が、私が幽霊だってことを」
「俺もこの仕事初めて3年だしね。暴走した霊は霊能者でなくてもはっきり見える。念が強すぎるんだ。尤も、俺は霊能者じゃないんだけど」
夕は鬼の形相になり、両手から糸を発射した。この前よりも強くなっている。やはり彼女は成長する霊だったようだ。悠真はそれらを刀で切り裂き、夕を見つめた。攻撃するでもなく、ただ彼女を見つめた。
「何で他の生徒を狙った?」
「別に良いじゃない。どうせ参加しないんでしょう? だから、勿体無いから、あの子達の魅力を戴いたのよ」
「なるほど」
悠真は攻撃せず、何と鎌をステッキに戻してしまった。これには夕も驚いたようだ。
「じゃあ、試してみな。あんたみたいに心のねじ曲がった人が、みんなに認められるか」
悠真は入口から退き、夕を招いた。
初めは驚いていた夕だったが、勝ち気な顔になり、スタスタと歩き出した。
「見せてあげるわ。私の美しさを」
夕はそう言い捨てて会場へ向かった。悠真も1度溜め息をついてから、ゆっくりとその後を追った。
大丈夫。いったいどれだけの生力を吸ってきたと思うの? あんな男子が何を言っても、私の勝利は変わらない。
「紫村さん?」
コンテスト出場者の1人が話しかけてきた。
「え?」
「だ、大丈夫?」
何? 何のつもり? 心配する気もない癖に! ああっ、コイツからも生力を奪ってやりたいっ!
……いや、コイツを殺したら、コンテストが中止になるかもしれない。そうなったら、そうなったら、私をコケにしたあの男達を見返せない。ここは、我慢するしかない。
『黄川さん、ありがとうございました! 次は紫村夕さん、お願いします』
私の番だ。ゆっくりと立ち上がり、彼等の待つステージに向かう。
私がステージに立てば、全員が私に魅了される。私をコケにした奴らも!
さぁ、私を見なさい!
「え?」
「何あれ?」
「いやああっ」
退いている? 何で? 何で?
ステージ脇の鏡に私の姿が映っている。……嘘、あれは、あれは……
「いっ、いやあああっっ!」
ステージの上で叫ぶ夕。その姿を見て悠真も驚いた。
額はぱっくり割れ、身体は罅割れている。しかもその罅は赤く、彼女の白い肌のために余計に際立って見えた。手足からは血が滴り落ちている。彼女の身に、何が起きているというのだ。
そのとき、再び悠真をあの頭痛が襲った。この力、どうやら勝手に発動してしまうようだ。
もう1度彼女を見ると、ネガ反転した彼女の身体から、黄色やオレンジ、緑のオーラが噴き出していた。確証はないが、あれはきっと夕が吸い取ってきた生力だろう。他人の生力が彼女の身体に適応していないということか。
突然のことに司会者もただ黙っている。周りで見守っていたスタッフが慌ててステージに上がり、夕を助けに行く。
「大丈夫か? 大……うっ!」
「先生? うっ、ああっ」
「足りない。もっと、もっと美しくなきゃ」
スタッフが次々に倒れてゆく。夕は逆に、ゆっくりと立ち上がる。傷は全て塞がっている。倒れた者達はミイラのように干からびている。彼等の生力を全て吸ってしまったらしい。
傷が無くなっても夕の暴走は止まらない。彼女の身体から大量の糸が発射され、生徒の首筋に刺さった。先が針になっているらしい。刺された生徒は一気に生気を吸われ、同じようにミイラ化してしまった。その様を見て会場の全員が悲鳴を上げて逃げ出した。悠真は彼等とは反対の方向に走り出し、夕を止めに行った。
「おい!」
2人以外誰もいなくなった会場。目を真っ赤にした夕が、ゆっくりと悠真の方を向いた。
「失敗だったな。生気は肉体を維持するためにしか作用しない。幾ら吸っても美しくはならないって訳か」
「いいえ? もう誰も、私をコケにすることは出来ない」
夕の身体が青白い炎に包まれ、紅く輝く蜘蛛の暴霊に姿を変えた。昨日とは違って鎧は強固に、トゲも牙のようになり、より美しい姿になっている。これが暴霊の真の姿なのか。
暴霊は牙を悠真に向けて襲いかかってきた。寸前でかわし、悠真も0に変身した。更に攻撃して来るので、暴霊の後ろに回って刀を振り下ろした。しかし、生力によってすぐに傷が癒えてしまった。続いてあの糸による攻撃。今度は0からも生力を吸い取るつもりか。
「残念だけど、俺からは何も吸えねぇよ!」
透かさず黒い霧の力を発動して変身すると、暴霊に向けて霧を放射した。反対に、暴霊から力を吸い取ろうというのだ。
今まで吸っていた気が抜かれ、暴霊は見る見るうちにあの青くか弱い姿に戻ってしまった。追いつめられていることよりも、自分の美貌が損なわれたことの方がショックらしい。
「終わりだ!」
拳に霧を集め、暴霊に向かってゆく。暴霊も最後の力を振り絞って糸を飛ばすが、それらは全て霧に飲み込まれた。そして、最後の1撃が、暴霊の腹に入った。
蹌踉ける夕。一瞬元の人間の姿に戻ったが、すぐに炎に包まれて消えてしまった。
「何だよ、暴霊にならなくても綺麗だったじゃんか」
悠真は元の姿に戻ると、裏口から外へ出た。
後日、悠真は柏康介と一緒に近くのファミレスにいた。
結局ミスコンは延期になった。恵里とアリスはやはり出場はしないようだ。
康介は紫村夕に関する情報を教えてくれた。
彼女は目立たない女子だったようだ。話し相手が1人もおらず、ずっと勉強ばかりしていたそうだ。
そんな彼女にも好きな人が居た。同じ学科の男子だ。思い切って告白してみると、男子はすぐにOKしてくれた。楽しい生活。今まで何故恋愛の素晴らしさに気づかなかったのか。友人が見ても彼女は幸せそうだった。
ある日、夕は偶々、あの男子が他の男子と話しているのを見かけた。こっそり近づいてみると、男子の話している内容が聞こえてきた。
「ははは、本気な訳ねえだろ、あんな奴。遊びだよ、遊び」
「お前、相変わらず酷い奴だな。まぁ、アイツモテねぇからな、多分お前でも引っかかるんじゃん?」
「ふざけんなよ! で、どうすんの」
「え? 適当に遊んで別れるよ。適当なこと言えば向こうも諦めるだろ」
……彼女は、遊ばれていたのだ。
初めての恋。きっと彼女は、心からその男子に惚れていたのだろう。
彼女が言っていた、「コケにすることは出来ない」という言葉の意味がわかった気がした。
「で、何でお前がそんなに知ってるんだ?」
「悪事千里を走るって言うだろ。その男子の友人の中に、偶々俺の知り合いがいたんだよ」
「なるほどな。どんな奴なんだろうな、紫村の恋した男子って」
「あぁ、ソイツが言うには、中の下らしいぜ」
言いながら、康介がドリアを頬張る。
紫村夕……今まで面識の無い学生だったが、悠真は彼女のことを忘れられなかった。そして、同じように面識の無いその男子に対して、激しい怒りを覚えた。
・アラクネー・・・学生の紫村夕が暴霊となったもの。初めは成りたてで青くか弱い姿だったが、他人の気を吸うことで成長、赤い女王のような姿になった。
モチーフはマルティニク・ツリースパイダーというクモ。幼少期は青く、成長すると赤くなる。




