赤い月
0が社長室に向かった後、秋山達がビルの中に突入した。中で倒れている安藤を見つけると数人が駆け寄り、彼の身体を起こした。
「大丈夫か?」
秋山が声を掛けると、安藤は片手を上げてニヤッと笑みを浮かべた。痺れは本当にある程度引いているらしく、大事には至らなかったようだ。
「あの術師は?」
「青年が倒した」
「安藤も、だろ?」
ルベルこと神田明宏を止めることが出来たのは0の力のおかげだけではない。安藤が自ら壁となり、更に0に村正を渡したことで勝利を手にしたのだ。
秋山は外でファランクス達と戦いながらその様子を見ていたのだった。彼のみならず、部下達もその勇姿を見て力を貰った。
「……あ、青年!」
安藤はまだ0のことが心配らしい。立ち上がろうと両サイドに座る男女の手を退けようとする。
「やめとけ、まだ身体が」
「いやいや、もしものことがあったら大変だ」
無理矢理立ち上がろうとする安藤。こうなったら止めても聞かないだろう。秋山はため息をついて彼に手を差し伸べた。彼と安藤もまた友人同士。互いのことを良く理解している。安藤はまた笑みを浮かべるとその手を握り、ヨロヨロと立ち上がった。
「桐山達は外を見張っていてくれ。これまで得た情報によれば、術師はまだまだいる。仲間が部下を派遣して来るかもしれない」
「わかりました」
新しい司令を出してから、秋山と安藤はエレベーターを探して乗り込んだ。幸い電気はまだ通っているらしい。
突入前、秋山はこのビルのことをある程度調べてきた。社長室が何処にあるかもサーチ済みだ。ボタンを押して扉を閉めると、鉄の箱が静かに、かつ速く上昇し始めた。
「全く。彼と合流してどうするつもりなんだい? その身体で充分戦えるとは思わないけどな」
「うるせぇ。意地でも戦ってやるよ。何てったって、俺は青年の責任者だからな。お前にもわかるだろ、あれだけの部下を持ってるんだからよ」
「ふふふ、なるほどね」
箱は着実に、社長室のある27階へと向かっていた。
その27階では、0と渡一樹が壮絶な戦いを繰り広げていた。渡は皇帝の様な姿をしており、羽根をマントのようにして纏っているが、戦闘力は高く、素早く動いて0にダメージを与えている。対する0は火球を撃ったり衝撃波を放ったりしているが、先程エネルギーを蓄えた渡の方がスピードは速く、殆ど躱されてしまう。
「愚民が愚かな真似を!」
「ちっ、愚民愚民ってうるせぇんだよ!」
やけになって連続で攻撃を加えるがやはり効かない。その隙に渡は素早く0に近づき、剣を持つ手を蹴り上げ武器を叩き落としてしまった。驚いた0の顔面に更に1発。今度は0が飛ばされてしまった。現在部屋のドアは破壊されている状態。威力が強ければ吹き飛ばされて下に落ちていたかもしれない。
「終わりかな?」
「んなわけねぇだろ!」
立ち上がってそのまま殴り掛かる。が、相手は武術でも習っていたのか素手での戦いにも慣れていた。返り討ちに遭い、腹に蹴りを食らってまた飛ばされてしまった。
「最近の若者にしてはガッツがあるな。その点は合格だ。だがそれ以前に……」
言いながら、渡は立ち上がろうとする0に向けて光線を放った。直前に武器を取ろうとしたが失敗してしまった。
「礼儀を学ぶべきだな、君は」
「お前みたいなヤツに敬語なんて使いたくもないね」
「そうか、残念。ならばもう失格だ。このまま死ぬが良い!」
皇帝が両手を広げる。するとその瞬間、彼のいる場所から凄まじい爆風が巻き起こった。風は壁や床、そして窓ガラスを破壊した。風の威力で0が更に吹き飛ばされる。壁の残骸に必死にしがみついているが、この壁もいつ壊れるかわからない。
実はこのとき、ちょうど秋山と安藤も到着したのだが、突如巻き起こった風によって彼等もエレベーターの中に戻されそうになっていた。秋山はアヌビスに変身、ステッキを壁に突き刺して風に耐えている。安藤も変身しようとしたが、疲労の為にまだ出来なかった。
窓ガラスが割れて外の風が入り込んだことで、渡の発した爆風の威力が更に高まっている。風が弱まったところで渡りに目をやる。
「見ろ。これが皇帝、支配者たる者の力だ!」
マント代わりになっていた羽根が広がり、不気味な模様が露わになる。羽根は他のどの術師よりも大きく、ひとたび羽ばたけば先程の様な風が起こりそうだ。
壁や天井が破壊されたことで月光が差し込む。その月は、何故か赤く輝いている。
「何だ、アレは?」
「感じるか、西樹悠真君? 無惨に死にいった者達の邪念が渦巻いているのだよ」
「邪念だと?」
「私が貯めておいた邪念を今使わせてもらった。間もなくこの一帯は地の海と化す!」
そう言うと、渡は0にもう1発光線を放った。先程よりもずっと強い光線だ。
ダメージを受け苦しむ0を他所に、皇帝は羽根を動かして宙に浮いた。そしてそのまま風に乗り、月の辺りまで飛んで行ってしまった。
何を企んでいるかわからないが、今の言葉によれば、何かとんでもないことが起ころうとしているのは確かだ。0は壁から手を離すとボードを呼んだ。飛んできたボードに飛び乗り、飛び立つ寸前、床に突き刺さっていた自身の剣を引き抜いた。所有者の手に戻ったことで、剣にもまた赤い炎が宿った。
ビルから離れて下を見ると、何やら騒ぎが起こっていた。どうやら町中で人が死んだらしい。それも1人や2人ではなく、外にいる者達ほぼ全て。更に空に目を移すと、赤い月を中心にうっすらと赤紫のドームが出来ているのが見える。
何となくわかった。渡が貯めておいた邪念が月の光によって変質し、大きな結界となっているのだ。この結界の中では悪霊達が活性化する。下で人々を襲っているのは強化された暴霊達だろう。
「良いぞ! もっと集まれ、そして私に捧げよ!」
殺された者達の魂や念が、ドームに吸い込まれてゆく。そしてその度にドームは大きく成長してゆく。このまま広がれば日本全土が覆い尽くされてしまう。いや、日本のみならず、世界も。あの男なら世界を手中に収めることも考えているに違いない。
「渡ぃぃっ!」
スピードを上げて渡に近づき炎の衝撃波をぶつける。しかし、翼を解放したためなのか、渡のスピードは更に上がっており、なかなか彼に当てることが出来ない。
いつしか0も、どこか投げやりに攻撃を放つようになっていた。明らかに渡には当たらないであろう場所に攻撃を放っている。
「滑稽だなぁ! そろそろ諦めがついたか? ええ?」
「諦める? 違うな、馬鹿野郎!」
「この期に及んでまだそんなことを……」
「周りを見てみな」
「何?」
周囲で異変が起き始めた。
鎧の中で0が笑う。
ドームが、剥がれ落ちてゆく。上部から亀裂が走り、静かに割れてゆく。砕けた破片は空中で霧となって消えてしまった。
闇雲に狙っていたわけではない。0は途中から攻撃対象を変えたのだ。目の前の渡を倒すよりも、まずは下の人々を助けるのが先決。霊を強化しているドームを赤い炎で浄化・破壊することで被害を抑えることにしたのだ。結果は成功、ドームは一気に崩壊し、月の光も元の美しさを取り戻しつつあった。
「ま、待て! 止めろ! お前達はいずれ私の部下に……」
「余所見してんじゃねぇっ!」
消え行く邪念を見て戸惑っている渡に急接近し、0が斬りかかった。今度は上手く攻撃を当てることが出来た。自身の身体に火が燃え移り、渡は空中でもがいている。
「うわあっ! 貴様、何てことを!」
「うるせぇんだよ!」
更に続けて彼に火球を放ち、大きな羽根に穴を開けてやった。あれだけ大きな翼だ、静止している今なら容易にぶつけることが出来る。
羽根を破壊されて飛行能力を失った渡は、自身の会社の屋上に転落してしまった。0はボードで飛行し、同じように屋上に着地した。
「さて、それじゃあ皇帝閣下、ガンガン行かせてもらうぜ」
「くっ、愚民がふざけた真似をぉっ!」
2人が月下でぶつかり合う。0はまず殴り掛かってきた渡の胸を強く殴り、更に腹を蹴って距離を置き、その後火球を放った。羽根をもがれてもなお渡の速度は下がらず、何発かは躱されてしまったが、それでも数発は何とかぶつけられた。火球が直撃した箇所は燃え、霧のように蒸発しつつある。消えそうになる身体を見て渡が悲鳴を上げた。
「な、何だこれは! やめろ、やめろ! 私は、私はまだ死にたくないぃっ!」
「いい加減にしろよ。アンタが利用した人達も、アンタ等に命を奪われた人達も、今のアンタと同じことを思っていたんだ」
「わ、わかった。謝る! 金もやるから……」
「もう遅い!」
剣を一振りすると炎が衝撃波と共に渡に向かってゆく。渡もそれに対抗して光線を放った。謝罪はしたが、本心ではなかったようだ。
拮抗する両者の攻撃。渡も生きたいという思いを増幅させたのか、傷ついた身体は少しずつ回復し始めている。このままではまた力を取り戻してしまう。
「ふ、ふふふふ、まだ神は私に味方してくれているようだなぁ」
「アンタをこのまま逃がすわけにはいかない。アンタには、罪を償ってもらう!」
衝撃波に加え、0は更に剣で円を描き、数個の火球を呼び出した。0の剣が相手の方に向けられると、火球も敵目がけて飛んで行った。0側の攻撃力が増したことで、渡の回復力も劣り始めた。更に光線の威力も弱まってきている。
「こ、これは!」
「これで、終わりだ!」
トドメにもう1発衝撃波を放つと、相手の光線が途切れ、渡の身体に炎の塊が直撃した。大きく成長した赤い炎は一瞬で彼の身体に宿った邪念を焼き付くし、人間の姿に戻した。その後間もなく、彼の身体は崩壊を始めた。彼も月の術を使用した以上、代償は支払わなければならない。
「あ……私の、私の国が……」
「月の術を使った奴等はみんな消える。アンタももう少し考えて行動するべきだったな」
「ふん、私が死んだところで、神の力を止めることは出来ない」
神。おそらく術を漏らした墓守のことだろう。
「神はまだ出来損ないだ。だがいずれ、真の力を……」
言い終える前に、渡は灰になってしまった。
漸く敵を倒した。0は思わずため息をついてしまった。何だか長い夜だった。
ちょうどそこへ安藤とアヌビスがやって来た。2人の姿を見ると0は手を挙げた。この挨拶。上司と部下、癖まで似てきたらしい。
「やったのか?」
「ええ。安藤さんは、もう大丈夫なんですか?」
「当たり前だろ。俺はいつだって……危ない!」
安藤が叫ぶ。
振り返ると、渡が消えた場所から紫色の光が0目がけて飛んできた。慌ててそれを躱し、様子を窺う。
灰が残る箇所から、何か黒いものがスッと浮き上がって来る。その影はやがて人間の姿をとりはじめた。先程渡に吸収された、ハーミットこと黒崎である。
彼も術師の1人だった。今起きた現象をその目で見て、安藤もはっきりと自覚した。
「まだ、アンタが残ってたな」
0は変身を解除すること無く剣を黒崎に向ける。アヌビスもステッキを槍に変えて先端を向けた。
「月の術を渡達に伝えたのは、アンタか?」
「……ええ」
否定すること無く、黒崎は笑みを浮かべて答えた。
月の術を使っていた朧も、彼のことをディレクターと呼んでいた。ならば月の術を使って軍団を作った首謀者は渡ではない、この男だ。
「社長、俳優、元術師、その他にも色々試してみました。術に関しては素晴らしいデータが取れた。しかし、選んだ人間が間違いだった。彼等は結局自分達の利益しか考えていなかった」
「お前は違うのか?」
「私は資産にも地位にも興味ありません。あるのはただ1つ。我々、この世界の新たな住人の幸福」
おそらくそれは術師のことを言っているのだろう。術師が支配者、そして暴霊が奴隷ということか。
「私は新たな住人が住みやすい世界を作る為に、今を生きる者達を抹殺する」
「それが、新世界か」
と安藤。喫茶店の名前は新世界だった。
そろそろ疲労も回復してきたのか、安藤も墓守の力を発動、再びアサシンに変身した。
「それならアンタの考えは好きになれないな」
「好きになれとは、言っていませんよ」
数秒の沈黙があり、3人の墓守が黒崎に攻撃を仕掛けた。対する黒崎は何処からか大剣を取り出して防御、1人ずつ弾き飛ばした。刃が紫色に輝く剣。0が使うそれとは形状が異なっている。こんな武器、以前は使っていなかった。
黒崎は続けて剣を振るい、衝撃波を放った。危うくビルから落下しそうになるも、武器を地面や壁に突き刺して耐えている。
「ほう、素晴らしい」
「何が素晴らしいだ、この野郎!」
「私利私欲に塗れた馬鹿共を実験台にするより、初めから私が器となっていれば良かった」
そう言うと、黒崎の身体が紫色の光に包まれ、茶褐色の鎧を纏った騎士の姿に変わった。こちらもモチーフは蛾のようだ。
戦いは終わっていない。3人は立ち上がり、それぞれの武器を構えた。
・ノクターン・・・ヨナクニサンがモチーフの術師。正体は渡フーズ社長・渡一樹。羽根をマントのようにした「皇帝形態」では高い戦闘力を誇り、マントを広げて「飛翔形態」に変貌すると、体内に蓄積しておいた邪念を放出、特殊な空間を形成することが出来る。




