支配者
術師達の集会所、社長室。
ここにいる術師も、ハーミットこと黒崎を含めた3人だけになってしまった。
「礼を言おう黒崎。お前のお陰で準備は整った。あとは計画を実行に移すだけだ」
「既に他の霊達を行かせました。あなたの時代は、もうすぐそこに」
「くだらん」
2人の空気を神田が壊した。
「お前の権力掌握がボランティアに繫がるとは到底思えないのだがな」
「いずれわかります。小阪さん」
黒崎が名前を呼ぶと、社長室に新たな人物が入って来た。チェック柄の服を着た、短髪の女性である。年齢は20代前半だろうか。
「こいつは?」
「私が以前スカウトした霊です。まずは世間に恐怖心を植え付け、そして誰がこの世界を救う存在であるかを教える必要がある」
「えへへ、私にしか出来ない仕事だよん」
「なるほど、面白いな」
「他の霊は既に動いています。小阪さん、今こそ、あなたの力を使う時です」
「了解しました〜!」
黒崎にそう言われると、小阪という暴霊は嬉しそうに微笑み、深々とお辞儀をして部屋から出て行った。
旅行から帰って来て1週間経った。
悠真は安藤宅で、テレビを見ながら旅行先での事件を説明した。
「何だよ、だったら電話しろっての。俺がすぐに駆けつけたのによ」
「無理ですよ、飛行機でも1時間かかりますから」
「あ、そうか」
安藤は悠真が居ない間はずっとギャンブルをしていたという。墓守の仕事は全くしていなかったのだろうか。そんな筈は無いと信じたいが、この男なら貴重な日をギャンブルに費やすこともあり得る。悠真は深々とため息をついた。
テレビでは、昨夜発生した事件の話題が報道されている。西日本で相次いで停電が起きている他、電力会社の社員が次々に襲われたり、行方不明になったりしているそうだ。何やら怪しい事件だが、西日本ではその管轄内の墓守が対処するのだろう。
また、市長選挙を行っている地域では候補者や事務所が襲撃されたりと、こちらも物騒な事件が発生している。ちなみにこの事件は関東で起きている。現在も違う地区で候補者が狙われており、警察も総力を挙げて捜査しているとのことだ。
「あっちこっちで、色んなことが起きてるなぁ」
「はい?」
「いや、前に行った【新世界】って喫茶店、覚えてるか?」
「ええ」
「あそこ、閉まっちゃったんだよ」
この1週間で環境がめまぐるしく動いている。今安藤が言ったように、お気に入りの喫茶店が急に閉店、貼り紙も何も無く、内も外も綺麗に片付けられていたという。次に入る店は不明とのこと。
更に、悠真の身の回りでもちょっとした変化があった。
3日程前から、宇佐美アリスが姿を見せていない。彼女は旅行先で、暴霊や降霊術師、そして墓守としての悠真の姿を見ている。戦闘後の態度から考えるに悠真を恐れている様子は無さそうだったため、悠真を恐れて姿を消したという線は薄いが、敵側が目撃者を連れ去っているとも考えられる。となると同じ条件を満たした柏康介、鴻上利也、そして沖田恵里も襲われる危険性が高まってくる。
しかしその考えも納得がいかなかった。何故目撃者を消す必要があるのだろう。今までの敵はそんなことは1度もしてこなかったではないか。
彼等はまだ知らないのだ。あの店の秘密を。それが解けない限りは、永遠に謎に苦しめられることになる。
「そう言えば青年、今日は出かけなくて良いのか?」
「特に予定無いですから。それより、上層部からは何か連絡は来てないんですか?」
「ああ。まだ、な」
「まだ、ですか」
「他の墓守……秋山のチームはもう何処かに向かったらしい。朝メールが入ってた」
そう言って、安藤が自身の携帯を見せてきた。秋山からのメールだ。「今日は電話には出られない」としか書かれていないが、それくらい慌てていたのだろう。普段ならもっと詳しく理由を書いてくる。急に浄霊の依頼が入ったのかもしれない。
「でも、俺達にも依頼が来るかもしれないぞ」
「いつでも行けますよ、俺は」
「へへへ、それなら良い」
近々、何か大きな事が起きる。悠真も安藤もそう感じていた。
安藤の携帯が鳴りだしたのは、そのすぐ後のことである。
その頃、関東の発電所では、1人の男性が職員を次々に襲撃していた。
「や、やめてください! 金は、金はここに……」
「黙れ! てめぇ等にコレは勿体ねぇ、俺達が使ってやるよ!」
男の背中からは3対の不気味な角が生えている。男がそれらを広げると、発電所内の電気が一気にその角へと吸収され始めた。
「お前等がコレを操るなんて、烏滸がましいんだよ、バーカ!」
男が言う“コレ”とは、おそらく電力のことだろう。
ここを襲撃する前、男は別の発電所や電力会社を襲撃していたのだ。おかげで西日本では大停電が起きてしまった。そのうち関東でも停電が起きるだろう。何しろこの男が電気を吸い取っているのだから。
「電力供給が終了したら、お前等を楽に殺してやる。電気椅子でもやってやるぜ、はははは!」
笑う男性。その直後、彼の背中めがけて何か細長い物が飛んで来た。物体は背骨に直撃、電力供給は失敗に終わった。作戦を邪魔された男性はご立腹のようだ。
「誰だこの野郎!」
「間に合って良かったよ」
投げたステッキを拾い上げ、墓守・秋山壮士が男を睨みつけた。武器には血が数滴しみ込ませてある。
「なるほどな、ディレクターの言ってた墓守って野郎か」
「そうだな。で、お前はアレか、電気泥棒か」
「泥棒だと、失礼な。盗んでるのは何処の何奴だ! 何故電力を支配するのが、こんな私利私欲にまみれたクソみてぇな連中なんだ? こういう重要なものは、もっと信頼出来る存在に献上するべきだ」
「それがお前か」
「いいや、違う!」
男が両手を広げると、青白い炎が彼の身体を包み込み、翼の無い鳥の怪物に変貌させた。赤黒い肉を覆う黄色い毛皮。背中から生えた6本の角。これが男の、暴霊としての姿なのだ。
秋山もすかさず墓守の力を発動し、アヌビスに変身した。武器も槍に変化している。
相手の攻撃方法は概ね見当がついている。あの角を破壊すれば容易に戦える筈。高くジャンプし、角に狙いを定める。暴霊は彼を落とそうとして角から電流を放出する。やはりあそこが攻撃の要だ。電流を躱して槍を投げると、まず向かって右側の2本が破壊された、角は暴霊の肉体と繫がっているため、相手は金切り声を上げてもがいている。地面に倒れた所へ再び槍を投げると、角は破壊出来なかったものの、相手の腹部に深く突き刺さった。
「お前に電気を支配されたんじゃ、世も末だな」
「ぐっ……お、俺だけじゃ、ない」
「あ?」
「お前達は、し、知るべきだ。誰が、誰がこの世界の、し、支配者たるべきか……」
この暴霊の裏にも大きな存在がいる。おそらく術師だ。最近目撃されているハーミットや復活した神田明宏の名が浮かんだ。
「そうだな。だが、少なくともそれは、お前等じゃない」
槍を勢いよく引き抜くと、血の代わりに青い炎が噴き出し、暴霊の身を焼いた。
浄霊が完了してから、秋山は人間の姿に戻って電話をかけた。相手は上層部の平岩雄一郎だ。
「こっちは終わりました。そちらの予想通り、まだ上がいるみたいです」
『やはりそうか。電力強奪、政府要人の襲撃。敵の狙いは……』
「ええ、権力掌握でしょうね」
現在問題になっている組織から、彼等を支配者たらしめている要素を強奪したり、いずれ権力を握る事になるであろう者を殺そうとしたり。敵の狙いはわかるが、これは大きな戦いになりそうだ。世間の影で戦う事が出来ない。国民を巻き込む勝負になりかねない。
「まだ続きがある」
『ああ、別の暴霊が都内に現れた。浄霊するよう彼等に連絡した。君達にもまた連絡する事があるかもしれない。気を引き締めて待っていてくれ』
「了解」
電話を切ると、秋山は発電所から出て行った。
連絡を受けた悠真と安藤は、早速暴霊が現れたとされるポイントにやって来た。場所は、渋谷のスクランブル交差点。
敵にも策があるのだろうか。人が多い場所で暴れれば、墓守は最も辛い戦いを強いられることになる。だが、通常の暴霊がそこまで頭が回るとは到底思えない。裏にはあのハーミットがいるに違いない。
「水晶の反応、どうだ?」
「いや、まだです」
悠真は水晶のペンデュラムを垂らして霊気を探っている。霊を識別する能力がすぐに使えれば良いが、《+》の力に目覚めたあたりから、霊視も不定期になってしまった。まだ前者の方も上手く使いこなせていないというのに。《−》の方も、ここ最近使用すると不調が出るようになった。この先敵と戦うことが出来るのだろうか。
少しすると、安藤がこんなことを言い出した。
「うわっ! 危ない!」
安藤は身を屈めた。しかし、何も起こらない。
「ふざけてるんですか?」
「馬鹿! 早く! ビルが壊れる!」
「ビルが壊れるって、そんなまさか……」
「わああっ、ビルが、ビルが崩れるぞおおっ!」
驚くべき事に、周りにいた他の人々まで一斉に身を屈めて震えだした。交差点付近にいたほぼ全ての人間がしゃがむ様は何だかおかしかったが、ここまで来ると異常だ。異変が起きていないのは悠真ぐらいだ。
目の前のビルを見ても崩れる気配はない。彼等は何故このような判断を下したのだろう。周囲を見回すが、何か不自然なものは無い。
しばらくすると、今度は皆が悲鳴を上げて走り出した。全員が「地球の終わりだ」「テロだ」「敵国の爆弾だ」などと騒いでいるが、どれも現実には起きていない、存在していない事象ばかりだ。安藤もその中に混じっている。逃げようとする安藤を無理矢理押さえ、頬を叩きながら呼びかける。
「しっかりしてください! 安藤さん!」
「離せ! 離すんだ! テロが、テロが起きたんだぁっ!」
「ああっ、何なんだよ!」
咄嗟に、手に持っていた水晶を安藤に投げつけた。すると、あれほど騒いでいた彼が急に静かになり、ぼけっとした顔で悠真を見つめた。
「あれ? な、何だ? 何が起きてるんだ?」
水晶を当てることで治まったパニック。となるとこの異変は、渋谷に出現した暴霊の仕業ということか。それなら悠真にだけ異変が起きなかった理由もわかる。彼は暴霊寄りの力も所持している。同種の存在、それも、相手のパワーを吸い取れる存在だからこそ、敵の力を防ぐことが出来たのだ。
再度周囲を確認するが、逃げ惑う人々が邪魔で何もわからない。これもまた敵の策略。墓守の捜索を邪魔して見つからないようにしているのだ。
「これ、例のヤツが?」
「そうですよ。何処に居るのかは……」
良いタイミングで景色がネガ反転した。これで敵の居場所がわかる。反転した状態でもう1度周囲の人間に視線を移した。逃げ惑う人々の背中からは何かが湧き出ているが、それは暴霊である証拠にはならない。各人が持つ気なのだろう。
力は不定期に発動し、不定期に止まる。早く見つけ出さなければ。すると、ある地点だけ他とは違った現象が起きていることに気づいた。ある場所から邪気が出ている。それも他者の気とは比べ物にならないほど大きな気が。気は空まで続き、そこから雨の如く地上に降り注いでいる。あの邪気が大勢の人々をパニック状態にしているに違いない。
「あそこだ」
悠真は邪気の発生源に向けて走り出した。ワケのわからないまま、安藤もその跡を追った。
「何処に暴霊が居るんだ?」
「今にわかりますって。……ん?」
ここで更なる異変が発生した。先程まで逃げ続けていた人々が急に静まり返り、今度は跪いて天を仰ぎだしたのだ。
「た、助けてください!」
「助けてください、閣下!」
「助けてくださいぃっ!」
何者かに助けを乞う人々。後ろを見ると、安藤も誰かに向かって祈っていた。水晶を当てれば元に戻るのだろうが、今はそんなことをしている暇は無い。面倒くさいので安藤は置いて行くことにした。
そのポイントでは、黒崎から命を受けた暴霊、小阪ナミが人々を観察していた。手には、先端がパラボラアンテナのようになった杖が握られている。
自分の力によって混乱し、逃げ惑う人々。これで下準備は整った。あとは最後の作業だけ。
「やっていますね」
そこへ黒崎がやって来た。ディレクターとして彼女の仕事ぶりを見に来たらしい。
「これが、あなたの未練が生み出した力ですか」
「違うよ〜、ディレクターがくれた力でしょ? ディレクターがいなかったら、私は只のつまらない幽霊のままだったんだから」
「ふふふ、嬉しいですね」
暴霊の中には術師にスカウトされて現世に蘇る者もいる。彼等は存在意義を与えられることで術士に敬意を払う。小阪もそんな霊の1人だ。
「人間って、簡単な生き物なんだよね〜」
「ええ、確かに。では、次の命令を」
「はいは〜い。次は、閣下を崇拝させるんだよね」
杖を振りながらあることを念じる小阪。すると、逃げ惑う人々が思惑通りの行動をとり始めた。全員が姿の見えない存在に助けを乞うている。
「その調子です。期待していますよ。私はまだ仕事があるのでね」
ハーミットに変身してから、黒崎は術を使用してその場から去った。
小阪はそんなことは気にも留めず、ひたすら杖を降り続ける。そして、「皇帝閣下崇拝」という念を下の人間達に送り続けている。全ては、自分を認めてくれた黒崎のために。
「そうやって下の人達を操ってたわけか」
後ろから、聞き覚えの無い声がした。杖を持つ手を止めてゆっくりと振り返ると、そこに自分と同い年、或いは少し年下の青年が立っていた。
「大規模な洗脳をする暴霊か。面白いな」
「ディレクターが言ってた、墓守って人?」
「やっぱりアイツの部下か」
刀を鞘から引き抜き、墓守……悠真が刃を小阪に向けた。
「お前を倒せば洗脳は終わるんだな」
「洗脳? ふふふ、バッカじゃないの?」
「は?」
「私の力は、人間の脳に直接情報をかき込むこと。それは、そう、140文字の言葉をネットに公開するみたいにね」
解説が終わると、小阪は杖を振るって攻撃を仕掛けて来た。悠真には情報入力は通じない。実力行使に打って出た。悠真も対抗して刀で斬りかかる。彼女は戦闘には不慣れらしく、簡単にダメージを与えることが出来た。
「その程度かよ」
「しょうがないでしょ? 1日中ネットやってたんだから! 少しは手加減しなさいよね!」
「敵に対して手加減する馬鹿が何処に居るんだよ?」
「ちっ。良いもん。こうすれば、私の足りない所が補われるんだから」
杖を回転させると、小阪の身体が青白い炎に包まれ、瞬く間に青い鳥の鎧を纏った怪人に変貌した。彼女の能力の理由がわかったような気がする。
悠真もすぐに0に変身、武器を銃に変えて銃弾を撃ち込んだ。その弾を杖を回転させて弾き飛ばし、続けてアンテナ上の突起で殴りつけた。先端がやや尖っているようだ。
銃では攻撃は防げない。やむなく武器を大剣に変えて応戦する。
「畜生、本当に補いやがった! 安藤さん!」
いない。
来る途中に置いて来たからだ。隙をつくってもらって、そこを攻撃する筈だったのだが。
逆に0が隙を作ってしまった。暴霊は杖から音波を放って来た。これには耐性が無く、0は武器を手放して頭を押さえた。耳をつんざく様な音が彼の脳を揺さぶっている。この音波に苦しめられているのは0だけではない。情報が音波に変わったことで、同じ現象が下の人々にも起きている。
「ちっ、手っ取り早く終わらせてやるよ!」
0の身体が真っ赤な炎に包み込まれ、瞬く間に《+》の姿に変化した。まさかこれほど簡単に変身出来るとは。今までで最も早いのではないか。
関心するのは後だ。早速火の玉を6つ呼び出し、暴霊に向けて発射する。これは暴霊の力を弱めるもの。杖で弾こうとすればその武器が溶けてしまう。結局、6発全てを身体に受けてしまい、暴霊は人間の姿に戻ってしまった。
トドメを刺すことはせず、悠真は元の姿に戻ると彼女に歩み寄った。
「下の人達は、閣下って言葉を叫んでた。そいつは誰だ?」
「……ふふ、バーカ」
「答えろ!」
「敵に情報漏らす馬鹿が何処に居るんだよっ」
それだけ言うと、小阪は光に包まれて跡形も無く消え去った。
有力な情報はつかめなかった。敵の正体がわかれば良かったが、そう簡単にはことは進まない。悠真は安藤に電話をかけた。今頃、下では異変が治まっている筈だ。
小阪ナミが浄霊されたことは黒崎、そして渡も感知している。
あのとき、黒崎は悠真が近づいていることを既に探知していたが、それを小阪に伝えること無く姿を消した。今の悠真は彼等にとって面倒な力を持っている。野望が達成されていない今、下手に彼と戦ってダメージを受けることは避けたかったのだ。しかし暴霊は所詮使い捨てのコマ。消されようが関係無い。暴霊は尊敬のまなざしを向けているが、それは彼等が勝手に向けているだけ。嬉しくも何ともない。
「お前も酷な男だな、黒崎」
「何年あなたの秘書をやっているとお思いですか?」
「ふふふ、だからお前は面白い」
「次は何をするつもりだ?」
神田が2人の会話に入って来た。
「あの小娘は暫く、或いは永久に呼び戻せない。我々が出るべきではないのか?」
「……そうですね」
黒崎はまたハーミットに変身、神田の方を向いた。
「彼女の能力は洗脳ではなく、脳に情報を書き込み、拡散する能力。彼女が消えても、書き込まれた情報は断片的に残っている」
「この席に座っているのも飽きたからなぁ」
今度は渡が立ち上がり、術師の姿に変身した。その姿は神々しく、神田も息を飲む程だ。緑色の怪物の姿から、いつの間にか成長したらしい。
「国民には知ってもらわねばならない。誰がこの世界の支配者か。誰が、皇帝かを」
・雷獣・・・電力会社を襲った暴霊。背中から生えた角から電力を供給、放射することが出来る。羽根の無い、黄色い鳥の姿をしている。
・ブルーバード・・・暴霊、小阪ナミが変身した姿。青い鳥の鎧を纏っており、アンテナ型の杖を使用する。怪音波の放射が出来る他、他人の脳に直接情報を書き込み、更にそれを拡散することが出来る。




