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GRAVE KEEEEPER【Red Moon】  作者: 鵤牙之郷
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魔女

「チエ婆ちゃん、さようなら!」

「はいよ、さようなら」

 彼女が小学校の近くに家を建てたのは、子供が好きだからである。無邪気な子供達から、毎日元気を貰っている。子供達も彼女のことを「チエ婆ちゃん」と呼んで慕っている。学校帰りに沢山の子供達が遊びにきてくれるのだ。

 小さな子供達が集まってくれることが、彼女……高村チエは溜まらなく嬉しかった。

「ばいばい、チエ婆ちゃん」

「あ、ちょっと待ちな」

 と、チエが1人の子供を呼び止めた。黄色い学生帽を被った男の子だ。

「今日、テストで満点だったんだろう? ご褒美あげようね」

「本当? やったぁ!」

「さ、おいで」

 チエに呼ばれて子供が駆け寄る。

 それとほぼ同時に、チエは身体からある物を出し、それを子供に向けて放った。

 毛むくじゃらの触手の様な物が、子供の首に巻き付いた。何事かと目を見開いている。その様子を見て、チエは不気味に笑っている。触手は、彼女の背中から伸びていたのだ。その数4本。他の3本が少年を威嚇している。

「おいで、私の中へ」

 触手の先端から細長い針が飛び出し、少年の身体に刺さった。すると、見る見るうちに子供はげっそりと痩せ細ってしまった。

 やりたいことが終わると、チエは触手を巧みに操って、子供の身体を家の奥に運んだ。

 電気のついていない家。広い和室の床下には、秘密の倉庫がある。チエは畳をどかして倉庫の扉を開けると、少年の身体をそこへ放り込んだ。

「大丈夫。あんた達の分まで、アタシが生きてあげる」

 床下の倉庫には、少年以外にも、何人もの痩せ細った子供達が寝かされていた。




 雨の振る日。

 悠真は柏康介を連れて沖田恵里、宇佐美アリスと会っていた。場所はいつもの食堂。話題は勿論旅行のことである。

「何かすいません! おい悠真、お前良いお友達を持ったなぁ!」

「やめろ爺臭い」

「あははは、面白い人だね!」

 康介のお陰もあるのか、場は盛大に盛り上がった。

 恵里は喜んではいたが内心驚いているようだった。悠真の友人に会ったのは今回が初なのだ。それに、彼の親友にこのようなテンションの高い人間がいることも知らなかった。普段の悠真はもう少し静かな青年だ。このような交友関係があったことは驚きだ。

 来る旅行の日は今週末に迫っている。楽しみではあるが、同時に緊張もしていた。

「それじゃあ、3日後ね! 空港待ち合わせでいい?」

「ああ、いいよ」

「わかった! 楽しみにしてるね〜!」

 アリスは満面の笑みを浮かべて席を立った。恵里も食器を持ってその後を追った。

 残った2人は食事が遅く、まだ半分残っている。

「いやぁ、それにしてもお前、俺に隠し事すんなよ」

「はぁ?」

「あんな綺麗な友達がいるなら言えっての! まぁ、俺の予想じゃあ、好みは沖田の方かな?」

「馬鹿、何言ってんだよ!」

「俺には全部お見通しなんだよ」

 本当に油断ならない男だ。本人は口が堅いと言っているが、それも怪しいものだと悠真は思う。何しろ彼は、気になったニュースを見つけると友人をファミレスに招き、そこで披露しているのだから。

 しかし彼がいれば旅行中悠真が上がってしまうこともないだろう。恵里とは食事にも何度か行っているが、宇佐美アリスは未知数だ。何が始まるかわかったものではない。

「じゃあ、また今度。お前遅れるなよ?」

「わかってるって! いやぁ、楽しい旅行になりそうだねぇ!」

 ますます不安になってきた。悠真は急いで残った料理を食べ、足早に食堂から立ち去った。これからまだ用事がある。それが終わったら、今度は多分浄霊だ。根拠は無いが何となくそんな気がした。






 高砂チエは今年で77歳。縁起の良い数字が並んでいるが、誕生日の翌日に癌が見つかってしまった。それまで占いやら縁起の善し悪しやらを信じていたが、そんなものはあてにならないのだとこのとき実感した。

 癌は既にステージ4で、もうほぼ全身に転移していた。医師からは治療を薦められたが、もう遅いと判断し、チエはその薦めを断って家に留まった。しかし、家にいても家族が遊びに来てくれるわけでもなく、寂しく辛い毎日を送っていた。

 そんなある日、彼女の家を1人の男性が訪問した。黒く綺麗なスーツを着た男性だった。何処かで見たことがあるが、歳のせいか誰だったかを思い出すことは出来なかった。

「辛いですか」

「ええ?」

「癌、辛いのでしょう?」

「あなた……ええ、そうね」

 直接会うのは初めてなのに、何故自分のことを知っているのだろう。不思議に思ったが、このときは自分を気遣ってくれたことが溜まらなく嬉しかった。

「治したいとは思いませんか?」

「もう遅いよ。覚悟は出来てる」

「治療ではありません。他人から、生きる気力を貰うのです」

「貰う?」

 突然、男は茶褐色の虫のような怪人に変身した。両手に大きな角が装着されていて、目は紫色に輝いている。

 怪人は懐から青白い光を放つ人魂を取り出し、チエの前に出した。

「生きたいと、強く願うのです。死を覚悟したなんて、そんな悲しいことは言わないでください」

「生き、たい」

「そうです。あなたは決して、無駄な人間ではない。あなたは必要な存在なのです」

 言いながら、怪人は人魂をチエの中に入れた。痛みは全くない。寧ろ心地よかった。癌による背中の痛みが少しだけ和らぎ、他の部位の痛みもほんのちょっとだけ軽くなった。それでも少しだけだから辛いのは変わらない。

 しかも、少しすると痛みが再燃してきた。生きたいと思えば思う程、痛みは増してゆく。チエは身体を押さえてその場に座ってしまった。

「あなたがまだ生きようとしている証拠です。さぁ、外をご覧なさい。あなたのことを気にも留めず、彼等はわーわーはしゃいでいるのです。悔しいと思いませんか? あなたがそんな辛い思いをしているのに、彼等は人ごとのように自分の時間を生きているのですよ?」

 確かに、言われてみればそんな気がしてきた。

 何故、自分だけが辛く寂しい思いをしなければならないのか。何故他の人間達は自分を空気のように扱うのか。彼女の意志に呼応しているのか、突如チエの背中から光り輝く4本の鞭が生えてきた。

「素晴らしい。やはりあなたには素質がある」

 怪人は人間の姿に戻ると、チエに一礼してこう告げた。

「あとは、お好きなように」

 これから何をすべきか、彼女の脳裏に次々に浮かんでくる。自分でも不思議なくらいだ。

 まずは生きるための力を吸い取ろう。チエは家から顔だけをのぞかせる。獲物を探しているのだ。

 と、ここでけたたましい音が鳴り響いた。向かい側の学校からだ。子供達がワイワイはしゃいで学校から出て来た。子供が好きだからという理由でこの場所に家を建てたのだが、今ではその声も憎たらしく聞こえてくる。

「あ、こんにちは!」

 1人の子供がチエを見つけて挨拶した。その瞬間、チエの中で何かが弾けた。彼女は挨拶の代わりに、背中の鞭を伸ばして子供の首を絞めた。そして、先端から針を出し、首筋に突き刺して生力を吸い取った。チエの身体から痛みが消えるのと同時に、子供の身体は見る見るうちに痩せ細ってゆく。完全に吸い取る頃には、子供はミイラのようになってしまった。

「こ、これは……」

 罪悪感など無い。今まで感じたことの無い快楽に、チエは興奮を隠しきれなかった。

 快楽を忘れることが出来ず、チエはその後も何人もの子供を誘い、生気を吸い取った。その度に彼女は元気を取り戻し、力を高めていった。

 より多くの子供を集めるために、チエは自分の身体から生み出される鱗粉を学校の近くに振りまいた。すると、子供達は次々に集まって来た。一気に生気を吸っても良いが、そんなことをすれば疑いの目が向けられ、子供を誘うことが困難になる。だから彼女は、1日に1人だけ選んで食事にあてることにした。とは言え1日1人攫っていれば、ミイラもどんどん溜まってきてしまうのだが。現在は自宅床下に保管しているが、そろそろここも満杯になるだろう。

「チエ婆ちゃん、さようなら!」

「あ、坊や、待っておくれ」

「え?」

「まだ終わっとらん!」

 今日も子供達から生気を奪い、己の物にする。

 子供は好きだ。可愛いし、優しいし。そして何より、上質な生気が貰えるから。

「今日も、ありがとうねぇ」





 今日は随分時間がかかってしまった。悠真がひと通り用件を済ませたときには午後6時をまわっており、辺りはすっかり暗くなっていた。

 キャンパスから出てくると、予想通り安藤が正門の前で待っていた。車に乗り込むと、早速今回の事件の概要が、安藤の口から話された。

「子供?」

「ああ。ある小学校で、子供が次々に行方不明になっているんだ」

 小学校。ついビーストこと大地洋平のことを思い出してしまうが、彼はもう降霊術を使えない。

 子供好きの安藤はしかめっ面をして話を続ける。

「暴霊が誰なのかはもうわかっているんですか?」

「ああ。流石、上は仕事が速い」

 携帯を操作して、安藤が1人の老婆の顔写真を見せた。平岩から送られて来たものだ。今回は探偵も雇って場所を特定したらしい。

「見ろよ、この優しそうな顔。こんな婆さんが暴霊で、しかも子供を次々に襲ってるんだから、世の中何が起きるかわかったもんじゃないぜ」

「まぁ、事件を起こしている以上、浄霊しないわけにはいきませんよね」

 悠真は刀を取り出してそう言った。

 エンジンをかけて車を発進させる。問題の小学校は都内にある。それもこの大学からも近い。

 運転している安藤の隣で、悠真はあることをずっと考えていた。連続する失踪事件。これはもしや、単なる暴霊の仕業ではないのでは、と。同じような失踪事件はこれまでに2回起きている。その事件はどちらも、月の術によって降霊術を使用出来るようになった一般人が引き起こしたものだった。となると今回も、その量産された術士が関与しているのではないか。彼等は強力な術を手にした代わりに、他人から生気を吸わなければ身体が崩壊してしまう。だからこそ、多くの人間を連れ去って生気を吸う必要があるのだ。

 考えているうちに、車はあの小学校に近づいた。場所はもう特定出来ているし、おそらくものの数分で仕事は終わる。車を路上に停めると、2人は武器を手に歩き出した。夜だから誰も気づくまい。

 あの老婆が住んでいる家は、学校の向かい側にある。上層部の調べでは、その家は老婆が暴霊化する前から建っていたものだとか。

「あの婆さんにも、子供を可愛がる心があったってわけだ」

 言いながら、安藤が1軒の古い屋敷を見上げた。瓦屋根が月明かりに照らされている。2人は互いの顔を見て頷き合うと、やや駆け足でその屋敷に向かった。鉄製の小さな門は閉まっているが、この高さなら簡単に飛び越えられる。悠真が先に柵を飛び越えて侵入した。安藤も真似して飛ぼうとしたが、足の関節が痛んでそう出来なかった。仕方なく、悠真が内側からレバー式の簡素な鍵を開けてやった。この門は、言って見れば飾りのようなものだ。

「何やってるんですか」

「悪い悪い」

「ちょっと! あなた達、何なの?」

 物音に気づいて住人が出て来てしまった。だがこれは好都合。2人が刀を鞘から引き抜くと、老婆は弱々しい悲鳴を上げた。

「な、何するの? 殺す気なの?」

「いいや、ちょっと違う」

 悠真は炎を発動して、刀を銃に変化させた。それを見ると老婆……高砂チエは落ち着きを取り戻し、2人を睨みつけた。

「アンタ達、家の食料を奪いに来たんだね?」

「違うな。俺はアンタみたいに悪い趣味は持っちゃいないよ、婆さん」

「へっ、冗談は通じないよっ!」

 何処から取り出したのか、チエは杖を振り回して悠真に襲いかかった。銃を更に棒に変化させると、悠真は杖を叩き落とそうとした。しかし目の前の老婆はその見た目からは想像もつかないような体力を有しており、逆に悠真が武器を叩き落とされてしまった。

「青年!」

 安藤が斬りかかると、今度は背中から4本の鞭を伸ばして彼を捕らえてしまった。毛深い鞭。2人はある術士のことを思い出した。

「アンタ達も、まだ生きてるみたいだねぇ。その残った生気、アタシの物にしてやるわ!」

 鞭から針が伸びてくるのを見て、安藤は命の危険を感じた。

「誰がお前の餌になるかよ!」

 慌てて血を村正に吸わせ、すかさずアサシンに変身する。青白い炎が鞭を払った。

「知らないなら教えてやるよ、婆さん」

 今度は悠真が青白い炎を発動する。先程よりもずっと大きな炎が彼の身体を包み、白い鎧を纏った戦士の姿に変化させた。

 白い戦士……0が刀をチエに向けて威嚇する。

「俺達は墓守。アンタ等みたいに、未練を断ち切れないまま現世に留まり暴れている霊を、逝くべき場所に導く。それが俺達の仕事だ」

「なるほどねぇ。でもアタシはもっと生きたいんだ! 他人を殺してでも、生きてやるんだぁっ!」

 チエの身体が見る見るうちに毛深い蛾の怪人に変化した。曲がった腰やおぞましい風貌は魔女を思わせる。

 蛾の怪人。0の予想が正しかった。チエは生気を吸うために子供を誘拐していたのだ。

 術師は鞭を自在に操って0とアサシンを翻弄する。両者共に攻撃をかわしていたが、アサシンが途中で躓いてしまった。相手はそれを見逃さず、あっという間に鞭を巻き付けてしまった。

「安藤さん!」

「あはははは! 邪魔するんじゃないよ!」

 村正を使って鞭を切り落とそうとしたが、他の鞭によって叩き落とされてしまった。

 0が刀を斧に変えて切断しようとすると、彼もまた鞭に絡めとられてしまった。

「しまった」

「アタシは生きたい! 生きようとして、何が悪いんだ!」

 針を生やしたもう2本の鞭が、0とアサシンの首筋に迫ってくる。

 霊と戦っている人間の生気。さぞや高い力が手に入るだろう。術師は思わず涎を垂らした。

 しかし、ここで予想外の出来事が起こった。突然0の身体が真っ赤な炎に包まれたのだ。

「な、何だいこれは!」

「生きたいって言ったか?」

 あまりの熱さに鞭を解いてしまった。

 赤い炎の中から、火を思わせる鎧を身にまとった戦士が現れ出た。その手に握られているのは灼熱の大剣だ。

「俺もまだ死にたくないんでね」

「何ぃ?」

「俺だけじゃない。アンタに生気を吸われた子供達も、みんな生きたいと思ってるんだよ!」

 剣をひと振りすれば、空中に数個の赤い火の玉が現れ、もうひと振りするとそれら全てが術師に向かってゆく。術師は鞭でそれらを叩き落とそうとしたが、炎が鞭に引火し、それら全てを燃やし尽くしてしまった。

 もはや使える武器は杖しか無い。今にも途絶えそうなガラガラな悲鳴を上げて0に迫ってくる。

「ふざけるなぁっ! たった1人で生きてきたアタシの気持ちが、お前みたいな若造にわかってたまるかぁっ!」

「わからねぇなぁ」

 杖が炎の剣に止められる。剣から絶えず発せられる炎が杖も焼き焦がした。

「俺にはさっぱりわからねぇよ!」

 剣で相手の腹部を突いた。赤い炎が術師の身体を焼き、月の術を弱めてゆく。殆どの力が奪われると、チエは元の人間の姿に戻ってしまった。だが、月の術を使用した者は、たとえ術を止められても助かることはない。チエの身体は霧のようにすっと消えてなくなった。

 浄霊が完了し、悠真と安藤は元の姿に戻った。生気を吸われた者達は死亡したわけではない。術士が倒されれば生気は持ち主の身体に戻ってくる。

 安藤は秋山壮士に連絡し、子供達を保護してくれるよう頼んだ。

「生きたい、か」

「そう言ってましたね」

「ああ。でも、生き方を間違えちまったな、婆さんも」

「そうですね」

 他人の命を強引に奪うことで得られる命など認められるわけが無い。

 武器を仕舞うと、2人は車を停めた場所へと戻って行った。





 3日後。

「あっ、遅いよ西樹君!」

 羽田空港に、数人の若者が揃っている。悠真は彼等に手を振って彼等の元に駆け寄った。

 沖田恵里、宇佐美アリス、柏康介の他に、もう1人若者がいる。優しそうな顔をした男だ。

「紹介するね。鴻上利也先輩だよ!」

「はじめまして、西樹悠真君」

「ああ、どうも」

 おそらく他の学生が教えたのだろう。悠真と鴻上は握手を交わした。温かい手だ。

「それじゃあ、楽しい旅行に行きましょ〜う!」

 笑う一同。悠真も笑みを浮かべている。


 このときはまだ誰も気づいていなかった。

 旅行中、あんな事件が発生することになるとは……。

・ストレーガ・・・ハーミットに勧誘されて、高砂チエが月の術を使用、力を発動した姿。フクラスズメという蛾に似た特徴を持つ。杖を使った攻撃の他、背中から生える4本の鞭を自在に操って敵を翻弄する。

ストレーガ(strega)はイタリア語で魔女の意。

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