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GRAVE KEEEEPER【Red Moon】  作者: 鵤牙之郷
20/30

完全態

 大理石の間。

 片手を失った神田は部屋の隅でうずくまっていた。そんな彼をハーミット等他の術師達が見つめている。

「期待を裏切らないで下さいよ神田さん。そんな傷を負う羽目になるとは」

「しばらく休んでろよ屑」

 白い術士、朧が言った。

「使えるヤツはこれから何人も羽化する。お前は使い捨ての駒なの。わかる? 駒!」

 朧の言葉から察するに、既に術士の種は各地に散蒔かれた後のようだ。ハーミットも腕を組んで考えている。この先、別の術士に仕事を任せるべきなのではないのか、と。

 だが、ここである人物が立候補してきた。白いタキシードを着た男性だ。

「私が行きましょう!」

 全員がそちらに注目する。

 男の名は、緑川良治。以前は彼の生き霊が世間を騒がせた。この様子だと、生き霊が主人格を殺して羽化したらしい。

「これはこれは、漸く身体を手に入れましたか」

「ええ。腕試しに、ここは私が、あの墓守を殺してさしあげましょう」

「……そうですね。では今回は、緑川さんに頼みましょう」

「喜んで!」

 緑川は青白い炎に包まれて、そのままどこかに消えてしまった。

 他の術師達はため息をついた。








 1日の予定を終え、校舎から出て来た悠真の方へ、安藤が血相を変えて駆け寄ってきた。

「せ、青年!」

「何ですか、騒々しい」

「奴だ。奴が動き出した」

「奴?」

「生き霊だよ!」

 すぐにはピンと来なかったが、やがて1人の暴霊のことを思い出した。

 緑川良治。富豪になりたいという欲望が1人歩きし、生き霊となった男。以前、あと1歩というところでハーミットに邪魔されてしまったのだ。

 2人は近くに停めておいた安藤の車に場所を移し、最近起きている事件について話し始めた。

 1週間前、ちょうど悠真が新たな力に覚醒した後のこと。再び都内で富豪が失踪する事件が起き始めた。更に今回は銀行からも金が盗まれたりと、その被害は拡大している。しかも、どの銀行も監視カメラが全て破壊されてから金が盗まれていた。

 上層部は既に犯人を特定、以前と同じく、緑川良治が暴霊であると判断した。その証拠に、高級住宅街で彼の姿が何度も目撃されている。そして彼が住む家の周囲で暴霊が数体誕生したことも確認されている。暴霊の方は他の墓守が既に浄霊したらしい。

「何か嫌な予感しねぇか?」

「え?」

「暴霊が生まれてるんだぜ? 前回彼奴は誰に連れて行かれた?」

「……あ」

 今回の安藤は読みが鋭い。確かに、緑川が完全な暴霊となってハーミットの部下として働いているというのは充分考えられる。

 安藤はふんぞり返った。しかし悠真は、

「どうせ、平岩さんから聞いたんでしょう?」

「あ、何だよ、つまんねぇなぁ!」

 彼の推理ではなかったようだ。

「で、今回はその緑川を浄霊すると」

「そう、そうだ。今度は絶対にな」

 エンジンをかけ、緑川の住む地区へ向けて、安藤は車を走らせた。







「ふふふふふ、わははははははは!」

 大金にまみれ、白いタキシードを着た緑川良治は大いに笑った。月の術の助けもあって見事主人格を殺し、肉体を手に入れ、遂に大金を掴むことが出来たのだ。生きた富豪に。

「良い香りだ。これが金の香り、金の肌触り! ははははは! 素晴らしい!」

 と、ここで、夕方の6時にセットしておいた目覚まし時計のシグナルが鳴り響き、彼の至福の時を打ち壊した。緑川は手にしていた札束を雑に放り投げた。仕事に出掛けなければならない。

「仕方あるまい。適当に、雑魚を集めるとしよう」

 青い炎に包まれると、緑川はその場から姿を消した。








 車が到着する頃には日は沈み、あたりはすっかり暗くなっていた。細い道を進んで行くと、先の方にターゲットの住まいが現れた。やはり今回もまた他人の家に住み着いているようだ。

「全く、人を殺してまで富豪になりたいものなのかねぇ」

「さぁ。でも暴霊の力は一般人からすれば超能力ですからね。使いたくなるんじゃないですか?」

 案外殆どの暴霊は、単に力を使いたいだけなのかもしれない。自身の欲は2の次。これまで光を浴びてこなかった者達も、力を使えば良かれ悪かれ注目の的となる。復讐心を抱く者は別だが。

 緑川の次の家が姿を現した。以前よりはこぢんまりとしているが、選んだのはまた大きな屋敷。周囲を柵で囲われている。

 門の付近に車を停め、2人は外に出た。不法侵入になりかねないので、一応インターホンを押して中の人間を呼び出した。しかし、何度呼び出しても中からは誰も出てこない。既に仕事に出かけてしまったか。

「ちっ、やられたか」

「みたいですね」

「ダウジングで追跡しよう」

 車に戻ると中で地図を広げ、その上に水晶のペンデュラムを垂らした。暴霊を追うための物なので私的な質問には答えてくれないが、今はその必要はない。

 水晶が独りでに動き出した。この石は邪念に引かれているのだ。屋敷から出て、今はこの地区から離れた場所にいるようだ。

「ぁあ? これ、合ってるのか?」

「相手は霊ですよ。これぐらい楽にやってのけるでしょ」

 水晶はしばらくそのポイントでクルクル回っている。まだそこで暴れているのだろう。場所は銀行や会社が連立する地域。より多くの財産を集めるつもりらしい。

「仕方ねぇ。追うぞ」

「はい」

 アクセルを踏んで車を走らせる。当然制限速度内だ。幸いにも今夜は道が空いている。ペンデュラムは距離が縮む度に光を増してゆく。

 真っ直ぐ進み、30分程で目的地に着いた。すぐそこに銀行が見える。窓ガラスが割れている。間違い無い。

「よし、青年。停めたらすぐに外に出て奴を倒すんだ」

「はい……あれ?」

 ペンデュラムが突然光を失った。

「どうした?」

「もしかしたら、アイツ移動したかもしれません」

「はぁ? 面倒な霊だぜ全く!」

 悠真はもう1度ダウジングを行った。まだ地図上で回転しているが、数秒で次の目的地を示した。また彼等の居る場所から離れている。ここからなら近い方だ。

 再度ハンドルを操作してそのポイントに向かう。ペンデュラムは光を取り戻し、どんどんその強さを増す。しかし、そこに着く途中、再び光が消えてしまった。

「あ」

「また? 勘弁してくれよ、俺も歳だからよぉ」

 3回目のダウジング。また離れた地点。緑川には悠真達のことが解っているのか。2人を攪乱しているようにしか思えない。

 この後、もう4回場所移動し、反応はすっかり消えてしまった。探索失敗。仕方無く、ここで操作をやめた。時刻は23時を回っていた。







 今日の仕事を終え、緑川は屋敷に戻って来た。手にはアタッシュケース。中には今日獲得した金が入っている。

「今日は5000万。これで2億は超えたか。ふはははははは!」

 緑川は室内の金庫を開け、その中にアタッシュケースごと放り込んだ。そして鍵をかけた後、今度はリビングに向かい、冷蔵庫からシャンパンを取り出した。

 仕事の後はこうしてゆったりと時を過ごす。これが最近の彼の習慣だ。

「ふぅ。しかし、何か物足りない」

 金もある。立派な屋敷も車もある。それでも何故か心は満たされない。ハーミットから聞いたが、暴霊はどうやっても完全に心が満たされることはない。しかし緑川は術師。まだ生きている。なら、まだ足りないものがあるというのか。

 熟考する男。ホームレス時代、自分が欲していたものをひとつひとつ消去してゆく。その結果、ある答えに行き着いた。それはどの銀行を探しても見つからないものだ。

「そうだ、私にはまだ伴侶がいない! 美しい伴侶が!」

 確かに、どの金庫を探しても人間は入っていない。金は簡単だ。どれも同じ物なのだから。しかし人間は1人1人違っている。その中から自分に見合う女性を見つけることなど至難の業だ。

「やるしかない、か」

 緑川はシャンパンを飲み干すと、寝室に向かった。明日からは新しい仕事が始まる。まずは身体の疲れを癒さなければ。








 翌日。

 大学での用事をひと通り終えて悠真が出てきた。正門では既に安藤が待機しており、悠真に向けて手招きしている。緑川だ。彼がまた事件を起こしたのだ。車に乗り込んで事件の概要を聞く。

「今度は何処の銀行ですか?」

「いいや、銀行じゃない」

「え?」

「女性が連れ去られた」

 悠真は疑問を抱いた。いきなりターゲットが女性に変わるとは、本当に緑川の犯行なのだろうか? 彼の欲望は富豪になりたいというもの。女性は関係無い筈なのだが。

「銀行襲撃と女性誘拐って、何か繋がりでもあるんですか?」

「俺にも解らねぇよ! でも上の話じゃ、アイツかなり雑なやり方で誘拐したみたいでな。術師は細かいところまでは教えてくれなかったみてぇだな!」

 緑川の在宅の有無に関わらず、今は誘拐された女性達を救うことが先決だ。女性は都内に限らず全国各地から連れ去られたという。年齢は30代前後。仕事も家族構成もバラバラである。

 再びあの屋敷に向けて車を走らせる。しかし、こういうときに限って道が混んでいる。安藤にはこれが、術師達の策略のように思えた。

「あああっ、畜生!」

 悠真はダウジングを行っている。次こそは逃がすわけにはいかない。

 まずはこれから向かう屋敷を調べる。水晶はすぐに反応した。その後も暫く回り続けた。車の揺れが原因ではない。綺麗な円を描いて回転しているのだ。

 少し遠回りになるが、空いている道で屋敷に向かうことにした。

 普通の墓守はこれだから辛い。警察官ならサイレンを鳴らせば良いし、エリートも警察として活動出来る。すぐに現場に急行出来るわけだ。安藤は自分の性格を恨んだ。

「よっしゃあ、飛ばすぞ!」

「制限速度は守ってくださいよ」

 あれだけなかなか進まなかった車が、嘘のようにスイスイ進む。何だか清々しい気持ちになった。が、被害者を助けるまでは気を抜いてはならない。

 時刻は16時30分。到着予定時刻は、17時。









 緑川宅。

 キッチンの前に緑川が腰掛け、複数の女性の様子を見ている。全員見た目が若干似ている。綺麗な顔に美しい茶色の髪。彼女等は今、暗い顔をして皿を洗っている。

 と、1人が皿を落とした。それを見た緑川は彼女に向けて手を広げた。

「違う! お前は私の理想の女性ではない!」

「あっ!」

 手に吸い寄せられるようにして、女性が緑川の足下まで飛んできた。緑川は彼女の首筋に何かを刺した。自身の爪だ。爪は注射針のように長く鋭くなっていた。

 針から何かが吸われてゆく。彼女の生気だ。青白く輝く気が、瞬く間に緑川に吸収されてゆく。

 吸収が終わる頃には、女性はミイラのようにげっそりとやせ細ってしまった。緑川は彼女を雑に床に放った。床には他にも大量のミイラが横たわっている。今皿洗いをしている者も含めて、全て彼が今日1日で集めてきたのである。

 金も屋敷も手に入れた緑川がまだ入手していないもの。それは妻。自分の理想を体現した女性こそ妻に相応しい。今回は30人を誘拐した。少しでも彼の理想から離れていれば生気を吸う。月の術使用者にとって生気は肉体維持のために必要なもの。活動と同時に消費されてゆくため、こうして吸っていなければならないのだ。

 もし見つからなければまた連れ去れば良い。緑川はほくそ笑んだ。すると、また何人も彼の理想から離れた者達が。すぐさま引き寄せ、同時に生気を吸い取ってしまった。

「喜べ、このまま残れば、私と共に最高の人生を歩めるのだからなぁ!」

 あれだけいた候補者もとうとう6名。他の24名はほぼミイラ化している。一応まだ生きてはいるが、生命力を奪われ、昏睡状態に陥っている。

 緑川が6名に課した最後のテストは、愛の言葉。主人を愛せない者は理想に反する。

「あなたを、愛しています」

 候補者の1人が言った。言ったあと、恐る恐る緑川の様子を窺った。

「違う」

「あっ! ぎゃあああっ!」

「恐怖故の愛など認められる訳がない。失格だ!」

 女性も一気に干からび、ミイラのようになってしまった。

 緑川は足を組んで次の候補者を呼んだ。躊躇っていると、即刻緑川に吸い寄せられ、生気を吸われてしまった。

「次だ、次!」







 17時過ぎには着く予定だったが、悠真と安藤が緑川宅の付近に着いた頃には既に18時を回っていた。辺りは暗くなり、明かりの灯った部屋が際立った。

「あそこか」

「入るには、窓を破るしかないですね」

「ああ。行くぞ!」

 武器を手に取り、2人は邸宅へと駆けてゆく。柵を飛び越え庭に足を踏み入れる。問題の部屋は目の前だ。

 気付かれぬよう恐る恐る窓に近づく2人。だが、攻撃が届く範囲まで迫った瞬間、家の左右から大量の光の球が飛び出した。オーブである。墓守対策のために仕掛けておいたのだろう。

 オーブは術師達に従順なタイプらしく、2人を見るやいなや襲いかかってきた。この手の相手は戦い慣れている。安藤が短剣を投げ、悠真が鎌を振り回してそれらを蹴散らした。100体近くいたオーブも全て逃げてしまった。

 おかしい。ハーミットのような術師がこんな簡素な罠を仕掛ける筈がない。ここでようやく、2人は緑川が術師に目覚めたという仮説にたどり着いた。生き霊なら元の体はまだ死んでいなかった筈。月の術を使えば簡単に覚醒することも出来る。

 顔を見合わせて互いに頷き、2人は武器で窓を破壊した。派手な音を立てて硝子が砕け、中が露わになる。中では緑川が椅子に腰掛けてワインを嗜んでいた。

「おい! ……何だこれ?」

 床に転がるミイラを見て悠真は凍りついた。

「ははははは! 久しぶりだな、少年よ!」

「2度と会いたくなかったけどな」

「まぁそう言うな。再会を祝して乾杯しようではないか」

「待ちな! コイツ等はどうした?」

「安心したまえ。彼女達はまだ生きている。結局、皆失格だった訳だがな」

 外でオーブと戦っている間に、全ての女性がミイラにされてしまったらしい。2人が気づかなければ、彼はまた見ず知らずの女性を誘拐するつもりだったのだろう。

「乾杯する暇なんて無いよ。今日こそ、あんたを斬る!」

 悠真が鎌を緑川に向ける。緑川は溜め息をつくと、ワイングラスを床に捨て、2人に向けて衝撃波を放った。怯んだ隙に、悠真の方へジャンプして蹴りを入れた。以前よりも格段に力を上げている。

「残念だ。実に残念だ! やはり君達とは仲良くなれないようだな」

「当たり前だ」

「墓守と、降霊術師。ふたつの力が今1度ひとつに戻ること。我々の主はそれを望んでいるのだがな」

 主とは、ここではハーミットのことではなく、更に上の存在を表しているのだろう。墓守の機密事項である降霊術を盗み出し、それを広めた墓守のことだ。直に会ったか否かは解らないが、ハーミットから少なからず話は聞いているのだろう。

「何、なら話は簡単だ。君達を、殺すまでだ!」

 緑川の体から青白い炎が燃え上がった。次の瞬間炎が消え、緑色の蛾の怪人が姿を現した。騎士のような出で立ちで片手は剣になっている。エメラルド色の羽根には白い線がうっすらと入っている。

「倒されるのはあんたの方だ。逃げられると思うなよ」

 悠真も青白い炎を発動して0に変身すると、刀を振り回して術師に迫った。その隙に安藤は上層部に救助を要請し、倒れている女性達を安全な所へ移動させた。

 庭に出てぶつかり合う2人。新米と言えど相手は術師。戦闘力は生き霊だったときに比べ格段に上がっている。

「君の力も吸い取ってやろう!」

「お断りだ!」

 至近距離に近づいた所で刀を振り、術師に衝撃波を浴びせる。それでも相手は倒れず、逆に攻撃を受けてしまった。術師の剣には生気を奪う効果もあるらしく、攻撃を受けた後立ち上がるのに時間がかかった。

 今度は《−》の力で霧を放つが、術師はそれら全てを剣で振り払い、続けて衝撃波を放って0にダメージを与えた。再び力を奪われ、元の白い姿に戻ってしまった。

「おや? しばらく見ない間に随分弱くなってしまったなぁ! これでは君の命が持たぬぞ?」

「弱くなった? 冗談だろ!」

 そう、決して弱くなっていない。むしろ強くなった。悠真は新たな力を手に入れた。術師達とは真逆の、生の力を。

 全身に力を込めると、真っ赤な炎が燃え上がった。悠真の生命力を具現化した炎。それを見ているだけで緑川は息苦しくなった。

 炎が止むと、0は赤い剣士の姿に変わっていた。この力の前には、いくら強力な術師と言えど耐えることは出来ない。

「今度はこっちの番だ」

 剣を降ると注に炎の弾が出現し、もう1度降るとそれらが術師に向かって飛んでいった。その威力は凄まじく、緑川の体から煙と共に吸収した生気が漏れ出てきた。

「な、何だこの力は!」

「死の力を弱めているんだ。覚悟しろ、緑川!」

「くっ、こ、ここは……ふんっ!」

 緑川は羽根を広げて天を舞う。逃げるつもりだ。

 逃がすつもりはない。0もボードを呼んでそれに乗り、術士のあとを追った。この姿だとボードも呼ぶことが出来るらしい。代わりに、武器は剣以外に使用することは出来ない。

「貴様ああっ!」

 剣を乱暴に振るって術士が衝撃波を乱発してきた。しかしどれも0には直撃しない。

「言っただろ、逃がすつもりはないって!」

 0の周りに6つの火の弾が現れ、回転しながら緑川に迫った。弾は術師の羽根をボロボロに裂き、バランスを崩した術師は悲鳴をあげて落下してしまった。

 落ちた場所は緑川宅から少し離れた所にある交差点。幸い車は通っていない。道路工事を行っているからだ。

 0もそこに着地し、緑川に襲いかかった。相手も渾身の力を振り絞り応戦する。

「邪魔をするな。私の、私の理想を崩すなぁっ!」

「あんたの理想のために、人を殺させてたまるかよ!」

「うっ! ぐわあああああっ!」

 炎の剣が、武器と一体化した術師の腕を切り落とした。緑川が悲痛な叫びをあげる。

「きっ、貴様……」

 偶々、緑川の視界に一般人が入り込んだ。緑川はその男性に向けて管をのばし、素早く生気を吸い上げた。切り落とされた腕が元通りになり、反対に男性はやせ細ってしまった。

 戻った剣を振り回し、緑川が0に襲いかかる。それでも墓守には傷ひとつつけることが出来ない。全て炎の剣に跳ね返されてしまった。

「くそおおっ!」

「終わりだ!」

 剣から赤い炎が噴き出し、緑川の身体を包み込んだ。炎が術の力を弱めてゆく。すると、彼の胸の辺りに青い炎が浮かび上がった。これが彼に力を与えているのだ。

「そこかっ!」

 青い炎を剣で切り裂く。力が失われ、緑川は元の姿に戻った。主人格が死んでいるため、人間の姿になっても生き霊側が残る。

「ぐっ」

「誰だ」

 0が尋ねる。

「誰がお前らを指揮してる?」

「だ、誰が言うものか……ぐっ」

 緑川は人間に戻るだけではなく、そのまま燃え続けて灰になってしまった。灰は風に煽られ虚しく飛んでいった。術の副作用だ。

 灰をしばらく眺めていた後、悠真は倒れている男性を介抱した。緑川が倒されたことで身体は元に戻っているが、まだ昏睡状態だった。







 緑川が倒されたことはハーミット達も感知した。ハーミットは溜め息をついた。彼をスカウトしたのはどうやら誤りだったようだ。

 だが、他の2人の反応は違う。神田はほくそ笑み、朧は拍手をして笑っている。

「はははは、最高! 所詮アイツは偽物だったんだよ」

「偽者?」

「本物の富豪ではなかったってことよ」

「おお、やっているな?」

 そこへもう1人、別の男がやって来た。40代くらいの男性で、黒いスーツを着ている。胸ポケットに付いたバッジは金に輝いている。

 男が入ってくるとハーミットが会釈した。他の2人は何の反応も示さない。

「お帰りなさいませ、社長」

 そう、この男こそ影でハーミットに指示を出していた張本人、渡 一樹である。彼は大手食品グループの社長である。術士が僕を増やす手っ取り早い方法。それは、権力者を術士にして仲間にすること。以前1グループを率いていた金谷空人も会社のトップだった。

 渡は中央のデスクに腰掛けるとネクタイを緩めた。ハーミットが人間の姿に戻り、内ポケットから手帳を取り出す。

「スケジュールはもう良い。それよりも、また1人殺されたらしいな」

「申し訳ありません。またも墓守に……」

「構わない。何人死のうがどうでも良い。また次を探せば良いのだ。代わりはいくらでもいる」

「ふふふ、そうですね」

 これが彼の理念。

 神田も朧も、当然ハーミットも、渡にとっては便利な駒に過ぎない。斬られれば別の術士をこの部屋に呼び、第2のハーミット、朧を生み出す。サメの歯のように部下を装填する。それで経営は成り立つ。この考えを、渡は自社経営にも取り入れている。

「さて、そろそろ腹が減ったな」

 渡の身体が青い炎に包まれ、おぞましい緑色の怪人に姿を変えた。蛾の様な姿ではなく、弱々しい身体をしている。所々触手が生えている。

「まだ残っている社員が居た筈だ。彼を呼んで来い。今日のディナーだ」

「かしこまりました」

 ハーミットは一礼して大理石の間から出て行った。

 デスクに座る怪人に近寄り、朧が言った。

「全く末恐ろしいね。社長が羽化のために自社の部下を飯にしちまうなんてよ。週刊誌に売ったら儲かりそうだけどな」

「君も同じ目に遭わせるぞ?」

 渡がそう言うと、朧は舌打ちをしてデスクから離れた。

 再び静かになる室内。渡はずっと夜空を眺めていた。今日は満月だ。

「いずれ全てを手にする時が来る。土地も、人間も、資源も、全てな」

 白く輝く満月に、渡は己の野望を叶えることを誓った。

・エンテレケイア・・・元生霊の緑川が月の術で術士になったもの。ウェイビーライン・エメラルドという洋名を持つ蛾の姿をしており、剣を振るうことで相手の生気を吸うことが出来るようになった。

 この蛾の幼虫はカモフラージュ・ルーパーとも言われ、嘗ての緑川同様、華に擬態する。


・ノクターン(幼体)・・・大手企業の社長、渡一樹が変身する緑色の怪人。ある蛾の幼虫の姿をしており、まだ羽化していない。どのような成虫になるのかはまだわからない。

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