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GRAVE KEEEEPER【Red Moon】  作者: 鵤牙之郷
18/30

授業の果てに

「はい、じゃあ今日はおしまい」

「は、はい。ありがとうございました」

 まただ。

 我慢出来ない。やっちゃ駄目なのは解ってるけど、やめられない。

 ああ、お母様が来た。笑顔を、笑顔を作らなきゃ。

「美味しいケーキを買ってきたので、皆さんで是非」

「本当に今日までありがとうございました」

「いえ。それじゃあ、賢介君も頑張ってね」

「はいっ! ありがとうございました!」

「ふふふ、じゃあ、これで」

「ええ。いつでもまたいらしてくださいね」

 とりあえず会釈して、賢介君に手を振って、私は家から離れる。

 今日で賢介君の授業はおしまい。私の下手な指導で成績も上がったみたい。一応、成功か。

 でも、それももうすぐ無意味な物になる。

 賢介君、それから、御家族の皆さん。ホントのホントに、

「さようなら」








 今日は寒い。

 悠真は焦げ茶色のコートで身体を包み、今日の朝刊を喫茶店【新世界】のカウンター席に座って読んでいる。店内はやや暗く、とても静かだ。客は悠真の他、ここを紹介した安藤と、黒光りするドレスを身に纏った老婦人しかいない。店長はカウンターの向こうでホットケーキを作っている。

「どうだ青年、なかなか良い所だろ」

 悠真は何も答えない。

 実は彼、1度ここに来たことがあるのだ。あのときは旧友と一緒だった。数日後、悠真はその友を浄霊した。忌々しい小学校で。

 あの日のことを思い出してしまうからか、店に対してあまり良い印象が持てない。記事に目を通して気を紛らわせようとするがなかなかそうはいかない。

「あれ、前もいらしてますよね?」

 店長は覚えていてくれたらしい。ホットケーキを悠真の前に置きながらそう言った。

「あ、はい。ダチと一緒に」

「なんだよ青年、それなら言ってくれよ」

「あぁ、すいません」

「彼がいつも仰ってる仕事仲間ですか。良いですね、若い方と仲良しとは」

 店長はニコッと微笑んだ。確かに若者が親類以外の大人と仲がよい、というのは今では珍しいのかもしれない。大人も若者も、全員とは言わないが互いに非難しあっている。それには軽蔑や羨望、あらゆる感情が関係しているのだろう。

 と、そこへ悠真の思いも寄らぬ人物が現れた。店の制服を着た同い年の少女、宇佐美アリスが控え室から出て来たのだ。アリスは悠真を見るや否や満面の笑みを浮かべて近づいてきた。

「わぁ、やっと会えた〜!」

「な、何でここに?」

「あれ、青年は知らなかったか? 彼女、ここで働いてるんだ」

 そういえば以前、付近の喫茶店でバイトをしていると言っていた気がする。それがまさかここだったとは。

 驚く悠真の顔を見て安藤がクスクス笑っている。自分で考えたイタズラが成功して喜んでいる子供のようだ。この歳になって何をやっているのやら。悠真は馬鹿らしくなって目をそらした。

「最近どう?」

「どうって、特に何とも」

「ねぇ、恵里とデートしたんでしょ? 喜んでたよ!」

 きっと、この前の食事のことを言っているのだろう。

「あぁ、そうですか」

 悠真は顔を赤らめて俯いた。すると安藤とアリスが更に笑う。自分をおちょくって何が楽しいのだろうか。視線を逸らすと、後ろの老婦人が顰めっ面をしているのが見えた。

「ほら、宇佐美さん、困っているじゃないですか」

「あっ、ごめんごめん!」

 アリスに注意した店長も微笑んでいた。はしゃいでいる彼等の様子は、この暗い店内では特に目立っていた。

 その後暫く世間話をした後、会計を済ませて悠真達は店を出た。アリスは出口まで来て2人を見送ってくれた。

「どうだ? 良かったろ?」

「お宅等のせいで最悪でしたよ」

「まぁそんなに怒りなさんな! ……あ」

 安藤の携帯が振動している。相手は平岩だ。新聞には怪しい事件の記事は載っていなかったが、どうやら暴霊は絶えず生まれ、事件を引き起こしているようだ。

「はい、はい。わかりました」

 突然、安藤の顔が引き締まった。単なる事件ではなさそうだ。

 電話を切ると、安藤はその顔のまま悠真に言った。

「神田だ」

「あの人ですか」

 神田明宏。降霊術師であり、安藤の旧友である。









 ひと仕事終え、神田明宏は都内の大手ホテルの屋上でくつろいでいた。それも怪物の姿のまま。

 彼の任務は、このホテルで行われている有名企業のパーティーに出席している者達を消すこと。方法は至って簡単。羽化したことで神田は念を毒に変える力を得た。それを利用して中毒を引き起こすのだ。料理人やスタッフを自分の歩兵に変えた後、今日出される予定の料理と飲み物に毒を振りかけた。良くて重傷、最悪死者も出るだろう。

「成功したようですね」

 そこへもう1人の術師、ハーミットが現れた。彼も怪物の姿で移動している。神田はハーミットを見るとゆっくり起き上がった。

「あちらの方も順調だそうで」

 どうやら別の仕事もしてきたらしい。

「困っている者がいたら手を差し伸べる。ただそれだけだ」

「なるほど。ですが、休んでいる暇は無さそうですよ。墓守が気づいたようです」

「殺すまでだ」

 翼をはためかせ、神田が地上に舞い降りる。その姿を見た一般人は悲鳴をあげ、逃げようとする。しかし神田が発射した分身を体内に注入されると、彼等は感情を失い人形のようになってしまった。

「来るが良い墓守。返り討ちにしてくれる」







 悠真と安藤は車に乗って現場に向かっている。制限速度は守っている筈だが、安藤はいつもよりも車を飛ばしていた。

「グランドホテル? そこにあの術師が?」

 ホテル上空から内部に潜入する神田の姿を平岩が確認していたらしい。彼には霊のパートナーもいる。その相方が知らせてくれたのだ。

 更に平岩が調べると、ホテルでパーティーが行われていることも判明した。となると狙いは霊魂の回収だろうか。

「ああ。しかも有名企業の重役が大勢参加してるパーティーらしい」

「重役? それ、何か関係あるんですか?」

「え? ああ……そうだな。まぁほら、取り敢えず行ってみないことには……うっ!」

 突然安藤がハンドルを横に切った。何事かと外を見ると、蛇に似た怪人が何人も立っていた。50人は超えているだろう。彼等とは以前も戦ったことがある。神田明宏の分身だ。

 2人が車を降りると、もう1人別の怪人が蛇人間達をどけて前に出て来た。赤い蛾の怪人。神田だ。

「墓守がここに来ると聞いてな」

「神田!」

「しかし、まさかお前達だとはな、安藤肇君」

 神田は空を飛び鱗粉を降らす。細かい粉が風に乗って飛んでくる。これではかわすのは困難だ。2人は早速青白い炎を発動して0とアサシンの姿に変身した。炎は鱗粉を燃やし尽くした。

 空からの攻撃は対処出来た。今度は地上の歩兵達だ。外見は怪物だが、それは神田の念を纏っているだけで中身はただの人間だ。傷つけてはならない。しかし彼等もこの姿を長時間維持することは出来ない筈だ。以前は簡単な攻撃で変身が解けた蛇人間も多くいた。

 今回も1撃で倒せる者達ばかりだった。神田は歩兵を生む力を得たようだが、まだ成熟はしていないらしい。

 歩兵では駄目だと考えた神田はアサシンに飛びかかった。彼を助けようと、0は武器を銃に変えて神田の背中に向けて発砲した。

「貴様……ぬんっ!」

 アサシンから離れ、神田は腕から光線を発射してきた。武器を楯に変えてそれらを止めるも、光線は楯を突き破って0の身体に直撃した。しかも威力が強く、派手に吹き飛ばされてしまった。

「道永を倒した墓守もこの程度か」

「くっ、まだまだぁ!」

 今度は大きな斧を呼び出して衝撃波を放つ。通常の暴霊には通用する技だが、強化した神田には通じない。彼の発射した光線によって跳ね返されてしまった。

「仕事があるのでな。2人まとめて消えてもらうぞ」

 両手を0とアサシンの2人に向ける。彼の手に赤い光が集まる。

 このままでは本当に消されてしまう。策はないが、自分がどうにかしなければ。そう思った瞬間、0の身体がまた真っ赤な炎に包まれた。

 この感覚。先日の浄霊を思い出す。あのときのような力は発揮出来ないが、今はこれしかない。手を神田に向けると、身体を包んでいた炎から火の玉が幾つか分離し、神田目掛けて飛んでいった。直撃した神田は苦しそうな悲鳴をあげて悶え始めた。

「ぬうっ! 馬鹿な、何だこの力は?」

 攻撃をしようにもそう出来ない。力が落ちているようだ。

 最後の力を振り絞り、神田は自分に術を使用してその場から退避した。

 一応戦いは終わった。悠真と安藤も元の姿に戻った。

「大丈夫なのか?」

「ええ、なんとか」

「そうか」

 周りで気絶していた者達が立ち上がり、何事もなかったかのようにそれぞれの行く場所へと向かう。

 ひとまず仕事は終わった。自分達も帰ろう。車に乗り込み、いつものファミレスに向かうことにした。

 目的地には20分程で到着、悠真はドリアを、安藤はステーキを頼んだ。

 このような時でも、悠真は情報収集を欠かさない。持参した新聞に目を通していた。今日は気になる事件がひとつ。都内で発生した一家心中事件だ。服毒自殺らしく、ケーキに毒が盛られていたそうだ。

 殺人の可能性は薄く、警察は自殺の線で捜査を進めるという。

「ですって。どう思います?」

 新聞を閉じて悠真は向かい側の安藤に尋ねる。

「どうって、何がよ?」

「おかしいと思いませんか? これで3軒目ですよ心中」

 そう、日にちは離れているが、都内ではもう2件心中事件が起きている。しかもどちらも服毒自殺。そして単身者ではなく、家族が。

「考え過ぎじゃないかい青年? 今はまだ不景気だしよ。まぁ、子供を巻き込むってのはどうかと思うがな」

 ちょうどそのとき、再び安藤の携帯が鳴った。平岩だった。

「もしもし」

『済まない、また術師が現れた。昼間と同じ術師だ』

「神田が?」

 今日の神田は普段以上に活発だ。それに仕事が荒い。こんなに簡単に見つかってしまうとは。

 2人はファミレスを出て慌てて車に乗り込んだ。現場はここから遠い。念のため秋山にも連絡を入れておいた。

「あいつ、何が目的なんだ?」

「急ぎましょう。今の術師は歩兵を生み出せる」

 車は目的地の住宅街に向けて走り出した。






 仕事を終え、草壁亜子は駅に向かって歩き始めた。彼女は家庭教師。中学受験を目指す子供達の授業を受け持っている。

 教え方、性格共に良い。彼女はどの家からも人気があった。ところが最近は、担当する家がコロコロ変わっている。別にクレームがあった訳ではない。担当した家の人間全てが死亡してしまったのだ。それも皆、服毒自殺で。

「ふぅ」

 亜子は溜め息をついた。担当が変われば行き先も変わる。それが面倒だった。

 日は沈んでしまった。1人夜道を歩く亜子。そんな彼女を男が待ち受けていた。

「これで3軒目か」

 神田だ。しかも蛾の怪物の姿をしている。その姿を見ても、亜子は怯えることなくゆっくりとお辞儀した。

 そう、彼女はもうこの世の人間ではない。暴霊なのだ。

 今までの服毒自殺は全て彼女の仕業。途中で買ってきた洋菓子に自らの念を毒にして注入したのだ。

 別に彼等に恨みがあった訳ではない。この事件には、彼女の心の闇が関係している。




 亜子がこの世に生を受けたのは今から20年前のことだ。運が良かったのか、彼女が生まれたのは名家だった。貿易商の父、高校教師の母、そして兄がいた。毎日豪華な料理を頬張り、綺麗な服を着、休みの日は色々な場所に旅行に行っていた。

 誰もが羨むような生活。当初亜子はこれが普通だと思っていた。……そのことが、彼女の心に闇を生んでしまったのかもしれない。

 小学校の頃。

 亜子のことを尊敬する者も勿論いたが、やはり毛嫌いする者の方が多かった。初めはクラスの人気者だった亜子も次第にいじめの的になっていった。それも日に日に酷さを増してゆく。

 1度いじめっ子に、何故自分が的になるのか尋ねたことがあった。するとその子供は、「お前がお金持ちだからだ!」と答えた。

「旅行に行くのは悪いことなんだ!」

「お洒落しちゃいけないんだ!」

 子供らしい、意味不明な理由である。彼等は亜子のようにお洒落が出来ない。そう何度も旅行に行けない。亜子に対する羨望が、彼等をいじめへと突き動かしたのだ。

 このときから彼女の考えは変わった。完璧なものは罪なのだ。あってはならないのだ、と。毎日続く拷問に、亜子はまともな考えが出来なくなっていた。彼等いじめっ子の考えが世の中では正当なのだ。そんな風に思うようになっていった。

 それから亜子は中学、高校と進学したが、地元はかなり狭く、いじめっ子も彼女と同じ学校に入学してしまった。年を経るごとに増えてゆく鬼。しかし、彼女はこれが正当だと考えていたから反論しなかった。一方、彼女はある計画を進めていた。

 高校1年のとき。亜子は学校の科学室から有毒物質をくすねてきた。そして帰宅してから、それを家族が使う家具に塗りつけた。流石に家族が無惨な死に方をするのは見たくない。テスト勉強をすると嘘を付き、亜子は外出した。

 まさか娘が、妹がそんなことをするとは夢にも思わない。家族はいつものように席につき、食事をとり、死亡した。亜子が帰宅した頃には息絶えていた。血と共に食物を吐き出していた。本当に酷たらしい死に方。だが罪悪感も悲しみも感じなかった。これで家族全員罪を償った。自分も不完全なものになれた。それで良かった。

 高校は母が勤務する学校でもあったため、心中だったということで警察の捜査も終了した。更に、亜子をいじめる者も少なくなった。罪を償ったからだ。亜子はそう感じた。



 それから4年経ったが、亜子はまだ完璧なものを受け入れることが出来ずにいた。小学校の同窓会に参加したが、いじめっ子の殆どは有名企業に就職しており、完璧な存在、幸せな存在になっていた。彼等はまだ罪を償っていない。だから彼女は、堪らなく彼等を壊したくなった。しかし今はもう毒が容易に手に入れられる立場ではないし、ましてこの人数を順番に殺してゆくのでは時間がかかりすぎる。住んでいる場所も変わっているだろうから1人では出来ない。

 どうすれば良いのだろう。悩んでいだところに現れたのが、神田明宏だった。

「あ、あなたは」

「ボランティアだ」

 神田は亜子に、暴霊になることを勧めた。彼の話すことは荒唐無稽だったが、怪人の姿を見た瞬間、今まで話していたことが真実だったのだと知った。だが、怪人を見ても全く恐ろしいとは感じなかった。寧ろ嬉しかった。これで彼等を壊せる。亜子は喜んで命を投げ出した。そして、おぞましい怪物へと変貌を遂げたのだ。

 あのいじめっ子達は今年も盛大に同窓会を行った。1人の父親が大手企業の重役で、そこの建物を会場にしてパーティーを催したらしい。出来れば自らの手で彼等を壊したかったが、残念なことに彼女にはそこまで強力な効果は備わっていなかった。

「なら、私が手を貸そう」

「えっ?」

「言ったはずだ。これは、ボランティアだと」

 そう言って神田はパーティー会場に飛び、どうやったのか、見事会場にいた参加者全員に毒を盛ることに成功したのだ。




 神田は亜子に歩み寄った。亜子もまた同じように彼の方へ進んだ。

「どうだ、気は済んだか?」

「いいえ。全然、全然心が満たされない」

「そうだろう。それは何故だか解るか?」

「……いいえ」

 神田はクスクス笑った。困惑する亜子の肩に手を押き、彼は答える。

「まだまだこの世には、完璧な者達が大勢居るのだよ」

「えっ?」

「酷いと思わないか? 彼等は罪の清算をせずにのうのうと生きているのだ。彼等はあざ笑っている。君を、我々を!」

 もはや洗脳だ。

 普通ならこんな言葉には耳を傾けないだろうが、彼女にはそうすることが出来なかった。不完全でなければならないというルールを変えることは出来ない。完璧なものがあるのなら、壊さなければならない。

 亜子はもう次の殺人のことしか考えていない。目的は達成された。神田はまたクスクス笑い、1枚の紙を亜子に渡した。

「そこへ行けば、完璧な人間達が大勢居る。彼等の罪を、清算してやれ」

「はい」

「はい、そこまで」

 男の声がする。同時に振り向くと、そこにはステッキを持った男性と数人の男女が立っていた。男女は併せて6人。皆黒いスーツを着ており、銃を2人に向けている。

「全く、安藤も面倒な仕事を回して来るもんだ」

 男……秋山荘司はステッキを振り回しながら呟いた。

「行け」

 神田は亜子を逃がした。秋山の部下が彼女を止めに行くが、途中で何者かに止められてしまった。

 白い侍のような術師。相手は向かってくる男達を刀で威嚇した。

 侍はまず銃を構えていた部下に襲いかかった。

 これは想定外だ。まさか他の術師がやってくるとは。秋山もすかさずアヌビスの姿に変身して部下を助けに向かうが、神田に止められてしまった。

「お前も随分暇なようだな」

 後ろで戦う侍に神田が言い放った。どうやら彼が呼んだ訳ではないらしい。

「こちらの意志ではない。アイツの命令だ」

「ハーミットか。ふざけた真似を!」

 神田がアヌビスに向けて衝撃波を放った。昼間に戦って体力を消耗している筈なのだが。彼の成長はまだ止まらないのか。

「くそっ、安藤、早く来い!」

 撤退するわけにはいかない。アヌビスはステッキを振り回して神田に迫った。

 混戦状態の彼等。そこへ、漸く悠真と安藤が到着した。状況は聞かなくとも解る。すぐさま変身して戦いに加わった。

「悪い、遅くなった!」

「遅すぎだ! 君達は向こうのヤツを頼む! くっ!」

 アヌビスが指示した方向を見ると、彼の部下が白い術師の攻撃に苦戦していた。彼等はまだ0やアサシンのような力を持っていない。生身の体で戦うのは無理がある。

 なんとか彼等を助けなければ。2人は互いの武器を構えて侍に攻撃を仕掛けた。

 白い侍に飛びかかる0とアサシン。斧と刀を、侍は細い2本の刀で意図も簡単に受け止め、更に弾き飛ばしてしまった。

「ぐっ!」

「安藤さん、コイツ、今までのヤツと違う!」

「ああ、確かに」

「はぁっ!」

 話している隙に、侍は2本の刀を振って風を起こし、2人に攻撃した。

「よそ見してんじゃねぇよバーカ!」

 見かけによらずやんちゃな性格らしい。今まで静かにしていたのに、戦闘に入ってからは笑いながら2人を斬りつけている。他者を傷つけることが好きな人間なのか。

「ひゃはははは! くたばれ、くたばれ、くたばれ!」

「ちっ、これじゃ駄目か!」

 《−》の力を発動し、霧を侍に発射する。しかしそれも刀によって弾かれた。

 黒い霧を持ってしても叶わないのか。アヌビスは珍しく恐怖に似た感情を抱いた。それを敏感に察知し、神田は一気に彼に詰め寄り武器をはたき落とした。

「恐れているな、秋山荘司君?」

「何? 何故名前を?」

「私は何でも知っているよ。君達墓守のことはな!」

 神田は固まっているアヌビスの胸にパンチを食らわせ、怯んだところに蹴りを入れた。

「ちっ、コイツ!」

 ステッキを拾い上げ、神田の頬に1撃食らわせた。顔から青白い炎が小さく噴き出した。外側は言ってみれば霊魂の鎧。この炎は霊魂についた傷でもあるわけだ。

「ちぃっ! ぬん!」

 至近距離で衝撃波を放った。流石のアヌビスも変身が解けてしまった。

「秋山!」

「よそ見すんなっつってんだろ!」

 振り返った瞬間、背中に強烈な突きを食らった。1点だけが痛む。

 すぐに0が侍の前に立ちはだかり、両者は宙を舞った。高くジャンプし、建物の壁や屋根、更には電柱を利用して飛びながら戦っているのだ。少しでも気が緩めば殺される。ボードを使えれば良かったが《−》の姿ではそれは出来ない。

「くそおっ!」

 エネルギーを充電し、向かってくる侍に向けて霧を発射する。侍は跳ね返すのを断念し、屋根を利用して跳びはねて攻撃をかわした。そしてお返しとばかりに電柱を蹴って0に猛スピードで近づき、刀で身体を斬りつけた。この速さで来られてはバリアを張る余裕も無い。しかもかなり強い攻撃で、0は垂直に地面に落下してしまった。

「ちっ、面倒な仕事寄越しやがって。俺も暇じゃねぇんだよ」

 神田を待たずに術師は先に帰ってしまった。

 神田は倒れている墓守達をじっくりと眺めて笑っている。含んだ感じの、いじらしい笑い方だ。

「言ったはずだ。私はボランティアをしているだけだと」

「ぐっ」

「邪魔をしないでくれたまえ。安藤肇君」

 そう言い捨て、神田はその場から飛び去った。

 術師にこてんぱんにされた上に、暴霊を1体取り逃がしてしまった。秋山の部下達も怪我を負っている。

 秋山は携帯で本部に連絡し、救助を要請した。

「至急、宜しくお願いします。……災難だったな」

「悪いな、こんなことになっちまって」

「相手もまさか2人で来るとは思わなかったよ。聞いていた情報とは違う。しかし問題は、暴霊を取り逃がしたことだ」

「暴霊?」

「ああ。戦う前、逃げていく人影を見た。あの術師と喋っているみたいだった」

 悠真は連続心中を思い出した。そう言えば今まで心中が起きた場所は、どこもここと同じような高級住宅街だった。一連の事件が暴霊の仕業だという線が俄然濃厚になった。

 数分後救護班が到着し、倒れた者達が乗せられていった。悠真、安藤、秋山の3人は力を発動していたお陰で回復が早く、各々の車で帰ることになった。

 バックに神田がついている暴霊。彼が何らかの任務を与えるということも有り得る。

「ちょっと、まずいかな」

 車を運転しながら、秋山が呟いた。







 大理石の間に帰還した2人の術師。入るや否や、神田は人間の姿で待っていたハーミットに詰め寄った。

「貴様、何故勝手にヤツを寄越した? 私には必要無い!」

「御立腹のようですね、神田さん」

 突然怪人の姿に変身し、ハーミットは神田の喉元に腕の牙を突き付けた。

「しかし、あなた1人であの墓守を殺せたでしょうか?」

「何?」

「昼間、そして例の凍結事件。あの、西樹悠真という墓守は更なる力を手に入れた。まだ使いこなせてはいないようですが。しかしあの力の前では月の術の使用者と言えど苦戦は必至。ましてや、羽化して間もないあなたでは……」

 神田はハーミットから離れた。ハーミットも人間の姿に戻った。

 悠真が発動した赤い炎。その力は彼等さえおののく程恐ろしいものなのか。本人はまだ完全に身につけてはいないが、これなら術師との戦いも容易に進められるかもしれない。

「あの暴霊を育成する。それがあなたの義務です。頼みますから、我々の期待を損なわないでくださいよ」

「ふん」

 神田は拗ねた子供のように部屋の隅に座り込んだ。それを見た侍の術師が馬鹿にするかの如く笑った。

「お忙しい中ありがとうございました」

 ハーミットがお辞儀をすると、侍は手を軽く挙げて退場した。






 神田に逃がしてもらった亜子。その手にはまだ、彼から貰った紙を握り締めている。

 逃げている途中力みすぎて紙がくしゃくしゃになってしまった。丁寧にそれを開き、内容を確認する。

「これって……!」

 嘗てのクラスメートの父親が主催する説明会。まだ、まだ壊し切れていなかったのか。日程は明後日の13時からだ。

 多くの著名人、政界人が参加する会。どうせ彼等も幸せな、完璧な人間なのだ。全員壊してやれば良い。

 亜子の全身が青白い炎に包まれ、瞬く間に怪物の姿に変わった。辺りが暗く、肉体は完全に闇に溶け込んでいた。だが、何やら鞭のようなものがうねうね動いているのは解る。

 そこへ1人の男性が通りかかった。暴霊や墓守とは縁もゆかりもない一般市民だ。男は奇怪な影を見ると、間の抜けた悲鳴をあげて来た道を走って戻っていった。亜子は別に彼を襲うでもなく、紙をずっと睨み付けていた。

「壊す……壊す! 絶対壊す!」

 鞭は勢い良くしなり、周囲の壁や電柱を抉った。

・朧・・・突如現れた白い侍の姿をした術士。月の術の使用者らしいが正体は不明。細い刀2本だけで凄まじい衝撃波を放つことが出来る。

 モチーフはオオミズアオという蛾。

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