氷結#4
暴霊が0に迫る。竜は今にも彼を食わんとする勢いだ。
「さぁ西樹君、最後に言い残すことはないかい?」
暴霊が優しい口調で0に尋ねた。
最後。悠真はこれが人生の終わりだとは思っていない。まだまだ大切な人と一緒に居たい。
何かを言う代わりに、0は黒い霧を身にまとい、《−》の力を発動して竜の頭に霧を放った。しかし、それらは竜には当たらなかった。
「さようなら」
竜の口から激しい冷気が放射される。かわす間もなく0はその攻撃を受けてしまった。
体温が下がる。身体の動きが鈍ってくる。まだ動く目で確認すると、身体の殆どが凍結している。武器も一緒に氷結してしまった。しかし腕は重くない。氷が支えてくれているからだ。
何を思ったか、試しに声を発してみるが、枯れてしまってなかなか出ない。気管まで凍ってしまったのだろうか。
「折角だから君もコレクションに加えてあげよう。死んだら、ね」
暴霊は冷気の勢いを更に強める。
念入りに、念入りに0を凍らせて完全に息の根を止めるつもりなのだ。
これまでの被害者も同じように凍らされたのだろう。彼等は墓守ではない。もっと辛かっただろう。暴霊と戦うための特殊な力を纏ってはいるものの寒さ故に心臓が痛む。これを彼等は、生身の身体で受けていたのだ。中には子供もいた。それも、目の前にいる暴霊の娘だ。まだまだ未来があった。夢もあった。それも、たった1人の勝手な思いから全て台無しにされた。
彼女は何を思いながら氷結していったのだろう。突然脳裏にそんな疑問が浮かんだ。未だ世の中の現状もよく知らない身だ。悔しいとは思わなかったかもしれない。或いは……。
脳機能も低下してきた。先程まで何を考えていたのかも解らなくなる。視界も暗くなってきた。耳も聞こえない。しかし、こんな状態になっても恐怖を感じない。どうやら、感情まで凍結してしまったようだ。
「さて、もう良いかな」
暴霊は巨大な腕でオブジェと化した墓守を拾い上げ、あの体育館に運ぶことにした。
気がつくと悠真は真っ暗な空間に立っていた。辺りを見回すと、急に左右に道が現れた。片方の先には青い光が、もう一方、右の道の先には赤い光が灯っている。
天国か地獄か。きっとこの道は、そのどちらかに通じているのだろう。なるほど、もう元の世界には戻れないのか。このとき悠真は不思議とその事を素直に受け入れていた。浄霊と称して暴霊を斬り続けた者の宿命。そんな風に考えていた。
身体が熱い。自分の手を見ると、所々青白い炎が噴き出している。まるで暴霊ではないか。自分がダメージを与えた暴霊の様だ。恐らく暴霊というのはここで生まれるのだろう。2つの道へ進まず、現世に留まることで彼等は怪物に変貌するのだ。
悠真は笑った。彼等を倒している自分も彼等と同類ではないか。違うのは完全に死んでいるかいないかのみではないか、と。
「暴霊、か」
一般人だった彼等に出来るのなら自分にも出来るはず。
目を閉じて全身に力を込める。すると徐々に熱が下がってきた。ゆっくり目を開けると、彼の身体を青い炎が包んでいる。体内の炎が全て放出されたということか。
「死ぬわけにはいかねぇんだ」
悠真ははっきりとした声で言った。霊界を統べる者に対しての言葉なのだろうか。
「まだ死ぬわけにはいかねぇんだよぉっ!」
そう叫んだ瞬間、彼の身体を包んでいた炎は真っ赤に染まり、彼をその場から消し去った。
体育館へ新たなオブジェを運ぶ暴霊。だが、途中で異変を感知した。オブジェを持つ手が熱い。分離していても熱は感じるのだ。
見上げると、オブジェから赤い炎に包まれている。思わずそれを手から落とす。地に落ちたオブジェからは、赤い炎がまだ燃え盛っている。炎が氷を溶かしてゆく。
「ば、馬鹿な! 私の氷が溶けることなど有り得ない!」
「有り得るんだよ、先生」
氷は完全に溶けきったようだ。中にいた0は炎を纏ったまま動いている。持っていた武器も炎に包まれている。
「アンタらに出来たことが、アンタらよりも知識のある俺に出来ねぇ訳がねぇだろ?」
「そ、そんな」
「さぁ、とっととあの世に帰ってもらうぜ」
0が武器を振ると炎が吹き飛び、新たな姿になった0が立っていた。
炎のように眩しい光を放つ鎧。目は太陽の如く輝いている。手に持っている武器は炎を象った剣に変化している。
突然強化された墓守。暴霊は息を荒げながら彼を攻撃する。2体の竜が冷気を放つと同時に0は左手から赤い炎を放った。炎は冷気を無力化し、竜の頭を燃やした。竜が苦しそうに悲鳴を上げると王座に座る怪人も苦しそうに実を捩った。反撃しようと、今度は2本の腕を使って0を攻撃した。氷の剣が彼に向かう。寸前にジャンプしてそれをかわし、暴霊に攻撃を仕掛けた。竜達が冷気で応戦するが、彼はそれらを全て空中で華麗に躱してしまう。宙で剣を振るうその姿に暴霊も思わず見とれてしまった。
宙で1回転しながら、剣から衝撃波を放つ。炎と一体化した空気の波は燃え盛る車輪となって怪人に向かう。止めようとした竜も八つ裂きにしてしまう程だ。
慌てて逃げようとする暴霊。だがその前に、0は剣を振って火球を幾つも生み出し、蜘蛛の足めがけてそれらを発射した。火球は全て命中し、足を砕かれた暴霊はバランスを崩した。玉座が地面に強く叩きつけられて割れてしまった。
「なっ!」
「これで、終わりだ」
「あっ! や、止め……」
車輪は垂直に怪人の体を貫通した。
体の中央から青白い炎が噴き出す。炎はあっという間に暴霊の肉体を焼き尽くした。悪名高き殺人鬼の死は呆気ないものだった。いや、霊なのだから死という表現は間違っているか。
暴霊が消え去ると同時に体育館から一斉に白い光の球が大量に外へと流れ出た。まるで天の川のようだ。元の姿に戻った悠真は微笑みながら見つめていた。
彼等の帰還を見届けてから、悠真は自分の胸に手を当ててみた。
ドクン、ドクン、と、鼓動が伝わってくる。霊界の王はまだ彼を生かしてくれるようだ。
「ありがとうございます」
手を合わせて礼を言ってから、悠真はポケットから携帯電話を取り出して安藤に電話をかけた。
「もしもし、西樹です」
『おお、青年! 悪い、さっきの暴霊見逃したわ』
「大丈夫ですよ」
『は?』
「たった今、ブリザードの浄霊完了しました」
翌日、悠真と安藤はH・Yコーポレーションに足を運んだ。今回の結果を報告するためだ。
社長室で、悠真は事件の真相を話した。あの氷川がブリザードだったということは平岩も安藤も、また安藤からそのことを聞かされた秋山も勿論驚いた。彼は若き日の氷川を知っている。その彼が何故あんな連続誘拐殺人を起こしたのか。事件は解決したが、また1つ新たな謎が生まれてしまった。
「大体そんな感じです」
「そうか。大変だったな。彼から話は聞いてる」
そう言って平岩は自身の背後を指差した。安藤には何も見えていないが、悠真には平岩の背後に立つ男性が透けて見えていた。
男の名は迅野駿介。生前平岩とバディを組んでいた墓守だ。そう、彼は霊なのだ。暴霊ではないため何の能力も持たない安藤にはその姿は見えないのだ。
「ああ、はい。でも大丈夫でしたね」
「そうか。話が長くなってしまったな。今日はありがとう。他の墓守にも連絡しておこう」
「はい。じゃあ失礼します」
2人は平岩に挨拶してから社長室を出ようとした。そのとき、
「その後、身体に異変は無いか?」
平岩が尋ねた。安藤は何のことか解らない様子だ。
悠真はすぐ直感した。きっと、あの姿になった後のことを聞いているのだろう。
「はい。大丈夫です」
「そうか。なら良い」
じっと悠真を見つめる平岩。悠真はもう1度礼をしてから部屋を出た。
平岩はデスクから1冊のファイルを取り出してページを捲った。そのファイルを迅野も眺めている。しかし、探していたものは見つからなかったらしい。
「進化、なのか?」
そう呟き、平岩は手を組んで下を向いた。
「なぁ、さっきの何だったんだ?」
帰り道、安藤が悠真に尋ねてきた。しかし彼も何が起きたのかよく解らない。
「うーん……」
そこで悠真は、空を指さしてこう説明した。
「頼みを聞いてもらいました」
「は? わっかんねぇなぁ」
だが、悠真はあまり良い気がしなかった。氷川幸助を浄霊することによって、ブリザードの起こした事件は永久に解決することは無くなってしまった。氷結してしまった。被害者遺族は真相が解らぬまま永遠に苦しむことになるのだ。
「良かったんですかね」
「ん?」
「浄霊して、良かったんですかね」
安藤に尋ねた。珍しく悩んでいる様子だったので安藤も少しびっくりした。
「当たり前だろ、これ以上被害者が増えなくて済むんだから」
「……はい」
今回だけではない。
暴霊が起こす事件があるとして、その犯人を倒してしまったら事件は迷宮入りしてしまう。小説のように解決されることは2度と無い。
墓守は責任を持たねばならない。浄霊したからと言ってそれで終わりではないのだ。犯人が消えたことによって苦しみ続けることになる者達が居ることを忘れてはならないのだ。
「墓守って、難しい仕事ですね」
「うん? 珍しいな、青年がそんなことを言うとは」
「そうですか?」
「ああ。まぁほら、浄霊も済んだことだし、あんまり深く考えるなって! よぉし、じゃあ今日は上手いもんおごってやる」
「またファミレスですよね?」
「あ? まあな。あ、ちょっと銀行寄っていいか? 金足りねぇかもしれない」
そう言って安藤は近くの銀行に向かった。
彼が戻って来るまで、悠真はこの仕事についてずっと考えていた。事件を迷宮入りさせ、残されたもの達を更に悲しませてしまう。果たして、それで良いのだろうか、と。
それから3日経った。
氷川幸助が行方不明になったことは再び世間を賑わせた。彼は今頃、逝くべき場所で洗礼を受けていることだろう。
冬樹優吾は社長代理になった。優吾の父親も行方不明らしく、急遽会社の経営を彼が担うことになったのだ。監視カメラの映像も警察は見ているらしいが公表はしないという。恐らくそこには、この世のものとは思えぬ恐ろしい映像が録画されている筈だ。
大学のベンチに腰掛けて新聞を読む悠真。ここ暫く浄霊の仕事は入っていない。だが、まだ上層部も嗅ぎつけていない新たな事件が発生しているかもしれない。どんな小さな事件でも暴霊が絡んでいる可能性があれば調べる価値がある。
しかし、どの新聞もブリザード事件で持ちきりだ。優吾が社長代理になったことで被害者の会の活動により注目が集まっている。警察に対する発言力が強まったのではないか、と。ところが別の雑誌では、優吾が会の活動を休止したという記事を掲載していた。もともと地位狙いだったとも書かれていたが、もしかしたら彼は監視カメラの映像を見たのかもしれない。自分達が追い続けている敵の犯行の手口を。
優吾不在の中、未だ家族の遺影を持って会見を続けている遺族を見ると心が痛む。安藤は励ましてくれたが、それでも彼等の姿を見ると罪悪感がこみ上げてくる。氷川は遺書か何かを遺していないのだろうか。何でも良い。何か、事件解決に繋がるような物は。
「あれ、西樹君?」
顔を上げると、目の前に沖田恵里が立っていた。今日は肌寒い。ベージュのマフラーを首に巻き、同じくベージュの手袋を填めている。
「どうしたの?」
「いや、気分転換にさ」
新聞をカバンに仕舞って立ち上がった。恵里は一緒に帰ろうと彼を待ってくれていた。
歩きながら、2人でブリザード事件の話をした。しかし犯人のことは口に出せなかった。何故だかは解らないが、心の中の何かが悠真を止めていた。そんな悠真の異変を恵里は感じ取っていた。一応会話は出来ているがどこか上の空の悠真。確証は無いが、彼はもうブリザードの正体を解き明かしていて、浄霊も終えたのではないか。新聞を見ていたのもそれが関係しているのかもしれない。そう感じた。
校門を抜けた辺りで、恵里は悠真にこう尋ねた。
「先輩達のこと、まだ覚えてる?」
「え?」
先輩達。
悠真の脳裏に、あの恐ろしい情景が蘇る。忘れる筈が無い。あの日のことは今もはっきりと覚えている。
「覚えてるよ。今も」
「そっか。じゃあ大丈夫だね」
「え? 何が?」
戸惑う悠真。そんな彼に、恵里は優しい口調で言った。
「誰かが想ってくれることが、すっごく大切なことなんだよ」
それを聞いた瞬間、悠真の心のモヤモヤはスッと消え去った。
確かに彼は、今までの浄霊をまだ覚えている。それは、事件に関わった者達のことを真剣に考えていたからなのかもしれない。
本当に辛いのは、犯人が捕まらないことよりも、その事件が初めから無かったことのように忘れ去られてしまうことだ。辛さを理解してくれる者が居なくなってしまうことだ。だからこそ、警察も、悠真達墓守も、事件を只の仕事として片付けてはならないのだ。忘れてはならないのだ。
言った後恥ずかしくなったのか、恵里は顔を赤らめて目を背けた。悠真も恥ずかしそうにどこか遠くを見つめている。
1分ほど沈黙が続いた後、悠真は静かに、
「ありがとう」
と言った。恵里はニコッと微笑んで頷いた。
また別の場所に視線を移すと、悠真は突然歩を止めた。何事かと恵里も足を止める。
視線の先に1人の少女が立っている。赤いセーターを着た可愛らしい女の子だ。その周りをキラキラと何かが舞っている。ダイヤモンドダストに似ている。その目には何となく見覚えがあった。
「あっ」
悠真が何か言いかけたが、その前に少女はニッと笑って姿を消してしまった。どうやら、この世の者ではなかったらしい。
彼女はきっと、ブリザードの正体を教えてくれた霊の1人だろう。彼等は氷の塊となって墓守の前に姿を現し、意志を伝えようとしていたのだ。氷の呪縛から解き放たれて彼女達も自由になったようだ。
以前恵里が言っていた、「人も霊も助ける」ということが何となく解った気がした。
「今度、空いてる?」
「うん」
「また、食事行かない?」
「いいよ、何処にする?」
「おおっと、話し中悪いな」
左側から誰かが呼び掛けた。見ると安藤が車に乗って待っていた。新しい事件だろうか。
「例の化け物が出た。術師が近くにいる可能性が高い」
「術師?」
悠真は慌てて車に乗り込む。しかし扉は閉めない。
戸惑っている恵里に安藤が、
「途中まで乗っていくかい?」
と尋ねた。恵里は元気に返事をして車に乗り込み扉を閉めた。それを確認して安藤が車を走らせる。やや危ない運転だ。
「ちょっと安藤さん! 安全第一でお願いしますよ!」
「モタモタしてられっかよ!」
夕日の光が空をオレンジ色に染める。
この日の空は、雲1つ無い澄んだ空だった。
・バンシー・・・ムカデのような姿の暴霊。人をビルの屋上から落とそうとしていた。無数に生えた足のお陰で垂直な場所でも歩くことが出来る。
・フィンブル・・・元小学校教師、氷川幸助が変身した姿。他人を凍結させてコレクションにしていた。変身する際は他の霊や念も吸収したため大きくなった。
フィンブルは北欧神話に登場する単語。
・0《+》・・・0が生み出した新たなる力。その詳細に関しては後ほど!




