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GRAVE KEEEEPER【Red Moon】  作者: 鵤牙之郷
10/30

 それは、ある夜のこと。

 0は1体の暴霊と戦っていた。勿論安藤もサポートについている。

 相手は花の装飾を纏った騎士。しかしその身体はくすんでいて美しくない。

「青年、そこだ!」

「はい!」

「君達に私を止めることは出来ないのだよ!」

 暴霊は花びらを飛ばして攻撃してくる。直撃すると痛みが迸る。それらを刀の衝撃波で吹き飛ばし、更に暴霊に斬りかかる。ところが暴霊はしぶとく、いくら攻撃してもすぐに傷を回復し、右手の剣で斬りつけてくるのだ。

「言ったはずだ! 君達に、私の欲望を止めることは出来ない!」

 暴霊の強烈な一撃を食らい、0の体勢が一瞬崩れる。暫くベッドの上での生活だったため身体が鈍っている。

「青年!」

「さらばだ諸君!」

 花びらを大量に撒き散らしながら、暴霊は行方を眩ました。

「くそっ!」

 元の姿に戻った悠真は地面を1発殴った。





 その暴霊に関しては、ほぼ全ての情報が揃っていた。

 名前は緑川良治、都内の豪邸に住まう大富豪だ。彼の資産の殆どは暴霊になってから手にしたものだろう。何しろ3ヶ月前はまだホームレスだったのだから。

 これだけのことが解っていながら浄霊出来なかったことが悠真は悔しかった。完全に体力が回復していないこともあるだろう。だが今回の浄霊では、悠真は全くダメージを与えることが出来なかったのだ。

 安藤は悠真を元気づけようと近くのファミレスに連れて行った。頼んだのはステーキとオムライス2つ。仕事が上手くいかなかった日、悠真はやけ食いする。そのせいで安藤は約3000円も支払うことになる。

「まぁほら、そんなに気にすることはないって」

「あいつ、今までの暴霊とは何か違いました」

 確かにあの暴霊の再生能力は異常だ。降霊術によって蘇った暴霊でも傷つけることは出来る。ところがあの騎士は、斬りつけても傷1つつかなかった。術師も【月の術】なる新しい力を手に入れた。それに併せて蘇らせる暴霊のパワーも上がったということなのか。

 そんなことを考えている間に、2つのオムライスは綺麗に無くなっていた。どちらも悠真があっという間に平らげてしまった。安藤はまだ半分しか食べ終えていないというのに。

「安藤さん」

「うん?」

「暴霊の原動力って、何なんですかね」

 悠真が安藤に、こんな質問をしてくるとは。滅多に無いことだったので、安藤はすぐに答えられなかった。

「原動力? しかし、何でまた?」

「いや、あいつの原動力をどうにかすれば、奴を止められるかもしれない、と思いまして」

「なるほどね。あ〜、何て言うかなぁ、生前の、欲望みてぇなやつかな」

 欲望。

 誰でも持っているもの。生きたい、というのも1種の欲だ。故に誰もが暴霊になり得る。それらの欲が未練という名の鎖になり、死後も彼等を現世に繋ぎ止める。その中から更に、未練や、欲に対する思いや念を増幅させたものが、暴霊という肉体を持った霊となるのだ。

 ならば原動力に作用するという悠真の作戦は崩れる。犯罪に関わる欲望であれば、それを満たしてやることはあってはならないことだ。

 なら、どうすればあの騎士を倒せるのか。悠真の頭の中はその疑問でいっぱいになった。






 ひと仕事終え、緑川良治は豪邸に戻って来た。表札の名は木本。そう、この家は所有者を殺害して奪い取ったものだ。

 中の物は殆ど入れ替えた。彼は木本氏殺害の他に様々な罪を犯している。銀行を襲撃したり、資産家を脅して金を手に入れたり。どれも、普通なら失敗するであろうことばかりだ。暴霊となって力を手にしたからこそ、意図も簡単に犯罪をやってのけるのだ。



 彼が金や地位に執着するのは、幼い頃の夢が関係している。

 小学校1年のときに決めた夢が、お金持ちになること。子供の多くは成長するに連れて夢がコロコロ変わり、より詳細で現実的な夢になるのだろうが、緑川の夢は幼い頃からちっとも変わっていなかった。しかし、現実はそう甘くない。そこそこ名の知れた大学を出て、そこそこ有名な企業に就職したものの、出世出来ずリストラされてしまった。そんなこんなでホームレスになったわけだ。新しい会社を探そうとしたが、何となくそんな惨めな自分が恥ずかしく、人気のない静かな路地裏に隠れていた。

 寒くて寒くて動けず地べたに横たわる自分。子供の頃は考えもしなかった事態だ。そんなとき、彼は幻聴を聞いた。

「金が欲しいか? 地位が欲しいか?」

 周りには誰も居ない。遂に頭がおかしくなったのか。だが、話し相手も居なかった緑川にとって、その幻聴すら愛おしいものに感じられた。

「欲しい。欲しいよ」

「願いは、聞き届けた」

 そこで幻聴は止んだ。



 これが、緑川が力を手に入れる経緯だ。力を手にした彼は次々に銀行や資産家を襲い、瞬く間に上流階級を手に入れた。

 緑川は光輝く家具を撫でて笑みを浮かべた。

「そうだ、これだ。これが私の本来の姿なのだ!」

 広い部屋に彼の笑い声が木霊した。

 笑ったかと思うと、緑川は急に恐ろしい顔つきになった。今日の仕事は、上手くいかなかった。邪魔が入ったからだ。2人組で、1人は緑川と同じように姿を変えた。

「彼等は私にとって邪魔な存在だ。どうすれば彼等を消せるのだ?」

 確かに緑川はほぼ不死身の肉体を持っている。しかし、これから先また彼等の邪魔が入れば、緑川は新しい金を手にすることが出来なくなる。金はどんなに沢山貰ったとしても、補給しなければあっという間に無くなってしまう。人々は仕事によってそれを補給するのだが、緑川は他者から奪うことでそれを補給している。少しでも邪魔が入るのは好ましくない。

「仕方無い。地道に捜して、殺すとしよう。さぁ、まずはこの夜を楽しもうではないか!」

 緑川は冷蔵庫に仕舞ってあるワインを取りにキッチンへ向かった。






 翌日。

 悠真の寝起きは最悪だった。昨日の戦いがまだ尾を引いている。学校に着くと、門のところで柏康介が待っていた。

「よぉ」

「どうした?」

「どうしたじゃねぇよ! お前、俺に隠してることあるだろ?」

「は?」

「彼女だよ、彼女」

 倒れそうになった。

 そうだ、この男は情報通なのだった。恵里のことを友人や知り合いから聞きしたのだろう。

 この手の話題は彼の大好物だ。何かと面倒になってくる。

「お前、良い彼女持ったな」

 予感的中。暴霊とは別の問題が発生した。

 悠真は周りを確認してから小さい声で、

「馬鹿野郎、友達だよ」

 と言った。康介には通用しないだろうが。彼はニヤニヤ笑っている。

「まぁ、色々世話になってるから、口外しないでおくわ。それよりも知ってるか?」

「何を?」

「連続銀行強盗だよ。強盗って言うか、あれはもう、テロだな」

 きっと、あの暴霊が起こした事件の話をしているのだろう。彼は他にも、資産家が多数殺害された事件も教えてくれた。中には経済界の重鎮もいるらしく、日本経済の混乱が懸念されるという。早く浄霊しなければ更に人が死ぬ。いや、更に深刻な事態を招くことになる。

「絶対止めるからな」

「ん? 何か言ったか?」

「え? ああ、悪い、独り言」

「独り言か。お前もストレス溜まってんだな。じゃ、彼女に癒してもらえよ! じゃあな!」

「あっ、おい!」

 康介は走り去った。

 ちょうどそのすぐ後、恵里が声をかけてきた。悠真は恥ずかしげに返事した。

「今の、友達?」

「ん? まぁ、そんなところだな」

「ふうん。それで、仕事はどう?」

「お陰様で、頗る快調です」

 畏まった悠真の言葉に恵里は笑った。

 恵里の笑顔を見て安心した。ここ最近、悠真は恵里が心に深い傷を負ってしまったのではないかと心配していたのだ。彼女の言葉に、優しさに、そして笑顔に、悠真は何度も救われた。彼女からそれらの要素が失われてしまうことは彼も辛いのだ。

「どうしたの?」

「いや、何でもない」

 恥ずかしそうに顔を赤らめる悠真。その様子を見て恵里がまた笑った。

 するとそこへ、

「ああっ、見ぃつけた!」

 何者かがやって来た。用心して刀に手をかけて周りを見ると、恵里の友人・宇佐美アリスが走ってくるのが見えた。

 暴霊の襲撃ではなかった。安心して刀をしまった。

 アリスは恵里に挨拶したあと、悠真を見て「あっ」と言った。

「えーっと、ごめん、名前何だっけ?」

「ああ、西樹悠真です」

「あっ、そっかぁ!」

 アリスは満面の笑みでそう言った。

 やはりどうしても、恵里以外の女子と会話するのは緊張する。同級生の筈なのだが、つい敬語になってしまった。恵里はその様子を見てまた微笑んでいる。

 そんなことはつゆ知らず、アリスはどうでも良い話を2人にする。

「ねぇねぇ、宇賀神要一って知ってる?」

「宇賀神……俳優の?」

「そうそう!」

 宇賀神要一。

 今話題の若手俳優だ。17歳の時にデビューしたのだが、彼の人気が爆発したのはその7年後の今である。しかし最近では、女癖が悪い、性格が荒い等の噂も出回っている。真実は解らない。そういうネタを好物にしている人間も少なくない。彼等が喜びそうなネタを広める人間もまたしかり。

 アリスは彼の熱狂的なファンらしい。恵里は彼を知ってはいるもののそれ程好きではないようだ。

 アリスの話によれば、近い内に彼のコンサートがあるとのことだった。歌手活動もしているのか。宇賀神自身、7年前はまさかここまで出世するとは夢にも思わなかっただろう。

 アリスは恵里と悠真をそのコンサートに誘った。だが、恵里は予定が入っているらしく、悠真も浄霊があるかもしれないので断った。アリスは少し残念そうな顔をしたが、すぐ笑顔に戻り手を振って元気に校舎に走っていった。2人もその跡を追った。

 あの暴霊のことが頭から離れない。今も悠真はどうすれば倒せるのか考えていた。自然と眉間に皺が寄り、怖い顔つきになってしまった。

「に、西樹君?」

「ん?」

「どうしたの? 怖い顔して」

「ああ、ごめん。この前の暴霊のこと考えててさ」

 悠真は恵里に、昨夜の暴霊の話をした。悠真は幾度も恵里に助けられた。もしかしたら、恵里なら何か良案をくれるかもしれない。墓守でもない彼女を巻き込むのは心が苦しかったが。

「どれだけ斬ってもどれだけ撃っても、奴には傷1つつけられない。どうすれば、どうすればあいつに勝てるか解らなくてさ」

 斬る、撃つ、勝つ。それらの言葉にハッとする恵里。悠真が話したあと、彼女は少し震えた声で、

「それは、違うよ」

 と言った。

「西樹君の仕事って、その幽霊も助けてあげる仕事でしょ? でも今の話を聞いてると、ただその幽霊を倒すことだけを目的にしてる気がする」

「え?」

「だって、西樹君の仕事は、ただ幽霊を倒すことじゃないでしょう?」

 彼女の言葉を聞いてはっとした。見ると、恵里は怖い顔をしている。怒っているのではなく、何か、大切なものが失われるのではないかと恐れている、そんな表情だ。

 またやってしまった。

 彼女の言うとおり、悠真は緑川を“浄霊”するのではなく、“倒す”ことばかり考えていた気がする。それは、これ以上の犠牲を増やさないためでもあった。しかし悠真は、緑川の未練を断ち切って助けることを忘れていた。

 ここ最近、当たり前のことを忘れてしまうことが多すぎる。自分の中にもう1人、凶暴な感情を持った自分がいるような感じだ。

「悪い。俺、危なかったわ」

 いつもの悠真らしさが戻った気がして、恵里は微笑んだ。

 緑川と向き合う。そして、全力で彼とぶつかる。倒すためではなく、彼を繋いでいる念を解くために。

 そこへまたアリスがやって来た。1人でつまらなくなって戻ってきたようだ。

「2人とも早く行こうよ〜!」

「うん」

「す、すいません」

「あはっ、何固くなってんの〜?」

 3人はどうでも良い話をしながらゆっくり歩を進めた。





 午後5時。

 1日の授業を終え、悠真がキャンパスから出てきた。心を入れ替えたからか、何だか爽快な気分だった。

 門の近くに安藤が立っているのが見える。安藤は悠真を確認するとニヤっと笑い、手を振った。

「すいません、待ちました?」

「いや? 青年、何だか楽しそうだな。彼女か?」

「また沖田に助けられました」

「ふふふ、そうか」

 2人は車に乗り込んだ。エンジンをかけ、車を発車させる。運転しながら、安藤は悠真に話しかけた。

 今朝上層部から連絡があったそうだ。内容は、緑川良治に関する情報。

「夜中に頼んでみたんだ。そうしたら、面白い情報を貰ってな」

「面白い?」

「ああ」

 安藤は、上層部からもたらされた情報を悠真に話した。まだ確証はないが、緑川を止める方法があるのだという。

 情報を聞いて悠真の脳内はスッキリした。緑川がほぼ不死身である理由が漸く解ったのだ。しかし同時に、浄霊の難しさも実感した。果たして悠真に出来るのだろうか。

 いや、大丈夫だ。1人ではない。安藤もいる。悠真はそう自分に言い聞かせた。

「緑川の家に行ってみる。青年は浄霊を」

「はい」

 安藤はある建物の前まで来るとそこに車を停め、悠真を降ろした。

 車を見送ってから、悠真はその建物を睨みつける。ビル街から少し離れた所に建てられた、中世の城のような豪邸。標札には木本と書かれている。スタスタと豪邸の門に歩み寄る悠真。外はもう暗くなってきた。冬は日が沈むのが早い。

「行きますか」

 門の横に取り付けられたインターホンに手を伸ばそうとしたそのとき、何もしていないのに、勝手に門が開いた。緑川も悠真を待っているのだ。

 刀を出して豪邸の中に入った。玄関の扉はもう開いている。そこから屋内に入った。

 暗い廊下を数歩進むと、開いていた扉がバタンと閉まり、廊下の壁にかけられた燭台に灯がともった。緑川が案内している。罠が仕掛けられているかもしれない。悠真は刀を鞘から引き抜いて先へ進んだ。

 先の方に部屋がある。そこの扉も開かれていて、光が漏れている。

「来たまえ!」

 緑川の声だ。

 悠真は走って部屋の中に入った。入って驚いたのは部屋の大きさだ。パーティー会場のような広く明るい部屋の隅にテーブルがちょこんと置かれている。そこに、白い背広姿の男性がワインを飲みながら座っている。

「まさか自分から殺されに来るとはな!」

「俺は死なない! そして、あんたを殺すこともしない!」

「ほう?」

「何であんたが無傷なのか、漸く解ったんだ」

 緑川に歩み寄る悠真。そのすぐ後、携帯が振動した。恐らく安藤からだ。携帯を取り出し、それを耳に当てる。

「早かったですね」

『上が場所を探索してくれてね。緑川には会えたか』

「目の前にいますよ」

『そうか。ふふっ』

 安藤は笑いを零した。悠真もクスッと笑った。

『俺の目の前にもいるよ、緑川が』

 安藤のその言葉を聞いてから悠真は携帯をしまい、0に変身した。

 安藤の最後の言葉は何を意味するのか。そのまま受け取ると、緑川が同時に2人存在することになる。

「緑川。アンタはただの霊じゃない。生き霊だ」

「ほう」

「本物の緑川は今も富豪ではない。あんたは、緑川本人の理想が具現化した存在だ」

 なんと、本当に2人存在していたらしい。ただし0が対峙している緑川は霊体である。

 生き霊。即ち、まだ生きている状態の緑川から分離して出来た暴霊。普通の暴霊とは違い、生き霊のエネルギーとなる念は生存している本体から出続ける。本体が死なない限り、念は無限に出続ける。攻撃が通じなかったのはそのためだ。

 この生き霊は、緑川良治の欲望を実現するために緑川本体から分離して生まれた。その力を使い、理想を現実のものにしたのだ。

 0の言葉を聞いて生き霊は笑った。

「確かに、私はあの無様な”私“から生まれた霊だ。奴は私が生まれたことに気づいていないだろうがなぁ」

「で、こっそり財産を集めて、本物にプレゼントするつもりだったのか?」

「本物? ふっ、馬鹿を言うな! この私こそが本物なのだ!」

 生き霊の目的は理想の実現だけでなく、自身が“本物の”緑川良治になることだった。

 車内で安藤が教えてくれた。生き霊が力を増すと、力のバランスがおかしくなり、本体の生命力が失われてゆくのだそうだ。つまり、この生き霊が裕福になればなる程、本物の緑川は衰弱してゆくことになるのだ。

「毎日ゴミ箱を漁って食糧を探し、空き缶を拾い続ける。そんなもの偽物だ! 幻だ! 見ろ! 美しい屋敷に住み、毎日高級な料理を食べている、これこそが在るべき姿なのだよ!」

「そういうわけにはいかねぇなぁ。いいか? まず本体が死んだら、あんたは完全な霊になる。そうなれば不死身の身体ともサヨナラだ。だけど言っただろ」

 0が刀を生き霊に向けた。

「あんたを、緑川良治を殺すつもりは無いって」

「面白い! 生き残るのは私の方だ!」

 生き霊が身体に力を込めると、全身が青白い炎に包まれ、あの花の騎士の姿に変わった。全身がくすんでいる理由は何となく解った。本体から分離しているためにその美しさを欠いたのだ。

 生き霊が剣を振り回して0に迫る。0もそれに対抗し、刀で応戦した。






 山奥に建てられたボロボロの廃屋。本物の緑川良治は、そこでうずくまっていた。髪と髭がボサボサで、服も所々破けている。何日も身体を洗っていないのか、近くに立っているだけで臭い。

 安藤は鼻を押さえて緑川を観察した。まだ生きている。しかし生き霊が成長しているせいで酷く衰弱している。昨夜会った緑川とは間逆だ。

「大丈夫か?」

 安藤の呼びかけに、緑川はゆっくりと顔を上げた。久々に人間を見たからだろう、安藤を見るなり男は大きく目を見開いた。

 口をモゴモゴと動かしているが、何を言っているのかわからず、安藤が何度も聞き直した。

 食事がしたいのかと推理し、安藤は廃屋の隣に停めた車から、来る前に買っておいたおにぎりを取り出し、戻って緑川に手渡した。緑川はそれを、獲物を捕らえる猛禽類の如く安藤の手から奪い、ビニールがついたままかぶりついた。

「おいおい! 落ち着けよ!」

「ごっ、ごめんなさいっ!」

 謝りながら、男はおにぎりを貪る。何を謝っているのかは解らないが。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

「何謝ってんだよ。ほら、ちょっと立て」

 安藤は緑川の肩に手を回し、ゆっくり立たせた。これから病院に連れて行くつもりだ。彼の命を助けるために。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

「ちゃんと1からやり直せよ。会社は、待ってても雇ってくれな……」

 立たせた後、安藤は固まった。視界にあるものが入った。それは月明かりに照らされて白く輝いている。緑川が謝っている理由が解った。助けてもらったことに対してではなかったのだ。

 光っていたものは、人骨。よく見ると近くにナイフも落ちている。

「あんた、まさか」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

「行くぞ」

 緑川は確実に病院へ連れて行く。しかし、その後安藤はもう1ヶ所行かなければならない。警察に、緑川良治の犯行を伝えに行かなければ。

「ごめんなさい。ごめんなさいぃっ!」






 豪邸での戦い。

 2人は部屋の壁を突き破り、庭に出て戦っている。今のところ、やはりダメージは与えられない。生き霊は更に力を高めたらしく、反対に0がダメージを多く受けている。

「貴様は私に傷1つつけられない! ここで死ぬのだ!」

「死なねぇよ。あんたの本体もな!」

「あれはもうじき死ぬ! そして、私が本物の緑川良治になるのだ!」

 生き霊の攻撃が墓守を吹き飛ばす。しかも0を落としてしまった。相手の威力は格段に上がっている。安藤が発見したのは確かだが、本体の安全が確保されない限り油断ならない。

「絶体絶命だなぁ!」

「くっ」

 刀を手に取りヨロヨロと立ち上がる。単に生き霊が強くなっただけではない。まだ肉体のペースが完全に戻っていないのだ。

 生き霊は鼻歌を歌いながら近づいてくる。一撃食らわせようと刀を振ると、剣で簡単にあしらわれ、腹に蹴りを入れられた。

「さぁ、終わりだ!」

 体勢を崩した0に、生き霊が剣を振りかざす。思わず眼を瞑る0。剣が振り下ろされようとする、まさにそのとき、生き霊が胸を押さえて苦しみだした。見ると身体から煙が上がっている。

「間に合ったみたいだな!」

 すかさず反撃に出る。今度は攻撃が通じ、生き霊にダメージを与えることが出来た。

 きっと安藤が緑川本体の命を救ったのだ。これで彼の死の運命が変わり、生き霊と彼のバランスが変わり始めた。奪った財産は確かに残る。しかし、生き霊にとって最も大切なエネルギーは徐々に失われてゆく。

「馬鹿な、何故だ!」

「俺の上司が本物を助けたみたいだぜ? これで、本物の死は先延ばしだな!」

「くっ、始めに殺しておけばよかったか!」

「残念だったな。本人を殺しても、お前はタダの暴霊になるだけだ!」

 衝撃波を放って生き霊の体勢を崩し、更に武器をガトリングに変えて乱射する。攻撃は確実に相手に当たり、生き霊の身体から、今度は青白い炎が噴き出す。

「そして暴霊は、俺が止める!」

「貴様ぁっ!」

 生き霊は、今度は左手の指を0に向かって伸ばしてきた。指先はチューブ状になっている。恐らくこれは、他人から生命エネルギーを奪うためのものなのだろう。今度は《−》の力を発動して、相手から反対にエネルギーを吸い取った。霧に食われ、生霊は苦しそうにもがいた。

「これで終わりだ。大人しく、元の場所に戻れ!」

 拳にエネルギーを溜める。生き霊は逃げ出そうとするが霧に縛られて身動きがとれない。

 充分に溜まったところで、相手に向かって拳を突き出す。

 もはやここまでか。光線は目の前まで迫っている。生き霊が顔を逸らす。だが、攻撃はなかなかあたらない。

 顔を向けると、自分の前に茶色の怪人が立っている。両手には大きな角をつけている。そう、ハーミットだ。今回は両サイドに鎧のような暴霊を2体従えている。

「え?」

「お前、確か」

「間に合いましたね」

 ハーミットは生き霊を縛っていた霧を払った。その後2体が生霊の両サイドに立ち、彼の両腕を掴んだ。

「何する気だ!」

「ヘッドハンティングですよ。彼は特殊な暴霊ですからね。行きなさい」

 2体の暴霊が紫色の光を放った。光に包まれ、2体は生霊とともに姿を消した。

 続いてハーミットが0に向かって紫色の光線を放ってきた。霧を使ってそれを防いだ。

「あなたの戦いは見させてもらいました」

「アイツを何処へやった?」

「彼には社長のために働いてもらいます。邪魔をするなら、勿体無いですが、あなたをここで殺すしかない」

 角を0に向けるハーミット。0も拳を構えて攻撃を仕掛ける。が、全ての打撃をたった2本の角で止められ、おまけに攻撃を受けてしまった。隙を作ると、ハーミットは角で0の身体を連続で突いてきた。

 強い。《−》の力を持ってしても、この術師には叶わない。

 倒れて苦しむ0を見て、ハーミットは攻撃をやめた。

「やはり惜しい。あなたもいずれ、社長のもとで働いてもらうかもしれませんね」

「お断りだ……月の術も、俺が止める」

「やめておきなさい。無理な話です」

 そう助言して、ハーミットもその場から姿を消した。

 ヨロヨロと立ち上がって変身を解く悠真。術師にコテンパンにやられたこと、そして2度も暴霊を逃したことが悔しくて、悠真は近くの家具を強く蹴り上げた。

「……くそっ!」

・デュナミス・・・富豪になりたいという思いから生まれた生霊。生きている身体から生命力を吸い取って活動するためほぼ不死身である。デュナミスとは哲学用語で、理想を表す。


・ファランクス・・・ハーミットが召喚した量産型の暴霊。鎧のような姿をしている。

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