駅員、まさかのもう一話
名前も無き駅員は、皆から愛されている。
名前は無いけれど、顔を晒しているからだろうか。
モンさん、どう思う?
注意:駅員ががっつり喋っています。
昼街の駅、私は憂鬱な思いで足を進める。
私は例の緑が大嫌いだった。
名前も言いたくないので例の緑で十分だ。
安全性とか、どこいったのよ。
だが、親に頼まれたお使いから夕街に戻るためには早くて便利だ。
そして・・・
深緑色のロングコート丈の上着、白い手袋に深緑色の軍隊帽をかぶる白髪交じりの一人の男性をそっと見つめる。
柔らかな笑みで人々を見送る彼の人がいる。
お使いの為に昼街に来るときの楽しみ。
それはここを利用する理由には十分すぎるほどで。
いつ見ても、かっこいい・・・
すっ と伸びた背筋にロングコート丈の上着はよく似合っていて、いつまでも眺めていたいと思ってしまった。
現実にはそんな不審な事は出来ない。
・・・が、いつの間にか立ち止まっていたらしく、後ろから何かがぶつかったような衝撃が来た。
「!?」
衝撃に、思わず転んでしまい、したたかに膝を打つ。
「いったぁ・・・」
どこか擦りむいてしまったかもしれない と、身体を支えるように地面についた手のひらを見る。
「何、ぼけぇっと突っ立ってるんだ!!」
声に振り仰ぐと、恰幅の良い男性がこちらを睨んでいた。
え、でもここそんなに込んでいるところじゃ・・・
確かにぼけぇ と突っ立っていたかもしれないが、道の真ん中ではなく、広い駅の中。しかも、人もまばら。
わざわざぶつかってきたかのような確率だった。
「そんなとこにいたからぶつかって大事な商品に傷が付いちまったじゃないか!!」
目を向けるとそこには、綺麗な花瓶にひびが入っていた。
え、なんでどうやったら入るのそんなひび。
どう見ても私のほうがぶつかった衝撃で転んでいる。
「お嬢ちゃん、弁償してもらおうか!!」
「は?」
思わず、ぽかんと口を開いた。
何言ってるのこの人。
あんまりな言いがかりに口を開こうとしたとき、目の前に深緑色の裾がひらめいた。
「お客様、駅構内での揉め事はご遠慮下さい。」
先ほどまで見つめていた彼の人が、私に背を向けて目の前に立っていた。
恰幅の良い男性に一歩近づいたかと思うと、男性の耳元で囁いた。
「・・・そちらの花瓶はこちらのお客様とぶつかる前に転ばれて入ったひびですよね。そのような言いがかりは商売の信用問題にも発展いたしますよ?」
座り込む私にギリギリ届いた言葉に、眉を寄せて男性を睨みつける。
苦虫を潰したような顔をした男は ふんっ と鼻を鳴らして去っていった。
「お怪我はありませんでしたか?」
こちらに伸ばされた白い手袋に甘えて、手を伸ばす。
立ち上がって埃を払うついでに膝や手を見てみたが怪我はなかった。
「はい。大丈夫です。・・・ありがとうございました。」
深緑色の帽子の下からのぞく優しい色の瞳に、恥ずかしげに礼を言うと、にこり と微笑んだ。
「私はいつでもここにいます。・・・そんなに見つめなくても消えたりはしませんよ?」
何も言えなかった。
ば、バレて・・・!!
顔が熱い。
もう、もうダメだ・・・!!
…今度、お使いを頼まれたら、断ろう。
そんなことを考えながら羞恥に頬を染めたまま気まずさからうつむき、無言で駅の改札口へと一緒に歩く。
定位置に戻る彼の人にごそごそと住民票を差し出す。
「またのお越しを、お待ちしております。」
住民票をかざす時に言われた言葉に、顔を上げる。 変わらぬ、優しい笑み。
「行ってらっしゃいませ。良い旅を」
変わらぬ言葉に、私も笑みを浮かべて返す。
「行ってきます。」
変わらずここで見送ってもらえるのなら、本当は面倒で仕方ないお使いも頑張ろうと、私も変わらず彼の人に熱い眼差しを送り続けようと思うわけです。