まぶたの落ちる速度
真冬だっていうのにリノリウムの床は素足にべたつく。
どこかにスリッパを忘れてきたせいだ。
毎朝ベッドから起きるたびに、忌々しいと思っていたけど。
なければないで、不便なのが悔しい。
耳障りな自分の足音だけが暗い廊下に響く。
緑色の非常灯だけが、頼り。
廊下にならんだ窓付きの扉。
どの部屋にも、きっとあいつらがいるんだ。
殺菌したがりの群。
あんなにしぶとい奴らだったのに。
もう姿も見せない。
早く、ここから出て行かなくちゃ。
毎日、紙コップのココアを飲むのが楽しみになる前に。
談話室に飾られた花が誰からのものか聞かされる前に。
テレビを見るのにもお金がかかると不平を漏らす前に。
自分の事しか考えられなくなる前に。
それすらも考えられなくなる前に。
ベッドから起きあがれなくなる前に。
まだ、足が動く内に。
手だけでも、這っていける内に。
誰からも同情されない内に。
速く、もっと速く。
まぶたが落ちる前に。