第二十四話 女の戦い
〈目次〉
・第一節 祖父の叱責
・第二節 父の優しさ
・第三節 女の痛み
〜登場人物〜
・山崎結衣(19歳)
山崎弘と美佐子の長女。意義人の姉。白鳥大学文学部。美白な肌と綺麗な茶色のロングヘア、美脚、丸い小顔が特徴。普段は青いワンピースを着ている。少しだけ女優として活動している。弟とよく喧嘩をしてしまうが、大切に思っている。
・山崎意義人(17歳)
山崎弘と美佐子の長男で、結衣の弟。高校2年生。結衣と比較すると地味な顔立ちだが、似ている部分もある。姉とは仲良しだが、よく喧嘩もする。
・山崎弘(45歳)
山崎義郎と文枝の長男で、結衣と意義人の父。容姿は、眼鏡をかけた地味な丸顔で、髪は少し薄く、小太りである。愛娘の結衣を溺愛している。
・山崎美佐子(42歳)
田辺寛夫と優美子の長女で、結衣と意義人の母。顔は結衣と似ているが、結衣よりもほんの少し面長。髪型は、若干ウェーブがかかった茶髪。優しい性格。
・田辺寛夫(71歳)
美佐子の父。結衣の外祖父。東京大学卒業後、外交官となる。威厳のある見た目をしている。孫娘を愛しているが、教育に関しては非常に厳しい。
第一節 祖父の叱責
結衣は朝、腰の重い痛みで目を覚ました。ああ、またこの時期か、と結衣はベッドの中で小さくため息をつく。生理痛だ。今日は、どうにも大学に行く気分ではない。幸い、今日は特に重要な授業は入っていない。結衣は、リビングにいた母の美佐子に、体調が悪いことを伝えて、一日ゆっくり休むことにした。美佐子は、心配そうな顔で「無理しないで、今日はゆっくり休みなさい」と言ってくれた。
ベッドに戻り、温かいハーブティーを飲みながら、結衣はスマホを手に取る。もうすぐ大学の授業が始まる時間だ。すると、スマホの画面に「茜」の文字が光った。LINEだ。
茜「結衣ー!今日、なんで来ないのー?もしかして拓海君とデート?」
茜からのLINEを見て、結衣はクスッと笑った。茜は、結衣が体調を崩していることなど知る由もないだろう。結衣は、ゆっくりと文字を打ち始めた。
結衣「ごめん、茜。今日はちょっと体調悪くて、大学休むことにしたの。拓海とは関係ないからね!笑」
そう返信すると、すぐに茜から返事が来た。
茜「えー!そうなの!?大丈夫?無理しないでね!てか、体調悪いのにスマホいじってる元気はあるんだねwww」
茜らしい返事に、結衣はまたしても笑ってしまう。こうして友人たちが心配してくれることが、結衣にとっては温かい励みになる。結衣は、茜に「大丈夫、ありがとう」と返信し、スマホを枕元に置いた。
腰の痛みはまだ続いているが、友人たちの優しさに触れて、結衣の心は少し軽くなった。今日は一日、ゆっくり休んで、明日は元気に大学に行こうと、結衣は心に誓った。そして、温かいハーブティーを一口飲むと、再び目を閉じた。
日が沈んできた。ちょうど大学が終わる時間だ。朝よりは痛みが和らいだものの、まだ腰に鈍い痛みが残っている。結衣はベッドの上で、温めたお腹に手を当てていた。母の美佐子は、何度か部屋を覗きに来ては、結衣の顔色を心配そうに見ていた。きっと、結衣の体調不良の理由を察しているのだろう。その優しさが、じんわりと結衣の心に染みた。
その時、結衣のスマホが鳴った。画面を見ると、祖父の「田辺寛夫」の文字が。なぜこのタイミングで、と結衣は眉をひそめた。運の悪いことに、今日、寛夫はたまたま結衣の大学を訪れていたのだ。何の用だろうか。少し身構えながら、結衣は通話ボタンを押した。
結衣「もしもし、おじいちゃん?どうしたの?」
電話口からは、寛夫の、いつにも増して低い声が聞こえてきた。
寛夫「結衣か。大学を休んだと聞いたが、本当か?」
結衣は、一瞬言葉に詰まる。やはり、大学に来ていたのか。
結衣「うん…ちょっと、体調が悪くて…。」
寛夫「体調が悪いとは何だ。はっきりと申せ。それとも、私に言えないような病にでもかかったのか?」
寛夫は、心配しているのだろうが、その言い方はいつも通り、結衣を追い詰めるような口調だ。結衣は、こんな時に生理痛だとは言いたくない。
結衣「いえ…そういうわけじゃなくて…。ただ、少し、お腹と腰が痛くて…。」
寛夫「腹と腰が痛い?それは、もしや、あの、女の…」
寛夫の言葉に、結衣はサッと顔を赤くした。さすがに察したようだ。しかし、次の寛夫の言葉は、結衣の予想を裏切るものだった。
寛夫「…ふん。くだらん。そのような理由で大学を休むとは、甘えも甚だしい。外交官の孫たるもの、いかなる時も冷静沈着であるべし。ましてや、学業を疎かにするなど、もってのほかだ。」
結衣は、耳を疑った。甘え?体調が悪いのに、休むことが甘えだというのか。
結衣「おじいちゃん、そんな…!だって、本当に辛くて…!」
寛夫「辛いだと?痛みなど、精神力で乗り越えられぬ道理はない。私が現役の頃は、高熱を出しても任務を全うしたものだ。お前は、この程度のことで音を上げるのか。情けない。」
寛夫の言葉は、結衣の心に深く突き刺さった。心配してくれている、というよりも、ただ責められているような気分になる。
結衣「でも、おじいちゃんは男の人だから分からないかもしれないけど、これは…」
寛夫「言い訳は聞かぬ。この程度のことで、将来、就職してやっていけるとでも思っているのか?甘い。甘すぎる。」
寛夫は、結衣の反論がないのを良いことに、さらにたたみかける。
寛夫「良いか、結衣。月経など、女ならば誰にでもあることだ。それを欠席理由にするのは、己の弱さを露呈しているに過ぎない。そのようなことでは、世間は容赦なくお前を切り捨てるぞ。恥を知れ。」
電話口の寛夫の声は、普段よりもさらに厳しく、結衣はただ黙って聞いているしかなかった。体調の悪さに加え、祖父からの理不尽な叱責に、結衣の気分は沈む一方だ。
寛夫の言葉は止まらない。さらに結衣の心をえぐるようなことを言い放った。
寛夫「それに、お前の母、美佐子も学生の頃は、月経ごときで休んだことなど一度たりともなかったぞ。どんなに辛くとも、文句一つ言わずに、きちんと学校へ行ったものだ。お前は、母に劣るというのか。」
結衣は、電話口で何も言えなくなった。確かに、母の美佐子はいつも穏やかで、多少の体調不良などものともしないような、芯の強い人だ。そんな母と、今の自分を比べられて、結衣は情けない気持ちになった。
結衣(お母さんが…?でも、お母さんは、そんなこと言わないし…)
寛夫は、結衣が何も言わないのを肯定と受け取ったのか、さらに言葉を続ける。
寛夫「いいか、結衣。女には、そういうものがあるのは理解している。だが、それを理由にして、己の責任を放棄することは許されない。私の孫たるもの、常に毅然とした態度で臨むべきだ。分かったか。」
結衣は、ただ「…はい」と蚊の鳴くような声で答えるしかなかった。電話が切れると、結衣はため息をつき、スマホをベッドに投げ出した。
結衣(おじいちゃんは、私の気持ちなんて何も分かってない…!)
生理痛の痛みと、祖父からの理不尽な叱責。結衣の心は、どんよりと重くなった。母の美佐子が、本当に生理痛で休んだことがなかったのか、結衣には確かめる術はない。しかし、もしそうだとしても、それを「甘え」と一蹴する祖父の言葉は、結衣にはどうにも受け入れがたかった。
結衣は、目を閉じて、痛む腰を抱きしめた。こんな時、誰かに優しく慰めてほしい、と強く思った。
第二節 父の優しさ
夜になり、結衣は少し熱っぽい体に薄い毛布をかけ、うとうとしていた。祖父からの電話以来、気分は落ち込んだままだ。そんな結衣の部屋に、そっと弘が入ってきた。いつもなら、ノックもなしに入ってきた父親に「勝手に入らないでよ!」と怒鳴りつけるところだが、今はそんな気力もない。
弘「結衣、大丈夫か?」
弘は、結衣のベッドのそばにそっと腰を下ろした。その声は、いつもよりずっと優しく、心配そうに結衣を見つめている。美佐子から、結衣が体調を崩していることを聞き、そしてその理由もなんとなく察しているのだろう。
結衣「…うん、まあ…。」
結衣は、弱々しく答えた。父親にこんな弱った姿を見せるのは少し恥ずかしいが、今は弘の優しい声が心にしみる。
弘「美佐子から聞いたよ。体調が悪いって。辛いんだろ。」
弘は、結衣の額にそっと手を当てた。少し熱い。
弘「少し熱っぽいな。大丈夫か?何か欲しいものはないか?」
結衣は、首を横に振った。何も欲しくない。ただ、この気持ちの落ち込みから抜け出したかった。弘は、結衣の様子を見て、昼間の出来事を察したようだ。
弘「おじいちゃんから、電話があったって?」
結衣は、ゆっくりと頷いた。弘は、深い息を吐き出した。
弘「あいつもな…心配してるんだ。お前が可愛いからこそ、ああいう言い方になるんだ。許してやってくれ。」
弘の言葉に、結衣は少しだけ反発を覚えた。心配しているからといって、ああまで言われなくても良いではないか。
結衣「でも…おじいちゃん、私に『甘えだ』って…。お母さんは休まなかった、とか…。」
結衣の声は、途中で途切れてしまった。あの時の祖父の言葉が、再び結衣の心を締め付ける。弘は、そんな結衣の頭を、優しく撫でた。
弘「おじいちゃんは、古い人間だからな。それに、男には、女の辛さはなかなかわからないものだ。美佐子が学生の頃の話も、確かに熱心だったとは思うが…おじいちゃんは、多分、いいとこしか見てないんだよ。」
弘の言葉は、祖父をかばうものではなく、ただ結衣の気持ちを理解しようとするものだった。
弘「お前は、おじいちゃんみたいに無理しなくていいんだ。辛い時は、辛いって言っていい。休むべき時に休むのも、大切なことなんだよ。頑張りすぎる必要はないんだ。」
弘の優しい言葉に、結衣の目から涙がこぼれ落ちた。祖父に言われた言葉が、どれだけ結衣を傷つけていたか、弘は全て理解してくれているようだった。
結衣「お父さん…。」
結衣は、弘の胸に顔をうずめた。弘は、何も言わずに、ただ結衣の背中を優しく撫で続けた。
弘「大丈夫。ゆっくり休んで、また元気になったら大学に行けばいい。お父さんは、お前が健康でいてくれるのが一番嬉しいんだからな。」
弘の温かい手が、結衣の心をゆっくりと溶かしていく。祖父からの叱責で冷え切っていた心が、父親の優しさでじんわりと温められていくのを感じた。結衣は、弘の胸の中で、安心して涙を流した。
第三節 女の痛み
生理二日目。昨日に増して、体中の節々が痛み、腰の鈍痛も増している。結局、結衣は今日も大学を休むことにした。ベッドの中でうずくまり、ただ痛みが過ぎ去るのを待つしかない。
昼頃、美佐子が温かいココアを持って部屋に入ってきた。結衣の顔色を見て、心配そうに眉をひそめる。
美佐子「結衣、大丈夫?今日は昨日よりも辛そうだね。」
結衣は、小さく頷く。美佐子は、ベッドサイドにココアを置き、結衣の頭を優しく撫でた。
美佐子「こんな時ばかりは、お父さんも、おじいちゃんも、意義人も、みんな生理がなくて羨ましいわねぇ。」
美佐子の言葉に、結衣は少しだけクスッと笑った。確かにそうだ。男には、この痛みは分からない。
結衣「うん…本当に。男の人って、いいよね…。」
美佐子「そうね。でも、女にしか経験できないことでもあるんだから。辛い時は、無理しなくていいのよ。お母さんも、若い頃は辛くてよく休んだものよ。」
美佐子の言葉に、結衣はハッとした。昨日、祖父は「美佐子は休まなかった」と言っていたではないか。
結衣「お母さん…でも、おじいちゃんが言ってたよ。『お母さんは、学生の頃、生理で休んだことなんて一度もなかった』って…。」
美佐子は、優しく微笑んだ。
美佐子「ふふ、おじいちゃんはね、ちょっと記憶が美化されてるのよ。それに、おじいちゃんの前では、辛い顔を見せなかっただけ。お母さんだって、辛いものは辛かったわよ。だから、結衣が辛いって言って休むのは、全然恥ずかしいことじゃないのよ。」
美佐子の言葉に、結衣の胸のつかえが取れた気がした。祖父の言葉に傷つき、自分は「甘えている」のではないかと、どこかで自分を責めていたのだ。しかし、母の言葉は、その心を優しく解きほぐしてくれた。
美佐子「それにね、結衣。男の人には分からないけれど、女性はみんな、毎月この痛みに耐えて、新しい命を育む準備をしているのよ。だから、決して無駄な痛みなんかじゃない。むしろ、誇るべきことなの。」
美佐子は、結衣の頬にそっと手を添えた。その手の温かさが、結衣の全身に広がる。
結衣「お母さん…。」
結衣は、母の優しさに涙がこぼれそうになるのを必死でこらえた。こんなに理解してくれる母がいてくれること、そして、辛い時に支えてくれる父がいること。結衣は、家族の温かさに包まれながら、ゆっくりと痛みに耐えていた。
『山崎結衣の憂鬱』第二五話につづく




