第三話 嘘と幽閉と、月に選ばれた少年
夏至の夜が明けるころ、村はざわめきに包まれていた。
「月の石が壊れたらしい」
「また、あの娘がやったのさ」
「精霊の血なんて不吉なもんを引くからだ」
風に乗って、無数の声がレイチェルの耳を刺した。
工房の外に一歩出るたび、誰かが振り返る。
あの人の顔を見ようともしない。
――バードンが、みんなに言ったのだ。
“自分の努力を、レイチェルが嫉妬して壊した”と。
誰も、真実を聞こうとはしなかった。
月の血を引く娘というだけで、彼女の言葉は「呪い」扱いだったから。
「ちがうの……私が壊したのは、呪いになる前の石なの……」
そう言っても、誰も信じない。
むしろその“呪い”という言葉だけが独り歩きした。
そして、夜。
村の大人たちが数人、工房へ押し寄せた。
レイチェルが立ち上がるより早く、彼らは彼女の腕を掴んだ。
「やめてください! 私は何も――!」
「黙れ! 月の怒りを買ったのはお前だ!」
「バードン様は倒れておられる! お前が呪ったんだろう!」
怒号とともに、レイチェルの頬に痛みが走る。
誰が殴ったのかもわからなかった。
ただ、冷たい地面に頬を押しつけられ、縄で縛られて――。
「連れていけ。洞穴に閉じ込めろ。もう二度と月を見せるな」
その言葉で、すべてが終わった。
***
洞穴の中は、ひどく静かだった。
水の滴る音と、自分の息づかいだけが響く。
暗闇の中で、レイチェルは膝を抱えた。
涙ももう出なかった。
月を祈り、石を守ろうとしただけなのに。
それがどうして、こんな罰に変わるのだろう。
「……バードン。どうして、嘘をついたの……?」
闇の中で名前を呼んでも、答える声はない。
けれど、ふと――遠くで光が揺れた。
誰も入れぬはずの洞穴の奥から、微かな足音が近づく。
灯りを持った、小さな影。
「……誰?」
その声に応えるように、少年の声がした。
「僕は、クロービ。月の石を継ぐ者です」
光が近づく。
淡い銀の髪と、まっすぐな瞳。
レイチェルよりもずっと幼い、まだ少年だった。
「……どうしてここに?」
「洞穴の奥に、石の光が見えたんです。あなたが呼んだんじゃないですか?」
「私が……?」
クロービは、手の中の灯を掲げた。
その光に照らされて、レイチェルの膝の上に転がる“砕けた石の欠片”が、淡く光り始めた。
「ほら。まだ生きてる」
少年の声は静かで、どこか懐かしい響きを帯びていた。
「月は、あなたを捨ててなんかいませんよ」
レイチェルは言葉を失った。
それは、この暗闇の中で初めて聞いた“救い”の声だった。
月の光のように、やさしく、真っ直ぐに胸へ届く声。
「クロービ……あなた、月に呼ばれたのね」
「はい。僕は、次の月の石を作るために来ました」
少年の瞳の奥には、まるで月そのものが宿っているようだった。
その時、レイチェルは悟る。
――この子が、次の“継承者”なのだと。
そして同時に、それはもう一つの悲しい定めを意味していた。
“新しい男女が月の石を奉納したとき、前の婚約者は命を失う”
洞穴の奥に微かに揺らめく光は、まるで月の警鐘のように震えていた。




