第一話 月の石を作ってはいけない夜
――月が欠ける夜に、石を作ってはいけない。
それは、古くからの言い伝えだった。
けれど、彼は聞いてくれなかった。
「今日こそ仕上げる。そうすれば、僕たちは正式に祝福されるんだろう?」
「……違うの、バードン。今日は“闇の月”なの。お願い、せめてあと三日待って」
月の精霊の血を引くレイチェルの声は震えていた。
この夜の月は、最も危うく、最も強い。
扱いを誤れば、祝福は呪いに変わる。
彼女には見えていた。
工房の奥、祭壇の上に置かれた青白い石が、今にも暴れ出しそうに脈打っているのを。
それはまるで、怒れる月そのものだった。
「待つ必要なんてないさ。お前は臆病すぎる」
「違う……私は、あなたを守りたいの……!」
「守る? 誰が誰を守るって? 俺は男だぞ。精霊の血を引くとかいう迷信に頼らなくても、自分の力でやれる!」
バードンはそう言い捨てると、祭壇に手を伸ばした。
レイチェルの胸に走る悪寒――まるで心臓を掴まれたような痛みが走る。
「やめて……! その日はだめなの、お願いだから!」
彼女の叫びは、光の爆ぜる音にかき消された。
眩い青白い光が工房を包み、床が揺れる。
次の瞬間、石は悲鳴を上げるように砕け、破片が宙を舞った。
レイチェルの身体はその衝撃に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「……っ、ぁ……!」
頭の中が焼けるように痛む。
視界の端で、バードンが呆然と立ち尽くしていた。
「う、うそだ……なぜだ……!」
「だから言ったのに……この日に作ってはいけないって……!」
涙が止まらない。
痛みも、悲しみも、全てが溶けていく。
石が壊れた瞬間、レイチェルの中にある精霊の血が悲鳴を上げたのだ。
“禁忌”を破った代償が、彼女の身に降りかかっていた。
「バードン……お願い、もうやめて。月が怒ってるの……」
「うるさい! お前が邪魔するからだ! 俺のせいじゃない!」
怒号が響き、バードンは工房の扉を乱暴に閉めて出て行った。
残されたのは、砕け散った石の残骸と、崩れ落ちるレイチェルだけ。
――この夜、月はひどく曇っていた。
それでも、雲の隙間から覗く一筋の光が、彼女の頬を照らしていた。
まるで、「それでも信じて」と言うかのように。
レイチェルは震える手で、石の欠片をそっと抱きしめた。
「どうして……どうして、わかってくれないの……」
その声は夜に溶け、月の光の中に消えていった。




