3. 少女と桜貝
◇桜 貝
少し安堵した男は、ふとテーブルの隅に置いてある品物に目がとまり
「これは……」
小さな茶碗でした。
「まだ、駆け出しだったころに騙されて、買ったものだ。確か五百万円で買ったが、実は数百円の偽物だったな」
何度も失敗を繰り返した若いころを思い出します。
猫娘に値段を聞いてみると
「五百万円! 」
男は笑いながら
「実は、これは偽物で、どこにでも売っている数百円の品だ。そんな値段で売ってはだめだよ」
そこに、花柄の包装紙を見ていた少女が、男の手に持っている茶碗に気づいて
「ああー! そのお茶碗、おばあちゃんが使っていたものだ。ねえ、これいくら」
「これは、五百万円です」
男は、笑うしかありませんが、次の会話に驚きます
「それなら、桜貝五個でいい」
「そんなに! おつりがいりますニャ」
「いいよ、おつりは」
少女は袋から桜貝を取り出し猫娘に渡すと茶碗を受け取り、ほかの品物を見て回ります。
それを見ていた男は驚いて
「おい! 五百万円が、桜貝五個でいいだと! 」
「はい、ここでの桜貝は、お金の代わりですニャ」
「冗談はよしてくれ。それなら、唐の青磁と王羲之の書は」
猫娘は大福帳をみて
「青磁は桜貝十個、王羲之の書は二十個ですニャ」
あいた口が塞がらない
そのとき少女が、きれいな柄の使い古しの包装紙を沢山もってきて
「これ、ください」
「はい、毎度ありがとうございます」
「いくらですか」
猫娘は再び計算すると
「桜貝で三十四枚ですニャ」
「えっと、残りの貝は三十六枚あるから、買います」
少女は桜貝を渡そうとすると、唖然とした男が話に割ってはいり
「おい、国宝級の青磁が、あの使い古しの包装紙と同じというのか! 」
「私に聞かれましても……」
猫娘が困っていると、男は桜貝を渡そうとする少女に
「お嬢ちゃん! その桜貝を売ってくれないか。あとで……そうだ好きなだけお小遣いをあげるよ」
少女は、おびえるように桜貝を抱えています。
男は札束を見せながら
「なあ、お嬢ちゃん、これでそんな価値のない包装紙よりも、新品できれいな模様の紙がいくらでも買えるよ。とりあえず、今持っている百万円を渡そう。そのあと、残りを渡すから」
少女は、見たこともない大金をみて震えています。猫娘は
「おじさん、大人気ないです。お嬢ちゃんが怯えていますニャ」
「なら、すぐに、お父さんか、お母さんを呼んでおいで!」
必死の形相の男に、少女は泣きそうになっています。
「この包装紙は、亡くなったおばあちゃんのとの思い出。どんな、宝物よりも、お嬢ちゃんにとっては、大切なものなのですニャ」
「これは人類の遺産と言っていいものだ、そんな紙切れとはわけが違う」
むきになる男に、猫娘は
「今のお嬢ちゃんにとって、王羲之の書は紙切れなのです。どちらも紙切れなのですニャ」
「馬鹿言うな! 」
無理やり少女の袋を奪おうとする男に、猫娘は胸にかけている千両小判の首飾りをチャランと鳴らしました。すると
「ブゥーーー! 」
後ろに、豚面の大男が立ち、男の手をとりました。ものすごい力です。
「お客さん、店内でのもめごとは困ります。出て行って、もらいますニャ」
睨みながら言う猫娘の瞳は、まさに獣の目で一瞬背筋に冷たいものが走った気がしました。抗えないと思った男は
「す……すまん、つい興奮して」
我ながら言い過ぎたと思い、息をととのえて気持ちを落ち着かせ、ふと少女の買った先程の茶碗を見ると、まだ駆け出しで騙されて買った時、師匠ともいえる先輩が言った言葉が思い浮かんできました。
『物には心が宿る。長年使われる物、直ぐに壊れる物、使われもせずに捨てられる物、その生涯はさまざまだ。ただ、すべての物は必要とされ生み出される、人間と同じなのだよ。だから、その価値は値段だけでは決められない』
ホタルノヒカリが流れ始めました。
「それでは終了です。またのご利用をお待ちしておりますニャ」
骨董市は終わり、船が離岸します。船べりに立つ猫娘に男は
「今度はいつ来るのだ」
「わかりません。来年か十年後か、二十年後か、二度と来ないか……」
「なにを馬鹿な、それなら他の場所で店を開くのか」
「いつどこで開くか、私にはわかりません。でも、おじさんが、本当に私たちを必要とした時に、案内を送ります。ですから、その時は是非ご来店くださいニャ」
「おい! 」
男は手を伸ばしますが、もうとどきません。むなしく、沖に向かう船を見送るだけでした。
少女が手を振ると、猫娘も手を振っています。
◇
船を見送ったあと、少女は骨董市で買った包装紙、きれいな布の端切れなどを嬉しそうに見ています。男は少女に聞きました。
「これで何か作るのかい」
「うん、おばあちゃんに教えてもらった、紙人形を作るの」
「そうか……」
すると、少女はすまなそうに
「桜貝、ごめんなさい」
男は、微笑んで
「いいんだ、おじさんが悪かった。おわびに、今開いたそこの売店で一緒にアイスを食べないか。それくらいは、おごらせてもらっていいだろ」
少女は微笑みながら首を横にふり、残った2枚の桜貝を男に渡しました。
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