1.真夜中の学校
高校二年生の夏休み。
翔子は、SNSのメッセージアプリに届いた宣伝広告を、友達の涼音に転送した。
翔子「【なつかしの骨董市】って案内が入っていたのだけど、見て」
涼音「夜中の十時に学校の食堂で? いたずらじゃないの。だいたい、女子高校生に骨董市なんて」
翔子「たしかに怪しいよね。でもさ、学校の七不思議みたいで面白くない? 真夜中の食堂で幽霊がごはん食べてるとか。行ってみない?」
涼音「……こわいよ 」
翔子「大丈夫だよ、学校だし。一応、他の友達にも転送しておくから」
涼音「……わかった」
◇
夜十時前。
翔子は校門の前で待っていた。ボブカットの短い髪に、短パンとタンクトップという涼しげでボーイッシュな格好。街灯の下に立つその姿は、夜気の中でもどこか活発さを失わない。
そこへ、長い黒髪を揺らしながら涼音が駆けてきた。フレアスカートに薄手のカーディガンという、どこか控えめな装いだ。
「ごめんね、翔子。遅くなって……私たち、二人だけ?」
「うん。既読はついてるけど、返事もないし、たぶん来ないね」
翔子は少し寂しげに笑った。今年の春に転校してきたばかりで、まだ打ち解けられる友人は多くない。涼音がいま、一番気兼ねなく話せる相手だった。
それを察した涼音は、そっと言う。
「夜だしね。そう簡単には来られないよ。私たち、二人でいいじゃない」
翔子は笑顔を作り、うなずいた。
涼音は学校では目立たない生徒だった。
翔子とは違うクラスで、体育を休んだとき、たまたま涼音も見学していて話す機会があり、メール交換などをはじめた。
学校では時々すれ違う程度でほとんど会うこともないが、メールを通じて、お互いの悩みなど忌憚なく話せる相手で、今回のように、放課後や休みの日に、二人だけで時々会っている。
◇
夜の学校。
校舎は闇の中に沈み込み、輪郭がぼやけている。薄い靄が地面を這うように漂い、虫の音すら聞こえない。風もないのに、どこか冷たい空気が肌にまとわりついた。
正門は固く閉ざされていたが、通用門はなぜか半開きになっている。鍵はかかっていなかった。
「……やっぱり、やめない?」
涼音が翔子の腕をつかむ。指先が冷たい。
「せっかくだし、行ってみようよ」
好奇心の勝った翔子は、半ば引きずるように涼音を連れて校内へ入った。
食堂のある校舎だけが、ぽつりと灯りをともしている。その光は暖色ではなく、どこか青白く、蛍光灯の冷たい色味だった。
近づくにつれ、二人の足音だけが廊下に乾いた反響を残す。
食堂の入口の前には、小さな立て看板が立っていた。
【なつかしの骨董市 会場】
黒い文字が、やけに滲んで見える。
翔子と涼音は顔を見合わせ、そっと扉を押し開けた。
軋む音が、静寂の中に長く尾を引く。
中には、食堂の机の上にいくつもの品物が並べられている。古びたランプ、欠けた湯呑み、古時計、誰のものとも知れぬ学生鞄――。
だが、人の気配はない。
そのまま一歩踏み込んだ瞬間、
「いらっしゃいませ!」
背後から声がした。
翔子は心臓を掴まれたように振り返る。
そこに立っていたのは、祭りの法被姿に猫耳をつけた少女だった。
「……化け猫!」
思わず叫ぶ。
「化け猫は失礼ですニャ。ご覧のとおり、人間です。一応、店員ですニャ」
語尾に“ニャ”をつける少女は、胸に大きな小判のペンダントを下げ、腰には分厚い大福帳をぶら下げている。招き猫のように柔らかな笑みを浮かべていたが、その目だけが妙に静かだった。
翔子はようやく息をつく。
「びっくりしたー! でもこんな夜更けに、あなた小学生でしょ。他に店員さんいないの」
「小学生ではありませんニャ。もう一人いますけど、今コンビニに夜食を買いに行っているのです」
少しだけ頬を膨らませる。
「……それは、ごめんなさい」
「ところで、案内状はおもちですか。というか、店に入ってこられたこと自体、案内状はお持ちでしょうけど、一応確認ですニャ」
翔子はスマホの画面を見せた。そこには、例の広告が表示されている。
「最近買ったスマホで案内を出してみたのです。既読がついていたので安心しましたが、届いているか心配でしたニャ。それでは、ごゆっくりご覧ください」
「でも、こんな夜中に学校で骨董市なんて……怪しくない?」
「訝しむのも無理はありませんニャ。ちゃんと許可はいただいています。昼間は学校がありますから、許可が下りないのです」
「……許可?」
なぜ夜なら許可が下りて、誰の許可なのか。
そもそもなぜ、学校で骨董市を開くのか。
ツッコミどころ満載だが、猫娘が扉を閉めに離れたので、そのことは後で聞くことにして、とりあえず品物を見ることにした。
ふとガラスを見ると、外の闇が、まるで切り取られたように消えていた。
食堂の中は、さきほどよりも少しだけ暗くなった気がした。
机の上の古時計が、ひとりでに鳴る。
――カチ、カチ、カチ。
その音だけが、やけに大きく響いていた。
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