2.絶対音感の少女
事件は川沿いの高級マンションの一室で起きた。
被害者は、とある富豪の若い愛人。
死因は神経ガス。しかし、いかにして吸引させたのかは不明。ガスの容器も痕跡も見つかっていない。
被害者の女性はその美貌も合わせて、富豪だけでなく、多くの有名人と関係をもち、スキャンダルをちらつかせて金銭を揺すっていたらしい。
彼女の死に胸を撫で下ろした者も少なくないようだ。
捜査は難航し、なぜか上層部からの圧力もあって、最終的には自殺として処理された。
だが刑事は、どうしても納得できなかった。
彼女の生活は一見、豪奢そのものだった。高級マンションに外車、派手な衣装と宝石。世間では「自業自得」とさえ囁かれていた。
だが――。
身辺を洗ううち、別の顔が浮かび上がった。
幼い頃から音楽の英才教育を受け、美少女ピアニストとして話題になり、有名歌手のバックバンドや演奏会にも参加していた。
しかし才能は突出してはいなかった。年齢とともに仕事は減り、表舞台からはじき出される。
使い捨ての世界で生き延びるため、別の道を選ばざるを得なかったのだろう。
(おそらく、本人は望んでいなかっただろう)
そう思われる形跡が、刑事にはいくつも見て取れた。
派手に振る舞うのは、有名人に近づくための手段のようで、普段の生活は質素だった。台所や冷蔵庫は整理され、裕福なはずだが人を雇わず自分で食事や掃除もしていたようだ。
さらに、派手に金銭を使っていたように見えるが、しっかりと貯金もしている。
執拗に有名人に迫り、脅迫めいたことをしたのも、何か理由があったのではないか。
本当は真面目で優しい女性だったのではないか。
刑事には、彼女がどこか不憫に思えた。
自分と重なるものを感じたのかもしれない。
捜査は、もはや弔いの執念だった。
◇
そんなことを思い返しながら、刑事は店内のオルゴールを眺めていると、猫娘が大福帳を抱えて近づいてきた。
「お客さん、それはいわくつきの品ですニャ。十五年前の殺人事件の被害者の部屋に置かれていたオルゴールですニャ」
刑事は目を見開いた。
「なぜ、それを知っている」
「わっ……私には、わかりませんニャ」
「確かに、ここにあるものは、あの事件現場にあったものだ。どうやって手に入れた!」
詰問する刑事に、猫娘もたじろいで
「……私はアルバイトなので」
「だが、これは違う。現場にあったオルゴールは、警察が保管している」
刑事の言い分に、猫娘は意外な表情で
「そんなこと、ありえない。これは、正真正銘そこにあった物。だとしたら、警察にあるものが偽物ですニャ!」
ムキになる猫娘に、刑事は苦笑しながら
「警察の保管品は厳重管理だ。オルゴールも丹念に鑑定もした。怪しい点はない。大した証拠品でもない。わざわざすり替える者もいないだろう」
「でも、この大福帳に絶対間違いはありませんニャ! 」
「絶対ということはないだろう」
言い争う刑事と猫娘のところに、奥で楽器を見ていた女子高生が、様子を伺いながら近づいてきた。
「あっ……あのー」
刑事と猫娘が振り向くと、二人に睨まれた女子高生は、たじろいで首をすくめながらも
「そのオルゴールですけど……」
恐る恐る話す女子高生は、髪を丁寧にくくり、メガネをかけ、みるからに優等生的な女子高生だ。
刑事は少し不機嫌な声で
「オルゴールがなにか」
「さきほどのオルゴールの曲、五小節目のG#の音が、少しフラットになっています。ぶつけたか、いじられたか……気にするほどではないですが、修理されたほうがよいかもしれません。でも、ここに置いてある物は、高くて買えそうにもないですけどね」
少女が苦笑いしながら言うと
猫娘が目を丸くする。
「フラット? 全然わからないですニャ」
「はい。ちなみに曲は“G線上のアリア”ですよね。私も好きなんです」
その言葉で刑事の脳裏に、ある映像がよみがえる。
被害者が事件直前に自撮り動画を撮っていた映像。
背後で流れていたオルゴールは――確か同じ曲。
その動画を自分のスマホにもコピーしていたので、もしやと思い
「……少し、聞いてもらえますか」
刑事はスマホを取り出した。
「いいですよ」
少女は素直に頷く。
画面には、笑顔の被害者。
その背後で流れるオルゴールの音。
店内に、静かに“G線上のアリア”が響く。
刑事の視線が、ゆっくりとオルゴールへ戻った。
――五小節目。
果たして、同じ音か。
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