1.黄昏の刑事
事件は、深夜零時に時効を迎える。
あきらめきれない刑事は、かつて事件のあった川沿いの高級マンションの周囲を、一人で歩いていた。
建物はすでに建て替えられ、周辺施設も様変わりしている。今さら手がかりなど残っているはずもない。
それでも足は止まらない。
これは執念か。あるいは、十五年という歳月に縛られた呪いか。
「そろそろ時間か……」
近くの公園のベンチに腰掛けると、晩秋の冷風に思わずコートの襟を立てた。
缶コーヒーを飲み終えると、一枚の紙片が風に煽られ、頬に叩きつけられる。
「ちっ……全く、散々だな」
近くにゴミ箱もなく、コーヒーの空き缶と一緒に捨てようと、くしゃくしゃにしてポケットにねじ込んだ。
腕時計の秒針が零時を指す。
その瞬間、何かが終わった。
刑事は虚空を見上げ、ゆっくりと立ち上がる。
事件は、これで永遠に闇の中だ。
◇
終電車を降りて、家路につく。
ぽつりぽつりと街灯が灯る夜道を歩いていると、いつも閉まっている倉庫が明るい。
しかも、こんな深夜に明かりが灯っているなど、これまでなかった。
倉庫の前に行くと、立て看板がある
『なつかしの骨董市』
(骨董市……こんな深夜に。ここは確か、廃業した倉庫のはず)
すこし扉が開いているので、中を覗くと明るい倉庫の中で、多くの品物が陳列されているのが見えた。
骨董品など興味ないので帰ろうとすると、刑事に気づいた法被を着た少女が、なぜか驚いた表情で駆けてきた。
イベントのコスチュームだろうか、頭に猫耳の飾り?をつけ、腰には大福帳、首から小判の飾りを胸に下げている。
「お客さん! 案内状は持ってこられましたか」
「いや。案内状などないが」
「えっ! 」
猫耳の娘は意外だといった表情で、少し考えたあと
「まあ、ここに来られたこと自体、何かのご縁です。良ければ見ていってくださいニャ」
なぜか、語尾にニャをつける猫娘に促されるまま、刑事は倉庫へ足を踏み入れた。
◇
中には広い倉庫の床にブルーシートが敷かれ、品物が無造作に置かれている。
骨董市と言うものの、壺や絵画もあるが、目立つのは日用品ばかり。
客は奥に一人。制服姿の女子高生が、ピアノを熱心に見ている。
刑事は早々に帰るつもりだった。
だが、隅の陳列に目が止まる。
「……これは」
血の気が引いた。
そこにあったのは――
十五年前の事件現場にあった品々だった。
被害者宅に残され、証拠価値なしと判断されすでに廃棄された家具や小物。
箪笥、机、雑貨。
「どうして、ここに……」
納得いかない刑事だが、念の為手袋をして品物を手にとって眺めてみたが。これといって重要なものはなく、箪笥の引き出しも開けてみたが、空になっている。
その中で、箪笥の上に置かれた装飾のついた小箱のオルゴールに目が止まった。
これは、被害者の女性が好きだという曲のオルゴールを、愛人の男性がプレゼントした品物だった。
無論、調べたが同じ製品は多くあり、細工された形跡などはなく、第一発見者の愛人が持ってきたという品なので、念の為、押収して警察に今でも保管しているオルゴール……と同じ物だった。
刑事は無意識に蓋を開く。
流れ出す旋律。
G線上のアリア。
静まり返った倉庫に、音が澄み渡る。
音色は静かな倉庫で反響し、奥の女子高生もこちらに振り向いたので、慌てて止めた。
そのとき、女子高生と目が合うと、彼女は笑顔で会釈し、刑事も反射的に頭を下げた。
(……こんな時間に、女子高生が一人?)
違和感と、
「どこかで見たような……」
しかし、直ぐに思い出せそうもない。
再びそのオルゴールを見ると、十五年前の事件が脳裏に蘇る。
「あのときは、徹底的に調べたものだった………」
時効は過ぎた。
だが――自分の中では、まだ終わっていない。
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