3.車椅子の少女
話しかけてきた少女に、社長は頷くと。
「ええ、そうです。お嬢さんもですか」
少女が小さくうなずくと、社長は続けて尋ねた。
「古本もあるのですね。本がお好きなのですか」
「はい……古い本……好きです」
「そうですか……どうして、古い本が好きなのですか」
特に話題もなかったので、何気なく聞いてみただけだった。
「はい……何十年も前に書いた人の気持ちが……今に伝わる。……私の中で、書いた人が……生き返っているような……気がするのです」
言葉を探すように、たどたどしく話す少女に、社長は静かにうなずいた。
「そうですね。本には、書いた人の気持ちが写し取られていますからね」
相槌のように返すと、少女は一瞬ためらってから、意を決したように言った。
「実は……私も、小説を書いているのです」
少し照れたように目を伏せる少女に、社長は微笑んで答える。
「そうですか。実は、僕は出版社の者なのです」
「ええっ……! すごい……」
少女は羨望の眼差しで社長を見つめ、胸に抱いていた思いを抑えきれないように続けた。
「だったら……私の書いた本……出版してほしいな……なんて」
社長は軽く笑って、首を横に振った。
「でも、出版するのは大変なんだよ。小説家になるのも大変だし、なってからも、ずっと大変だ」
「そうでしょうね……。わたしなんか……才能ないし……たくさん書くこともできないし……」
声を落とし、視線を下げる少女を見て、社長は思わず口を開いた。
「いや、そんなことはないよ。誰にでも、可能性は秘められているさ」
先日のプレゼンで語った言葉とは、真逆の言葉だった。
社長自身の尺度で言えば、少女は決して「優秀」な側の人間ではない。効率も、生産性も、持続性もない——淘汰される側の、個人商店のような存在だ。
(自分で言っておいて……)
重い病を抱えた少女に向けた、無責任で安易な慰めだと、自嘲が胸をよぎる。
しかし少女は、それを見透かしたように、かすかに苦笑いして言った。
「ありがとう、おじさん……。でも、私は……多分、一冊の本しか書けない……。でも、いつか、誰かが読んでくれたら……その人の中で、私は生き返る」
どこか虚ろな表情で語る、あえかな少女。
重い病気なのだろうか。未来を見据えるというより、すでに覚悟を決めているような言い方だった。
「それなら……その小説ができたら、ぜひ見せてください」
気づけば、社長はそう口にしていた。理屈ではなく、流れに任せて出た言葉だった。
「ほんとですか!」
少女の顔が、ぱっと明るくなる。
「私……頑張ります! うれしいです……おじさんに読んでもらえるだけで……十分です」
屈託のない笑顔を向けられ、社長は胸の奥がわずかに痛んだ。
話の流れとはいえ、小説を書くことが、この少女の生きる力になってくれたら——そう思わずにはいられない。
そして、この過酷な境遇に置かれた娘が、いったいどんな物語を紡ぐのか。
気づけば、純粋な興味が芽生えていた。
そのとき、部屋の隅で待っていた看護師が近づいてきた。
「そろそろ帰りましょう。お薬の時間です」
少女は名残惜しそうしている。
その姿を見て、社長はふと思いついたように言った。
「そうだ。今度、病院に会いに行きますから、お名前と病室を教えてくれませんか」
それは少女を気遣う言葉でもあったが、同時に、どこか初心に戻ったような——
(この人の本を読みたい)
そんな、久しく忘れていた純粋な気持ちでもあった。
少女は猫娘からメモを借りると、不自由な手で、ゆっくりと病室の番号を書き、社長に差し出した。
「ありがとうございます」
名前までは書けなかったが、病室が分かれば、きっと何とかなる。
少女は笑顔で頭を下げ、看護師とともに部屋を出て行った。
◇
その背中が見えなくなったあと、社長の視線は、ふと室内をさまよい、
やがて、見覚えのある棚に吸い寄せられるように留まった。
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