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猫と女神の異界骨董市  作者: 猫ノ あずき
第11話 時代遅れの骨董市
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3.車椅子の少女

 話しかけてきた少女に、社長は頷くと。

「ええ、そうです。お嬢さんもですか」


 少女が小さくうなずくと、社長は続けて尋ねた。

「古本もあるのですね。本がお好きなのですか」

「はい……古い本……好きです」


「そうですか……どうして、古い本が好きなのですか」

 特に話題もなかったので、何気なく聞いてみただけだった。


「はい……何十年も前に書いた人の気持ちが……今に伝わる。……私の中で、書いた人が……生き返っているような……気がするのです」

 言葉を探すように、たどたどしく話す少女に、社長は静かにうなずいた。


「そうですね。本には、書いた人の気持ちが写し取られていますからね」

 相槌のように返すと、少女は一瞬ためらってから、意を決したように言った。


「実は……私も、小説を書いているのです」


 少し照れたように目を伏せる少女に、社長は微笑んで答える。

「そうですか。実は、僕は出版社の者なのです」


「ええっ……! すごい……」


 少女は羨望の眼差しで社長を見つめ、胸に抱いていた思いを抑えきれないように続けた。

「だったら……私の書いた本……出版してほしいな……なんて」


 社長は軽く笑って、首を横に振った。

「でも、出版するのは大変なんだよ。小説家になるのも大変だし、なってからも、ずっと大変だ」

「そうでしょうね……。わたしなんか……才能ないし……たくさん書くこともできないし……」


 声を落とし、視線を下げる少女を見て、社長は思わず口を開いた。

「いや、そんなことはないよ。誰にでも、可能性は秘められているさ」

 先日のプレゼンで語った言葉とは、真逆の言葉だった。


 社長自身の尺度で言えば、少女は決して「優秀」な側の人間ではない。効率も、生産性も、持続性もない——淘汰される側の、個人商店のような存在だ。

(自分で言っておいて……)

 重い病を抱えた少女に向けた、無責任で安易な慰めだと、自嘲が胸をよぎる。


 しかし少女は、それを見透かしたように、かすかに苦笑いして言った。

「ありがとう、おじさん……。でも、私は……多分、一冊の本しか書けない……。でも、いつか、誰かが読んでくれたら……その人の中で、私は生き返る」

 どこか虚ろな表情で語る、あえかな少女。

 重い病気なのだろうか。未来を見据えるというより、すでに覚悟を決めているような言い方だった。


「それなら……その小説ができたら、ぜひ見せてください」

 気づけば、社長はそう口にしていた。理屈ではなく、流れに任せて出た言葉だった。


「ほんとですか!」

 少女の顔が、ぱっと明るくなる。

「私……頑張ります! うれしいです……おじさんに読んでもらえるだけで……十分です」


 屈託のない笑顔を向けられ、社長は胸の奥がわずかに痛んだ。

 話の流れとはいえ、小説を書くことが、この少女の生きる力になってくれたら——そう思わずにはいられない。

 そして、この過酷な境遇に置かれた娘が、いったいどんな物語を紡ぐのか。

 気づけば、純粋な興味が芽生えていた。


 そのとき、部屋の隅で待っていた看護師が近づいてきた。

「そろそろ帰りましょう。お薬の時間です」


 少女は名残惜しそうしている。

 その姿を見て、社長はふと思いついたように言った。

「そうだ。今度、病院に会いに行きますから、お名前と病室を教えてくれませんか」


 それは少女を気遣う言葉でもあったが、同時に、どこか初心に戻ったような——

(この人の本を読みたい)

 そんな、久しく忘れていた純粋な気持ちでもあった。


 少女は猫娘からメモを借りると、不自由な手で、ゆっくりと病室の番号を書き、社長に差し出した。

「ありがとうございます」

 名前までは書けなかったが、病室が分かれば、きっと何とかなる。

 少女は笑顔で頭を下げ、看護師とともに部屋を出て行った。


 その背中が見えなくなったあと、社長の視線は、ふと室内をさまよい、

 やがて、見覚えのある棚に吸い寄せられるように留まった。

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