1.滅びゆく小説家(挿絵)
「これからの出版業界に、個人小説家は不要です!」
若き新社長は、そう高らかに宣言した。
ステージ中央の巨大スクリーンには、色鮮やかなグラフと流麗なアニメーションが映し出される。市場推移、読者嗜好の分析、購買データの相関――次々と切り替わる画面に、会場は静まり返った。
「個人が持つ知識、経験、想像力、アイデアには限界があります。いえ、はっきり言いましょう。たかが知れている」
ざわり、と客席が揺れる。
「これからのエンターテインメントは、ビッグデータを基盤に構築されたAIによって創られる時代です。
あらゆるジャンルの達人――作家、研究者、医師、心理学者、言語学者――彼らの知識と経験を集積し、国文学・言語学・医学・心理学といった学術的観点からディープラーニングを行う。
科学的かつ統計学的に、“人間が面白いと感じる小説”を設計・生成するのです。
これは、もはや個人では不可能な領域です」
社長はステージを歩きながら、身振り手振りを交えて語る。その姿は、どこか演劇の独白を思わせた。
「さらに――アニメ、ドラマ、映画化を前提とした設計を行い、各メディアと連携。創作、宣伝、販売、Web公開を一括管理します。高齢者や視覚障害を持つ方のためには朗読本、点字本。各国向けの翻訳版も自動生成。読者が本当に求め、感動し、面白いと感じる物語を、より早く、より多く、より安価に提供する。
それが、これからの時代です!」
拳を強く握り、最後に両手を大きく広げる。
「小説は、読者のものです。読者あってこその小説。我が次世代小説研究社は、すでに始まっているAIによる完全自動小説生成プログラムを中核に、AIイラスト生成機能も搭載したツールを開発中です。一度も文章や絵を書いたことのない方でも、高品質で無限の可能性を引き出せる――まったく新しい創作体験を提供します。どうぞご期待ください!」
言葉を締めくくると同時に、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。
社長は何度も頭を下げ、その表情には確かな手応えが浮かんでいた。
式典後の懇親会では、名刺交換が途切れることはなかった。
出版業界だけでなく、IT、映像、投資――世界各国のメディア関係者が彼に注目していた。
◇
すべてを終えて帰宅し、ネット掲示板やニュースサイトを眺める。
プレゼンの反響は凄まじく、株価は急騰。すでに投資の打診も舞い込んでいる。
「……上出来だな」
満足げにパソコンの電源を落とし、自分で淹れたコーヒーを手にソファへ沈み込む。
深く息を吐いた、そのときだった。
テーブルの上の郵便物の束に、妙な一枚が紛れている。
『なつかしの骨董市
明日 朝5:00~6:00
川沿病院 敷地内特別会場』
差出人はなく、切手もない。直接投函されたチラシらしい。
だが、宛名は確かに自分だった。
「川沿病院……毎朝ジョギングで通る場所か。病院の敷地なら怪しくはないが……」
なぜ、このタイミングで、なぜ自分に――
疑問は浮かんだが、興味は湧かず、チラシは脇へ追いやった。
再び、今日のプレゼンを思い返す。
「……やっと、ここまで来た」
呟きとともに、これまでの道のりが脳裏をよぎる。
決して、真っ直ぐな道ではなかった。
かつて地方出版社に勤めていたが、出版不況でリストラされた。
その後、好きなコーヒーで小さな店を開いたこともある。
豆の輸入元まで足を運び、価格も限界まで抑えた。
こだわり抜いた店だった――だが、すぐ近所に大手チェーンが出店した。
「……勝負にならない」
客足は一気に途絶え、店は潰れた。
個人の力の無力さを、骨の髄まで思い知らされた。
「あのとき、彼の助言がなかったら……」
落ち込んでいた頃、狐のような目をしたスーツ姿の男に声をかけられた。
彼の紹介で、再び出版社の編集者として職を得た。
だが、この時代――
大手企業とITが跋扈する中で、小説家もまた、個人店と同じ運命を辿るのではないか。
そう考えていた彼に、男は言った。
「今どき、ちまちまと小説を書くなど時代遅れです。ならば――あなたが、新しい小説の先駆者になってはどうですか」
その一言が、すべての始まりだった。
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