4. アマテラスと弥生姫
エルフ兄妹を見送った弥生姫は、横で手を振る猫娘に
「さあ、もう今日は店じまいにしましょうか」
「はいですニャ」猫娘は答えると、弥生姫を羨望の眼差しで見つめる。
「弥生姫! 見直しましたニャ」
(むふふ、これは脈ありだな。もう一息で引き抜ける)
弥生姫は胸の内でほくそ笑んだ。
――が、そのとき。
「そういえば、伏線の回収ですが、弥生姫様は何者なのですか」
思いがけない一言に、弥生姫はぎょっとして足を止める。
「……まだ、覚えていたの」
このまま有耶無耶にしておくつもりだったのだが、逃げ道はなさそうだ。
「まあ……弥生時代に生まれたから、弥生と名乗っているのだけど……そうね、弥生時代後期には、卑弥呼様に仕えていたこともあるの。そのあと、しばらく眠りについて……いろいろあって、最近目覚めたの」
どことなく、大事な部分を端折っている口ぶりだ。
「あの、卑弥呼に、仕えていた!」
猫娘の目が一層きらきらと輝く。
その視線に、弥生姫は少し面映ゆそうに視線を逸らしながら、
「まっ……まあ、私ほどの者になれば、卑弥呼のそばにいるのも当然、というか……」
なぜか語尾がぎこちない。
「そうですか、さすがですニャ。また来てもいいですかニャ」
すっかり心酔した様子の猫娘に、弥生姫は満面の笑顔で応じた。
「もちろんよ! ぜひ来て。なんなら借金も肩代わりしてあげるから」
弥生姫は満面の笑顔で、猫娘の手を握り
「よかったら、弥生の部屋にも来てね」
「弥生の部屋って……もしかして、着替え中だったり……」
「いいじゃない。可愛い猫娘ちゃんなら大歓迎よ」
「わっ……わかりました。それでは……」
こうして、猫娘が帰ろうとした、そのとき。
弥生姫はふっと表情を引き締めた。
「そういえば――さっき話した狐目の男だけど、やたらヒモロギの骨董市のことを聞いてきたの。それに、私とジョイントで起業しないか、なんて」
「それで、どうしたのですかニャ」
「あんな怪しいのに応じるわけないでしょ」
肩をすくめ、軽く鼻で笑う。
「この店に来られること自体、普通じゃないのよ。あなたたちも気をつけなさい」
猫娘は静かにうなずき、最後は少し疲れた様子で高天ケ原へと戻っていった。
◇高天ケ原
帰ってきた猫娘をアマテラスが宮殿で出迎えた。
「異世界はどうだった。なにか、売れそうなものはある」
猫娘は首をひねり、
「うーん……それなりに需要はありそうですが。どのような物語にするか……いえ、どのような物を売るかが難しいですニャ」
「そうか……へっぽこ作者も、そろそろ限界みたいだし。ここは経営コンサルタントに頼むべきかしら……」
「私たちは、アマテラス様のような神様のお店――いわば非営利団体です。無理をなさる必要はありませんニャ」
「そうなんだけど……」
どこか焦るような表情のアマテラスが、横に置いている派手な広告のチラシに、なぜか嫌な予感のする猫娘だった。
「それより、弥生姫はどうだった? 」
話題を変えられ、
「はい、楽しかったです。弥生姫は、なんでもないリコーダーをエルフに渡したのです。なかなかの策士ですニャ」
感心している猫娘に、アマテラスは神妙な表情だ
「ふーん。あのリコーダーを渡したと……侮りがたいわ、弥生姫」
さらに、猫娘の心酔した表情を見て、内心焦る。
(弥生姫の所に行かせたのはまずかったか……このまま、弥生姫のところに行くなんて言わないだろうか)
すると猫娘が、素朴に問いかけた。
「ところで、あの弥生姫は何者なのですか、卑弥呼にも仕えていたと自慢していましたが」
「仕えていた……ぷっ、ハハハ」
アマテラスは吹き出し、
「まあ、仕えていたといえば……そうね」
笑いをこらえながら続ける。
「弥生姫は――弥生式土器の化身。よく言えば付喪神かしら。確か、卑弥呼の厠の手洗い用の器だったはずよ」
「……どき」
「そう。土器」アマテラスは答えるとと続けて、
「そのあと、どこかの豪族の手に渡って、古墳時代に、その豪族の陵墓に間違って一緒に埋葬されたらしいの」
「土器で、古墳に……ククク」
猫娘は必死に笑いをこらえる。
アマテラスは、弥生姫の醜態を暴露しようと、さらに畳みかける。
「しかもね、その古墳は盗掘されて財宝は全部盗まれたのに、弥生姫は完全な形で残っていたにもかかわらず、見向きもされなかったの。そのおかげで発掘はされたけど、博物館にも展示されず、倉庫行き」
猫娘の反応を伺いながら、念を押す。
「でもあの弥生姫の前で、土器って言ってはだめよ。自分が土器だったことに、コンプレックスがあるのだから」
――これで愛想を尽かすかと思ったが
「今どき土器を使う人はいませんが……弥生姫のような土器も、厠の手洗いとして役に立っていたのですよね。こうして当時の生活を伝える、大変価値ある骨董品ですニャ」
完全に裏目だった。
切り返されたアマテラスは一瞬青ざめ、同時に決意する。
(この優しい猫娘は、絶対に手放さない)
「ところで、どうして弥生姫は姫と呼ばれているのですか。アマテラス様も”姫”とお呼びですし」
猫娘の素朴な質問に、アマテラスの表情がさらに引きつる。
それは、弥生姫の美談のようで、アマテラスにとって分の悪い話。
「……っつ! それは、そのうち話しましょう」
「また、姑息な伏線ニャ……」
〈弥生姫の異世界骨董店 ー了ー>
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