2. エルフの兄妹
さて、今日の最初の客は……
入ってきたのは、エスキモーが着るような分厚いコートを着た少年と少女。
全身は雪まみれ。よく見ると、コートのフードの隙間から、尖った耳が覗いている。
(……やはり来たか、エルフ)
異世界といえばエルフ。
へっぽこ作者の知識と想像力など、この程度かと、猫娘は内心でため息をつく。
――が、様子がおかしい。
ふたりは、店に入るなり、ふらりとよろめき、そのまま床に倒れ込んだ。
「ど、どうしたんだニャ!」
駆け寄ると、子供のエルフたちは凍えきっており、身体は氷のように冷たい。
すぐに弥生姫が奥のソファに毛布を敷き、手早く濡れた服を着替えさせ、横に寝かせた。
「どうして、こんなに凍えてるのニャ……。今、店の外は異世界。冒険者や獣人が行き交う、西欧中世風の石畳とレンガの街――のはず」
そう思い、猫娘は玄関の上に設置された丸い表示盤を見上げた。
ダーツの的のような盤面には、
【異世界】【人間界】【高天ケ原】【弥生の部屋】
と書かれ、中央の矢印が横の紐を引くことで回転する仕組みになっている。
現在、針は【異世界】を指していた。
(……これも、どこかで見たことのあるシチュエーション)
猫娘が来たときは【高天ケ原】だった。その後、弥生姫が【異世界】に切り替えたが、猫娘自身はまだ外へ出ていない。
嫌な予感がして、猫娘は玄関の扉を開けた。
「……ええええーーーっ!?」
外は、吹雪の冬山の山頂。
町どころか人影もなく、道すらない。
「弥生姫、何を考えてるニャ! こんな場所に、お客なんて来るわけない!」
振り返ると、弥生姫は涼しい顔で答えた。
「大丈夫よ。この骨董店、動くから」
「動くって……“弥生姫の動く骨董店”とでも言うんですかニャ」
「その通り。今は、どうやら山越えの最中みたいね」
釈然としない猫娘は、それ以上、言葉が出なかった。
――しばらくして。
エルフの兄妹が目を覚ますと、弥生姫は温かいスープを飲ませ、落ち着いたところで静かに尋ねた。
「こんな吹雪の中……道に迷ったの?」
兄のエルフは、ゆっくり首を横に振り、
「雪山の奥に、“幻の骨董店”があると聞いて……ここを目指して来たのです」
「この店を?」
兄がうなずくと。
「僕たちの村の水源に、守り神である水竜がいるのですが、その竜が洞窟の奥に隠れてしまい、地下水が枯れてしまったのです」
そのあと兄は俯いて、続ける。
「普段は、竜を呼び覚ます曲を笛で奏でると、水は再び湧きます。でも……村に代々伝わるその笛を、妹が壊してしまって……」
「妹エルフちゃんが、その奏者なの?」
猫娘が尋ねると、兄はうなずいて、
「妹は幼い頃から笛が上手で、村の竜神を操る奏者に選ばれました。笛も大切にしていたのですが……ある日、音が出なくなったのです」
そこで、責任を感じた妹と兄が、決死の覚悟で“魔法の笛”があるという冬山の頂の骨董店を目指した――ということらしい。
「そうですか、優しいお兄さんだニャ。でも、大変だったでしょう」
猫娘は同情を込めて言い、弥生姫を振り返った。
目が合った弥生姫は、
「……それは、お気の毒に」
と、どこか他人事のよう。
その冷たさに、猫娘は思わず食ってかかる。
「弥生姫! この兄妹は命がけでここまで来たのニャ! 何か、霊力のある笛はありませんか」
弥生姫は少し面倒そうに、
「まあ、猫娘ちゃんがそう言うなら。あることはあるけど……」
弥生姫は、奥の古い家具の引き出しを開けて、いくつか笛もってきた。
「魔の力を宿す笛といえば、このファーメルンの笛、でもこれは子供にしか効かないし……魔笛のマルシュアスの笛もあるわよ。それと、日本製では……」
さらに別の棚から
「これは、青葉の笛。源平の戦いで、若き武将にして名笛手、平敦盛の愛用だったもの。それと――これは、京の五条の橋で弁慶と対峙した、女装の牛若丸が吹いていた笛よ」
次々と現れる超・超・レアアイテムに、猫娘は唖然とし、兄エルフは目を輝かせ、妹エルフは思わず身震いした。
「なんで、こんなすごい品物を持っているニャ。高天ヶ原の蔵にも、ここまでの品は滅多にない。これなら、絶対竜神様も目を覚ましますニャ! 」
「言ったでしょ、私の店の品は、由緒ある物ばかりなの」
少し得意気な弥生姫。
エルフの兄は、ここまで来た甲斐があったという笑顔で尋ねた。
「……売ってもらえるのですか」
「もちろんよ! 」
“買う”という言葉に、弥生姫の表情は一転、完璧な営業スマイルになる。
「幾らになりますか。村から集めた銀貨五十枚と金貨二枚あります」
兄エルフは、持ってきた村人が出し合った硬貨を見せた。
金貨一枚でもエルフ一年分の給金に相当する。
だが、弥生姫は硬貨を見ると――突然、表情を変えた。
さきほどまでの笑顔が消え、兄妹を見下ろすような冷たい目になる。
「猫娘ちゃん。この品、なつかしの骨董市なら、いくらで売る?」
「そりゃー、億はくだらないニャ」
「億ねえー……金貨なら一万枚ってとこかしら」
それを聞いて、エルフは愕然とした。
城ひとつが買える値段だ。顔色は真っ青になり、身体が震え、今にも泣き出しそうだ。
「……そういうこと。悪いけど、私たちも商売なの」
弥生姫はそっけない。
さすがに猫娘も見ていられず、
「なんとかならないですかニャ。売るのが無理なら、一時的に貸し出すとか……」
弥生姫は、少しきつい口調で答えた。
「レンタル店じゃないのよ。気持ちはわかるけど、この子たちだけ特別扱いはできないわ」
「そこを……なんとか!」
懇願され、弥生姫は深く息を吐き、肩を落とした。
「……わかったわ。猫娘ちゃん、アマテラスから預かってきた“ガラクタの箱”、持ってきて。何かあるかもしれない」
それには猫娘も思うところがあった。
「でも……なつかしの骨董市の品は、基本的に“不思議な力”が宿っているわけじゃない。関係ない人から見れば、本当にガラクタだニャ」
無駄だという猫娘に、弥生姫は。
「いいから。持ってきて」
短くそう言った。
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