5. 豚男の願い
思いも寄らない豚男の言葉に天女が狼狽する。
「えっ! ええーーーー! 」天女は思わず叫ぶ。
「わっ……わたしに、それを言うかーー! 」
天成天女は真っ青な表情でうずくまり
「そうだ……無理やりはだめなはず! 」
と、自分に言い聞かせるが、なぜか直ぐに拒否できない。さらに、天女の心の奥から込み上げるてくるものある。
「結婚したくなければ、効かないはず! 効かないはずでしょー! 」
自問自答しながらも、次に出る言葉を必死で押えているが、抗えない……。
最後は観念したように、豚男の前で姿勢をただし正座すると、三つ指をついて
「わかりました。不束者ですが、どうか末永く……」
豚男も驚いた、ヤケクソの言葉でもあったが、まさか天女が聞き入れるとは。
最後の茶番に付き合ってくれた天女に、豚はわずかに笑みを浮かべ、命尽きようとしている。
しかし、それを見た天成天女はあわてて。
「あああ! 豚男! このまま死んだら私はいきなり未亡人じゃない! 死なせるものですか! 」
天成天女は自分の持てる秘術を駆使して、豚男を蘇生させた。
その後、魔法の効果は切れたはずなのに、天女と豚男は結婚して幸せに?……暮らした、とのこと。
◇ 高天ケ原、豚男の家
猫娘と黒ウサが、高天ヶ原のはずれにある豚男の家にやってきた。
ボロボロの小屋のような家と、その周りには鶏や牛、ヤギなどが放し飼いになっている。
奥には、自分たちで食べる程度の畑があり、あたりを、数人の子どもが駆けずり回っている。
「ねこ来た! 」
「うさぎも! 」
すると、奥から大きなお腹の天女が、繕いだらけの割烹着姿で出てくる。
「あら猫ちゃん! いつも、主人の豚男がお世話になっています」
頭を下げる天女に、猫娘は両手を出して制しながら
「そんなー! 天成天女様が恐れ多い! 」
「何をおっしゃいます。骨董市では豚男の上司、店長様ですから。無愛想で力しか取り柄のない夫を雇っていただいて、豚男共々感謝しています」
「いえいえ、私などアルバイトの雇われ店長、こちらこそお世話になっています……ところで豚男は」
「うちの旦那。今、人間界に出稼ぎに行ってるの。五人目の子供がもうすぐ生まれるので張り切っているようですよ」
微笑みながら自分の大きなお腹をさすっている。
「そうですか、豚男は天女様が臨月の間は奥さんのための産休と、その後も育児休養をとって、養生してくださいニャ。骨董市は黒ウサに手伝ってもらいますから」
「すみませんね、猫ちゃん、それに黒ウサさん」
「いえいえ」
黒ウサも頭を下げると、子どもたちと遊んで、豚男の家をあとにした。
◇
帰り道、黒ウサは
「豚男にはもったいないというか、過ぎた麗人だよな。しかも天成天女と言えば、天界の三大美神の一人。しかも、美しいだけでなく、別次元の天界、創世神界の最高神で最強の女神。その気になれば、アマテラス様やゼウス様をも凌駕すると言われているんだぜ」
腕を頭に組んで話しながら、納得いかない表情で続ける。
「それが、今は冴えない豚男の奥さん。あんなボロ家で、家事に、子育てに、機織りの内職、家で食べる野菜の畑仕事までする貧乏生活。どうして豚男は天女様と結婚できたのだ………謎だ」
猫娘も首をかしげる。
どうも、天界の七不思議の一つらしい。
黒ウサは猫娘を見て。
「本来なら豚男は、天成天女様の創世神界で豪華な生活ができるのにな」
猫娘は少し頷いたあと。
「まあ、創世神界の方は妹に任せているみたいだし、二人には考えがあるのでしょ。それに天女様、豚男と結婚する前の創生神界で会ったときは、神々しくて近寄り難たかったけど。今は子供達と笑ったり、叱ったり、のびのびして楽しそう。私も、あんな家族をもちたいニャ」
猫娘が言うと、黒ウサは、少しぎこちない調子で
「猫娘は、そのー……結婚したい相手とか……いるのか」
「いるわけないニャ。そんなことより、早く借金を返さないと」
即答した猫娘に、黒ウサは嬉しそうに
「そうだな、次の南の島の骨董市。ゼニガメと手伝ってやるよ」
「ああ、たのむニャ」
振り返ると、天成天女と、その横で子どもたちが手を振っているのが見える。
それは、豚男が産まれた村で、守りぬこうとしたものと同じ光景なのだろう。
<孤高の豚 了〉
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