4. 死闘 (挿絵あり)
広い場所で戦えば、四方から囲まれる。
背を預ける味方もいない。罠を仕掛けたいが、時間もない。
(――ここで、迎え討つしかない)
闇の奥から、湿った地鳴りが迫ってくる。
無数の足が地を踏み荒らす音。低く、粘つく咆哮。
やがて道を塞ぐように、魔獣の群れが姿を現した。
数が――違う。
これまでに見たどの襲撃とも、比べものにならない。
豚男は息を呑んだ。
心臓が暴れ、喉の奥が乾く。握った掌から、汗が滴り落ちた。
睨み合いは、ほんの一瞬だった。
次の瞬間、地鳴りとともに魔獣が殺到する。
――豚は、戦った。
死に物狂いで戦った。
剣は折れ、兜は割れ、牙が肉を裂き、鮮血が目を塞ぐ。
それでも 豚は一歩も引かない。
斧を振り、拳を撃ち放つ。
息は切れ、筋肉は悲鳴を上げる。
手当たり次第に魔獣を倒していくが、終わりは見えない。
次第に押し返され、ついに平地へ叩き出され、そこに魔獣が一斉に襲いかかる。
致命傷すれすれの傷を負いながらも、豚はなおも暴れ、なんとか最後の魔獣を殲滅した。
――そして、最後に残った一体。
立ち上がるその姿は、豚男の数倍。
巨体に生えた爪は剣のように鋭く、牙は岩をも噛み砕きそうな、大きな爪と牙を持つ怪物の親玉だ。
これが村を襲えば、皆殺しにされるのは間違いない。
だが、最後の大物を前に豚は限界だった、立っているのもやっとだ。
しかも、手に得物はない。
(……刺し違えるしかない)
武器のない豚は、相手の懐に入って、自身の拳による素手の攻撃のみだ。
しかも、手の届く間合いに入るには、あの爪と牙の攻撃がくる。その攻撃を受ける盾や防護は既になく、あの牙と爪をこの体で受けるしかない。
ここで逃げてもいい、だが、村は全滅する。
豚は「ブー」と、短く息を吐いた。
(これは、間違いなく死ぬな……)
もはや生還はないものと覚悟した。
暖かい家庭を夢見ただけの豚だが、そのかなわぬ願いを、帰ることのできない村の風景を一瞬思い浮かべた。
(どうせ、俺の命などゴミクズ以下だ。誰も悲しむ者はなく、村にとって、これ以上ない自爆兵器だ)
豚は眼前の敵を睨み、躊躇しなかった。
「ブブブー!」
雄叫びをあげ、捨て身で突貫する豚。
相手の魔獣は、その狂気を嗅ぎ取り、容赦なく剣のような爪を突き刺す。
顔面や内蔵に達する爪と刃が突き刺さる激痛に耐え、豚は鬼神の形相で強引に魔獣に肉薄する。
そして、鍛え抜き鉄と化した拳を握りしめ
尖鋭の一撃 !
執念の拍撃 !
その斬撃は、相手の急所を見事に貫いた!
寂寞たる荒野に立つ、動かぬ魔獣と豚
月白の夜空に、蕭々《しょうしょう》と風が吹く。
豚は守り抜き、力尽き、倒れた。
誰も知りはしない、誰も認めてはくれない、誰も褒めてはくれない。
――思えば幸薄い、どころか幸のない一生だった。
死ぬためだけに生まれた家畜。
それでも、笑って最後を迎えようと思った。
(……そういえば、これまで笑った覚えがない)
嘘でもいい。
(笑ってみたい……。たとえ偽り笑いでも、こんな豚のような俺でも、それくらいのことは、天女様も許してくださるだろう)
唯一、死ぬことだけが、豚男に与えられた他の者と平等の定め。
(俺も人間だ……)
豚の守りぬいた村の住人は、全滅の脅威があったことを全く知らず、今後も平穏に暮らすだろう。
◇
地面に仰向けに倒れて動けない豚。心臓の鼓動は次第に弱くなり、まもなくこと切れるのが自分でもわかる。
朦朧とする意識、瞳にうつる最後の夜空を見上げていると、天空から一筋の光。
それはゆっくりと近づき、艶やかな天成天女の姿となる。
「哀れな豚よ、命を賭してまで、なぜにそこまでするのです」
豚は、薄れゆく意識の中で、その穏やかな声を聞きながら、無理やり笑顔を作った。
何も答えない豚男に天女は。
「娘に言わなかったのですね」
豚は力なくうなずいた。
「魔法や、他の力で、無理やり気持ちを変えさたくなかったのですね」
再び豚はうなずいた。
「あの術ですが、実は完全ではないのです。私も、人の本心を捻じ曲げるようなやり方は意にそいません。少しでもその気があれば叶う魔法なのです。さらに、数日で効果は切れ、その思いが本心にならなければ、元に戻ります」
……だとすれば、いずれにしろ叶わない願いだった。
豚は、悔しくうなずき、涙がこぼれおちる。
しかし、口元の笑顔はくずさない。
「哀れな豚よ、お前の優しい性格を私は知っています。お前は健気によく戦いました、もはや勇者です。お前の御霊は、アマテラスに申して、天界の高天ケ原に送りましょう」
(そうですか………でも薄情な天女様だ。なぜに最初から村を助けてくれぬ)
天成天女は豚男の心の声が聞こえるようで
「私は、この世界の神ではありません。そもそも、落人の民はこの世界の神に見捨てられ、戦いに破れた者達。その落ち武者が別世界の神に救いを求め、神木を通じて、なんとか私と通じているのです。ここの世界の神の手前、私も派手に振る舞えません、ほんの少し手を差し伸べることしかできないのです」
沈んだ声で答えると、納得した豚男はうなずいたあと
(天女様、私は人間なのですか、豚なのですか)
「あなたは、人間ですよ」
やさしく言う天女に
(そうですか……それなら)
豚男は天成天女を仰ぎ見て、生きた証として一度は口にしたいと思った言葉を述べた。
『僕と結婚してください』
「…………ええ! 」
天女は絶句した。
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