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猫と女神の異界骨董市  作者: 猫ノ あずき
第9話 孤高の豚
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4. 死闘 (挿絵あり)

挿絵(By みてみん)

戦う豚男と、天女のイメージ画像です。

 広い場所で戦えば、四方から囲まれる。

 背を預ける味方もいない。罠を仕掛けたいが、時間もない。


(――ここで、迎え討つしかない)


 闇の奥から、湿った地鳴りが迫ってくる。

 無数の足が地を踏み荒らす音。低く、粘つく咆哮。

 やがて道を塞ぐように、魔獣の群れが姿を現した。


 数が――違う。

 これまでに見たどの襲撃とも、比べものにならない。

 豚男は息を呑んだ。

 心臓が暴れ、喉の奥が乾く。握った掌から、汗が滴り落ちた。


 睨み合いは、ほんの一瞬だった。

 次の瞬間、地鳴りとともに魔獣が殺到する。


 ――豚は、戦った。


 死に物狂いで戦った。

 剣は折れ、兜は割れ、牙が肉を裂き、鮮血が目を塞ぐ。


 それでも 豚は一歩も引かない。

 斧を振り、拳を撃ち放つ。

 息は切れ、筋肉は悲鳴を上げる。


 手当たり次第に魔獣を倒していくが、終わりは見えない。

 次第に押し返され、ついに平地へ叩き出され、そこに魔獣が一斉に襲いかかる。

 致命傷すれすれの傷を負いながらも、豚はなおも暴れ、なんとか最後の魔獣を殲滅した。


――そして、最後に残った一体。


 立ち上がるその姿は、豚男の数倍。

 巨体に生えた爪は剣のように鋭く、牙は岩をも噛み砕きそうな、大きな爪と牙を持つ怪物の親玉だ。

 これが村を襲えば、皆殺しにされるのは間違いない。


 だが、最後の大物を前に豚は限界だった、立っているのもやっとだ。

 しかも、手に得物はない。


(……刺し違えるしかない)


 武器のない豚は、相手の懐に入って、自身の拳による素手の攻撃のみだ。


 しかも、手の届く間合いに入るには、あの爪と牙の攻撃がくる。その攻撃を受ける盾や防護は既になく、あの牙と爪をこの体で受けるしかない。


 ここで逃げてもいい、だが、村は全滅する。

 豚は「ブー」と、短く息を吐いた。


(これは、間違いなく死ぬな……)


 もはや生還はないものと覚悟した。

 暖かい家庭を夢見ただけの豚だが、そのかなわぬ願いを、帰ることのできない村の風景を一瞬思い浮かべた。


(どうせ、俺の命などゴミクズ以下だ。誰も悲しむ者はなく、村にとって、これ以上ない自爆兵器だ)

 豚は眼前の敵を睨み、躊躇しなかった。


「ブブブー!」


 雄叫びをあげ、捨て身で突貫する豚。

 相手の魔獣は、その狂気を嗅ぎ取り、容赦なく剣のような爪を突き刺す。


 顔面や内蔵に達する爪と刃が突き刺さる激痛に耐え、豚は鬼神の形相で強引に魔獣に肉薄する。

 そして、鍛え抜き鉄と化したこぶしを握りしめ


 尖鋭の一撃 !

 執念の拍撃 !

 その斬撃は、相手の急所を見事に貫いた!


 寂寞せきばくたる荒野に立つ、動かぬ魔獣と豚

 月白の夜空に、蕭々《しょうしょう》と風が吹く。


 豚は守り抜き、力尽き、倒れた。

 誰も知りはしない、誰も認めてはくれない、誰も褒めてはくれない。


――思えば幸薄い、どころか幸のない一生だった。

 死ぬためだけに生まれた家畜。

 それでも、笑って最後を迎えようと思った。


(……そういえば、これまで笑った覚えがない)


 嘘でもいい。

(笑ってみたい……。たとえ偽り笑いでも、こんな豚のような俺でも、それくらいのことは、天女様も許してくださるだろう)

 唯一、死ぬことだけが、豚男に与えられた他の者と平等の定め。


(俺も人間だ……)


 豚の守りぬいた村の住人は、全滅の脅威があったことを全く知らず、今後も平穏に暮らすだろう。



 地面に仰向けに倒れて動けない豚。心臓の鼓動は次第に弱くなり、まもなくこと切れるのが自分でもわかる。


 朦朧とする意識、瞳にうつる最後の夜空を見上げていると、天空から一筋の光。

 それはゆっくりと近づき、艶やかな天成天女の姿となる。


「哀れな豚よ、命を賭してまで、なぜにそこまでするのです」


 豚は、薄れゆく意識の中で、その穏やかな声を聞きながら、無理やり笑顔を作った。


 何も答えない豚男に天女は。

「娘に言わなかったのですね」

 豚は力なくうなずいた。


「魔法や、他の力で、無理やり気持ちを変えさたくなかったのですね」

 再び豚はうなずいた。


「あの術ですが、実は完全ではないのです。私も、人の本心を捻じ曲げるようなやり方は意にそいません。少しでもその気があれば叶う魔法なのです。さらに、数日で効果は切れ、その思いが本心にならなければ、元に戻ります」


 ……だとすれば、いずれにしろ叶わない願いだった。

 豚は、悔しくうなずき、涙がこぼれおちる。


 しかし、口元の笑顔はくずさない。


「哀れな豚よ、お前の優しい性格を私は知っています。お前は健気によく戦いました、もはや勇者です。お前の御霊(みたま)は、アマテラスに申して、天界の高天ケ原に送りましょう」


(そうですか………でも薄情な天女様だ。なぜに最初から村を助けてくれぬ)


 天成天女は豚男の心の声が聞こえるようで

「私は、この世界の神ではありません。そもそも、落人の民はこの世界の神に見捨てられ、戦いに破れた者達。その落ち武者が別世界の神に救いを求め、神木を通じて、なんとか私と通じているのです。ここの世界の神の手前、私も派手に振る舞えません、ほんの少し手を差し伸べることしかできないのです」


 沈んだ声で答えると、納得した豚男はうなずいたあと

(天女様、私は人間なのですか、豚なのですか)

「あなたは、人間ですよ」

 やさしく言う天女に


(そうですか……それなら)

豚男は天成天女を仰ぎ見て、生きた証として一度は口にしたいと思った言葉を述べた。


『僕と結婚してください』


「…………ええ! 」


 天女は絶句した。


気になるなと思ってただければ、ブックマーク、お星さま(☆)をくださいませ! 

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