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猫と女神の異界骨董市  作者: 猫ノ あずき
第9話 孤高の豚
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3.化物の矜持

 豚男は村娘を見つめた、

 これまで考えもしなかった……いや、考えてはいけないと思っていた、妻を持ち、子に囲まれ、ささやかながらも温かな家庭を築く、未来。

 自分には到底、叶わないと思っていた願いが、現実になるのだ…… 


(夢だろうか……)

 しかし、娘の傷は癒え、豚男自身の深手も消えている。

 これは夢ではない。


 やがて、娘が微かに身じろぎし、目を開いた。

 次の瞬間、自分が豚男の腕に抱かれていると悟ると、娘の顔は恐怖に引き攣り、叫び声も上げずに暴れ出した。

 必死に身をよじり、逃げるように豚男の腕を振りほどき、地にうずくまる。


真っ青な顔で、震える唇を噛みしめながら、娘は豚男を見上げた。

「……私に……何か、したの……!」

 その言葉に、豚男は激しく首を横に振る。


(……やはり、俺に好意など、ないのだな)思っていたこととはいえ、さすがに胸に刺さる。

(薬草を取りに行くため、俺と一緒にいることを耐え忍んでいたのか……。そういえば、娘は俺の手の届く範囲に近づいたことはなかった)


 身の程知らずな思い込みを恥じるとともに、真っ青な表情で震えている娘に、天女から授かった言葉を、口にすることはできなかった。


 そのとき――


 村の方角から、数人の足音が近づいてきた。

 現れたのは、村長の息子と、その取り巻きだった。

「天成天女様の御神木の前に、豚男がいるとはな」吐き捨てるように言い放ち、

「お前のような穢れた者が来る場所ではない。すぐに立ち去れ!」


 豚男が一歩、二歩と退くと、村長の息子は娘に向き直る。

「おい。今日は、採れたのか」

 娘は小さく、かすれる声で答えた。


「……はい……」


 豚男は、胸の内に不穏なものを覚えた。

 なぜ、この男が娘の薬草のことを知っているのか。

 すると村長の息子は豚男に気づくと


「……まだ居たのか」

 蔑むように吐き捨て、唖然とする豚男をあざ笑いながら

「この娘はな、今度、俺の五番目の嫁になるんだ」そう言って、娘の肩を乱暴に引き寄せる。

「まさか……お前、この娘に色気でも出したんじゃないだろうな」


 にやついた目で見下され、豚男の胸は締め付けられた。

「どのみち、お前みたいな豚に、まともな嫁など来るわけない。メス豚でも相手にしときな」


 嘲笑する村長の息子に何も言えない。下手に逆らえば、この村に居られなくなるだろう。

(だが……なぜ、嫁にする娘に、魔獣の山へ行かせる……?)

 疑念が浮かんだ、その時。

 村長の息子は、娘の籠に手を突っ込み、ある草をつまみ上げた。


(――あれは麻薬草! いつのまに! )

 娘は豚男の目を盗んで、麻薬草も摘んでいたのだ。おそらく、村長の息子に強制されたのだろう。


 村長の息子は

「よし、上出来だ」

 満足げに笑い、草を懐に収めると、村長の息子は娘を顧みることもなく、村へと引き返した。

 娘もまた、豚男から逃れるように、その背を追う。


 豚男は、ただ呆然と、その場に立ち尽くした。


 しばらくして、村の中から娘の泣く声が小さく聞こえる。

「もう嫌です! あの、豚男は嫌です、お願いです……」

 豚男は俯き、静かに踵を返し、重い足取りで自らの小屋へと帰って行く。


 再び豚男はいつもの生活に戻った。


 村を覗くと、人々は変わらぬ笑顔で暮らしている。

 あの娘の姿も、時折見かけた。

 村長の息子と結婚したようだ。


(……それでいい)

 豚男は、そう思うことにした。

(俺より、村長の息子の方が良い暮らしができるだろう)


 一方で、平穏な村の周囲では、異変が起きていた。

 この一ヶ月、魔獣が一切姿を現さないのだ。


(魔獣は確実に強くなっている、知能的な戦術もする。もう、俺だけでは、村を守りきれないかもしれない………)

 豚男は、そのことを村に伝えようとするが、誰も相手にされない。


 豚男は途方に暮れ、なす術が思いつかない。

 とにかく毎日、木の上に作った展望台に登り周囲を警戒した。


 数日後――夕暮れ。


 遠くの山々に、異様な影のうねりを見つけた。

(……来る)

 魔獣の群れが、集結している。


(今夜だ。村を襲う……!)


 豚男は村へ走ったが、夕餉の刻。

 豚男だと知ると、どの家も扉を閉ざし、誰も出てこない。


(説得する時間はない……俺が、やるしかない)


 豚男は自らの小屋へ戻り、これまで密かに蓄えてきた斧、槍、盾――

 武器となるものすべてを、身体中に担いだ。

 その姿は、まるで鉄の棘を纏った、異形の獣のようであった。

 豚男は、村から離れた、魔獣が必ず通るであろう狭隘な谷地へと向かう。


 やがて――

 闇の中から、無数の気配が、押し寄せてきた。

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