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猫と女神の異界骨董市  作者: 猫ノ あずき
第8話 ウサギとカメの骨董市
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3. 思い出のリコーダー

 黒ウサがしかたなく店に戻ると、銭亀が彼の姿を見て驚き。

「どうした、その格好は。ずぶぬれ、泥だらけじゃないか」 


 機嫌の悪い黒ウサは黙ったまま、濡れたリコーダーを黙々と布で拭き始めます。

 どうにか目立つ汚れを落とすと、裏側にかすれて読みにくい文字が浮かび上がりました。

「…小学校、三年四組……」

 黒ウサは、そのままリコーダーを銭亀に渡し、

 

「銭亀、これも店に置いてくれないか。さっき、女の子が落としたらしいのだけど、もう要らないらしい」

 ふてくされたまま差し出すと、銭亀はそれを受け取りながら「ほほう」と感心したようにうなずきます。

「これを、どこで拾った」

「少女に言われて、堀の中から拾ってきたんだ……この笛、どうかしたのか」


 銭亀は長年骨董市をやってきたので、かなりの目利きです。感心しているところを見ると、意外な物かと思った黒ウサは身を乗り出し。

「幾らで売れそうだ?」


「そうだな……十円ってところか」

「……十円! なんだ、そんな程度か。金の斧ってなわけに、いかないのだな」


 がっかりする黒ウサですが、銭亀は笛をしげしげと眺めて。

「ところで、その娘は”さっき落とした”と言ったそうだな」

 黒ウサがうなずくと


「さっき落としたにしては、ずいぶん汚れている。苔まで付いているじゃないか」

「……そう言われると」

 黒ウサは、どきりとしました。


 銭亀は目を細めながら黒ウサに言います。

「昔の東寺の周りの堀には、使い古された道具が捨てられ、それが付喪神になって、人に悪さをする、なんて迷信がある。そんな場所が、今は骨董市になっているのだから、不思議な因縁だな」


 考え込む黒ウサは、小さくつぶやきます。

「……あの娘はちがう」

 銭亀は何も言わず、ただ微笑んでいました。


◇売れないリコーダー


 黒ウサはそのあと、寝る時のジャージに着替えて店に出ました。

 ほどなく、子ども連れの親子が立ち止まり、リコーダーを手に取ります。

「リコーダーだね、ちょうど練習用にほしかったんだ」

 親子が話していると。


………この人じゃない。


 黒ウサにはなぜか、あの少女の声が聞こえました。

 他の人には聞こえないようで、親子は何の反応もなく、ただリコーダーを見ています。黒うさは、咄嗟に。

「すみません、これは。買い手が決まっているものでして」

 申し訳なさそうに告げると、親子は首をかしげながら去っていきました。


 それを見ていた銭亀が、怪訝そうに言います。

「今にも買いそうだったのに。どうした、おまえらしくないな」


「うーーーん、なんか聞こえたんだ」

 一方、銭亀には聞こえていないようです。兎耳の黒ウサだからこそ、聞こえた声なのかもしれません。


◇ 

 しばらくして、若い女性が一人、店の前で足を止めました。

 今度は黒ウサに先程の少女の声は聞こえません。


 女性は静かにリコーダーを手に取り、裏側を見た瞬間、息を呑みます。

「……これを、どこで?」

「さきほど、少女に頼まれて堀から拾ったのです」


「少女………何歳くらいでしたか」

「小学生くらいです。赤いスカートに、白いブラウスで、髪は二つ結びでした」

 女性は呆然と立ち尽くしたあと、ゆっくりと話し始めました。


「……十年前、この近くで交通事故にあって亡くなった同級生の小学生の娘がいたのですが、その当時の姿です。書かれている学年と組も同じです! 」

 黒ウサも言葉を失います。

「これは私のリコーダーです。違う組だったので、その子に学校で貸したのですが、そのあと事故にあって、戻ってきませんでした」


 そのあと女性は、遠くを見るような目で

「その娘は、ピアノ教室に通っていた友達で、いずれは一緒にコンクールに出ようとか、合奏しようと言ってたのですが……」そこで言葉を止めたあと。

「あの頃は、楽しかった……」どこか寂しそうに話す女性は、最後にぽつりと


「もう少し、頑張ってみようかな……」


「頑張る、とは? 」

 黒ウサが尋ねると、女性は少しだけ微笑んで。

「今もピアノを弾いているのですが、いろいろあって……」


 それ以上は話しづらそうで、黒ウサはさらに聞くのは野暮だと思い、話を変えます。

「僕みたいなのが、どうのこうの言う気はないので。ところで、これ、お買い上げになりますか」


「そうですね、いくらですか」

 黒ウサは、いつもの営業スマイルではなく、少し含みのある笑みを浮かべ。


「二十万円です」


 女性は驚いたように目を見開き、やがて苦笑します。

「分かりました。必ず買い取りに来ます。それまで、取っておいてもらえますか」

「承知しました」


 黒ウサは“予約済み”の札を貼ります。女性は深く頭を下げ、穏やかな笑顔を残して去っていきました。

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