2.少女のお願い
そのとき、スーツ姿の男が現れ、黒ウサの出品している品物をいくつか手に取り、値踏みするように眺め始めました。黒ウサはすかさず揉み手をして声をかけます。
「お兄さん、どうです? この品。なかなか味があるでしょう」
すると男は、細い狐目で黒ウサをじろりと睨みました。「なんですか、これは。こんなものが骨董品ですと? どうせ口車に乗せて売っているのでしょう」
いきなりクレームめいたことを言われ、黒ウサは内心ムッとしましたが、そこは商売人の笑顔です。
「いえいえ、当方は誠実な商売を心がけております。どこかの、ぼったくり骨董市みたいに、とんでもない値段で売るようなことはいたしませんよ」
男は「フン」と鼻で笑うと、それ以上何も言わず立ち去っていきました。
「なんなんだよ、あいつ……」 黒ウサは舌打ちします。
「あーあ、もうやる気なくした。今日の僕のノルマは達成したし、あとは爺さん、適当にやってくださいよ」
そう言って店を放り出す黒ウサに、銭亀は深いため息をつくしかありませんでした。
◇黒ウサと少女
その後、黒ウサはすっかりやる気を失い、銭亀に店番を任せて、骨董市の会場やその周辺をぶらぶらと歩き回っていました。
しばらくして歩き疲れ、五重塔の下で屋台のヨモギ餅を頬張っていると、突然、背後から声がかかります。
「うさ耳のお兄ちゃん! 」
振り向くと、小学生くらいの少女が立っていました。赤いスカートに白いブラウス、髪を二つに結んだ、どこにでもいそうな素朴な少女です。
黒ウサは思わず息を呑み、慌てて頭に手を当てました。しかし、兎耳は飛び出していません。 普段は髪の中に隠していますが、怒ったり驚いたりすると、つい飛び出してしまうことがあるのです。
ほっと胸をなで下ろした黒ウサは、少女を見つめました。
「どうして、僕が兎耳だって……?」
少女はくすりと笑いましたが、その理由については何も答えません。
「かっこいいお兄ちゃんに、お願いがあるの」
「お願い?」
少女は頷くと
「実は、東寺の裏の堀に落とし物をしちゃって……」
突然の頼み事に、黒ウサは露骨に面倒くさそうな顔をしました。
「そんなの、他の人に頼みなよ。お父さんとか、お母さんとかさ」
「お兄ちゃんしか、頼めないんだもの」
「なんでだよ」
少女は、うるうるとした目で見つめてきます。どうやら、何か事情がありそうです。
「わーったよ! まあ暇だし、行くだけ行ってやるよ」
しかたなく黒ウサは、東寺の北側にある、人通りの少ない小さな堀へと連れていかれました。
「で、何を落としたんだ?」
「リコーダー。今日、学校の授業で忘れちゃって、友達に借りたの。それを骨董市で返す約束だったんだけど……ここで魚を見てたら、鞄から落としちゃったの。この下あたり」
「なんでリコーダーなんて落とすんだよ。だいたい、水が溜まっているじゃないか。そんなに高い物じゃないから、家の人に言って買って返せばいいじゃないか」
黒ウサは、やってられないと言った表情で、少女を置いて戻リはじめました。
しかし、振り返ると、少女は橋の上にしゃがんで、悲しそうに堀の水面を見つめています。
どうにも後ろ髪を引かれ「………なんで、よりによって僕なんだよ。あーもう、うぜーな……」
大きくため息をつき、黒ウサは引き返しました。少女は立ち上がり、涙目で訴えるように見つめます。
「家の人に言えないのか」
少女は黙ってうなずきました。
「この下か」
そっけなく言うと、少女は再びコクリとうなずきました。
すると黒ウサは、おもむろに足をまくって堀に入ります。
水深はそれほど深くありませんが、膝まで浸かり、ズボンはずぶ濡れになってしまいした。周囲の人々は、何事かと怪訝そうに見ていますが、黒ウサは気にせず、底に手を伸ばして探します。
やがて、棒のような感触が指先に触れます。引き上げると、苔まみれですが、間違いなくリコーダーでした。
「これか! 」
少女は何度も大きく頷いて、涙を流して喜んでいます。
堀から上がって、黒ウサが渡そうとすると
堀から上がり、黒ウサが渡そうとすると、少女は意外なことを言いました。
「それ、お兄ちゃんのお店で売ってくれないかな」
「ええ? ここで友達に返すんじゃないのか」
服を泥だらけにしてまで拾ったのに、気まぐれなことを言います。
「ごめんなさい……」
「なーーーんだよ! 」
黒ウサは力なくうなだれました。少女は、そんな黒ウサを恐る恐る見つめます。
「怒らないの……」
「これを見つけたときの、あの泣き笑いの顔を見れば、悪ふざけじゃないくらい、僕にも分かるさ」
「わけを、聞かないの……」
「聞いてどうするんだ。他人の事情に首を突っ込むなんて面倒だよ。僕は、面倒なことは嫌なんだ」
最後に少女は、少し鋭い瞳で。
「私がだれか、聞かないの……?」
「誰だっていいさ。悪いことや、僕を騙したりしているわけでもない。僕は拾った落とし物を持ち主に返すだけのこと。それで終わりだ」
少女はにっこり笑ってうなずきました。
「いい加減なお兄ちゃんだね。良い兎じゃないけど、悪い兎でもない……でも、それくらいが楽でいいよね」
「なんだよ。それに、僕は兎じゃない、人間だ! 」
断言する黒ウサに、少女は「ごめん、ごめん」と笑って謝ります。
「リコーダーを返す友達は、この骨董市に来てるから、きっと買ってくれる。その代金はお礼にお兄ちゃんが貰ってね。それにね……これは、ウサ耳の、お兄ちゃんにしか頼めないことだから」
「僕にしか………」
少女は、愛らしく微笑むと、急にくるりと踵を返し、骨董市の人混みへと駆け出し、最後に振り返ると。
「お願いね! 」
そう言って、人ごみの中に消えて行きました。
「おい! なんだよ、せっかく拾ってやったのに」
そのあと、黒ウサが辺りを見回しても、もう少女の姿は見つかりませんでした。
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