2 雪風
猫娘を始め村人達は戦闘機が頭上を飛ぶ大きな爆音と、機銃掃射の乾いた音を、身を縮めながら聞いていました。
それに――出ていった小春おばさんのことも、気がかりでした。
やがて飛行機の姿が遠ざかり、恐る恐る港へ戻ってみると、猫娘が乗ってきた貨物船が、どうやら標的にされたらしく、船体は無残にも傷だらけになっていました。
舷側には無数の弾痕が刻まれ、マストの一部は折れ曲がっています。
幸い、爆弾は投下されなかったようで、村そのものに被害はありませんでした。
「……もし、乗っているときに見つかっていたら……」
そう思っただけで、背筋に冷たいものが走り、猫娘は思わず身震いします。
猫娘がいた場所にも流れ弾が飛んできたらしく、地面や柱には弾痕が残り、並べていた品物は影も形もありません。
為す術もなく、茫然と立ち尽くしていると――
「可愛い行商人さん、これでしょ」
聞き覚えのある声とともに、小春おばさんが姿を現しました。
その腕には、猫娘の背負っていた籠が抱えられています。
「おばさん!」
猫娘は目を見開き、思わず駆け寄りました。
品物は無事でしたが、猫娘はそんなことより
「空襲の中を、危ないですニャ! 」
「大丈夫、大丈夫。私は大人だからね」
「そんなー、もう骨董品はいらないから! 」
猫娘は声を震わせ、涙ながらに訴えます。
「それより、この島も戦場になるそうなの。村人は明日くる輸送船で本土に逃げることになったから、一緒に行きましょう」
猫娘は小さく息をのみ、うなずきました。
「わかりました……。でも、ここも戦場になるのですか……」
周囲で不安そうに鳴く猫たちを見回し、ぽつりと続けます。
「……野良猫までは、無理でしょうニャ」
◇
翌朝。
他の離島からも避難民を乗せた輸送船が寄港し、村人たちは次々と乗船していきました。
しかし猫娘の胸には、どうしても拭えない嫌な予感がありました。
(この船は……途中で、潜水艦の攻撃を受けて沈む)
神に近い存在であるがゆえに、分かってしまう未来。
けれど、それを口にすることはできません。
アマテラスから「未来予知で直接、人を助けてはいけない」と、厳命されているのです。
それは、歴史をねじ曲げ、特定の人だけを助ければ、助けられなかった人はどう思うでしょう、依怙贔屓する神を恨むかもしれません。
かといって、船に乗らず村に残っていたとしても、ここが戦場になり多くの犠牲者が出るのは間違いありません。
猫娘が港で立ち尽くしていると、低く重々しい汽笛が響きました。
一隻の軍艦が、ゆっくりと入港してきたのです。
その姿を見た瞬間、猫娘は息を呑みました。
「あの船は……まさか……」
桟橋しに艦名を確認し、まさかと思いました。
「駆逐艦、雪風!」
常に最前線に出撃し、終戦まで生き残った、神宿るとも言われた駆逐艦。
呉の港に整備に帰る途中に、たまたま立ち寄ったようです。
(あの船は、沈まない! )
雪風は、太平洋戦争の始めから主な激戦に参加し、撃沈された船の乗員や、漂流している人、危険な撤退作戦で兵士を数知れず救助してきました。
終戦後は、動く船が少ないため、日本と戦地を休みなく往復し、復員兵を故郷に送り届けた船です。
でも、この船が沈まないことも話せません。
もっとも、そんなことを言っても、今の村人は信じないでしょうが。
(なんとか、村人を雪風に乗るように仕向けなければ。それだけでなく、今寄港している輸送船の人達も……)
猫娘は、歴史に手を加えるなという、猫娘は、アマテラスの厳命に背かぬよう、グレーゾーンで勝負することを決めました。
◇
猫娘は夜、密かに輸送船に忍び込み、輸送船の機関部を壊し、船が出港できなくして、全員が雪風に乗るように仕向けようと考えたのです。
猫の頃の身のこなしが出来るので、音もなく船に飛び移り、機関部に入りました。
――しかし。
どこを壊せば「出港できない程度」で済むのか、分かりません。
やむを得ず、目についた配管を外した瞬間、
シューッ!
高温の蒸気が吹き出しました。
「誰だ!?」
すぐに船員が駆けつけ、猫娘はあっけなく取り押さえられます。
敵の工作員、あるいはスパイの疑いをかけられ、そのまま村の駐在所の牢屋へ。
国家反逆のスパイ容疑は、極めて重い罪でした。
その結果、猫娘は――
避難船にも乗せられず、わずかの駐留兵と、この島に置き去りにされることになったのです。
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