1 戦時の離島の村
太平洋戦争末期--
猫娘は行商のため、貨物船に乗って、とある南の離島へ向かっていました。
その島は、古くから猫が多く棲むことで知られ、猫を守り神として祀り、大切にしてきた土地です。そうした縁もあり、猫娘は戦前から、何度もこの島を訪れていました。
当時の猫娘は、一人で自分の体よりも大きな籠を背負い、繕いだらけの着物にモンペ姿で、骨董品や日用品を売り歩く行商人でした。
船上のデッキにもたれ、潮風に耳を揺らしながら、猫娘は一人、水平線を眺めていました。青く澄んだ海の向こうに、目的の島影が、ゆっくりと近づいてきます。
「最近は、戦争も激しくなって全然売れないにゃ。鉄製品は軍備に使うと言われて没収されたし。花瓶や、小さな食器くらいしか残ってない。高天ケ原の蔵は、戦争中は無くなったり壊れたりするからといって、売れそうな品物が出てこない。また、営業成績ゼロ、早く戦争が終わらないかニャ」
猫娘は一人、ぼやいています。
船が島に到着すると、猫娘は大きな籠を背負って波止場の先の村に向かいました。
村の入口、道端の空いた場所に籠をおろし、風呂敷を広げて品物を並べます。
欠けた茶碗などの食器、雑貨、一輪挿しの花瓶。
一見すると、どこかで拾ってきたような、地味な品ばかりです。
広げた品物を前にして、お客を待ちますが、人通りは多くありません。
たまに見かける人はいても、たいていは通り過ぎていきます。
あくびをしながら、ぼんやりと防波堤の先に見える、穏やかに波打つ海を眺めていると。
「おや、猫娘の行商人さん。また来たのね」
幼い子を連れた母親が、声をかけてきました。
「これは、小春おばさん。その子、この前来たときは、抱っこされてたのに……もう歩けるのニャ」
一歳過ぎたほどの子供が、よちよちと母親の足元にしがみついています。
猫娘は目を細めて笑いました。
「結構やんちゃで、大変なの」
小春おばさんはそう言いながら品物を見渡し、
「……あまり売れていないようね」
「そうですニャ……」
力なく猫娘は答えました。
戦時中は高価な骨董品が売れず、生活に使う品を安く売って、その日その日の食費に充てるのが精一杯だったのです。
小春おばさんは、並べた品物を見渡し、隅に置かれた一本のレンゲに目を留めました。
「それじゃあ、この子が自分で食事できるように……この、猫の絵の入った子供用のレンゲを買おうかな」
「ありがとうございます! これは、ニ十銭ですニャ」
猫娘は嬉しそうに答えました。
新聞紙で包もうとしましたが、小春おばさんは首を振り、きれいに拭いて、そのまま子供に手渡しました。
子供はうれしそうに握りしめ、振り回したり、口に入れてなめたりしています。
「この子が初めて、自分の手で握った食器だよ」
小春おばさんが言うと、猫娘も子供の様子を微笑んで見つめ
「実は、お金がなくて困っていました。本当にありがとうございますニャ」
その日売れたのは、小春おばさんが買ってくれたレンゲだけでしたが、二十銭で、カンパンを買うことができました。
ちなみに、夜は猫神社の社の中で勝手に野宿しています。
村の人も黙認しているようで、たまに差し入れをくれる人もいました。さらに、普段になく沢山の野良猫が集まって、ニャーニャーと賑やかでした。
◇
翌日も同じ場所で露店をひらいていると、小春おばさんがやってきました。
「この子、昨日買ったレンゲで、初めて自分で食べたの。今まで嫌がっていたのに、このレンゲだけは手放さないのですよ」
「それはよかったです。気に入ってもらえて、嬉しいですニャ」
猫娘と小春おばさんは、レンゲを持って離さない子供を微笑んで見ています。
――そのときです。
突然、空襲警報が鳴り響きました。
猫娘は、はっとして周囲を見回しましたが、どこへ逃げればよいのかわからず、立ち尽くしてしまいます。
「こっちにおいで!」
小春おばさんが叫び、猫娘の手を引きました。
「は、はいニャ!」
猫娘が品物を片付けようとすると、飛行機の爆音が聞こえます
「早く! 品物は置いてきなさい! 」
「でも、これは大切な商売の品です。無くなったら、食べて行けなくなりますニャ」
泣きそうな猫娘に、
「命が大事でしょ。早く!」
そう強く言われ、猫娘は歯を食いしばり、小春おばさんに引っ張られるまま、山の麓に掘られた防空壕へと逃げ込みました。
しかしその後、おばさんは家に寄ってくると言って、子供を猫娘にあずけて出ていったのです。
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