2 少年の骨董市
家に着くと、健太のお母さんが笑顔で出迎えてくれました。猫娘たちも挨拶を済ませると、ふと家の中を見渡します。
「あれ……小春さんはどうしたニャ」
すると、お母さんは少し寂しそうに目を伏せました。
「昨年、亡くなりました」
「そうですか……それは……」
猫娘も言葉を失いました。胸の奥がすっと冷えるようで、思わず耳が伏せ気味になります。お母さんは、静かに続けました。
「骨董市に行くことを楽しみしていたのですが、もう九十歳を超してましたから……」
「そんなになりますか……。小春さんには、以前からお世話になりましたニャ。骨董市ではいつも一番に来て、一日中、品物を見ていたのですニャ」
猫娘は、懐かしそうに、そして少しだけ寂しそうに微笑みました。
横で聞いていた健太は、どうにも納得がいかない顔をして父親を見上げます。
「ねえ、お父さん。猫娘って、小学五、六年生くらいだと思ってたけど……曾おばあちゃんの若い頃を知ってるの? だったら、何歳なの?」
お父さんは笑顔で健太の頭をなでて
「さあ、何歳だろうな。わしも、小さいころから知っている」
「そうなの! それじゃあ、猫神様のお使いかも」
「そうかもしれないな。だから前にも言ったが、この骨董市のことは絶対に島の外の人に話したらダメだぞ」
「わかった!」
健太は、秘密の誓いを立てるみたいに大きくうなずきました。猫娘はその様子を見て、少し安心したように目を細めます。
その夜は、健太の家族や親せき、村の人も何人か集まって宴会になりました。潮の香りの残る家に、笑い声と湯気と、焼き魚の匂いが満ちていきます。
特に健太のお母さんは猫娘と親しげに話していました。宴が盛り上がると、黒ウサが「お待ちかね!」と言わんばかりに手品を披露します。
「やっぱり、黒ウサは人を騙すのがうまいニャ」
「おい! それはないだろう。みんなに喜んでもらうために鍛錬を積んで身につけた、立派なエンターテイメントだぞ」
「そうだニャ。ごめん、ごめん。言い過ぎたニャ」
猫娘が悪びれずに言うので、周りから笑いが起きました。
さらに、若い頃に巫女だったという健太のお母さんが、神楽を少し舞って場をいっそう盛り上げます。鈴の音が軽やかに響き、拍手が重なりました。
そんな賑やかな宴会の中、銭亀は終始無言のまま、ちびちびと満足そうに酒を口にしていました。目だけが柔らかく細まり、宴の熱を静かに味わっているようでした。
◇健太の骨董市
翌日ーー
夏の青空の下の小さな公民館で、骨董市が開かれました。
並べられている品物は、個人の家や村にあったものばかりで、家具や小物、古い農具や漁具、古い書類や写真、神社に奉納された絵馬などもあります。
骨董市というより、まるで小さな博物館のようでした。
木製の棚には、年号の擦れた掛け時計、潮風で白くなった漁具、使い込まれた包丁や桶が並んでいます。
壁には、モノクロ写真が何枚も貼られていました。若い頃の村人たち、今はもう使われていない校舎、台風の翌日に全員で復旧作業をした日の記念写真。
「これ、わしの父親が使っていた物だ」
「この写真、戦争で燃えて無くなったやつだ」
品物の前で村人は、値札ではなく、思い出を指差して語っていました。特にこの島は、前の戦争で戦場になり、大部分の物はなくなっていました。それらの品物が、ここで出会えるとともに、故人を偲んだり、過去の自分を思い出し、今の自分に向き合える、ほのぼのした時間なのです。
村の人たちは懐かしそうに眺め、あちこちで「ああ、これ覚えてる」「これ、昔うちにあった」と思い出話に花を咲かせています。
健太も両親と一緒に来ると、真っ先におもちゃの置いてある場所へ走っていき、何かを見つけて声を上げました。
「お父さん! これ、僕が持ってた合体ロボットだ!」
「おう、そうだな。いつも持ち歩いて、海に落として……泣いてたな」
「ねえ、買ってもいい? おこづかい、五百円もらったばかりだし」
健太が目を輝かせて言うと、父親は落ち着いた顔で言いました。
「だったら、値段を聞いてごらん」
「うん!」
傷だらけでボロボロなので、健太は百円くらいだろうと勝手に思っていました。忙しそうにしている猫娘を捕まえて、勢いよく尋ねます。
「これ、いくらですか! 」
「これは健太君。おこずかいを、もらうようになったのですか」
猫娘は、成長した健太がうれしいのか、少し目を細めます。それから腰に下げた大福帳を覗き込みました。
「えっと……三十万円ですニャ」
「ええ!…………」
健太は目を丸くしました。胸の中で「そんなはずない」と叫びながらも、声が出ません。猫娘はその顔を面白そうに観察していて、口元がわずかに上がっています。
健太は文句を言いかけましたが、猫娘の穏やかな笑顔を見ると、これは意地悪でも嫌がらせでもない、と不思議に思えてしまい、言葉を飲み込みました。しょんぼりしながら父親のところへ戻ります。
「お父さん、三十万円だって……」
父親は予想通りといった表情で笑いました。
「さすがにそれは、買えないな」
消沈する健太に、お父さんは小声で続けます。
「でもな、部品の一部だけ売ってくれることもある。一応聞いてみたらどうだ」
お父さんのアドバイスです、健太は「それなら」と小さく希望が灯ります。六体の動物ロボットが合体するタイプなので、単純計算でも一体五万円。無理なのはわかっていますが、せめて一部分なら――と、恐る恐る猫娘のところへ戻りました。
「合体ロボの頭の、イーグルだけなら……いくらですか」
健太の声は弱々しく、拳は握りしめられていました。猫娘は一瞬だけ鋭い瞳で健太の様子を見ます。財布の中身だけでなく、迷いの重さまで量るような目でした。
それから、ぱっと表情を柔らかくして言いました。
「これらからの、お得意様ですから。今日だけの出血大サービスで……五百円! 」
「五百円……! 」
あまりの落差に驚きました。でも、バラ売りは一体だけで、それ以上はダメとのことでした。
しかも、健太の懐具合を見透かしたような五百円。一か月のおこずかい全てとは、さすがに健太も躊躇して考えこみました。
「……まあ、よく考えてニャ」
そう言って猫娘は他の客の接客へ回ります。健太は腕を組み、真剣な顔でその場に立ち尽くしました。
◇
ちなみに、この島での骨董市は特別に朝から晩まで開いています。
村人はお弁当を持ってきたりして、和やかに骨董品の思い出話や、懐かしい品物に見入っています。
値段はどれも法外で、基本的には買えません。けれど、捨てたものや、亡くなった人のものも多く、懐かしさはあっても「今すぐ必要」というわけではないのでしょう。買うよりも、見て、語って、胸にしまう場所のようでした。
ただし健太のように、部品の一部や布の端切れなど「ほんの少しだけ欲しい」という人には、快く売っていました。
一方、健太は一日中考えました。気づけば夕方で、もうすぐ閉店です。
(おこづかいは先月の残りが少しあるし……毎日買ってる駄菓子を、二日か三日に一度に減らせば……なんとかなる)
健太は、胸の奥がきゅっと痛むのをこらえて、思い切って買うことにしました。
「……ください」
「ありがとうございますニャ」
猫娘は笑顔で品物を渡して、五百円を受け取りました。健太はうれしい反面、衝動買いをしたような、どこか落ち着かない気持ちもありました。
硬貨が減ったポケットが妙に軽く、逆に胸の中が少し重いのです。
そんな健太の表情を見て、猫娘は笑顔で言いました。
「大切なおこづかいを全部使って買ったことで、このロボットは健太君にとって、ただのおもちゃではなくなるニャ。たくさん考えて選んだ分だけ、思い出の重さが入る宝物になるニャ」
まだ低学年の健太には、言葉の半分くらいしかわからない様子でした。猫娘は少し言い方を変えます。
「とにかく、健太君が一生懸命考えて買ってくれたことを――このロボットは、ずっと覚えていてくれるニャ」
実際に覚えているのはロボットではなく健太自身ですが、健太はなんとなく言いたいことがわかった気がして、ぎこちなくも笑ってうなずきました。
そのあと健太は、はっと大切な用事を思い出します。
「そうだ。ぼくも骨董市を開きたいんだ。島で集めたものだけど……見てくれる?」
「へえ……骨董市をですか。わかりましたニャ」
思わぬ申し出でしたが、猫娘は楽しそうに快諾しました。
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