3.春風
猫娘は、やめろと言わんばかりに、再度念を押します。
「ほんとにいいのか……ニャ! 」
赤いリボンの少女は笑顔でうなずき。
「猫娘さん、私は他にほしい物ないし、最後だから全部使って」
そう言って桜貝を差し出すと、猫娘は震える手で受け取り、子どもたち一人ひとりに、欲しがる品を売っていきました。
生徒たちは大喜びで、思い思いの品を手に取り、はしゃぎ回っています。
そんな様子を見ながら、猫娘は声をかけました。
「みんな、おねえちゃんにお礼を言うニャ。今、手にしている品物は、おねえちゃんが苦労して桜貝を集めて買ったもの。言ってみれば、おねえちゃんの分身みたいなもの。そのことを忘れず、大切にするニャ」
諭すように言われ、子どもたちは一斉に赤いリボンの少女へお礼を言います。
少女は少し照れたようにうなずきましたが、その表情には、どこか寂しさが残っていました。
◇
やがて、手ぶらになった赤いリボンの少女は、あの品物――オルゴールの前に、静かに立ち尽くしていました。
猫娘は、譲ってあげたい気持ちでいっぱいでしたが、安易に渡すことはできません。
一人に渡せば、ほかの子も欲しがります。この少女だけ特別、というわけにはいかないのです。
横に並んだ猫娘は、ぽつりと言いました。
「なんとかしてあげたいけど……ごめんニャ」
「猫娘さんが謝ること、ないよ」
少女は穏やかに笑います。
「こうして、なつかしの骨董市が来てくれて、この品物に出会えただけでも、よかったと思ってる。みんなも、あんなに喜んでるし」
そして、少し震える声で続けました。
「……オルゴール、聞かせてもらっていいですか」
「いいニャ」
子どものころに聞いた、なつかしい音色。
この先、もう二度と聞けないでしょう。
少女は骨董市が終わるまで、何度も何度も、その音色に耳を傾けていました。
猫娘は言葉がありません。
◇
やがて時間となり、骨董市は終わりました。
みんな手を振って見送ってくれましたが、猫娘には少し後味悪い、店じまいでした。
夕暮れの海岸線を、ボンネット・トラックは走って行きます。
窓を開けて、ぼんやりと夕陽を見つめる猫娘に、再びあの風の声が聞こえて来ました。
「やあ、猫娘、今日の売り上げはどうだい」
「今日はたくさん売れたニャ……」
でも、その声に力はありません。
運転席の横に、袋一杯の桜貝が置かれていますが、ほとんどが、赤いリボンの少女が集めたものです。
「おお! これはすごい。借金の完済も、もうすぐだね」
それでも、猫娘はもの悲しく桜貝を見つめています。
「どうしたんだい、浮かない顔だね」
「あの娘は、自分のことを後回しにして、子供達に桜貝を渡した。だけど、私は彼女に何もしなかった……ニャ」
猫娘は俯いて、自分が情けない、といった口ぶりです。
「猫娘、時に我慢することも大事だよ。何でも思い通りに手に入るなんて、どうかと思うよ。一応、そのことを子供達に伝えたんだろ」
猫娘は、ゆっくり顔をあげると
「……そうだといいニャ」
「それじゃあ、ぼくは、これから日本中を駆け抜けないといけない。また来年」
「うん……また来年。春一番の精霊さん」
◇春風
………十年の月日が流れました。
猫娘は相変わらず、春になると海辺の養護学校を訪れていますす。
あの赤いリボンの少女はいません。
けれど、あのとき、少女が買えなかった、お母さんとの思い出のオルゴールは、必ず持ってきています。
今回も学校に近づくと先生が門を開けて迎えてくれました。
校庭に入って、猫娘がトラックから降りると、先生と生徒が並んで挨拶してくれます。
並んでいる子供は、元気な子、大人しい子、恥ずかしがる子――
さまざまな子どもたちが、いつものように期待に満ちた表情で並んで、猫娘の胸は温かくなりました。
その生徒の後ろには先ほど門をあけた、優しく微笑む新任の先生……
そこに春風が吹き抜け、先生の髪をふわりと巻き上げました。
それを見た猫娘は、息をのみます。
………先生
………まさか!
感激で言葉を失い、知らず知らずのうちに、涙があふれていました。
春風になびく、その先生の髪には、
あの日と同じ――赤いリボンが結ばれていたのです。
<春風の骨董市 了>
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