2. 猫娘と豚男
翌朝。
まだ夜の名残を引きずった薄暗い空の下、ひんやりとした空気が肌に心地よい。
和也は自転車のペダルを踏み込み、静まり返った通りを走り抜ける。昼間は車が多い大通りも、今は無人で和也だけの世界。
車道のど真ん中をジグザグに走り抜けると、すぐに目的の「杉下工場」が見えてきた。
「……ほんとに、やってるのかよ……」
工場の敷地は薄い霧に包まれ、夏というのに虫の声一つ聞こえない静寂な空間。まるで異世界の入り口みたいだ。
正門は閉まっていたが、横の守衛室の脇にある小さな通用門に、手書きの看板が立てかけてあった。
『なつかしの骨董市会場』
「……マジかよ。ほんとにやってるんだ……」
そうつぶやきながら、和也はゆっくりとその門をくぐった。
看板の横には、祭で着るような法被を着た、大柄で太った男が立っている。禿げ頭で大きな顔に目鼻口は小さく、両手首に真珠の数珠を通していた。
(僧侶だろうか)と思いながら、くしゃくしゃになったチラシを見せた。改めて顔を見ると、鼻が上を向いた豚面に思わず笑いそうになる。
男はチラシを見ると、なにも言わず不愛想に工場の奥を指さした。
通路の突き当りに手書きの誘導看板が立ててあり、その矢印に従って自転車を押して進む。工場の敷地内もしんと静まり返り、両側に薄靄で見え隠れする複雑な配管や大きなタンクのある道の先の小さな体育館にたどり着いた。
体育館の正面扉から中を覗くと、多くの展示品が置かれ、展示品の間を、先ほどの男と同じ法被を着た小柄な少女がせわしなく動いていた。
和也に気づいた少女は急ぎ足で寄ってきて、見あげながら
「ようこそ、いらっしゃいました。どうぞ、ゆっくりとご覧下さるのニャ!」
なぜか、語尾にニャを付ける少女は、今では見ることのない、大福帳を腰にさげ、胸には『千両』と書かれた小判のついた首飾りをぶら下げている。
少し癖のかかった髪に、鈴玉のように見開いた瞳、頭には猫耳のカチューシャ? 背格好からは小学生程度にしか見えない。
(これは猫娘だな)と和也は勝手に名前を付けると、周囲を見ながら
「これは、どういった骨董市なんだ。それに、君が店員をしているの」
「はい。なつかしの骨董市といって、皆さまの懐かしい品物や、思い出の品物を売っています。私はこの店をまかされ、子供たちにもわかりやすいように「なつかしの骨董市」と名前をつけて各地を回っています」
「なつかしの骨董市。聞いたことないな」
「あまり一般の人には馴染みないでしょうね。押し売りはしませんので、気に入ったものがあれば買ってくださいニャ」
猫娘はぺこりと頭を下げると、再び大福帳を見ながら品物の確認を始めた。
体育館の中には、品物が陳列……というより、雑然と置かれている。展示品は「日用品」「家具」「玩具」など、大まかに分別され、奥には家具や自動車などの大型の品物も展示されている。
品物は多いが会場は閑散とし、店員は先ほどの猫娘だけで。客といえば和也の他に老夫婦が奥にいるだけだった。
(なんだ、客はほとんどいないじゃないか、こんなので採算とれるのか。つまらないところに来てしまった。さっと見て直ぐに帰ろう)
そう思って、まずは手前にある玩具の陳列箇所に行ってみる。
低い台に玩具が無造作に置かれているが、おもちゃ箱をひっくり返して、ちらかしただけ、と言った感じだ。品物は今では売られていない少し昔の玩具だが、たいした物はなく、大部分が傷ついたり壊れたりしている。
「これは、骨董品というより、がらくた市……いや、リサイクルにも程遠いものばかりだ」
もはやゴミとしか言いようがない。
あきれながらも、手元のおもちゃを手に取ると、懐かしさに思わず笑みが浮かぶ。カードゲームのレアカードや、どこにでもあるプラレールで、自分も子どものころ持っていたものだ。
「七百系の新幹線だ、なつかしいな」
プラレールだけでなく超合金ロボットや、汚れたミニカーもある。
「そういえば、プラレールや超合金は今の小さなアパートに引っ越したとき、ほとんど捨てられたっけ」
小学校二年生のときの苦しい生活の始まりが思い出され、少し胸が詰まってくる。すると、すみに置いてある超合金ロボットに目が止まった。
「あー! この超合金ロボ、いじめっ子に取られそうになったやつだ」
今となっては、苦くも懐かしい思い出だ。手に取って眺めながら
(あいつ、取ったものを返せと言っても、お前のか証拠を見せろって、いつも言うから、裏に名前を書いたものだった)
そう思って、何気なしに、ロボットを裏返してみると、たどたどしい文字が書かれていた
ナカガワ カズヤ
……自分の目を疑った。
「これは僕の字だ! 捨ててしまった僕のおもちゃ、そのもの………」
和也は、たまたま自分の持っていたロボットと同じ物が置いてあると思っていたが、そこにはまぎれもなく自分が持っていた、そのものだ。
「どうして………?」
和也は、さきほどのプラレールも手に取った
「確か、この七百系のプラレールは踏んで壊れたのを、死んだ父さんがなおしてくれた………」
和也は震えながら胴体の部分を開けると、中のモータが赤いテープで固定され、線をつなぎなおした跡がある。
「やっぱりそうだ……僕のプラレール、そのものだ。何年も前に捨てられたはずなのに」
和也は、まさかと思い、周囲を見ると、家具置き場の隅に見覚えのある学習机がある。
「これも僕の学習机! 足が壊れて捨てた机、落書やシールもそのままだ」
驚いたと同時に、そこに置かれている品物とリンクする子供の頃に見た情景が蘇り、暖かく胸にこみあげてくるものがある。
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