3.野良猫の願い
連れて行かれたのは、大きな屋敷でした。
キツネ目の男は緊張して、出てきた貴婦人の前に籠をおいて話をします。
「これが、言葉を話す猫です」
「ほほう、この猫が言葉を話すと」
その婦人は長い髪をあざやかに結い、落ち着いた表情、質素なドレスを着た気品ある麗人です。しかも、どこか妖艶な雰囲気をだして、キツネ目の男は美しさだけでなく、神々しいとも言える威圧感に縮こまっています。
貴婦人が猫を見つめますが、猫は話をしません。
「おい、なにか話をしろ! 」
急き立てますが、猫は黙っています。母猫の言葉を思い出し、これ以上、人間の言葉は話さないと決めたのです。
沈黙の猫に、貴婦人はキツネ目の男を睨み。
「本当に、話をするの」
「へ……へい、間違いないです」
話さない猫に焦ったキツネ目男は、籠を揺らして
「くっそ! しゃべれ! 」
猫は籠に体を打ちつけますが、口を開きません。見かねたのか、貴婦人が呆れた表情で。
「もういいです。やめなさい」
きつね目の男は、買ってもらえないと観念してうなだれましたが、意外にも貴婦人は。
「わかりました。この猫は私が買い取りましょう」
しかも結構なお金を手にし、きつね目の男はヘラヘラと挨拶して、屋敷から立ち去ります。というより、金を渡しておい払ったような感じでした。
◇
豪華な金網の檻に入れられた猫。
その家の貴婦人は(夫を見たことはないが)、珍品が好きなようで、他にも骨董品や変わった品物をたくさん持っていましす。
猫は屋敷の中で、暖かい敷物に、餌も豊富に与えてもらえました。でも、猫は少女のことが気がかりでなりません。自分だけが、いい思いをしてよいのか。
なんとか、脱出の機会を探りましたが、頑丈な檻は全く歯が立ちません。
一方、婦人は猫に語りかけますが、猫は返事をしません。話をしたら何をされるかわかりませんし、話をしなければ、捨てられて、あの娘のところに戻れると思ったのです。
でもこの婦人は、心の底を見抜かのような、鋭くも穏やかな瞳で見つめ、ネコの思惑を見透かしたように
「どうやら、あなたは私の言葉がわかっているようですね。話しかけた時、たまに頷き、最後まで私の目を見つめる。つまり、私の話を聞いているということですね。まあ、いつか話をしてくれればいいわ。それと、何か事情がありそうね」
そう言われて猫は視線を逸らせましたが、その行動自体、話を理解していると言ったようなものです。
してやられたと観念し、猫は再び婦人を見つめました。図星だと言わんばかりに微笑む貴婦人を見ると、どこか神々しささえ感じられます。
(この人は悪い人じゃない……たぶん。話していいだろうか)猫は逡巡しましたが
(このままではだめだ。私は、どうなってもいいニャ)
猫は思い切って話ました。
「私の、大切な友達が死にそうなのです!」
◇
話を聞いた婦人は大急ぎで馬車を用意し、医者をつれて娘がいる橋の下に向いました。
少女のもとに急ぐ馬車の中で
(伯爵婦人は一緒に住んでいいと言ってくれた。一緒に暖かい布団に寝て、おいしい物を食べさせてくれる。これで、やっと恩返しができるニャ)
猫は、少女と一緒にこのやさしい瞳の婦人の家で生活することを夢見ました。
雪のちらつく道を馬車は走ります。
そして、少女と最後に暮らした、橋の下に従者たちと駆け込みました。
そこは真っ暗な橋の下の狭い隙間、何も動く気配がありません。
「いない……のか」
猫は祈りながら、ゆっくり中にはいると。
そこには、ぼろ雑巾のような毛布にくるまった動かない塊があるだけ。
間に合いませんでした………
泣くことしかできない猫………
虚空を仰ぐ猫の頭上を、小雪とともに寒風が蕭蕭と吹きぬけていきます。
(私が、人間だったら……)
◇
高天ケ原、三の蔵にて
猫娘は蔵の中から、汚れた小さな鈴を見つけました。
「これは! あの娘からもらった鈴だ。あれからも、いろいろあった……この鈴に助けられたこともあったニャ」
とある理由で手放したのですが、なつかしさに込み上げてくるものがあります。猫娘は、すぐにアマテラスのもとに行きました。
「どうしたの猫ちゃん」
「この鈴がほしいのですニャ」
めずらしく、アマテラスにお願いをする猫娘
「猫ちゃん、気持ちはわかるけど。幾らするかわかるわね」
「一生かけて、払いますニャ! でも、そこは従業員価格でなんとか」
たかが鈴一個に一生をかけるという猫娘。それほど、思い入れのある鈴なのです。
すると、アマテラスは含みのある微笑みで
「あの時も、同じことを言いましたね。その時は品物じゃなかったけど」
猫娘はハッとして、うつむいて言葉がありません。
「はいです……その時の借金……まだ、たくさん残っていますニャ」
消沈する猫娘にアマテラスは優しく微笑んで
「早々、願いはかなうものではありませんよ。神の私が言うのもなんですが、願うことは悪いことではありませんが、猫ちゃんには前を向いてほしいな」
猫娘は仕方なく蔵に戻ると、何度も躊躇しながら最後に鈴を蔵に戻しました。
すると、鈴は暗い蔵の奥に吸い込まれるように、消えてなくなりました。
「最後に会いに来てくれたんだ、私にもう鈴はいらないニャ。大丈夫、私は今もあの娘といっしょだニャ」
猫娘はアマテラスの言葉を思い出し、顔をあげ。
「これでも、私には小さな夢がある。願っているだけでは、だめだニャ」
化け猫の涙 了
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