1.野良猫と少女
とある猫の話をします。
時代はさかのぼり、明治の終わりから大正の初め頃
その猫は人間の言葉を話せるという特殊な能力を持っていました。それは、オウムのように発音をまねるだけでなく、言葉の意味を理解できる知識を持った猫なのです。
「ああー、腹減ったニャ」
路地裏を歩いている猫は、この三日何も食べていません。たまたまゴミ箱をあさると、食べ残しの弁当が出てきました。
「久しぶりの御馳走だニャ! 」
猫は喜びましたが、そこに突然、野良犬が襲いかかり、猫は叩かれて放り出されてしまいました。のら犬は猫の見つけた残飯を、おいしそうに食いあさります。猫は痛みをこらえ、唾をのみこんで見ているしかありません。
猫は絵にかいたような不幸な猫でした。
ゴミ捨て場で生まれた猫は、すぐに母猫が死に、のら猫の集団に入りましたが、いじめられ、虐待されました。動物の世界では、親のいない子供は、ほとんど生きていけません。
路地裏でうずくまる猫
猫は思いました……
(自分の子供ではなくても守ってくれる、人間の世界はいいな。でも、人間は……)
そこに、一人の少女が現れました。
「猫はいいな」
少女は、うずくまる小さな猫に近寄ってきますが、猫は
「シャー! 」
警戒心むき出しで、少女を威嚇します。猫は母猫から、人間は怖い生き物だと教えられていたのです。
少女は猫に
「そんなに痩せて。何も食べていないのでしょ」
そう言うと、煮干しを猫の前に置いてやりました。
猫は逃げようかとも思いましたが、置かれた煮干しにあらがえません。
警戒しながら、むしゃぶりつきました。
「大丈夫だよ。何もしなから心配しないで」
人間の言葉がわかる猫は、食べ物をくれたこともあり、とりあえず警戒心を解くと、疲れて再びうずくまります。
そんな猫を少女はそっと抱きかかえます。少女の腕に抱かれた猫は
(あたたかい、やっぱり人間は、やさしいニャ)
生まれて初めて、優しさに触れた猫でした。その日から、猫は少女について行きます。
(でも、この子はどうして「猫がいいな」なんて、言うのだろう)
それは、すぐに分かりました。
少女も猫と同じだったのです。
少女は親に捨てられ、物乞いをして生きていました。
ゴミ箱で拾った空の容器と木の棒でリズムをとり、上手くはありませんが唄を歌い、たまにお金を恵んでくれる人がいます。
さらに、停まっている馬車の窓を強引に拭きに行くと、「シッシッ! 」と犬を追い払うように拒否られますが、たまに小銭をもらうことができました。
こうして、朝から夜まで、道端で物乞いのようなことをして、くたくたになっても、収入のない日も少なくない……というか、収入のない日の方が多いのです。
少女は、そのわずかの施しから、猫に餌を買ってやり、空腹でおなかを鳴らしながらも、猫が食べる姿をうれしそうに見ていました。
猫は、少女が貧乏だということがわかるので、そんな少女から餌をもらうことがとても辛かったのですが、目の前に餌を置かれると、ひどい空腹には耐えられず、食べずにはいられません。
そんな自分の卑しさに胸が切り裂かれる思いで、少女のくれた、わずかな餌を涙ながらに食べたのでした。
(なんとか、少女の力になれないかニャ。猫の恩返しが、できないかニャ)
猫は考えましたが、早々思いつくものではありません。
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