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猫と女神の異界骨董市  作者: 猫ノ あずき
第4話 山桜の骨董市 (後編)
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2.山桜

 その婦人は、周りを見渡しながら。

「驚いたでしょう。自分が持っていた物ばかりで、しかもこの値段」


 その飾り気のない素朴な婦人は、初めて会ったはずなのに、どこか見覚えのあるような、他人とは思えない不思議な感じがしました。


 私はその婦人に尋ねました。

「そうなのです。何か事情をご存知なのですか」

「いいえ、私も二回目だから。正直、よくわからないの」


 そう言うと、話題を変え

「それより、二階に行ってみない」

「二階にも、何かあるのですか」

「まあ……裏メニューみたいなもの」

 そう言っていたずらな笑顔を見せ、猫耳の少女に声をかけます。


「店員さん。二階の品物も見せてもらえますか」

 すると、奥の方から猫娘の元気な声が返ってきました。

「わかりました! 続いて、常連さんの特別招待ですニャ!」


「続いて……?」

 私が小首をかしげていると、婦人は微笑んで言いました。

「先に、私の夫が行ってるの。さあ、行きましょう」


 私は婦人に連れられて二階に向かいました。そのとき婦人が


「教室には、私の夫の他に青年が居ます。そこで、青年が手に持っている物について、お聞きなさい」

 突然の話に、私はよくわかりませんでした。

 けれども、婦人の穏やかな笑顔を見ていると、悪い話ではなさそうに思え、とりあえず頷きました。


 ただ、この親しげに話しかけてくる女性に、先ほどから、どこかで会ったことがあるような――それも、すべてを見透かされているような、不思議な違和感が拭えませんでした。


 二階は、高校三年生の最後に勉強していた教室でした。

 中に入ると、机と椅子は二つしか残っていません。

 黒板には、在校生が書いた「卒業おめでとう」の文字が、今も消えずに残っています。彼と二人で勉強した、懐かしい教室です。まるで時間が、その頃に戻ったような感覚になりました。


 教室の奥、窓際には、婦人の夫と思われる壮年の男性と、その隣に若い青年が立ち、外を眺めていました。私は婦人に連れられ、二人のそばへ行き、挨拶をしました。

 夫と青年も挨拶を返してくれました。

 一瞬、青年が一緒に卒業した同級生かと思いましたが、はっきりとした面影はなく、コミュニケーションが苦手な私は、それ以上聞くことができませんでした。

 青年も、おとなしい性格のようで、どこか他人行儀です。


 沈黙が続いたせいか、夫が口を開きました。

「どうです。あの一本桜に行ってみませんか」

 私も青年も同意すると、夫婦はシナリオどおりだ、とった感じで顔を見合わせて微笑み合います。


 私たちは夫婦と一緒に一本桜の元に向かいました。


 校舎の土手の上に立つ大きな一本桜。

 風が葉をざわつかせ、枝葉は木漏れ日を落としながら、空を覆っています。

 すると青年が、桜の木を見上げて言いました。


「驚きました。ここにあるものは、実際に自分が使っていた、そのものなんです。しかも、突拍子もない値段で……あなたも、驚かれたでしょう」

 その一言で、やはり同級生なのでは、と思いましたが、学年違いの卒業生かもしれません。まだ半信半疑でした。


 私も桜の木を見上げながら答えます。

「そうですね、何か買ったのですか」

「いえ、まだ」


「では、その手に持っているものは……」

婦人に言われた通り、青年に尋ねると、彼は少し言いよどみました。

「これですか……」

 少し話すのを、ためらったようですが


「実は、初恋の人に、この一本桜の下でプレゼントした物なんです。でも、恥ずかしくて気持ちを伝えられないまま、卒業してしまいました」

照れたように笑いながら、青年は続けました。


「ここで買い戻して、もしもう一度会える機会があったら、自分だと気づいてもらえるかもしれないと思って……ダメもとで、付き合ってもらえないか言おうと考えていました。でも、その場になったら言えるかどうか……いつもそうなんです。肝心な時にダメダメで」


 最後に、苦笑しながら言います。

「つまらない話をしてしまいましたね」


 私は胸が熱くなり、深く息を吸ってから答えました。

「先ほどの婦人に、青年の持っている物について聞きなさい、と言われたのです。その品は……カランコエの絵柄のオルゴールではありませんか」


  私の言葉に、青年は「えっ」と声を漏らし、少し震えながら私を見つめました。

そして、意を決したように言います。

「僕も、ご主人に、その品のことを聞かれたら、当時の思いを話しなさい、と言われました。もしかして、と思って……思い切って話したんです」


 顔を真っ赤にして、続けます。

「やはり、あなたは……同級生の……」

 私は静かに頷いてから言いました。

「それ、壊れていたのです。それでも、しばらく持っていましたが引っ越しのときに、両親が捨ててしまったのです」


 青年は慌てて言いました。

「壊れていた……! あの、その……す、すみません。実は、渡す前に、緊張して落としてしまったのです……」

 ろれつも回らない様子です。

 やがて力ない声で言いました。


「捨てた……そうですか。なんてことだ……思い切って話ましたがおはずかしい。先程の話、忘れてください」

 うなだれる青年が、子供の頃やんちゃをして怒られたあとの姿そのものに見えて、私はおかしくて、涙が出そうになります。


 そのとき、猫娘が現れました。

「どうです、いい品でしょう。入荷には偏屈女神様に三日三晩説得し、涙と汗の渾身の一品です。よかったら、値段を確認しますニャ」

 さっそく、笑顔で大福帳を取り出す猫娘に、青年は沈んだ声で言いました。


「いえ……値段は確認しなくていいです。僕には、もう買う理由がなくなりましたから」

「ええー! 」

 猫娘が唖然として、大福帳を落としそうになっています。


 さらに、私も言いました。

「そうですね。私たちには、もう必要ありませんから」

「ええええー! 」

 さらに、追い打ちをかけられた猫娘は、とうとう大福帳を落としてしまいました。

 それ以上に、青年の方が落胆した表情になっています。

 猫娘はため息をつきながら、大福帳を拾い上げて言いました。


「わたし、《たち》、ですか……」

 猫娘は私と青年を交互に見て、うなずくと、最後は笑顔で。


「そうですか、お安くしておこうと思ったのですが……確かに必要ないですニャ」

  私も笑顔で同意すると、青年はようやく理解したようで、今度は泣きそうな笑顔になっています。


 そのとき、校舎の前から、先ほどの夫婦の乗用車のエンジン音が聞こえてきました。

 振り向くと、夫の運転で、婦人が笑顔で手を振りながら、車は走り去っていくところでした。


 私は村からの帰り、彼の車に乗せてもらいました。


 それから、二十年後……

 春の風に揺れる一本桜の下で、私はもう一度、この場所に立つことになります。

 今度は、失われたものを探すためではなく、すでにここにある時間を、確かめるために。


※【カランコエ花言葉】 たくさんの小さな思い出


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