1.故郷の骨董市
ある日、仕事を終えて両親と暮らすマンションに帰宅すると、郵便受けに、差出人も切手も貼られていない広告が入っていた。
『なつかしの骨董市 好評開催!
朝五時~六時
場所:奥山村分校』
小学生が書いたような、拙い手書き文字をそのまま印刷した紙で、最初は悪質ないたずらな気がしたのですが、書かれていた場所の名を見て、私は思わず息をのみました。
――奥山村分校。
そこは、私が廃校になる最後の年に卒業した学校だったのです。
私は奥山村分校を卒業とともに、両親と三人で都会に引っ越して、仕事に就いたものの。不規則なシフトに、安い給料、田舎育ちで、もともと気の弱い私は、都会について行けず人間関係もうまくありません。
何度か仕事を変わりながら、アルバイトの簡単な仕事を続けています。
両親は、早く結婚してほしそうです。
ですが、アルバイト勤めで引っ込み思案な私には出会いもなく、男の人とお付き合いしたことも一度もありません。
焦る気持ちはあります。
それでも、気にしても仕方がないと、無理に割り切るようにしてきました。
ふと、手にした広告を眺めていると、小さな頃の記憶が、静かによみがえってきました。
広がる水田、緑に包まれた山々、川のせせらぎ。
夜になると聞こえてくる虫やカエルの声。
そして、数少ない友達と、夢中になって遊んだ日々。
けれど、私の故郷には、もう何の足掛かりもありません。
祖父母は亡くなり、家は処分され、墓もこちらへ移しました。戻る理由は、何ひとつ残っていないはずでした。奥山村はいわゆる限界集落で、私たちが引っ越したあと、若い人はいなくなり、やがて廃村になったと聞いています。
私は広告に印刷された「奥山村」の文字を、じっと見つめました。
(そういえば……)
小さい頃、よく一緒に遊び、高校を卒業した男の子は、今どうしているだろう。
ウサギのように駆け回り、真っ黒に日焼けして、いつも屈託なく話しかけてきました。村の子どもたちを引っ張っていた、活発な子でした。
――今はもう立派になって、結婚して、子どももいるのでしょう。
そう考えると、都会で何もつかめず、ふらふらしている自分が急に情けなくなり、苛立ちと焦りばかりが募っていきました。
お盆休みに入っていたこともあり、私は思い切って、その骨董市に行ってみることにしました。
両親は、
「そんな場所で骨董市なんて、うさんくさいわね。気をつけなさい」
と心配しましたが、
「田舎の町おこしとかのイベントでしょう。懐かしいし……騙されたと思って行ってみます」
と、私は答えましたが、なぜか故郷との不思議な縁を感じ、列車の切符を予約しました。
◇
骨董市の前日、私は近くの町のビジネスホテルに一泊し、翌朝、シャトルバスが来るというホテルの前の駅前に向かいました。
小さな町は閑散とし、しばらくして軽自動車が一台、先のビジネスホテルから出ただけでした。
他に車も人通りもありません。
(本当に、骨董市が開かれるの)
少し心配になってきましたが、しばらくして、小さなマイクロバスが姿を現しました。
窓には、下手な字で
『なつかしの骨董市会場行き シャトルバス』
と書かれた紙が貼ってあります。
それを見て、少しだけ胸をなで下ろしました。
運転席から降りてきたのは、なぜかウサギの耳を付けた男――いえ、少年のようにも見えます。
軽く挨拶をすると、そのまま彼の運転でバスは発車しました。
曲がりくねった山道を乱暴に走るので、酔いそうになります。
かつて住んでいた懐かしい家並みも見えましたが、それどころではありませんでした。
村の高台にある奥山村分校に着くと、草が生い茂った運動場の向こうに、懐かしい木造校舎が姿を現しました。
卒業した日の面影を、そのまま残しています。
子どもの頃は大きく見えた校舎も、今ではずいぶん小さく感じ、自分が大人になってしまったのだと、改めて実感します。
校舎の横には、「一本桜」と呼んでいた大きな桜の木が、今も変わらず立っていました。
(一本桜……)
もう戻らない時間。
無垢で、明日のことなど考えず、ただ流れに身を任せて遊んでいた日々。そんな私たちを包み込んでいた大木は、今もなお、当時へと私を誘うようでした。
懐かしい友人に無性に会いたくなり、胸が熱くなります。
◇
校舎の前には、今ではほとんど見られないボンネット・トラックと、その隣に乗用車と軽自動車が停まっています。
私はバスを降りて、校舎に向かいました。
正面玄関の前には、
『なつかしの骨董市会場』
と書かれた立て看板があり、体の大きな男が法被を着た大きな男が立っていました。
鼻が上を向いた豚のような顔立ちで、どこか大柄な僧侶を思わせます。
私が広告を見せると、挨拶もなく、ただ一度うなずき、奥を指さしました。
――少し、怖いです。
きしむ廊下を進むと、かつて使っていた教室の前にも、同じ立て看板がありました。
すると、教室の中から、法被姿で猫耳を付けた可愛らしい少女が、ぴょんと飛び出してきました。
「いらっしゃいです。こっちですニャ!」
語尾に「ニャ」を付けて、にこにこ手招きしています。先ほどの豚面の男とは正反対で、愛想のいい、小学生か中学生くらいの少女でした。
教室に入ると少し埃っぽいですが、木枠の窓、白墨の消し後の残る黒板、その横には、学級当番の表が掲げられ、後ろの棚には、まだ自分の名前が残っています。
毎日鞄を入れていた棚、小さな机、懐かしさにしばし見入っていました。
教室の中は勉強机を六つほど寄せていくつかの島をつくり、その上に品物が置かれています。奥には、先程の車の客でしょうか、壮年の婦人が一人、机に置かれた品物を見ていました。
品物はどれも懐かしい物ですが、とても売り物とは言えないようなものばかり。そんな中、私が着ていたものと同じ柄の浴衣が目に留まり、手に取りました。
「これは、川向の男の子と夏祭りに着ていったものと同じ……確かあのとき、ソースをこぼして、彼が一生懸命に拭いてくれたけど、とれなかったんだ」
懐かしい思い出でに追わず呟き、何気なく、その部分を見ると……
染みが、そのまま残っている。
「これは! 私が着ていた浴衣そのもの。引っ越しの時に処分したはず……」
私は、もしやと思い、他の品物も見てみると
「これは、私が欲しいと言って、お父さんが町まで買いに行ったリカちゃん人形。他にも……筆箱にランドセル、教科書まである」
しかも、私の名前が書いてある。
処分したはずのものが、なぜここにある。
私は店員の猫娘に事情を尋ねましたが
「すみません。入手経路は私にはよくわからないのですニャ」
さらに、その値段に驚きました。
あの、ソースの染みのついた浴衣が二百五十万円、他の品物も数十万円と言うのです。
いったい、この骨董市は何なのでしょう。
わけが分からず、唖然としていると、先ほどから品物を見ていた婦人が、親しげに声をかけてきました。
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