2.秘宝
木枠の窓、白墨の消し後の残る黒板の横には、学級当番の表が残っている。後ろの棚には、まだ自分の名前が貼ってあり、懐かしさにしばし眺めていた。
骨董市は教室の中に勉強机を六つほど寄せて大きな台を幾つかつくり、その上に品物が置かれている。
奥には、先程の車の客と思われる壮年の夫婦が品物を見ていたが、時々僕を見て、こそこそとなにか話している。
僕は夫婦のことは気にせず、品物を見始めた。
しかし、品物はとても売り物とは言えないようなものばかりだが、どれも懐かしい物で、手に取って見ていると、店員の猫娘が寄ってきて
「どうです、何かいいものが見つかりましたか」
「うーん、懐かしいけど。特に欲しいものはないなぁー」
「そうですかー。まあ、ゆっくり見て行ってくださいニャ」
まだ子供の猫娘の店員が、がっかりして言うので可哀そうになり、どうせリサイクルショップだろうから、数十円から数百円程度と思い
「それじゃあ、この筆箱でも買おうかな。幾らだい」
小学生の頃、僕が使っていたのと同じ筆箱ということもあり手に取った。絵柄は剥がれ、蓋も採れかかっている。
猫娘の店員は笑顔で大福帳を確認して、出た金額が……
「二十五万円ですニャ」
…………!
聞き違いか、猫娘の見間違いと思い、問い返したが……
「二十五万円ですニャ」
再び同じ答え。
しかもローンやカードはだめ、現金払いということだ。
「こんなガラクタのどこにそんな価値があるんだよ。売る気がないのか」
相手は小学生ほどの女の子なので、やさしく言ったつもりだが、語尾は少し強くなった。
すると、猫娘は
「そう思われるのも無理ないです。その筆箱を開けて、よく見てください。他では絶対手に入らない物ですニャ」
言われて、筆箱を開けてよく見ると、裏にかすれた自分の名前が書いてあり、なんども開け閉めして蝶番がとれたようでテープでとめてある。
そのゴミのような品物に、僕は愕然とした!
「これは! 僕が使っていた筆箱、そのものだ。とっくの昔に捨てたはず」
気が付かなかったが、他の品物も自分が使っていたその物が置かれている。
さらに、同級生の川向の女生徒の品物もある。特に、目についたのは祭りの時に着ていた山桜の浴衣は、今も覚えている。
「確か、屋台でソースをこぼして泣いていたっけ。でもどうして、これがここに」
聞いても、猫娘は曖昧なことを言うだけだった。
ただし、自分の懐かしの品物ばかりでなく、教室の奥の机には、子供服やベビーカーなどもあり、壮年の夫婦はそれらを見ている。
すると、腑に落ちない自分のところに、夫の方が寄ってきて声をかけてきた
「私も最初は驚いたよ。自分が持っていた物ばかりだからね」
「そうなのです。なにか事情を知っているのですか」
夫は頷いて、事情を話始めた。
「私も二十年ぶりに、妻と来たものでね。実は、二年ほど前に家が火事になって、大切なものがすべて燃えてしまった。何とか立ち直って生活が安定したところで、この骨董市の案内が来たんだ。そこで売っているものは、燃えたはずの家財道具などで驚いたよ」
同じ事情なようで、僕もうなずいた。すると、夫は続けてアルバムを僕に見せて。
「この家族のアルバムもあったので、値段を聞いたら百万円と言われ、そんな馬鹿なことがあるかと、問い詰めたが責任者もいないので埒が明かない。仕方なく、手持ちの2万円で、家族で写した写真を一枚売ってもらったよ」
苦笑いして語る男性は、続けて
「そんな事情は知っていたのだが。今回は、ここでの大事な用事のことで頭がいっぱいで。妻も私も、ぼったくりの骨董市だったことをすっかり忘れて、何も買うことができそうにないなー」
「大事な用事とは」
「まあ、こちらのことなので……それより、二階にも品物が置いてあるのだが、行ってみないか」
用事については、はぐらかされたが、夫婦の事情なので自分には関係ないことだ。それより
「二階にも、何かあるのですか」
「まあ、裏メニューみたいなものさ」含みのある微笑みで言うと、猫娘に
「店員さん。二階の品物もいいですか」
猫娘が振り向くと、愛らしい笑顔で
「おー、秘宝をご存じとは。常連さんの特別招待ですニャ」
「常連と言っても二回目だけどね。さあ、行こうか」
夫は妻を見ると、示し合せたように妻も笑顔で頷き、僕は夫に誘われるまま二階に向かった。
ただ、この親し気に話しかけてくる男性に、なぜか、どこかで会った、というか全てを見透かされているような、他人とは思えない不思議な感覚だった。
◇
二階は高校三年生最後に勉強した教室で、階段を上がるにつれて、なぜか胸が落ち着かなくなる。
今にも、あの頃の自分たちが出てきそうな――そんな予感が、根拠もなく胸に広がっていた。
猫娘は教室の扉の鍵をあけ、中に誘ってくれた。
中には二つしかない机と椅子。
彼女と二人で勉強した教室、黒板には在校生が書いた『卒業おめでとう』の文字が残され、まるで卒業当時のまま、時間が止まっているような錯覚を覚える。
ただ、品物は何もない。
「秘宝って、何もないじゃないか。まさか机が売り物とか」
「さすがに、それはないです。でも、秘宝は、お客さんが一番ご存じですニャ」
猫娘は含みのある笑顔で僕に言う。
「僕が知ってる……」
考えながら教室を見回し、机の中から紙袋が覗いている。
「まさか! 」
見覚えのある紙袋。
僕はあわてて取り出し、震えながら手にとると、思わずその紙袋を持って窓際に行き、校庭の端の一本桜を見つめた。
そのとき、教室の後ろの扉があく。
振り向くと、さきほどの奥さんと一緒に、若い女性が教室に入ってきた。
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