1.今はなき故郷
僕は高校を卒業してから十年ぶりに、故郷の村へ戻ってきた。
きっかけは、先日ポストに入っていた一枚の広告。差出人も切手もなく、ただ無造作に投げ込まれていたそれには、こう書かれていた。
『なつかしの骨董市 開催!』
朝五時~六時
場所:奥山村分校
会場は高校まで通っていた村の分校だ。
懐かしさと、お盆休みに入ったこともあり、ふと気まぐれに行ってみることにした。
そして今、社会人になって初めて買った中古の軽自動車で、一人住まいの都会から生まれ故郷の村に向かっている。
骨董市は早朝開催なので、前日は近くの町のビジネスホテルに一泊し、翌朝、まだ薄暗いうちに出発する。
そういえば、ホテルの前の駅からシャトルバスが出るらしく、他に行く人がいるのかと思って駅前を眺めたが、若い女性が一人立っているだけで、他にはだれもいない。
あの人も骨董市に行くのだろうか……少し気になったが、他のバスを待っているだけかもしれないので、とにかく自分の車に乗り込んで、エンジンをかけた。
ハンドルに手をかけた時、少し不安にもなった。
(……本当に、骨董市なんて開かれるのか?)
一日限り、それも早朝だけの開催。
しかも奥山村は、すでに廃村になったと聞いている。試しにネットで検索してみたが、「なつかしの骨董市」に関する情報は、まるで意図的に消されているかのように、何一つ引っかからなかった。
半信半疑だったが、久しぶりに生まれ故郷を見るのも悪くない。
騙されたと思ってホテルを後にした。
◇
山間の狭小な道が続く。
右に左にハンドルを切りながら山道を進むと、少し開けた小さな盆地の山村に出る。
「奥山村だ」
村に近づくとポツリポツリと家が見えてくるが、すべて廃屋だった。
僕は分校の最後の卒業生で、卒業後すぐに都会の専門学校に進み、そのまま就職した。
両親は兄の家に同居することになり、僕は都会で一人暮らしを始めた。最近ようやく仕事にも慣れ、夢だった自分の車(中古の軽自動車だけど)を買った。
それに乗って、だれもいない故郷への凱旋だ。
(せっかく車を買ったんだから、彼女でも乗せたいんだけどな……)
そんなことを考えつつも、仕事は忙しく、出会いなどまるでない。
思い返せば、分校を卒業して都会に出た当初は、田舎者丸出しで周囲と話が合わず、なじめなかった。
村では少ない子供たちの中でガキ大将だったが、しょせん井の中の蛙だ。都会の人の多さと勢いに圧倒され、次第に人と距離を置くようになってしまった。
兄が結婚し、「次はお前だ」と言われて焦り、婚活サイトに登録して合コンにも参加した。だが、話し下手なうえに仕事は忙しく、給料も高くない。結果は、言うまでもなかった。
そんなことを思い出しながら村に入ると、子供のころに遊んだ川や、杉林が見えてきた。
家々は廃屋となり、杉林も荒れ放題だ。
自分の家の前も通ったが、屋根は落ち、庭は背丈以上の草に覆われ、玄関すら見えない。胸の奥が、少しだけ空虚になる。
さらに進むと、川向の家が見えてきた。同じく廃屋になっているけど、その景色に、ほのぼのとした思いが沸き上がる。
そこは、一人しかいない同級生で、奥山村分校を最後に卒業した女生徒の家だった。
(どうしているかな……)
卒業以来、一度も会っていない。
朝の教室で、いつも窓際の席に座り、僕の話を相槌も打たず、ただ微笑んで聞いてくれた。
あの頃は、それが当たり前だと思っていた。
もう結婚しているだろうか。
もし彼女に会えたなら、懐かしい子供の頃の話をしたい。
今の、少し息苦しい毎日のことも、聞いてくれるような気がする。逆に、彼女がつらい思いをしていたなら――僕なんかでも、何か力になれるのではないだろうか。
単なる妄想だろうな。けれど、同じ村で育った者同士なら、わかり合える気がした。
実は、卒業のとき。
彼女に伝えたいことがあった。
結局、何も言えないまま別れてしまったことを、今でも悔やんでいる。
その想いは、女々《めめ》しくも、心の奥底に残り続けていた。
◇
村の高台にある奥山村分校に着くと、校門は開いて『駐車場』と手書きの看板が出ていた。
指示に従い、そのまま運動場に乗り入れた。子供の頃に駆けずり回った運動場が、今は神聖な感じがする。
車で乗り入れるのは少し気が引けたが、大人になった感慨と、もう戻れない少年時代を思い、少し寂しさを覚えた。
草に覆われた運動場の奥には、古く懐かしい木造校舎が、卒業時の面影を残したまま佇んでいた。
その脇には、春になると満開の花を咲かせる一本の大きな桜が、ざわざわと葉音を立て、その威容を誇っている。
(一本桜……あの時、どうして勇気が出なかった)
その巨木を見ると、少し胸が痛む。
卒業の時、彼女に渡したプレゼントと共に、伝えたかったことがあるのだが……言えなかった。
まあ、若い時のほろ苦い思い出だ。
校舎の前には、今では見かけなくなったボンネット・トラックと、乗用車が一台停まっていた。
トラックは骨董市の業者のものだろう。乗用車は先客らしいが、見たことのない車種だった。
僕はその隣に車を停め、懐かしい校舎へ向かう。
校舎の正面玄関には『なつかしの骨董市会場』と書かれた立て看板があり、体格のいい男が法被姿で立っていた。
鼻が上をむいた豚面の男で、手首には真珠の数珠のような腕輪、首にも真珠の首飾りをしている。お坊さんのように見えるが、そうでもないようだ。
男は無言のまま立っているだけだったが、広告を見せると、軽くうなずき、奥を指さした。
スリッパに履き替え、きしむ廊下を進む。
教室の前にも、再び『なつかしの骨董市会場』の看板があった。
――ここは、僕が高校二年生まで使っていた教室だ。
そのとき、教室の中から、法被を着て猫耳を付けた可愛い少女が、ぴょん、と跳ねるように飛び出してきた。
「いらっしゃいです。こっちですニャ!」
語尾に「ニャ」をつけ、元気よく手招きする少女。
その軽やかな声に押されるように、僕は教室の中へ足を踏み入れた。
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