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猫と女神の異界骨董市  作者: 猫ノ あずき
第4話 山桜の骨董市 (前編)
12/51

1.今はなき故郷

 僕は高校を卒業してから十年ぶりに、故郷の村へ戻ってきた。

 きっかけは、先日ポストに入っていた一枚の広告。差出人も切手もなく、ただ無造作に投げ込まれていたそれには、こう書かれていた。


『なつかしの骨董市 開催!』

 朝五時~六時

 場所:奥山村分校

 

 会場は高校まで通っていた村の分校だ。

 懐かしさと、お盆休みに入ったこともあり、ふと気まぐれに行ってみることにした。


 そして今、社会人になって初めて買った中古の軽自動車で、一人住まいの都会から生まれ故郷の村に向かっている。

  

 骨董市は早朝開催なので、前日は近くの町のビジネスホテルに一泊し、翌朝、まだ薄暗いうちに出発する。


 そういえば、ホテルの前の駅からシャトルバスが出るらしく、他に行く人がいるのかと思って駅前を眺めたが、若い女性が一人立っているだけで、他にはだれもいない。

 あの人も骨董市に行くのだろうか……少し気になったが、他のバスを待っているだけかもしれないので、とにかく自分の車に乗り込んで、エンジンをかけた。

 ハンドルに手をかけた時、少し不安にもなった。


(……本当に、骨董市なんて開かれるのか?)


 一日限り、それも早朝だけの開催。

 しかも奥山村は、すでに廃村になったと聞いている。試しにネットで検索してみたが、「なつかしの骨董市」に関する情報は、まるで意図的に消されているかのように、何一つ引っかからなかった。


 半信半疑だったが、久しぶりに生まれ故郷を見るのも悪くない。

 騙されたと思ってホテルを後にした。

 


 山間の狭小な道が続く。

 右に左にハンドルを切りながら山道を進むと、少し開けた小さな盆地の山村に出る。

「奥山村だ」


 村に近づくとポツリポツリと家が見えてくるが、すべて廃屋だった。

 僕は分校の最後の卒業生で、卒業後すぐに都会の専門学校に進み、そのまま就職した。


 両親は兄の家に同居することになり、僕は都会で一人暮らしを始めた。最近ようやく仕事にも慣れ、夢だった自分の車(中古の軽自動車だけど)を買った。

 それに乗って、だれもいない故郷への凱旋だ。


(せっかく車を買ったんだから、彼女でも乗せたいんだけどな……)


 そんなことを考えつつも、仕事は忙しく、出会いなどまるでない。


 思い返せば、分校を卒業して都会に出た当初は、田舎者丸出しで周囲と話が合わず、なじめなかった。

 村では少ない子供たちの中でガキ大将だったが、しょせん井の中の蛙だ。都会の人の多さと勢いに圧倒され、次第に人と距離を置くようになってしまった。


 兄が結婚し、「次はお前だ」と言われて焦り、婚活サイトに登録して合コンにも参加した。だが、話し下手はなしべたなうえに仕事は忙しく、給料も高くない。結果は、言うまでもなかった。


 そんなことを思い出しながら村に入ると、子供のころに遊んだ川や、杉林が見えてきた。

 家々は廃屋となり、杉林も荒れ放題だ。

 自分の家の前も通ったが、屋根は落ち、庭は背丈以上の草に覆われ、玄関すら見えない。胸の奥が、少しだけ空虚になる。


 さらに進むと、川向(かわむかい)の家が見えてきた。同じく廃屋になっているけど、その景色に、ほのぼのとした思いが沸き上がる。

 そこは、一人しかいない同級生で、奥山村分校を最後に卒業した女生徒の家だった。


(どうしているかな……)


 卒業以来、一度も会っていない。

 朝の教室で、いつも窓際の席に座り、僕の話を相槌も打たず、ただ微笑んで聞いてくれた。

 あの頃は、それが当たり前だと思っていた。


もう結婚しているだろうか。

 もし彼女に会えたなら、懐かしい子供の頃の話をしたい。

 今の、少し息苦しい毎日のことも、聞いてくれるような気がする。逆に、彼女がつらい思いをしていたなら――僕なんかでも、何か力になれるのではないだろうか。

 単なる妄想だろうな。けれど、同じ村で育った者同士なら、わかり合える気がした。


 実は、卒業のとき。

 彼女に伝えたいことがあった。


 結局、何も言えないまま別れてしまったことを、今でも悔やんでいる。

 その想いは、女々《めめ》しくも、心の奥底に残り続けていた。

 村の高台にある奥山村分校に着くと、校門は開いて『駐車場』と手書きの看板が出ていた。


 指示に従い、そのまま運動場に乗り入れた。子供の頃に駆けずり回った運動場が、今は神聖な感じがする。

 車で乗り入れるのは少し気が引けたが、大人になった感慨と、もう戻れない少年時代を思い、少し寂しさを覚えた。


 草に覆われた運動場の奥には、古く懐かしい木造校舎が、卒業時の面影を残したまま佇んでいた。

 その脇には、春になると満開の花を咲かせる一本の大きな桜が、ざわざわと葉音を立て、その威容を誇っている。


(一本桜……あの時、どうして勇気が出なかった)

 その巨木を見ると、少し胸が痛む。

 卒業の時、彼女に渡したプレゼントと共に、伝えたかったことがあるのだが……言えなかった。

 まあ、若い時のほろ苦い思い出だ。


 校舎の前には、今では見かけなくなったボンネット・トラックと、乗用車が一台停まっていた。

 トラックは骨董市の業者のものだろう。乗用車は先客らしいが、見たことのない車種だった。

 僕はその隣に車を停め、懐かしい校舎へ向かう。


 校舎の正面玄関には『なつかしの骨董市会場』と書かれた立て看板があり、体格のいい男が法被姿で立っていた。


 鼻が上をむいた豚面の男で、手首には真珠の数珠のような腕輪、首にも真珠の首飾りをしている。お坊さんのように見えるが、そうでもないようだ。

 男は無言のまま立っているだけだったが、広告を見せると、軽くうなずき、奥を指さした。


 スリッパに履き替え、きしむ廊下を進む。

 教室の前にも、再び『なつかしの骨董市会場』の看板があった。


 ――ここは、僕が高校二年生まで使っていた教室だ。


 そのとき、教室の中から、法被を着て猫耳を付けた可愛い少女が、ぴょん、と跳ねるように飛び出してきた。


「いらっしゃいです。こっちですニャ!」


 語尾に「ニャ」をつけ、元気よく手招きする少女。

 その軽やかな声に押されるように、僕は教室の中へ足を踏み入れた。

気になるなと思ってただければ、ブックマーク、お星さま(☆)をくださいませ! 

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