キリクギリクと人攫い
人身売買が、法律で禁止されても人攫いは危機感を覚えなかった。それどころか、その人攫いは逆にチャンスだとすら考えた。
人を欲しがる金持ちは、たくさいんる。禁止されれば、手に入り難くなる事で、人の値段は跳ね上がるだろうと予想したのだ。
彼のその予想は見事に的中した。人の値段はそれまでの倍以上になったのだ。彼は予め確保しておいた裏の世界のルートを利用して、攫った子供を流し続けた。彼はそうして大金を手に入れるようになった。ただし、それは長くは続かなかった。取り締まりが強くなった事で、子供が攫い難くなった。裏ルートも少しずつ潰れていく。更に、人目に触れないような危険な場所に、親たちは子供を近付けなかった。
もう充分、大金を手に入れていたが、人攫いはまだ金が欲しかった。もう少し。もう少しだけ稼ぎたい。そうしたら、後は遊んで暮らすのだ。彼は、そう思っていた。
人攫いがキリクギリクに目を付けたのは、そんな頃だった。
キリクギリクは、浮浪児だ。親はいない事になっている。死んでしまったのか、捨てられてしまったのかは知らない。人の社会に馴染まない彼は、いつも一人でいた。彼は間違いなく悪い子供ではなかったけれど、何か得たいの知れない雰囲気を持っていて、それで皆から避けられていた。安心感を、奥の方から揺るがすような、そんな何かが彼にはあった。
人攫いは、そのキリクギリクの噂を知っていたが、それを信じなかった。彼には何も感じられなかったからだ。不気味さなんてない。そう判断すると、人攫いはキリクギリクを攫った。しかし、キリクギリクは全く売れなかった。人攫いには、その理由が分からない。見た目は決して悪くない。いい顔をしているし、体格だって普通だ。でも売れない。世話にかかる費用だけを消費して、キリクギリクは人攫いの元に残り続けた。
いつまでも売れない事態に、人攫いは困惑し始めた。やはりキリクギリクから不気味な何かなんて彼は感じなかった。しかし、現に売れていない。ならば、やはり何かあるのだろうか?
人攫いは不安になり始めた。キリクギリクから不安を感じた訳ではない。何も感じない自分の感覚に、不安を覚え始めたのだ。そして、ある日とうとう決断をした。キリクギリクを殺してしまおうと。このままでは世話代だけを持っていかれてしまうし、生かしておいては何かと邪魔だ。
キリクギリクの首を絞める。
しばらく一緒に暮らした相手だから、少しは罪悪感を覚えるかとも思ったが、人攫いは何も感じなかった。もっと酷い事をたくさんやってきているのだ、と人攫いは自分に納得をしようとしたが、その段になって彼は初めてキリクギリクから不気味さを感じた。
キリクギリクは、無表情だったのだ。首を絞められても、まるで何もないふうに人攫いを見つめている。
人攫いは、自分の心の奥の奥が、揺さぶられたような気がした。そして、堪らずに口を開く。
なぜ、お前は抵抗しない?
すると、キリクギリクはこう逆に聞き返してきた。
どうして?
どうして、抵抗する必要があるの?
人攫いは、それを聞くと瞬間色々な事が分からなくなってしまった。彼の中の常識が、なんだか変な角度にひしゃげてしまう。
どうして、
どうして、だと?
自分がどうして金を欲しがっていたのか。自分がどうして人を攫い続けるのか。自分がどうして生きようとし続けるのか。
彼には分からなくなってしまった。
次の日、人攫いは自殺をしていた。
キリクギリクは、人攫いの残した金で、それから暮らし続けた。決して、贅沢な暮らしをしようとはせず、細々と。
……もし、ぼくが不気味に感じられたのなら、それはあなたの中のそのまんま。そのまんまが見えただけ……。
挿絵機能を使ってみたかったので、この話をチョイスしたというのは内緒です。
自分は描ける絵の範囲が狭いので、自ずから話が限定されてくるという…