お世話
「では、本題に入りましょう」
「いやあの、いきなり本題とか言われても困るんですが」
僕は、彼女の自宅(高級マンション、自前らしい)にて、彼女の肩を揉んでいた
全然、凝ってなんていないのだけど、やらせることがないのがもったいなかったらしい
なんてガメつくてケチな女王様だ
「つか、掃除洗濯食事の用意、アイロン掛けに本棚の整理までやらせておいて、他に何があるってんだ。いい加減にしてくれって」
さすがに重労働過ぎる
もう、さすがにこれ以上動きたくないぞ
「ええ、それについては、私が喜んでいることを末代までの誇りとして永遠に語り継ぎなさい。もっとも家事のできない下僕なんて、その場で切り捨て御免にしていたところだけれど」
江戸武士!?
て、いつの間にかまた僕、命の危機だったの?
マジっすか
というか、いや、家事一般できて、ホンっっっトに良かったぁ...
さすがに、ボリュームのある精進料理、だなんてと言われたときは、んなもん作れるか!と、肝を冷やしたものだが、ネットで調べつつ、誤魔化し誤魔化し見よう見まねで何とかどうにか作りきった(自分を自分で褒めてあげたい)
ともかく、学校から彼女の部屋(初めての女の子の部屋!)に強制連行されたわけだが、そこに待っていたのは、生活感ゼロ、皆無の部屋(初めての女の子の部屋だった筈なのに...)である
散らかっているわ汚いわ洗濯物が溜まっているわあちこちにコンビ二の箱やらお菓子の袋が積み重なって点在しているわで、もう見るもおぞましい光景が広がっていた
先ほどはやらされたと発言したが、どちらかというと、もう奴隷だのなんだのより、そんな部屋のあり方に我慢が出来ず、命令されるよりも先に、僕の方が耐え切れずに行動に出てしまったのだ。本当にまるでどっかの主人公みたいな話だった
「気にしないで、スレイブはそのまま私の肩を揉んでいればいいの。勝手に話すから、それを一言一句、句読点の位置を間違えることなく、あとでノートに書き取って置けばいいわ」
「出来るかそんな真似!つか句読点まで要求するなよ!不可能だろ!?僕は完全記憶能力者なんかじゃないんだ!」
「完全記憶能力者、つまりサヴァン症候群のことね。情報・文面としての記憶は出来るのだけれど、応用力、想像力がない、或いは何かしらの欠落を自身に内包した人のことね。ほら、昔、雨の男を英語に訳した名前の映画があったでしょう。そんな会話もろくに出来ないような可愛そうな人のことよ。そのウイルスの棘くらいしかない脳みそが一つ賢くなって良かったわね」
「だから脳みそ関連の話をするな。僕はバカじゃない。お前もあの高校に通っているなら、あそこの偏差値の高さくらい知ってんだろう。それに、あの名作映画を、旅行のときはいつも雨が降っているみたいな不幸な人みたいな安易な表現で呼んだり、あの人の生涯をそんな哀れすぎるみたいな風に呼ぶのは止めろ!」
「あなたにとって、高校入学時の偏差値なんてずっと昔の話でしょう?きっと、自分のレベルに見合っていない授業にあっさりとついていけなくなって、ああ~、一個ランクの低い高校にしとけば良かった。そうすりゃ今頃楽勝でモテモテで、大学推薦だって余裕で通っちゃうくらいで、今みたいに落ちこぼれてなかったんだろうな~、なんてあり得もしない別次元のことを思っているのでしょう?ちなみに私は、雨の男の人と是非、ラスベガスに行って散々勝ちまくって未来永劫の巨万の富を作りたいと思うわ」
「だから、僕は少なくとも落ちこぼれじゃない!あと、お前がもしベガスに行ったとしても、カジノはそう甘くないし、そもそもあの人がお前みたいな悪人とつるんだりするかよ!あの二人の兄弟愛をバカにするな」
「あら、たかだか学年368人中159位だなんて、まるで中途半端が服を着たあなたが、鏡を見ながら自分で自分の絵を当社比2倍のルックスを夢見ながらも、実際は、10分の一程度の出来栄えを描いてしまうような笑える存在であるあなたに対し、368人中1位であるこの美貌と才覚に溢れたこの私が、中性子にすら満たないあなたの脳みそについて論じてはいけないというの?ちゃんちゃらおかしいわね。それと私は、雨の男の人だろうと何だろうと、映画の序盤当初の兄弟関係の通りに、自分の思うがままにさせる自信があるわ。だって私は神様だもの」
「お、お前という奴は...」
本当はぜんっっっぶに
ぜんっっっっっっっっっっっっぶにツッコミを入れたい
何で俺の学年順位をしっているんだとか
自分の愚かさを絵に描くようなピエロでもないとか
中性子ってどんだけ僕の脳みそは小さいんだよ、いや小さくないなんて決してとか
あの人まで、下僕扱いするだなんて、お前いい度胸しすぎそろそろ危ないってとか
全部が全部に何かしら言い放ちたいのだけど、さすがに自分を神様扱いまでされてしまうと、その言う気も失せてしまった
「それはつまり、私を神として崇め奉るということかしら」
「だから、都合のいい時だけモノローグにツッコミを入れるんじゃない、つか、本題ってのがあるなら、そろそろ入ってくれよ頼むから」
僕はもう疲れたよ
何だかとってもだるいんだ
「スレイブ!下僕であるあなたが、この私に命令する気!?」
「い、いや、だからそんな心底驚くなよ!って分かった!分かったから!謝る!謝るから!いや、その、ええと、あなた様のお話を是非、この卑しい私めにお教えください!だから!だからそのナイフをお仕舞い下さい。お願い奉り申し上げます!どうかっ!」
「...ふん、まぁそこまで言うのならいいでしょう。ただ次から自分を呼ぶときは、卑しい下僕とお呼びなさい」
「なっ、く...はい...」
くそっ、抗えないっ
一度、崩壊してしまったアイデンティティーなど、もはや戻らないとでも言うのだろうか
それに、あろうことか主従関係が成立し、もう僕自身ではひっくり返せないような立ち居地になっている
これじゃ完全に下僕そのものじゃないか
「ええ、その通りね」
「くっ、こいつは...もういいよ!さっさと...本題にお入りくださいませご主人様ぁっ!」
「ふふ、ええ、少しは分かってきたじゃないのスレイブ。ああ、でも、これでようやく本題に入れるわね。長かったわ」
「...自分で先伸ばしにしてたくせに」
「黙りなさい、この豚畜生が!」
「畜生!?」
ついに家畜ですか?
「ふん、とにかく本題よ。ええと、あなた、これから殺人集団に襲われる事になるから注意なさいね」
「...........」
ん?
今、何と?
何だか、とてつもないことを、さらっと言われたような




