追跡
「はぁ、はぁ、はぁ...」
もう限界だって
動けねぇって
心臓が胸を突き破りそうだって
勘弁してくれよマジ勘弁してよ頼みからさ
「ほらほら、そんなことでは、私に殺されてしまうわよ?」
く~っ
ぜんっぜん聞く耳もってくれなさそう(泣)
なんで?
ねぇなんで?
なんでただの一介の極々一般的な高校生である僕が突然何の前ふりもなくあたかも都心のスコールのような感覚で、本来は高校の校舎である筈の場所で、制服を着ているところから恐らくは同じ学校の生徒だろう女の子によってとてもとてもとても簡単に安易にさっぱりあっさりぐっさり殺されそうになってるの?なぇなんで?
「なんでもないわよ。私があなたを殺そうと思ったから。それだけよ?ご不満かしら?」
不満も何も不満に決まってる
いきなり、ハイお願いします喜んで殺されます、なんて言って殺されてあげるバカはそうはいない
「いなくはないわよ?そういう潔い人って。こんな不況な世の中だもの。いやよね不景気って」
いやいやいやいやいやいや、そんな頬に手を当てて可愛らしく言われても僕は殺されるのなんて真っ平ゴメンですから。生きていたいですから。全然見事に生きていたいですから。例え平成の大不況だろうがバブル崩壊後だろうが、そん~~なことは全くこれっぽっちも足の小指の爪の先の垢ほども関係ないですから
「なによ?嫌なの?せっかくこの私があなたを選んであげて、かつ無償で、無償でわざわざ直接手を下そうとしてあげているのに?」
な、なんですかその論法は。なんなんですかそのジャイアニズムは。一体どうしてあなたが自分勝手に決めたことに対して、本来なら僕がお金を支払うはずなのを自分の好意でもってタダにしてあげたのよ感謝なさいなんていう話になるんですか。つか無償を強調しないでいただけますか
「あら、お金は嫌い?私は好きよ。もちろんタダも大好き。無料無代ロハフリー無賃乗車無銭飲食も大好きね」
どんだけですか、どんだけ自分に正直ですか、てか最後の二つ犯罪ですから!つか殺人なんて大罪ですから!
「知らないわよ。私は捕まるヘマなんてしないもの。正確に言うと、絶対に誰もいなくてこないところを見計らって行動に移し、あなたの死体を完璧に絶対に超絶に徹底的に完全無欠に私凄いわ褒めてあげちゃうってくらいに粉々にすり潰してからトイレにジャーっと流しといてあげるわ」
嫌だ!トイレにジャーっと流されるのなんて完璧に絶対に超絶に徹底的に完全無欠にゴメンだ!しかも、誰も来ないところを見計らってって、お前はどんなエスパーだ!
「しかも、近くのホームレスの根城となっている公園の恐ろしくキツい匂いのする正直私ではとても用を足すことなんて決してできないような、ボロボロの公衆便所の中にポイッと放り投げといてあげるわよ」
「ひどいっ!」
僕の死体になんてことするんだお前は!?
本当に赤い血の流れてる人間なのかよ!?
「ひどい?それは私のセリフね。世界全土全人類全動植物がその額と花びらで大穴を掘ってしまうくらいにひれ伏すほど美貌を兼ね備えたこの私に、まさかただの何の変哲もないと思わせておいて、実はホームレスの根城どころか昔処刑場だった公園の汚らしくて怨霊さえもたまに出るようなトイレに、あなた様一人でお行き下さいと言っている下賎なあなたの方がよっぽど酷いと思うわね」
処刑場?怨霊?近くのって言ってたから、あの公園!?そうなのって、だからそうじゃなくて、僕は言ってないですから!しかも様付けでそんな自分の死体をそんな公園のトイレにどうか投げてくださいなんて言ってませんから。つか、どんだけ自分を持ち上げれば気がすむんですか。普段から自分に対してすら尊敬語でも使っているんじゃないのかこいつは
「当然でしょう?この私様こそが全人類全生物を統べる真の王なのだから、全人類全生物は、私様の奴隷として生きられて幸せと言って死んでいくのが本望というものよ。故に私様を敬いなさい、この奴隷!」
「横暴だ!」
お前が真の王だなんて、そんな世界一瞬で滅びるわ
「退屈ね。奴隷番号68臆42,731,453番。この私様が恐れ多くも退屈していらっしゃるのだから、奴隷らしく命がけで、芸の一つでもお見せ遊ばせなさいな」
本当に自分を褒め称えた!ていうか僕奴隷?しかも全人類で後ろの方?というかその臆の位の後の番号、つまりはゴミとして死ねっていうことですか!?
「あら、そうね。それはまずいわね。せっかく私が殺してあげようとしているのだもの。せいぜい脱兎のごとく、阿鼻叫喚すら鼻で笑っちゃうくらいの悲鳴を上げてもらわないとつまらないわね」
つまるつまらないの問題なんですか、というか逃げたウサギがそんな恐ろしい悲鳴なんてあげたりするもんか!もちろん僕だって上げるつもりはない!
「ふぅ、お喋りも飽きてきたわね」
「って、今までの全部がただの暇つぶしだったんですか!?」
「そうよ。あなたは奴隷、下僕、BLの受けでマゾなのだからが、主たるこの私の命令があれば、その身を持って娯楽を提供するのは当然のことよ」
「何か変なのが混じってる!」
絶対嫌だ!
なんて嫌過ぎる身の使われ方だ
って、こいつ何気にそういうのに興味があるのか?
「あるわ。しかもディープなのが好き」
「言い切った!」
勇者!
「ということで、マゾ奴隷君。往生なさい」
「誰がマゾ奴隷か!それに往生なんてしてたまるもんか!」
「そう。でも関係ないわね。だって...」
そう言って彼女は、ナイフを無造作に、極々自然な風に持ち替えた
「あなた、一秒後に死ぬんだもの」
あ、マズい...
マズいマズいマズい...
この直感は、本当に、ヤバ過ぎ...
他でもないこの僕の直感が告げている
ヤバくて痺れて身が凍るような、死を目前とした戦慄だ
「っ!」
すぐさま左横にとんだ
体を捻りながら、思いっきり全力の横っ飛び
「あっ...」
そして、僕の『直感の通り』に彼女は、とても真っ直ぐに直線にその細い体でもって飛んできて
そう、まさに飛んできて
僕の目では理解できないようなスピードで飛んできて、ナイフを僕の腹に突き刺そうとしていた
でも
「また...」
僕は、まだこうして生きている
いや、本当なら、本来なら、彼女の実力を持ってすれば突き刺せたのだろう
僕程度の相手なら、そんな直線の動きでも十分に殺せると思ったのだろう
けれど、僕は避けた
彼女の予測を上回って避けた
いや、これは正確に言うと回避ではない
避けたというより、避けておいた、ということになる
彼女の動きのスピードに対抗できる訳のない僕が、後手に回って殺されないなんてことはあり得ない
だから、相手が動くよりも早く、けれどあくまでも相手とは、一瞬の誤差程度しかない間に先に動く
僕の限界以上を引き出した瞬発力
そして、自分の動きうる最小限の動作を持ってして
僕は相手の攻撃を先回りしたのだ
ここまで、何度とない彼女の殺人攻撃を食らわずにいたのは、そういうことである
「なら、こうね」
あ、ダメだヤバい...
またも僕の直感がそう告げる
来る、しかも連続で...
2度目までは何とか交わせる
でも、3度目は、もう不可能!?
「くそぉっ!」
なんて現実
もう僕の命は、後たったの数秒で消えてなくなるのか?
もう訳の分からないまに殺されて、この人生を終えるのか?
1度目
腹がなぎ払われる
どうして、こんなところで死なねばならないのか
僕はまだ、彼女だってできてやしないんだぞ?
それなのに、どうして僕が!?
2度目
上半身に縦一線
神様、恨みますよ
僕に、こんなどうしようもない最期を与えてくれて
きっと、下水の汚物の中から、僕は未来永劫あなたを恨み続けます
ええ、恨みますとも
恨まずにいられるもんですか
そして3度目
「うっ!」
「終わりよっ」
もう体が動かない
全身を急激に変則的に動かし過ぎて、その瞬間に、僕の体で動かせるところが一つとしてなくなっている。いや、あと体を捻る事はできるが、それは攻撃を避ける術にはならない
こんな状態では、もはや人類の誰にも避けることも、交わすことも、先回りすることも出来ない
後は、心臓を貫かれて終わり
それだけだ
もう、僕の一生がそれだけで終わる
そんな辛過ぎる現実に、僕はもう、目さえ開けていられなかった
ザンっ
そして...
僕は、死にました